【三姉妹の異変-noisy.noisy!!-】










   草原に、一人少女が佇む。
 吹く風は草を凪ぎ、少女の金髪の先が揺れる。
 その瞳はどこに焦点を当てるでもなく、ただ興味なく景色を見つめていた。
 遠目から見れば黒を基調とした、西洋風の服に一瞬目を引くかもしれないが、
 少女のそばに浮遊する楽器にこそ視線を奪われる事だろう。
 宙に浮くバイオリンを少女は手元に引きよせ、ひどく緩慢な動きで構える。
 少し伏せた視線には憂いを秘めて。
 少女――ルナサ・プリズムリバーは一人きりの演奏会を開始した。




―――――***――――――





「大変だメル姉ーーー!!」

 人里からいくらか離れた古びた洋館に、元気な、慌てた少女の声が響き渡る。
 朝もやに包まれたその洋館の近くに留まっていた小鳥たちは、その素っ頓狂ともとれる声に驚き、一斉に羽ばたいた。

 羽ばたく鳥を見送りながら、残念そうにほほ笑むのは、庭に立つ一人の少女。
 トランペットを携え、白を基調とした服には一糸の乱れも見当たらなく、整然としていた。
 その長い青髪の少女はうきうきとした気分で、自分の名を呼ぶ妹を待っている。

「ああー! もしかしてメル姉もどっかいったのーー!?」

 状況を飲み込んでいるのか本人は良く解らない状態で、赤い服の少女は辺りを見回しながら、
 手で扉を開きつつ、慌てた声を上げる。
 姉を探索する中でだんだんせわしない動きとなり、ショートの茶髪が動きに合わせて飛び跳ねる。
 階段を急いで駆け下りながら、頭の帽子が落ちないように無意識に抑え、玄関を開こうと進む。

 跳ね飛ばすように開かれた玄関から覗いた景色は、静寂な朝の森。
 その中に、少女は探していた自分の姉の姿を確認すると、安堵と同時に軽い脱力感に襲われた。

「……なんだ、いたんなら返事してよメル姉」

 ため息を吐きだすような口ぶりで話す妹を見て、青い髪の少女は笑んでみせた。
「面白いね、リリカったら。私たちの知らないうちにお笑いでも勉強していたの?」

「は? そりゃいつも一緒にいる筈の姉二人が朝起きていきなりいなくなってたら慌てるって普通!」

 赤い服の少女――リリカ・プリズムリバーは姉の暢気な様子に少し憤慨する。
 どんだけ心配したと思ってんの、いう言葉をリリカは寸前で飲み込んだ。

「リリカは私たちにべったりだもんね〜」

 からかうように聞こえるが本人に他意は無く、姉は呑気な様子で妹の抗議に応えた。
 プリズムリバー三姉妹の次女、メルラン・プリズムリバーの性格を三女のリリカは把握している。
 結果的に、何言っても意味は無い、だって聞いていないんだから、と。

「はぁ……解った解った。でさ、メル姉はさ、」

「姉さんの事なら知らないわ」

「……うん、そっか」

 お互い丸々説明しなくても通じ合えるって便利、と感じリリカは本題へと進める。

 プリズムリバー3姉妹の三女、リリカ・プリズムリバーが目を覚ますと、姉のルナサがどこにもいない事に気付いた。
 もう起きたのかな、と寝ぼけまなこで音を探ってみたところ、全く気配が無かったため、リリカの意識は一気に覚醒した。
 そうして、長女のルナサがいない事を改めて確認し、次女のメルランに相談しにきた、という訳である。

「ルナ姉が私たちに何も言わないでいなくなるって……何かあったのかな」

「さぁね〜 姉さんの行動は良く解らないし、ちょっと目を離すとどっかで変な事してるもんね〜」

 全く声の調子が違う事に、リリカはちょっとは深刻に考えてよ、と姉に内心問う。

「……メル姉よりは大人しいって絶対」

「あらら? そうかしら」

 驚き、メルランは目を見開く。
 これが演技では無く天然だから怖いとリリカは感じる。

「ま、それは置いといて」

 両手で挟んだ荷物を別の所に置く、というジェスチャーを交えてリリカは話を戻した。

「いつもは私たちに断りなしに一人で出かけたりしないルナ姉が、何も伝えずにここにはいない、っと。
 これは何か事件の香りがすると思わない?」

 姉のメルランに振り回されてはいるが、リリカは大人しい性格では無く、むしろ活発で悪戯も割と好きな方である。
 ただし、現状を姉程に暢気に構えられない事は自覚している。

「事件かぁー、面白そうね」

 あまり使わないフレーズにメルランはちょっと楽しい気分になってくる。

「じゃあ早速」

 そこでリリカはにっと笑う。目が細くなり、狐のそれのような目つきは、やんちゃな少女の印象を視るものに与える。

「早速?」

 姉のメルランもまんざらでは無い様子で、妹のリリカのが放つ次の言葉を目を輝かせて待つ。
「ルナ姉探しに出発ー!」

 指揮棒を振りまわすように人差し指で合図を送るリリカに、メルランは拳を高く上げて「おー」といたって陽気に答えた。




――――――――――――***――――――――――――――





――もっと、もっと激しく――

 汗は弾のようにルナサの額から飛び跳ね、地面の草を強くはじいた。
 ひどく澄んだその音色は、まるで演奏者の心のように。
 だが、人に鬱の気を放つその音色は、周りの草木に及び、いくらか元気が無いように萎れていく。
 それに目もくれず、集中するように目を瞑り、プリズムリバー3姉妹長女、ルナサ・プリズムリバーは演奏を続ける。




――――――――――――***――――――――――――





「というわけで茶の一杯でもくれ腋巫女」

「いきなり何よ」

 腋巫女、と呼ばれた博霊神社の巫女――博霊霊夢は、リリカの言葉に憮然とした表情で腕を組む。
「いやさ、異変っていったらあんたでしょ。で、何か知らないの?」

 プリズムリバーの2姉妹が最初に訪れたのは、異変解決を副業としている(らしい)巫女のいる博霊神社。
 境内で掃除している霊夢をリリカが発見、長女ルナサが行方不明であることを説明して現在に至る。
 もてなしを要求したのはリリカの気まぐれからである。

「あんたの姉なんてここには来てないわよ」

 だからさっさと帰れ、と暗に含むように霊夢は言い切る。

「そもそもそれが人に物を頼む態度? 私が言えたもんじゃないけどちょっとは口のきき方に気をつけなさいよ」

 いささか不機嫌そうに物を言う霊夢の態度に、リリカは小さく舌を出して謝る。

「ごめんごめん。とにかく、ルナ姉は今日ここに来ていないのね。じゃあもし来たら教えて頂戴ー」

「暇があればね。それより――」

 ちら、と霊夢はリリカの後方へと一瞥する。

「あのはた迷惑な騒音、何とかして」

「……え、あー」

 意図的に突っ込まなかったリリカだが、既に無視できる状況でも無かった。

 メルラン・プリズムリバーはそれはもう非常にハイな状態を維持したまま、トランペットを吹きならす、
 そのようにリリカの目に映った。
 その隣にはいつの間にか、博霊神社にやってきた歌を愛する夜雀――ミスティア・ローレライが
 見当違いな音程とやり過ぎなほど大音量で歌っている。
 当の本人たちは、お互いの事などお構いなしに、音を合わせることも無く、
 相手の音は自分を引き立てるものだという姿勢でいる事が、音量の増大に拍車をかけた。

 ライブなどで大きな音には慣れているリリカですら、耳をふさぎたくなるレベルである。
 それはつまり、霊夢にとっては尚更やかましく聞こえる事だろう。
 音階が合っていない事がここまできついものとは、とリリカは妙な実感を得た。

  「……ま、これがよく言う不協和音ってやつ?」

 音にかき消される程度のリリカのおどけた台詞を、霊夢は聞き逃さなかった。

「冗談言ってないでさっさと辞めさせなさいよ!」

 冗談抜きで怒る霊夢を確認し、リリカは行動を開始する。

――まずは私も演奏して、っと――

 リリカの愛器、羽根の装飾が特徴的なキーボードを演奏ポジションに持っていく。
 後ろで霊夢が睨んでいるようだがリリカは気にしない。
 リリカは鍵盤を弾き、音を奏でる。
 姉のメルランは多分トランス状態に陥っていると仮定して、狙うならば歌を歌う夜雀だろうとリリカは判断する。

 夜雀はメルランの演奏に負けじと声を張り上げる。
 全身から振り絞るような自分の歌に、恍惚感を感じつつ。
 そんなミスティアの側面から音符の形状の弾幕が、自分の方に迫ってくる事に気付かずにいた。

「♪〜〜――いたたッ!!?」

 頬から張り倒された様な衝撃に、ミスティアは驚きと痛みを感じる。
 歌が中断され、そこでミスティアは自分が置かれた状況を把握。
 眼前には無数の音符状の弾幕が、ミスティアに向けて攻め寄る。

「な……えぇーー! ちょ、ちょっと待――」

 ミスティアの声は被弾音にかき消され、衝突時の煙が晴れれば、地面に突っ伏したまま動かないぼろぼろの夜雀が表れた。

   競争する相手が沈黙した事に気づき、メルランは演奏を中断する。
 勝った、と感じ決め台詞を言う事にする。

「私のハッピーな演奏には勝てないわ!」

「いや、関係ないない」

 今日はよくツッコミに回るなぁ、とリリカは軽く嘆息する。
 先ほどのうねるような音の波は消え去り、神社にはいつもの静けさを取り戻していた。

「はい、止めたよー」

 リリカはおどけた様子で霊夢に報告をする。
 一方霊夢は腰に片手を当て、やれやれといった表情を浮かべ、「そう」とだけ頷いた

「ここにルナ姉は来てないってさ。次の場所行こ」

「姉さんが一人で来る場所じゃなさそうだし、予想どおりね」

 妹の形式だけの連絡に、メルランは笑んで頷いた。

「全くあんたらはもう……まぁいいわ。今日は久しぶりに食材が楽に手に入ったし」

 地面に突っ伏す夜雀を見て霊夢は得心したように頷いた。

「今晩腋巫女は鳥鍋かー とりあえず、合掌合掌」

 地面を離れ、移動を開始するリリカは、気絶したままのミスティアに手を合わせ、冥福を祈った。

「私の演奏を聴いて無事だった食料はいないからね〜」

 隣のメルランも、ミスティアの足をもって引きずる霊夢の姿を眺めながら楽しげにそう漏らした。




――――――――――――***――――――――――――





――これでは、駄目だ――

 肩を軽く上下させてルナサは自分を戒める。
 周囲には日差しを得ようとする気力ももはや無いように草木が萎れ、横たわる。
 ルナサは、自分の能力を理解している。
 鬱の音を出す自分には分不相応な事をしている事も解っている。
 それでも、やらなければならない。
 瞳に確固たる意志を秘めて、あてども無い演奏会を彼女は再開する。




――――――――――――***――――――――――――





「やっぱ最初からこっちの方が良かったかもね〜」

「『犯人は意外な所にいる』って言って行く場所変えたのメル姉じゃん」

「そうだったっけ?」

「もう……ま、いっか」

 しぶしぶとリリカは諦めた様子で、床の小皿に視線を戻す。

「ん? あー! メル姉私の分も食べたな!」

 姉を見つめると、手遅れかの様に楊枝の先の物体を口に咥える姿がリリカの目に映る。
 羊羹を口に含み、濃厚で柔らかな甘みを感じ、メルランは頬を綻ばせる。

「ん〜 おいしい!」

「それ私の分だったのに〜……仕方無い。と言う訳で羊羹くれ庭師」

「どう言う訳ですか」

 呆れた表情で自分の分をリリカの視線から隠そうと、半霊の庭師――魂魄妖夢は羊羹の皿を両手で持って移動させる。

「何よー、客には渡さないで自分だけ楽しもうって腹?」

 ひどくうらめしそうにジトとリリカは、突然の来訪を快く応えた白玉楼の庭師を見つめた。

「もう渡したじゃないですか。その後の事は私の知った事じゃ無いです」

 プリズムリバー姉妹が博霊神社の次に目星を付け、冥界に絢爛と存在する白玉楼を訪れた。
 いつもとは事情が多少違うため、『侵入者』として庭師兼番人の妖夢に斬りかかられる事もリリカは想定していたのだが、
 運良く妖夢は用事で白玉楼から離れていたため、姉妹は居間で退屈そうに寝転がる白玉楼の当主を発見した。

「やっぱりここの羊羹は絶品ね。ん〜 幸せ〜」

「そうね〜」

 メルランと、価値が解り合う同志のように羊羹を褒め称え合うのは、白玉楼の主、西行寺幽々子であり、
 頬を下から支えながらもその頬は緩みっぱなしである。

「ねぇ、もう無いのー?」

 そこまでうまい物なら、と俄然欲しくなり、リリカは替えの羊羹を要求する。
 これ以上意地を張っても仕方ないと妖夢は自分から折れる事にした。

「仕方ないです。まだ二つほど余分に買ってありますから」

「あ、それならもう頂きましたわ」

 至極まっとうに幽々子が妖夢の情報を修正した。

「今日は一個だけって言ったじゃないですか! と言うより幽々子様食べるの早すぎです!」

 妖夢が茶を淹れて羊羹の皿を卓と縁側に配置してから5分は経っていない為、その間に幽々子は3個平げた計算になる。
 驚きと呆れを混ぜて妖夢は主を叱る。

「……ふんだ、妖夢が買ってくるのに時間がかかったから、私すっごいお腹すいてたんだもん」

 拗ねるように幽々子は頬を膨らませる。
 その様子を見て妖夢は多少慌てた様子を見せる。

「それはですね、幽々子様の選んだお店がとても長い行列を作っていたからですよ」

「そりゃそうよ。人里で大人気の『丸福』の芋羊羹、そんな簡単には手に入る物じゃないわ」

「それを解っているのでしたらそんな我がまま言わないでくださいよ……」

 心底困った表情で、妖夢は弁解する。

「そんなのどっちでもいいからさ、羊羹頂戴ー」

 リリカにとっては二人の掛け合いよりも茶菓子の方が大事である。
 もっとも、この時は白玉楼を訪れた本来の目的を忘れていた為、羊羹を口に出来るか否かが彼女の最重要事項となっていた。

「でも、もう替えの分は無いわけですし」

 現状から結論を出した妖夢に、幽々子は修正を加える。

「あら、まだあるじゃない。あなたの分をあげなさい」

「ええ!? そんな、私だってこれを楽しみにしてたんですよ」

「客人をもてなさなくて、あなたが頂けるものでもないでしょう?」

 半分叱りつけるように、はっきりとした口調で幽々子は妖夢を――正しくは彼女の手に持った羊羹を見つめる。

「それはそうですけど」

 苦労して並んで買ってきた記憶がある分、妖夢にとって容易に渡せるものでも無かった。
 妖夢も口にしたことが無いそれは、当主の幽々子の言うとおり、絶品である事は間違いないのだから。

「じゃ、決まりね。頂きまーす」

 結論を待つのも面倒なので、慣れた手つきでリリカは妖夢の持つ皿の上の羊羹を手に取る。

「あぁ!? 私の羊羹……」

「うわ、これホントにおいしいじゃん! メル姉2個も食べてずるいー」

「美味しかったわよ」

「そんなの今解ったよ!」

 反省の色を見せない姉にリリカは割と真剣に怒った。
 対照的にしょげている妖夢を尻目に、幽々子は話題を振る。

「それで、今日は何の用かしら? 宴会は無いから呼んでもいないよね」

「……ええ、確かに今日は何の予定もありません……」

 答える妖夢の声は、心なしか湿っぽい。

「あ、そう言えば忘れてた」

「駄目じゃないリリカ。姉さんの事忘れるなんて」

 怒気を微塵も含ませずにメルランは言う。

「いやーごめんごめん。
それで、聞きたい事があるの」

 幽々子は穏やかな表情で、リリカを見つめ、頷いた。
 それを了承のサインと受け取り、リリカは続ける。

「私たちのお姉ちゃんの、ルナサ・プリズムリバーが今日ここに来たって事は無い?」

 ルナサという単語に、妖夢は少し顔を強張らせる。
 緊張で張りつめた様に、客間の先ほどまでのほんわかとした空気は消え去っていた。

 幽々子は少しの沈黙を経て、平然とした様子で答えた。
「来たわよ。『ここ以外で霊が集まりやすい場所を知らないか』と聞かれたわ」

 予想外の回答に、リリカは目を丸くさせた。

「え、ホントに?」

「ええ。嘘をつく理由はないでしょう?」

 メルランは頷いて応えた。

「確かにそうね。姉さんはその霊の集まる場所にいる訳ね」

「この近くだったら、無名の丘と太陽の畑の近くかしら」

 幽々子は淡々と答える。

「太陽の畑ってあの危ない妖怪のいる所かぁ」

 少し前の出来事をリリカは回想する。
 花を愛するあの妖怪は、かなり危険であるとリリカは判断していた。

「とりあえず行ってみましょう! リリカ」

 そんなリリカの事を促したのは姉のメルラン。
 リリカは頷き、幽々子に礼を言ってから、姉と一緒に白玉楼を後にした。


 飛んでいく騒霊姉妹が十分離れた事を確認してから、妖夢は幽々子に問う。

「良かったのですか? あの姉妹の長女が『妹には内緒にしてくれ』と言ってましたよね」

 湯呑を口に運んで茶の味を楽しんだ後、緩やかな表情で幽々子は妖夢を見つめる。

「言ったわね。だから私たちは『妹たち』に教えたの。約束は破っていないわ」

「そんな子供の屁理屈みたいな事を……」

「屁理屈でもいいの。あの子、本当は妹に情報が漏れても問題ないだろうし」

 妖夢は肩をすくめ、「そうですか」とだけ答えた。
 客人もいなくなった為、妖夢は皿を片づける為に立ちあがった。
 背を向けた妖夢には見えないままだったが、哀しげな、物憂げな表情の幽々子は、呟く。

「――死後の世界は生きるものの為にあると言うけれど、霊の為は生者の世界なのかしらね。
 だったらあの子のやっている事は、酷く滑稽な行為なのかも」

「――え? 何か言いましたか、幽々子様」

 当主の呟きを聞き逃し、振り向いた妖夢の目には、のんびりと寛ぐ幽々子の表情が映る。

「ん〜? あの羊羹また食べたいなって」

「そうですね。今度こそは私も頂かせてもらいますよ」

 軽く皮肉を込めて、妖夢は笑んで見せた。
 それを見て幽々子は、卓の下に隠した在るはずもない、皿の上に乗る『ごちそう』を、派手な効果音を付けて妖夢の前に差し出す。
 白玉楼の庭師が呆れながらも本心から喜んだのは言うまでも無い。




――――――――――――***――――――――――――





 自分の頬を伝うそれが、涙である事にルナサは気付く。
 それでも彼女の演奏は止まらない。
 演目がどこに差し掛かっているのか、それはそこに始めから聞く者がいたとしても解るものでは無いのだろう。
 進んでいるのかどうか、解らぬまま、繰り返し曲が流れゆく。
 徐々にその音の範囲は広がり、そしてそれは、ルナサ自身にも変化を起こす。

――ああ、思いだした。幽かに、あの子を。幽かに……――

 目的では無いその発見に、彼女は頬を伝い続ける涙を感じ続ける。




――――――――――――***――――――――――――





「じゃ、まずは太陽の畑に行きましょ」

「ええー」

 姉の提案に、リリカは臆面も無く不平を漏らした。
 太陽の畑は、季節になると一面に向日葵が咲き誇る、妖怪だけでなく人間も良く訪れる場所である。
 普段は妖精が遊びに来る程度で、危険な場所でも無い。

「あそこは危ない奴がいるのよねぇ……」

 リリカが危惧しているのは、その太陽の畑によく出没する妖怪の事である。

 風見幽香。
 花を愛し、一年中花と共にいる彼女は、戯れに弾幕ごっこが出来る程度の者を見つけると、遠慮なしに攻撃を仕掛けてくる。
 その力も強く、向こうが気まぐれで手加減しない限りはリリカの実力では全く歯が立たない。
 勝てない相手に、ただ戦って負けるのは気分の良いものではない事をリリカは知っていた。

「大丈夫、もしリリカが危ない目にあったら私が守ってあげるからっ!」

 サムズアップするメルランに、話半分でリリカは「期待しているよ」

と応えた。
 そもそもあの妖怪は機嫌が悪いような事が無い限りは適度に手を緩めてくれるから、まあ問題ないか、  とリリカは自分に言い聞かす。
 刺激しないようにやってはいけない事、例えば花を踏み荒らすなどの項目を頭に浮かべながら、  リリカはメルランに連れられて太陽の畑を目指す。

 太陽の畑は、夏を先取りするように一面中ヒマワリが咲いている――はずだったが、少しずつ満開の数も減っている。
 少し前には、太陽の畑だけでは無く幻想郷の至る所で季節はずれな花も、春らしい桜も、狂ったように咲いていた。
 幻想郷中に花が咲き誇る異変も、解決に向かっているんだろう、とリリカはまばらな向日葵の絨毯をみて思う。

「あ、危ないやつ発見ー」

「メル姉! ちょっとちょっと」

 遠慮なしのメルランの発言に、リリカは声量を抑えるように注意した。
 メルランの報告通り、太陽の畑内に傘を指した少女が見える。
 チェックのスカートにブラウス、えんじ色のベストを羽織り、花柄の傘を指す緑の髪色の少女の姿から、その少女が幻想郷でもトップクラスの実力を持つ妖怪とは想像しづらいかもしれない。
 風見幽香は、自分の視線の方にプリズムリバーの2姉妹を確認すると、ひどく嗜虐的な笑みを浮かべた。

「待っていたわ」

 近づく姉妹に、友好的な、まるで敵意を見せない優雅なしぐさで幽香は挨拶を済ませた。

「私たちは待たせたつもりはないわよ」

 メルランが不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。

「あら、それでも別に構わないわ。
実際にあなた達がここにいるのだから」

「えぇっと、どういう意味?」

 さっぱり話題に着いて来れないリリカは、不本意ながら幽香に尋ねる事にする。
 笑んではいるが、そこに好意の眼差しを含めない幽香に、リリカは警戒をを解かないでいた。

「どうも無いわ。ここの子たちの仇役として、でしょう?」

 そうして、幽香は一度周りの向日葵を見渡す。
 呆れたような、困ったような表情を顔に張り付ける幽香に、リリカは怖気を感じた。
 そもそも幽香の発言が理解できない事が、リリカにとって先の展開が読めないゆえ不安が強くなる。
 騒霊姉妹に顔を向けた向日葵に囲まれる幽香はゆっくりと浮上し、左手を水平に上げる。
 本能的に危機を察知したリリカは、思わず身構える。

「いや、役割がさっぱりわかんないんだけど」

 問うリリカは、いつでも対応できるように自分の愛器を戦闘配置へ移行させる。

「すぐに解るようになるわ。ただ、今回は手を緩める気はないわよ」

 幽香の顔には、先ほどの笑みは消えている。

「だーかーらー、何で怒ってるのさ!?」

「それは、あなたの姉にでも聞きなさい!」

 一閃。
白色の弾がリリカへ向けて放たれる。
 加速がついたそれは、残像で後ろが引っ張られた様な形に見え、刹那の時間にリリカは、白玉楼の庭師の半霊に似てるなー、と場違いな感想を抱く。
 丁度、人間が生死の境に直面した時に全てがスローモーションに流れ行くように。
 それは、リリカにとって回避不可能な速度である事を意味していた。

  ――うわぁ、すごいゆっくりに見えるよ――

 弾が、物体に衝突する――その一拍子前、リリカは自分の体が予想外の加速度で後ろに下がる感覚を得た。
 コースから目標物が失せた光球は、はるか彼方へと飛んでいく。

「そう。それでこそ虐めがいがあるもの」

 満足げに、幽香は目の前の光景を認識する。
「メル姉……苦しい」

 幽香が狙ったはずの標的は傷一つなく、苦渋の表情で振り向いて姉の顔を見る。

「ほら、さっき言ったじゃない。私が助けるって」

 被弾する筈のリリカの体を――正しくは彼女の襟を掴んで手元に引き寄せたのは、笑みを絶やさないメルラン。
 彼女は自分の手中に在る妹に、その微笑みを見せた。
 ついでに必要も無くなったのでリリカの襟を放す。

    「乱暴なやり方じゃなきゃ文句はないけどねー」

 まんざらでもなさそうに、小さくえづいてリリカは襟を直す。

「リリカ、ここは私にまかせて先に姉さんに会ってきてよ」

「場所が分からないんじゃ探しようがないじゃん」

 次にどこへ行くべきかはリリカも解っていないわけでは無い。
 ただ何となく、不本意ながら助けられた事に小さな反骨心が芽生えたからである。

「消去法で無名の丘よ。それに、徐々に私たちは姉さんに近づいているわ」

「――え?」

 確信に近い姉のその言葉のニュアンスに、リリカは思わず疑問符を声に出す。

「あそこの妖怪は姉さんになにかされて怒っているの。まさか次の場所では姉さん、誰か殺して無ければいいけどねぇ」

「いやいやさっぱりっ解んないんだけど!? と言うかメル姉何か知って――」

「いいからいいから」

 メルランは顔から笑みを消しさる。
 “当たり前”の、消失――
 その表情はいつもの姉のイメージからはかけ離れ過ぎていて、リリカはそこに何か深い意味を見出そうとした。

「さっさと私のいう通りに行動して、リリカ」

 戸惑いの感情を捨てきれなかったが、リリカはこくんと頷く。

「……ん、解ったよ」

 リリカは、初めはゆっくりとメルランのもとから離れたが、十分な距離を取ると速度を上げて、無名の丘の方へ自身の体を進めた。
   標的の片方が自分の近くから離れていっても、幽香は行動を起こさなかった。
 まるで、それでよい、と言うかの様に。

「退屈させないでよね。もういいかしら?」

 幽香の言葉に振り返ったメルランは、いつもの笑顔を見せていた。

「お待たせ〜 ついでに元気の無くなったお花を元気にさせる?」

 楽しそうにトランペットを手元に引き寄せる。

「そうね、一通り虐め終わってからお願いしようかしら」

 幽香は笑んで答えた。




――――――――――――***――――――――――――





 一人で移動することに、特に抵抗も危惧も無くリリカは無名の丘周辺に到着した。
 先ほどの出来事を反芻する。
 長姉の失踪、それに続く騒動の一つ一つが、何かひとつの意思によって誘導されているような、そのような事を考える。

 特に一緒に行動してきた次姉のメルランには、行先を全て選択していた為か余計に作為的なものを感じていた。

――見つけたら問い詰めてやらないとなぁ――

 そう思いながら、少しずつリリカは探索の範囲を広げる。
 何となく、花畑のある方面を中心に探していく。
 咲くほどの花のある場所に今までルナサは訪れているのではないか、とリリカは推理している。
 そこで演奏をして、花が変な枯れ方をしていれば手がかりになるかもしれない、と。

 鈴蘭の咲く丘を見つける。
   そこは、ある意味でリリカの期待通りの様相を呈していた。
 環状に倒れている花たちは、中心に何か異変の原因があった事を物語り、同時にその張本人がもういない事も教えていた。
 地に降りて、花の様子を確認する。
 枯れている訳では無く、茎や葉の瑞々しさはむしろ普通のそれと変わりはない。
 まるで、その様子は花に元気や気力が無く倒れているようで。

「――姉さん、だな」

 ひとり、リリカは結論を呟く。
 もちろん、誰かに伝える意思は無い。

「酷い事するよ。もう……」

 だが、答えたものがいた。
 多少驚き、リリカは周囲を見渡す。

「誰?」

「こっちこっちー。動けないから見つけてー」

 暢気な声は、立ちあがったリリカの下方から聞こえる。
 花をかき分けて探したところ、声の主が姿を現す。

「ん? 人形?」

「人形で悪かったわね。
人間だったら態度が違ってたの?」

 見つけられた人形の妖怪は不機嫌そうに口を尖らす。

「別にそんなんじゃないって。というか、何、その格好」

「好きでやってる訳ないでしょ。変な奴にやられたの」

 不本意だと語るように、人形の妖怪は目を逸らす。
 赤を基調したドレスを着た西洋人形風の形状をしていた、というのが推論できる程、その人形の損傷は激しかった。
 服は泥にまみれて、華やかそうなドレスを汚し、スカート部は破れ、右肩があらわになるように破れている。
 しかし、人形本体の損傷はそこまで目立ったものはリリカには見えない。

「服はアレだけど動けそうじゃん」

「……関節の調子が良くないのよ。特に右肩は全然動かない。」

「痛むの?」

「人形に痛みがある訳ないでしょ」

 突っかかる言い方だな、とリリカは感じる。

「……それに何、あなたもさっきの奴の仲間なんでしょ? これ以上スーさんを苛めるなら、容赦しないから」

 強がりを言うように、人形の妖怪はリリカを睨む。

「仲間? 何言ってんの」

「私だって解るよ! さっきの奴と格好がほとんど一緒じゃない」

 その言葉で、リリカは理解した。

「――ルナ姉だ!」

「ルナ姉?」

「ねぇ、何があったか教えて。ルナ姉がここで何をしていたの? 何であんたを攻撃したの?」

「あの、質問は一個ずつにしてくれない?」

 リリカの勢いに気圧され、物怖じして人形の妖怪は答えた。

「それじゃ、その変な奴ってのは多分私のお姉ちゃんだと思うんだけど、そのルナ姉は何をしていたの?」

 努めて正確に、要点をまとめてリリカは尋ねる。

「ルナ姉っていうんだ、あいつ」

「ルナサ、がホントの名前だよ。あ、ちなみに私はリリカね」

「リリカ。ふーん」

 口にして確認し、人形の妖怪は疑惑の眼差しを少し和らげる。

「私はメディスンだよ。メディでいいや」

 不意の自己紹介をお互いに済ませ、人形の妖怪――メディスン・メランコリーは自身に起こった出来事を話し始めた。




――――――――――――***――――――――――――





 そこは静かな場所で、それゆえに音が良く響く場所だった。
 そこは幽鬼を感じる場所で、人外を招きやすい場所だった。
 そこは霊魂が通る場所で、死者を探すには適していた。
 そこは花に溢れた場所で、自分の能力を改めて理解させた。
 そこは――

「音楽、ねぇ。あんたの演奏はそれを疑いたくなるもんだね」

 ――“誰か"が必ず自分の前に立ちはだかる。

「雑音は、排除するまで」




――――――――――――***――――――――――――





 鈴蘭畑に棲む妖怪、メディスン・メランコリーは、妖怪として生まれてまだ日が浅いためか、
 かつて人形として捨てられ、そして妖怪として生まれた鈴蘭畑から離れる事はほとんど無かった。

 メディスンにとって鈴蘭は一人ぼっちの自分を裏切らない家族のような存在であり、その毒を利用する事も力を貸してもらっているように感じていた。
 鈴蘭の毒はメディスンにとっては一つの成分でしかないが、それが生き物に効く事を知り、人間を操る方法まで編み出していた。

 そんな鈴蘭の花たちに、メディスンは愛称で呼ぶ。
 『スーさん』と。

 その年、幻想郷に異変が起こる。
 あらゆる季節の花が、狂ったように幻想郷で咲き誇る、ただそれだけの異変。
 それは、まだ咲くはずもない鈴蘭の花を待ち続けていたメディスンにとっては、嬉しい誤算であった。
 それでも春先に他の季節の花も同時に咲く事も気付いたメディスンは、驚くと同時に面白いと感じた。
 それは、鈴蘭畑に訪れる妖怪や空を飛ぶ不思議な人間と相対しても感じた事で。

――ここは、何があっても不思議じゃないし、とても楽しい――

 そして、毎日をスーさんと共に過ごす楽しい日々に、突然、はっきりとした“敵”が現れてから、
 そんなに時間は経っていない。

 その日も鈴蘭畑でのんびり楽しく過ごすメディスンは、日の昇った頃、小春日和の午後の陽気に誘われてか、うつらうつらと船を漕いでいた。

 メディスンの薄まる意識に侵入してきたのは、澄んだ弦の音色。
 メロディーに沿って流れる音は、音楽と呼ばれている事をメディスンは知っていた。
 ただ、その音楽を鈴蘭畑で聞く事は珍しい為、メディスンは目を覚ます。

 演奏者を、メディスンはすぐに見つける事が出来た。
視界の前方で背を向けるようにしているのが見える。

 何となく、メディスンはその演奏者を人間じゃないな、と感じていた。
 白黒の服に逆三角形の帽子、帽子の先端には三日月状の飾りが見える。
 姿を確認していくうちに、メディスンは異変に気付いた。
 その演奏者の足元の、『スーさん』が枯れた様に、うなだれている。
 そして、その演奏者が音を奏でるたびに、その範囲は広がっているようで――

 激情に駆られたメディスンは、背を向けたままの相手に、遠慮も無く弾を放った。

 それを何の苦労も無く交わした白黒の演奏者は、振り返る。
 メディスンの知識から、相手はヴァイオリンを持っている事は理解できた。
 だが、不可解な点も見つかった。
 その演奏者は、眼から頬に伝う涙の跡が在った。
 そして、まるで感情が存在していないかの様な、生気のない眼。
 それがどう意味を持つか理解が出来なかったが、メディスンは構わずに攻撃を続ける。

 そして、数分の弾幕ごっこを経て、メディスンは彼女の敵の弾をまともに食らい、萎れたスーさんの傍らで倒れる姿が在った。




――――――――――――***――――――――――――





「――そんな所よ」

 悔しそうに歯噛みをして、メディスンは説明を終えた。
 聞き終わってから、リリカは新しい疑問がわき起こる。

 ここでルナサが演奏していた理由、泣いていたという事、そして、メディスンの傷。
 いつもの姉の事を考えると、ただの弾幕ごっこでここまで容赦のない損傷を相手に与えるはずはない、
 それほどまでに、本気で倒しに――いや、殺しにかかったのだろうか、そうリリカは思う。

――まさか次行く場所では姉さん、誰か殺して無ければいいけどねぇ――

 おどけた様子で放ったメルランの言葉を思い出し、リリカは悪寒を感じ、不意に肩を押さえる。

「どうかしたの?」

 メディスンは不思議そうにリリカを覗く。
 リリカは手を振って「何でもない」と答えた。

「聞いた感じだと、その演奏者は確実にルナ姉だ。特徴が合い過ぎてる」

「そうかー。あなたの姉は随分と酷いやつね」

「いつもはそこまで有害な感じじゃないんだけどね」

 毅然とリリカを見つめるメディスンに、リリカは苦笑する。
 その様子は、メディスンにとってリリカはへらへらとしているように見えている。

「だってだって、私の大事なスーさんをいっぱい、殺して……!」

 憎しみをこめた、メディスンの声が畑にこだまする。

「え? いやちょっと待った。死んではいないって」

 訂正するリリカの言葉に、メディスンは面食らう。

「うちのルナ姉は演奏だけで生き物は殺さないよー そこの倒れている花は元気がなくなってるだけだよ」

「え? 元気がないだけ?」

「ルナ姉の力は『鬱の音を演奏する程度の能力』だからたぶんウツ状態になってるんじゃないかな」

 説明を飲み込めないのか、きょとんとした様子をメディスンは見せる。

「まーきっと私のもう一人の姉さんに任せればまた元気になると思うよ」

 しばらく考え込んでいた様子だが、メディスンは確認をするようにリリカに問う。

「えと、それじゃあスーさんは死んでないの?」

「さっきからそういって――おっと」

 相手の様子に、意図的に言葉をリリカは途中で止めた。

「良かった……良かった……」

 ぽろぽろと、玉のようにメディスンの眼から涙が落ちる。
 悔しさや不安、安堵。
そんな感情が混ざって、メディスンは判断がうまく出来ない。
 ただ、自分の身に起こる今の感情が、あの時の白黒の演奏者に起こっていたのかな、と人形の妖怪は漠然と思っていた。

 ちょっとの気まずさと、ここでは姉の情報をこれ以上手に入らないだろうと判断して、リリカは立ち去ろうとする。

「じゃね。ルナ姉を見つけたら私が懲らしめておくよ」

 さわやかに立ち去ろうとひるがえろうとする、が。

「あ――ちょっと、待って」

 突然ひとりになる不安を堪え切れず、うまく動かない筈の右腕をメディスンは無理に動かし、立ちあがったリリカのスカートの端をつまんだ。



 その時、妙な音が鈴蘭畑に響いた。

『あ――』

 二人の少女が声をあげた。

「わー! わ、わたしの腕が!」

「うわわ、落ちる落ちる! うわ! 何これなんか粉になってるんだけど!?」

「とにかく集めて集めて! あう!」

「お、おいおい大丈夫!?」

「あうう〜――ん?」

「ぎゃー関節が変な方向に曲がってるー!」

 そうして二人の少女は、しばらくお互いに混乱したまま、事態の収集と問題の解決をともに行うこととなった。




――――――――――――***――――――――――――





  「何やってんだろうねぇ、あたしは」

 自分の行動を戒めるように、三途の河の案内人の死神はため息を漏らす。

「どうして邪魔をする?」

「あのねぇ、これから船に乗っける商売客を片っ端から鬱にさせられちゃあこっちも困るんだよ。乗せてるこっちも滅入る」

 それに、と死神は付け加える。

「今のあんたは死に急ぎ過ぎてるんだよ。霊とはいえ、早死にするのを見ていていい気はしないんだ。
 どうしてもここで何かやりたいんだったら力を抑えな」

「……」

 ルナサは沈黙したまま、相手を見据える。
 ルナサ・プリズムリバーが現在いる場所は、彼岸。
 そこはあの世とこの世を繋ぐ、三途の川に面する。
 彼女の前に“立ちはだかる”のは、三途の川の川渡し。名を小野塚小町といった。




――――――――――――***――――――――――――





「おーい、パチュリーいるか?」

 湖の側の紅に包まれた洋館、その地下にある魔法書の書庫。そこに黒衣に身を包んだ少女の声が響く。
 その洋館は紅魔館と呼ばれ、書庫の持ち主はパチュリー・ノーレッジという魔法使い、管理も彼女が行っている。

 そこに訪れた黒衣の少女は、金髪のロング、前髪の横におさげを下げた髪形、黒色に白いリボンのついた魔女らしい形状のとんがり帽子を被り、左手に飛行に用いる箒を携えて、書庫の管理人の名を呼んで探す。
 背後の壁は大穴が空いており、それは直線で移動する黒衣の少女が侵入するために空けたものである。

   壁を破壊した轟音で書庫の主は気付いているはずで、そのうちに見つかるのだが、
 名前を呼んで探すのは、その方が相手も誰が呼んでいるのか解り易くていいだろう、という考えからである。
 その姿勢はまっすぐである。

「お、いたいた。返事くらいしなって。暗いぜ」

「そう」

 パチュリーは相手を一瞥すると、読んでいた本に視線を戻した。
 その様子に、少し残念そうに黒衣の少女はかぶりを振った。

「やれやれ、相変わらずだな」

 書庫は静寂から少しの賑わいを得つつある。二人の魔法使いに、また一人の魔法使いが近寄る。

「――あら、あんたも来てたの。魔理沙」

 魔道書を小脇に抱え、側に人形を従えた魔法使いの少女が黒衣の少女に向けて話す。

「おう、アリスか」

「ま、ドアから入らないのはあんたぐらいしかいないか」

 “動かない大図書館”パチュリー・ノーレッジ。

 “七色の人形使い”アリス・マーガトロイド。

 “普通の魔法使い”霧雨魔理沙。

 幻想郷で有名な三人の魔法使いは、お互いに目的は違うがこの書庫で出会う事も一度や二度では無い。

 それには多少合理的な理由がある。
 魔道書を多く貯蔵している場所はここ以上の場所は無いようで、そしてここには必ず自分と同じ魔法使いが一人は確実にいるからである。
 最も、書庫の所持者のパチュリーに後者は当てはまらないが、彼女は一人で魔法の研究を行う事に何ら不満や不備は感じない。

「それで、今日は何の用?」

 聞くまでも無いが、形式的にパチュリーは尋ねる。

「魔道書を借りにきたぜ」
「ちょっと魔道書を借りようと思って」
 いつも通りの答えにパチュリーは軽く嘆息する。

「返すつもりなんてないくせに」

「失礼ね。私は魔理沙と違ってキチンと返してるわ」

「おいおい人聞きの悪い事を言うなよ。私はまだ借りているだけだぜ」

「あんたたちは借りてる期間が長いのよ。ここは公立図書館ではないわ」

「図書館じゃないのか?」

「魔理沙、貸し出しを行ってない、という意味よ。それに、私は替わりの本をあなたに貸しているじゃない」

「どちらにしろ変わらないわ」

「ひどいなぁ、こんな奴と一緒にしないでくれよ」

「失礼ね」

 三人寄ればかしましい、とでも言うように先ほどの静寂が嘘のように三人の魔法使いは会話を弾ませる。

 その日常を、三人は楽しんでいた。

  「パチュリ―様」

「ん、何、咲夜」

 空間から突如出現したのは紅魔館のメイド、十六夜咲夜。
 そのふたつ名どおりメイドで、彼女は時を操る能力により空間を跳躍する事が可能である。

「パチュリー様にお会いしたいという客が訪れました。如何致します?」

「んん、面倒ね」

 パチュリーの感想を遮るように魔理沙が提案する。

「いいから会ってみろよ。なんだか面白そうだ」

「へえ、あんたもそう思ったの」

 同意したのはアリスである。

「――どうしてよ」

 パチュリーは、次の言葉を予想はしている。
「あんたに会う物好きがいるなんて滅多に無いじゃない」
「パチュは知り合い少なそうだからな。それが誰か興味あるぜ」
――おおむね、パチュリーの予想は当たっていた。
 やはり、あまりいい気分はしなかった。

「それで、どうします?」

 再度咲夜はパチュリーに聞く。
 軽く嘆息して書庫の主は答えた。

「……いいわ。通して頂戴」




――――――――――――***――――――――――――





「相変わらず立派そうな建物だなー」

 片手で仰ぐようなポーズを交えて、リリカは紅魔館を外から見上げる。

「あの、私は何時までこれを持つ必要が……?」

「私たちが中に入れるまでよ」

 担がれたメディスンは割と楽しそうに声をかける。
 袋から顔だけを出すその様子は、生首、と言ってもそん色はない様相を呈していた。

 鈴蘭畑で、リリカの服を掴んだメディスンの腕は、肩から外れ落ちて、その時に何かがちぎれるような音が鳴った。
 後からリリカが確認すると、メディスンの関節を繋ぐゴムがちぎれた音だと判明した。
 落下した腕、メディスンの外れた右腕だけではリリカは冷静に対処できたのだが、問題はその右腕が粉々に砕けた――
 正しく言いかえれば粉状に崩れてきた。
 その意外な事象はメディスンからショックを忘れさせるほどで、粉のそれを吹き飛ばないようにしようと立ち上がろうとした。
 それは、メディスンがバランスを崩して転倒する事に一役買う事になる。
 顔面を地面に打ち付けても、左腕に力が入らない。
 両肩をひとつの糸のテンションで支えているため、片方が外れればもう片方も緩んで機能しなくなる。
 それをメディスンはそれこそ身をもって理解した。
 左腕があさっての方向に曲がっている事にリリカの慌てぶりはさらに加速し、妙に騒がしいまま物事が進んだ。

 何とか事態も収拾できたリリカは、しばらくこのメディスンの故障を直す方法を考えていた。
 ほっといても、とは言い切れるレベルではなさそうだったので、とりあえず姉のルナサ探索はひと休憩置く事を決めた。

   まず、リリカは右腕の破損についてから考える。
 肩口から外れるのは、ルナサの弾幕を直に受けた衝撃に耐えられなかったためととる事が出来るが、その後の粉状に崩れる現象は物理的にはまず無い。
 そうなると、何か魔術的な条件によってそのような状態になったのでは、と仮定する。

 それならば、魔法に詳しい魔法使いならば直せるかもしれない。
 リリカの知識で場所がわかる魔法使いは――

「この人形、なんだか不気味ですよぅ……」

 メディスンを担ぐのは、紅魔館の門番、紅美鈴。
 数刻前、紅魔館の門番、であるはずの美鈴が寝ていたのでリリカが起こすと、美鈴は驚いて、
 『この事は咲夜さんには内緒にしてくれ』と頼まれたため、リリカは条件付きで快諾した。

「あー大丈夫大丈夫。ただの妖怪だから」

 メディスンの入った袋を担ぎ、それを確認しながら美鈴は話す。

「いや、呪いの道具などよりは安心ですけど、この格好が何か嫌です」

 メディスンの重さは全く美鈴にとって苦では無いのだが、不気味なものを持ち続けるのは気分の良いものでは無い。

「あ、来たよ」

 メディスンが使用人を確認すると、うれしそうに報告する。

「お待たせ――あら、どうして美鈴がそれを担いでいるのかしら?」

 言葉よりは意外そうな表情を見せずに、咲夜は美鈴を見る。

「え!? あ、いや客人に対する私からの気持ちからですよ」

 たいそうしどろもどろなのが傍から見ているリリカにも解るほど、美鈴は慌てていた。
 視線で一瞥すると、咲夜は簡潔に述べた。

「美鈴、仕事が済んだら私の部屋に来なさい」

 全てお見通しなのだろう、とリリカは理解する。

――そりゃあ私が最初一人で行って聞いてきたもんなぁ――

 美鈴が居眠りをしている間にリリカは先に館内に入り、要件を伝えていたため、外で待っていただけに過ぎないのだが、
 門番はそれに結局気付く事は無かった。

「……うう、解りました……」

 大半が脅えの色の中に、少し嬉しそうな表情を美鈴が覗かしていた事を、リリカは横目で見て不思議に感じていた。




――――――――――――***――――――――――――





「ほう、これは確かに珍しい客だぜ」

 魔理沙は得心して頷いた。

「いつもの姉二人はいないのね」

 アリスが普通の調子で答えた。

「何の用かしら」

 二人の感想を背に、パチュリーは要件を尋ねる。

 リリカは期待以上に魔法使いっぽいやつが多くいる事に、助かったな、と感じる。

「いやぁ、そのね、ちょっと頼みごとがあって」

「何?」

 ただし、ここの魔法使いたちとリリカは面識はあるが、そこまで交友は深い関係では無いため、無償で頼みごとを聞いてもらえるかが不安だった。
 案の定、尋ねるここの書庫の主は愛想よく応えてはくれていない。
 それでも、門前払いというわけでは無いの現状に一縷の望みをかけて、リリカは努めて慎重に言葉を選ぶ。
「あー、うん。この子を直してくれないかな?」

 そう言ってリリカは自分の後方に置いてある物体を指し示す。

「なんだ、それは?」

 興味を最も引いた様子を見せたのは魔理沙で、麻袋に包まれたそれに近寄る。
 後を追うようにアリスが、パチュリーは席から立ち上がる気配は見せない。

「お、人形か。結構大きいな」

「中々良く出来てるわ。腕のいい人形師の作品のようね」

 袋から顔を出した状態のメディスンを見てアリスと魔理沙は感想を漏らす。
「大分酷い状態なんだけど、何とかならないかな」

 リリカは念を押すように尋ねる。
 それに答えたのは、興味深そうに”人形”を眺めるアリス。

「中身を見てみないと何とも言えないわ。
それより、あなたがこういうのを持っていたのは意外ね」

「そうか? 私はこいつの持ち物だとしても違和感はないぜ」

 対象的に、魔理沙は興味が薄れていくかの様に、少し退屈そうに両手を持って伸びをした。

「私は誰の所有物じゃないよ」

 メディスンの不機嫌そうな発言に、魔理沙は伸びの姿勢のまま驚き、目を見開く。

「おお! 人形が喋った。腹話術か?」

「違う。私は自分で動く人形だもん」

「自動人形?――それはありえないか。生きてるみたい、自己表現を行う、と言う事は、魔理沙、この人形は妖怪よ」

 平静にアリスは客観的な事実を述べる。

「ああ何だ妖怪か」

 魔理沙は残念そうに姿勢を元に戻す。

「リリカー、そろそろ出してよ」

 メディスンは首だけでリリカの方へ向いて話している。その様子はいたって元気そうであった。

 その様子を見て魔理沙は、

「何か、不気味だぜ」

 と小さく漏らした。

「あら、素敵じゃない。人形の妖怪だなんて」

 薄く笑んでアリスが答えた。

「そうじゃなくてだな」

 魔理沙が不気味、と定義づけたものは、まるで首だけが元気よく動いて話しているように見えたからである。
 それが金属で出来た器械のような物ならそうは思わないが、人形が活き活きとしているのでは話は別である。

 メディスンの望みどおり、リリカは袋の結び目を解く。
 袋を取り外した所で、誰かの息を飲む音がリリカの耳に入る。
 傷だらけの人形(妖怪)といえども、ヒトを模した形のものが身体を欠損している風景は、特に人間にはこたえるのだろう。
 リリカはそう判断した。
 実際に息を飲んだのはアリスである。

「大分ボロボロだな。一体何をやったんだ?」

 損傷具合を見つめて魔理沙が尋ねる。

「多分姉さんが弾幕ごっこで傷つけたんじゃないかと」

 リリカは少し言いよどんで答えた。

「弾幕ごっこにしては随分とやり過ぎだぜ。
人間が相手なら死んでるぞ」

 たしなめるように、魔理沙は事実を言う。

「良く言うわ。魔理沙の弾幕だって人間が相手なら死んでるわよ」

 メディスンの状態を触りながら確認して、アリスが声だけで応じる。

「私は妖怪相手にだってそこまで酷くはやらないぜ」

「どうかしらね――ねぇ、この子の右腕は何処にあるの?」

   欠損部品についてアリスがリリカに尋ねる。
 リリカは、粉を入れた小さな袋をアリスの前に置いた。

「粉状になったから、この中に入ってるよ」

「粉状、っておいおい、普通はそんな事起こる訳ないだろ」

「実際にそうなったから仕方ないでしょー。ねぇリリカ、本当にこいつらに任せて平気なの?」

 メディスンが頬を膨らまして言った。

「頬、顔辺りは表情が豊かね。間接も見えないから魔力の影響かしら。
動きも滑らかね。
それとも外の新しい素材――」

 人形を製作する者にとってはこれ以上ない研究材料になるのか、アリスはメディスンの行動一つ一つを確認するように呟く。
 ただ何かに没頭する姿ではあるが、魔理沙は、

「不気味だぜ」

 と一言で定義づけた。

「それにしても粉々になるなんて、どうやればそんなこと起こせるんだ? なあパチュリー」

 全く会話に参加しない相手に、あえて魔理沙はボールを渡す。

「――そうね」

 パチュリーは本から視線を離さず、平坦な口調で話し始める。

「そこの騒霊が出来ることで考えると、音で砕いたと考えられるわ」

「音で壊す? そんな事が出来るの?」

 興味深い内容に、リリカは尋ねる。

「物の本質を理解していれば。
その物質の苦手な波長を当てて壊す事は可能よ。
 ――そこまで粉々にするには相当細かい調整が必要だと思うけど」

 暗い書庫の中で、パチュリーの目が光ったようにリリカには見えた。
 アリスは自分の人形、サイズはヒトの顔に少し小さい程のサイズのその人形に命令して、本棚からいくつか資料を持ってこさせる。

「どちらにしても、ただの人形師には直せる代物では無いわね。パチュリー、手伝ってくれない?」

「どうして私なのよ」

「物質の再構成はあなたの方が上手じゃない。私はこの子の各部の点検をやるから」

「まだ手伝うとは……」

 面倒そうに渋る書庫の主に、魔理沙は近付いていく。

「いいじゃないか。で、私は何をやればいいんだ?」

 パチュリーを肩で抱き寄せて、魔理沙は勝ち気そうな笑顔をアリスに向ける。
 いきなり抱き寄せられたパチュリーは少し驚いた様子を見せたが、すぐに大人しくされるがままの状態になった。
 二人の様子にアリスは、少し眉をひそめて眺め、魔理沙に言葉を返す。

「あんたはこの子の服でも作っていれば」

「裁縫かよ」とおどけてつまらなそうに魔理沙が呟いた後、三人はそれぞれの分担に沿って行動を始めていた。

 おそらく、この中の誰か一人の魔法使いが欠けていてもメディスンを直す、という行動を起こさなかったことだろう。

 面白そうな事に貪欲に興味を示す魔理沙。
 状態を見透し、最も魔法使いらしい視点を持つパチュリー。
 人形に強い愛着を持つアリス。

 それぞれの嗜好や技術がバラバラでも、三人の魔法使いは自分の出来ることを行う。

「もー、頼むからちゃんと治してよね」

 楽しそうにメディが念を入れると、アリスは笑顔で答えた。

「任せて。治ったら私の家に来ない? 私の人形たちを紹介するわ」

「人形? 仲間が沢山いるなら行くわ!」

「相変わらず、人形好きだなアリスは」

「そうね」

 かしましい空間に、さらに一人が加わった。
 その様子を見てリリカは、

「仲良いねー」

 と、今の姉たちとの距離を感じる自分に悔しさを感じながら呟いていた。




――――――――――――***――――――――――――





 死神、小野塚小町は彼岸に訪れた迷惑な客に手をこまねいていた。

「さあ、もう解っただろ? あんたにその気が無いなら帰った帰った。
お互いにやる気が無いんじゃ、埒があかないよ」

 顔を曇らせて、ルナサは再び楽器を演奏位置に持っていく。
――霊体でも、自分の手で引かなければ――

 その様子は、自分の声が届いていない事を小町に理解させた。

「しょうがないね、全く――」

「小町、何をしているのですか」

 突如の上司の声に小町は動きを止めた。小町の顔が引きつる。

「死者の魂が変だから様子を見に来たのだけれど、サボってたとは……」

 状況を確認して、上司は仕方無い、といった表情を見せた。




――――――――――――***――――――――――――





 もうここにいる必要もないだろうな、そう判断したリリカはゆっくりと書庫から出る。

「もう帰るの?」

 それに紅魔館のメイド、十六夜咲夜が声を掛けたのは彼女の気まぐれからであった。

  「うん。用は済んだから」

「そう。お茶でもと思ったけれど、一人分は必要ないか」

 その様子は、興味も特に示していない様子がリリカには感じさせた。
 それで別れのあいさつでも交わせばそれで終わり。
 その筈の“いつも”に、リリカは何故か問うた。

「ね、解り合ってるってどういうことかな」

「唐突に何」

「んー、何となく聞いてみただけ。それじゃ」

 かぶりを振るリリカの背後で、咲夜の答えが聞こえた。

  「他人の視点でしょ。そんなものは」

「――え?」

「当人同士にとっては些細な事って意味よ」

 ざっくばらんに話す咲夜の言葉を、リリカは紅魔館を出てからも考え続けていた。

 門を出、門番は相変わらず寝ていた。
 何処かで春を告げる声が聞こえるような、暖かい小春日和の出来事だった。




――――――――――――***――――――――――――





「そう、あなたは少し後ろ向き過ぎる。」

 閻魔様の説教が、始まる。

「何もかも悪い方へ考え、それを周りに撒き散らす。
 そのままではあなたの存在価値すら失われてしまう」

「それが私でしょう?」

「何を本質とするかは、あなた次第ではあるけれど――それは黒ですよ。
 私の元には来ないであろうあなたを裁く事は出来ませんが」

 悲しげな瞳は、誰に向けられているのだろう。小町はその瞳を見つめる。

 嘘では無い。
 でも何かが歪んでいる。
 その想いはとても一途で。
 触れれば落ちる枯れ葉のように。
 消えてしまうそれはとても簡単な事。

「――まいったね、これは」

 上司であり、死後の魂の行方を決める閻魔様、四季映姫・ヤマザナドゥはこの来訪者をどう思っているのだろうか?――小町は向けた視線を外さずにいた。




――――――――――――***――――――――――――





 もう、行く場所の見当はつかない。

――メル姉、私だけじゃ見つけられなかったよ――

 なんだか、無性に寂しい気持ちに襲われる。
 空を見上げても、何も解らない。
 耳を澄ましても、聞こえるのは葉のそよぐ音やホオジロの鳴き声。
 いたって普通の幻想郷の春の音色である。

 呆然としていると、このまま姉には会えないのかなと不安がよぎる。
 今までの、ちょっと低気圧気味な長女に。
 何故か喪失感がリリカの胸中を占めていた。

――あー、なんだろ、これ――

 一人で曖昧に笑うそれは、自分をあざ笑うかのように。

 雨でも降れば、こみ上げるものをごまかせるのに、そうリリカは思う。

「あれ、あんた一人なの」

 ふと、朝方に聞いた声が リリカの耳に届いた。

「え? ああ、腋巫女」

「そう言われると少し腹立つな」

 手には何も持たず、極めてラフな足取りで霊夢は地面に降り立った。

「丁度良かった。今夜神社で宴会をやる事になったから、盛り上げるために来て頂戴」

「……どうかなー」

「何? まだ見つけて無いの」

 怪訝そうに霊夢は表情を変えて腕を組んだ。

「うん、そうなんだよねー」

 答えるリリカに、朝のような元気さはない事に霊夢は気付いた。

「見つかって無いのに、あんたはなんでここでぼーとしてるの」

 まったく、と霊夢は小さく吐息を漏らす。

「何か行動しなきゃ何も始まらないじゃない」

「行動って言われても、場所がもう」

 リリカの言葉を待たず、たたみ掛けるように霊夢は声に抑揚を付ける。

「それが私のやり方。異変が起こったらまずは動く。基本よ」

 呆気にとられた様にリリカは小口を開けて霊夢を見つめる。

「ほら、行った行った。考えて、行って、駄目だったらまた考える!」

 その言葉に――
 “彼女”は何かを理解した。

 その通りかと、思ってみる事にする。

「へへー、まさか腋巫女に説教されるとはなー」

 そうして、リリカは飛び立つ。

――分からない事は山積み。だから見つけて問い詰めてやろう―― 

 飛行しながら、騒霊三姉妹の三女はこれまでの集めた情報を思い出す。



 肌で感じる風は、暖かさの方が大きい。
 春ももう終りね、と霊夢は感じる。

「あー、あいつまだ行ってなかったのか」

 突然の暢気な声に、霊夢は振り返る。

「あんたもここにいたんだ。」

「おう。
面白い事を考えついてな、ちょっと出かけるとこだぜ」

 大したことでもないだろう、と霊夢は判断する。

「ふーん。まぁいいわ」

「それより霊夢は何でここに来たんだ?」

「食糧の調達よ」

 そう言って、霊夢は紅魔館を見上げる。
 魔理沙は「やれやれだぜ」と言い残して妖怪の山の方へ、箒にまたがり飛び立った。




――――――――――――***――――――――――――





 いつもより、幾分も長い弾幕の雨だ。
 小町は四季映姫とルナサの対決を見つめながら感想を漏らす。
 自分が相手しているときには気付かなかった事も見えてきた。

――あいつは、倒す目的で戦っているんじゃない――

 むしろ当たらないように放つそれは、ただの弾幕であり、
 対峙する上司の方もどう切り返してよいか困った表情を見せている。

――ただ遊ぶためにじらしている?――

   すぐに、違うと小町は結論付ける。

 四季映姫の手加減が無ければ、もはや勝敗は決しているに違いない。
 それならば、何故お互いに不毛な弾幕ごっこを演じているのか?

「何でだろうねぇ」

 近くに現れた『新しい来訪者』に語りかける。

 気配からして、あれの関係者なのだろう。小町は見なくても理解していた。

 声は返ってくる。

「そりゃぁ、もちろん――」

 明るく、楽しそうな様子で。

「とっ捕まえて聞き出すまでよ!」

――――――――――――***――――――――――――





 ルナサ・プリズムリバーは迷っていた。
 ただ弾幕が飛び交う中に集まる霊の中に、『あの子』が見つかる事はないかもしれない、と。

 付き合いで相手をさせて、霊を集めても、結局不毛な事は変わりない。

 それでも、自分を見つめ直すために。
 会いたいがために。

――やるしか、無い――

 ルナサは閉じた瞳を開こうとする。

「――いつまでも」

 耳になじみのある声が聞こえた。

「塞ぎ込んでるんじゃないのっ!!」

 丸い音符の弾が円状に広がる弾幕。
 ルナサはそれを苦労無しにかわした。

 状況を確認する事に、ルナサはそこまで時間をかけずに済んだ。

「どうしてここにいるの」

    自分を狙った相手を見据え、ルナサは問う。
 その相手は、
「は?」

 と一呼吸置いてはっきりと大声で言う。

「そりゃいつも一緒にいるルナ姉がいきなりいなくなったら探しに行くって普通!」

 その声は、幾分怒気を含んではいるが、信頼する相手に向けた言葉。

 言葉を放ったルナサの妹、リリカ・プリズムリバーはルナサを指さし、勝ち誇ったような、強気を顔に表していた。

「さあ姉さん、話してもらうよ。どうして、内緒で出掛けて、しかも他の妖怪に手を掛けたの?」

 ルナサは表情を変えずに、リリカと対峙する。




――――――――――――***――――――――――――





「お疲れ様です。
映姫さま」

 自分の番を終えたと判断した四季映姫は、彼岸畑に降り立った。
 そこに、部下の小町のねぎらいの言葉が入る。

「小町、仕事は?」

 薄く笑んで、四季映姫は聞く。
 小町は困ったような表情を覗かせて、訳を話し始める。

 この後、上司の説教が小町に振りかかったのは言うまでも無い。
 流石に、弾幕に見とれていて何もしていなかった、とは言い訳にはならなかった。




――――――――――――***――――――――――――





「あなたに話す事はないわ」

 いきなりの姉の突き放すような言い方に、リリカはひるまずに答える。

「どうして? 必要が無いから?」

「……これは私たちの為にやっている事。
だけど、正解かは解らない」

 曖昧なルナサの言葉は、妹を当惑させる。

「何? 何を姉さんは言いたいの?」

「私たちは騒霊。それがどうやって存在するか解る?」

「存在とかはよく解んないけど。騒ぎたい奴が霊になったんじゃない」

「だからあなたに話す必要は無い。少なくとも、今は」

「む。何だよー、姉さんの方がちょっと賢いからって仲間外れにするの?」

「違うわ。それは……これが正しい方法か分からないから。」

 その言葉に嘘は無い。リリカは目を伏せる姉の様子からそう察した。
 姉を想うリリカは、理由を置いてでも譲歩を始める。

「じゃぁさ、私も手伝うよ。良く解んないけど霊を集めればいいの?」

「それでは、多分、無駄」

 きっぱりと断られる。

「どうしろって言うのさー」

 このままでは八方塞がり。教えてもくれないし一緒にもいれない。
 リリカの言葉は投げやりになりそうになる。

「――あなたは覚えている? 生まれたての私たちの側にいたあの子の事を」

「あの子?――さぁ。何を言ってるの?」

「私は幽かにしか覚えていないその子を探しているのよ」

   真摯に答える分、リリカはショックを受ける。
 それは、姉がどうしてもその子に会いたい事を語り、そこに自分の入る隙が無い事も解らせた。

「――その子は、霊なの?」

「生きているのか死んでいるのか、もう存在していないのかも解らない。
 あなたはそんな相手を探す気持はない」

「わかってるんだ。――そうだよ。
私はそんな奴よりルナ姉の方が大事だもん」

 挑発するように、リリカは言葉を選んだ。
 少しでも自分に意識を向けさせたい一心で。

「私の事を想うなら、このままここから離れなさい」

「嫌だね! 姉さんの気持ちが本気なら、私だってそうだもん!」

 珍しく駄々をこねる妹に、姉はどうしていいか、良く分からない。
 だから、お互いに傷つかないように、ルナサは距離を置こうとする。

   そんな関係を、リリカは望まない。

 これ以上の譲歩はお互いに無いのだろう、姉妹は理解した。
 それならば――お互いにやる事は解っている。

「手加減しないよ。姉さん」

「その音は、私には不要」

 互いの愛器を、戦闘用の配置に持ってくる。



 弾が飛びかうはずのその刹那に、異変は起こった。

「はいはい、姉妹喧嘩はそこまでだよ」



 物理的に距離をとっていたはずのリリカとルナサは、お互いのすぐ近くまで接近している。
 まるで子供が人形同士をくっつけるように、いきなりの接近。

「わわ」

 急な運動の変化にリリカはバランスを崩し、姉の胸に飛び込む形になった。
 その妹を、ルナサは身体で受け止める。
 抱きしめてはいない、その手の浮き方を、距離を弄った張本人の小町はにやけ顔で見ていた。

「……大丈夫?」

 声をかけても、胸元に収まる妹の顔は上がらない。

「……」

「リリカ?」

「姉さんの……馬鹿……わた、し……姉さんが……いなくなったらどうしたらいいかわかんないよ……」

 声の震えを抑えようと、リリカの口調は途切れ途切れになる。
 嗚咽も聞こえる妹の声を、ルナサはただ聞いていた。

「リリカ――」

 ルナサの自分に対する問いは、この時結論を導こうとしていた。

――今は、リリカとメルランのために。
それでもいいのだろうか――

 幽かに思いだした“あの子”。いつか二人の妹も思い出す日が来るかもしれない。
 一人じゃなくて、三人で探す。それまで待つのも、ルナサは悪いとは思わなくなってきた。

「ごめん。私は――自分の事で精一杯であなた達の事を何も考えていなかったかもしれない」

 ルナサはその手で妹を抱き締めた。

「……馬鹿、ばかぁ」

 その後は、リリカの感情は言葉の形をとらず、ただ声という“音”となって彼岸畑に響いていた。




――――――――――――***――――――――――――





「全く、はた迷惑な姉妹だ事」

 冗談交じりに小町が楽しげに呟く。

「勝手な事をして。でも、良い行いでしたよ。小町」

 隣に立つ四季映姫は優しく叱るような口調で釘を刺した。

「ほんとね〜」

 そして、陽気な声が四季映姫達の耳に届く。

「三人目か。あんたは行かなくていいのか?」

 小町はプリズムリバー次女、メルラン・プリズムリバーの姿を確認する。
 髪は乱れ、服はぼろぼろで、いくらか破れた所も多いが、本人はいたって元気そうである。

「そうね〜 でも今はいい雰囲気だからここから眺めていたいな」

 その様子を見て、四季映姫は小さく息を吐いた。

「今回の事ではあなたが一番苦労したようね」

「解る? 次女も大変なのよ〜」

 全然苦労していないよ、とでも言うように、帽子を片手で押えてとても明るい調子でメルランが答えた。




――――――――――――***――――――――――――





「お、やってるやってる」

 幻想郷の空は日が落ち、暖かな風が夜の空に弱く吹いていた。
 その黒衣が降りたような夜の中で、魔理沙はひときわ賑やかな博霊神社に訪れた。

「あんたにしては随分遅かったわね」

 博霊の巫女、霊夢は魔理沙の姿を見つけて投げやりに放った。

「ああ、こいつを直すのがちょっと手間取ってな」

「あんたが『この人形に兵器を入れようぜ』とか駄々こねて河童を連れてこなければもっと早く終わってたわよ」

「勿体無いなぁ。
せっかく分離合体機構とか入れられたのに〜」

「まったくだ。
合体は漢の浪漫だぜ」

「お、人間、良く解ってるじゃない」

 魔理沙と連れだって歩くのは、人形師のアリス、河童の河城にとり、にとりの背後に隠れるようにメディスンがいる。

「メディ子、なんで隠れてるの?」

 即興で付けたニックネームでにとりは尋ねるが、メディスンは恥ずかしそうにうつむいている。

「それは……私だって一応羞恥心とかはあるもん」

 消え入りそうな声でメディスンは答えた。

 アリスは納得したが、にとりは「?」と不思議そうな顔をしている。

「紅魔館の奴らはもう来てるのか?」

「一応ね。あんたと一緒じゃ無いって事はパチュリーは来ないのね」

「ああ、あいつは粉吸い過ぎて調子が悪いらしい」

「……あんたたち何やってたのよ」

 怪訝そうな霊夢の上に、チョコンと角の生えた鬼が乗っかる。

「おーいれいむ〜、お酒がもう無いぞ〜」

「嘘っもう無くなったの!? ああじゃあ紫が来るまで少し我慢してて」

「えぇ〜」

 鬼の萃香は、ひどく残念そうな表情を霊夢の頭上で覗かせる。

「酒の事なら心配無いぜ。ちょっとは持ってきたんだ」

 魔理沙の発言に萃香は目を輝かせて霊夢から降りて、とことこと魔理沙に近づく。
 すでに若干、千鳥足である。

「おお良くやった魔理沙!――ん? これワインばっかだねぇ」

「ああ。元はタダだからいくら飲んで大丈夫だぜ」

「はぁ……良く言うわ」

 入手先――正しくは盗難先を知るアリスは深くため息をついた。

「ワインもお酒だー! よーし、飲むぞ〜」

 確認した酒の量とともに、萃香はテンションが上がっていく。

「あれ、もう宴会は始まっていたんですね」

 境内に妖夢が幽々子を連れだって降りる。

「あれ、あんたたちに伝えてたっけ?」

 霊夢は不思議そうに尋ねる。

「桜ももう散る頃だから、今日は宴会でもありそうだなと思って来てみたのよ」

 優雅な仕草で扇子を広げ、口元を隠して幽々子が答えた。

「予想通りやってましたね。
この荷物が無駄にならなくて良かったですよ」

 そう言って掲げた荷物を下ろす妖夢。
 その中身は食材に酒類と、宴会を想定したものが相当量、入っていた。

「流石だぜ」

 と魔理沙は嬉しそうに幽々子の判断と妖夢の苦労をねぎらった。

「あら、紫はまだ来てないのかしら」

 幽々子が霊夢に尋ねる。

「まだね。
あいつはどこからでも割って入るから気にしてないけど」

 そもそも連絡をしてなくても勝手に来るから、霊夢は特に気にしてもいない。
 そのため、境内に入ってきたのは境内で噂話を弾ませる彼女達にとって意外な組み合わせだった。

「式だけじゃないか」

 境内に現れたのは、八雲紫の式、八雲藍とその式の橙だけである。

「あんたのご主人さまはどうしたの」

 藍が応える。
「紫様は『最後の春眠を謳歌する』と言ってお休み中なのよ。今回は紫様からの差し入れを持って来ただけだ」

   藍の隣で橙がこくこく頷いて同意する。

「ああ、そうなの。まぁせっかくだからあんた達も宴会に参加しなさい」

「お、そうか。ではお邪魔するよ」

 誘われた事に、藍は素直に喜びを見せた。

「さぁ、ここに集まっても意味無いわ。宴会場に移動して」

 霊夢の一声で皆が思い思いの速度で移動を始める。

「橙、お前酒呑めるのか?」

「む、私だってお酒ぐらい大丈夫だよ!」

「これ橙、お前は飲んでは駄目だよ」

「……でも藍様が駄目だって言うから、本当はあんまり飲んだこと無いもん」

「猫はマタタビの方が喜ぶわよ」

「またたび!?」

「後であげるから。今は我慢しなさい、橙」

「はい藍様!」

「あら、鰻のおいしそうな香り」

「珍しいですね、幽々子様」

「ここの宴会はつまみに鰻か。豪勢だなぁ」

「中々乙なもんだから、お勧めだよ〜」

 階段を上りながら騒ぐ皆を見送り、霊夢は桜を見上げる。
 散りゆく数の方が多く、それは春の終わりを告げていた。

「あら、博霊の巫女が珍しく感傷的ね」

「今日は客が多い。何、幽香」

「あなたと考えている事は同じかな。桜を見ていたのよ。今年の見納めにね」

 涼しい声音で、幽香は答える。
 しかし、そこには寂しさが隠れている事を霊夢は感じていた。

「桜の終わりとともに、この異変も全て終わる――か」

「あら、良く気付いてたわね」

「説教好きな変な奴がそう言ってた」

「ああ、あの説教好きね」

「誰が説教好きですか」

 幽香と霊夢が振り返ったその先には、四季映姫と部下の小町が見える。

「噂をすればなんとやら、ね」

「流石は地獄耳だ事」

「お前たち映姫様を化け物みたいに言わない。
せっかく来てくださったんだぞ」

「いいのです、小町」

「それより、あんた達も桜を見てここに来たって口?」

 半分あきれた様子で霊夢は尋ねる。

「いや、あの騒がしい三姉妹から宴会があるって聞いてな。たまには良いなと思って来たんだよ」

 快く答えたのは小町である。

「まさかここまで大人数で騒いでいると思いませんでしたが。
少し様子を見たら帰ります」

「と言う訳だ。映姫様は忙しい身だからちょっとしたら帰るけど、邪魔するよ」

「はぁ……別にいいわよ」

 ため息を隠すことなく霊夢は了承した。
 多分、明日は疲れてるだろうなと漠然と感じながら。

「春の最後に大騒ぎ、ね」

 心から嬉しそうに、幽香は小さく笑んだ。

 了承を得た四季映姫と小町は、階段へ向けて歩き始めた。

「そうだ小町。さっきのあなたの口ぶりでは私だけ忙しいように聞こえたけど」

「あ、いや言葉のあやですって。私も忙しい身だからな〜、っと」

「全く小町ったら。あなたは少し仕事を怠けすぎるわ」

「す、すみません〜 少ししたら私も仕事に戻りますから〜」

 上司の説教を受けながら、平身低頭で小町は四季映姫の後に続く。

 それを見送った後、霊夢は幽香に体を向ける。

「で、あんたも宴会に参加する?」

 神社の桜を見渡した後、花を愛する妖怪は答える。

「――まぁ、たまにはいいかもね。少し奥の座敷を借りるわ」

 そう言って、泥だらけの花の妖怪は軽い足取りで進んでいった。

 その後すぐに、小さな突風が霊夢の前に巻き起こる。
 その中心には、天狗の新聞記者、射命丸文が立っていた。

「毎度おなじみ射命丸文です」

「今度は天狗か。ホント、大盛況ね」

「取材対象が早速見つかったので取材に入ろうと思います。
なぜこんなに頻繁に宴会を行うのですか?」

「ん? んー、考えた事は無かったわね」

「ではそこの理由を詳しく」

「そうねぇ。楽しく騒ぐことはたくさんあった方が楽しいからよ」

 いつも通り、博霊神社には人、妖怪、霊など、幻想郷に生きる者達の活気であふれていく。
 これからの宴会の楽しみに、霊夢は顔を綻ばせて会場へと進む。




――――――――――――***――――――――――――





「うわーいつもより沢山いるなぁ」

「そうは言ってもいつもよりは少ないね〜」

「目的は私たちの演奏を聴きに来たわけでは無い」

 三姉妹はそれぞれ思い思いの感想を述べた。

「うわ、あの物騒な妖怪もいるじゃん!」

 幕間から見つけた幽子の姿に、リリカは少し慌てる

「大丈夫よリリカ。
私が解決しておいたから」

 そんなメルランの言葉は、とてもさっぱりとした印象だった。

「ホントに〜?」

「メルランがそう言うなら問題はない筈よ。
あの妖怪も解ってると思うわ」

「元々ルナ姉が原因じゃん」

「そうそう。
元気にさせるのに時間かかったのよ〜」

 ライブ本番前でも騒がしい三姉妹に、夜雀、ミスティア・ローレライが声を掛けた。

「あの〜、これ、一応差し入れ」

「ああ、ありがとう。って鍋の具材になって無かったのね」

「鳥鍋なんて絶対にさせないよ!」

 そう言って鰻の蒲焼を渡すミスティアは、いささか朝よりやつれているようにリリカには見えた。

「じゃあ、頑張ってね〜 私もそのうち参加するから」

 そう言ってミスティアは自分の持ち場所に戻って行った。

 朝に不意打ちを食らい、気絶したミスティアは、霊夢に捕まった挙句自分の屋台を持ってこさせられ、
 宴会用に料理を作らされている。

 その姿を見送ってリリカは何となく手を合わせていた。

「きっと食材が無くなった時があの子の最後ね〜」

「メル姉結構黒いこと言うなぁ」

「さあ、そろそろ出番よ」

 ルナサの合図に、二人は笑んで答えた。




――――――――――――***――――――――――――





「さぁさぁ、本日は博霊神社でのライブ」

「今年の春の最後にいい思い出作っちゃいましょう」

「まずは春らしい一曲
 『招魂の桜』
 いくよー!」




――――――――――――***――――――――――――





「ん〜〜」

「無理したみたいね」

「余り私たちは酔う機会もないもんね」

 空に昇る更待月は、家路へ歩む騒霊姉妹の影を映していた。
 ライブ、むしろ宴会は異様な盛り上がりを見せて終了した。
 途中夜雀の乱入もあり、大音量の宴会場はおそらく周辺の森にまで響いていたことだろう。


 そうして、音に乗せて自分たちの存在を知らしめる。
 魂が宿るのは生きものだけでは無いのだと。


「リリカはすっかり寝ちゃったね〜」

 ルナサにおぶさるような格好で、リリカは小さな寝息を立てている。

「そうね。」

「きっと疲れてたから、酔いも早かったのね」

 そんな妹の顔を見つめ、メルランは微笑む。

「メルラン」

「何、姉さん」

「あなた、どこまで知っていたの?」

「ええ? 私は何もご存じありませんわ」

「嘘はやめる。あなたなら、私がどこで演奏していたかは音を探れば可能だったはず」

「買いかぶりすぎよ〜」

 そうして、一旦会話は止まった。

 しばらくして、切り出したのはメルランからだった。

「このまま思い出す必要は姉さんには無かったのよ」

 その一言が、先ほどのルナサの問いの答えになっている事を姉は理解した。

「……」

「姉さんが自分が何者かを考えるのはいいけど、その源流を知れば、きっと後悔すると思ったから」

「あなたは覚えているの?」

「いいえ? だからこれは私の勘よ」

 メルランは笑む事も無く、さらに続ける。

「ただ一つ、言えるのは探しているその子の名前を思い出せば、きっと繰り返す事になるわ」

「私が、騒霊を生み出す――という事?」

「全て仮定の話よ。
それよりも、私は今の騒がしい毎日が気に入ってるだけよ。
 これ以上は求めていないからそう思っただけ」

 メルランの顔には、少し曖昧な部分を残して、笑みを作っていた。
 驚いていたルナサは、諦めたように微笑んで、小さく答えた。


「ありがとう。ごめんね」

「どういたしまして。こちらこそ」



 こうして、三姉妹の小さな異変は終わりを告げた。




――――――――――――***――――――――――――





 幻想郷の朝は、騒がしく始まる場所が結構多いらしい。
 それは棲む者がきっと騒ぐの事が好きだからなのだろう。

 人里から離れた古びた洋館も、そのひとつ。

「ああーー! また姉さん達がいないーー!」

 昨日の記憶が曖昧で、どうしてここまでたどり着いたかは覚えていない。
 そんなリリカでも、朝の異変には気付き、素っ頓狂な声をあげる。

 森の小鳥たちはその声に反応して盛大に羽ばたく。
 それを見送るのは、庭に佇む二人の少女。

 リリカは急いで支度して、階段を駆け下りる。

   扉を開いて、朝の光がリリカの視界いっぱいに広がっていく。

「遅い。」

「リリカはお寝坊さんね〜」

 庭に立つルナサ、メルランの二人の姉を見つけて、リリカは息を大きく吐き出す。

「はぁ……昨日の今日じゃ心臓に悪いじゃない」

「あなたが遅いから悪い」

「リリカは私たちにべったりね〜」

 優しく笑む姉たちに、リリカは頬を赤らめて反論する。

「……うるさいな。やっぱり姉さんたちと一緒の方がいいもん」

 意外な妹の言葉に少し恥ずかしい気分になったメルランとルナサは、落ち着かない気分になった。

「あらら、うれしい事を言ってくれるわね」

「……そう、」

 間隔を経て、リリカが尋ねる。

「ねぇ、それよりも今日はどこに行くの?」

「そうね、ライブの依頼は来ていないわ」

「じゃあ今日は暇なわけね〜」

「だったらさ」

 リリカが提案する。

「音探しに行こうよ」

「新しい幻想の音探し? 徒労に終わる確率の方が高いわ」

「姉さんはネガティブね〜 探せば多分あるわ!」

「あー、今までの音探しじゃなくてさ、歌の方なんだけど」

「唄?」

「詩?」

 前者はメルラン、後者はルナサの反応である。

「昨日みたいに歌と一緒に演奏するのも楽しいかなって。で、どんな歌があるか探しに行くの」

 数秒の沈黙の後、ルナサが「面白そうね」

と答えた。
 メルランの方は楽しそうにしているから問題ないだろう、とリリカは判断する。

「それじゃあ、歌ネタ探しに出発―!」









――今日は三人で、音を探そう。それで歌い手と一緒に騒ごう――









 今日も幻想郷の、騒がしい一日が始まる。










〜 完 〜










◆著者コメント◆

あとがきですね。

初めにお断りしますが、本SSは東方Project作品の二次創作のショートストーリーです。
本編の記述に原作と違う点、二次設定が多々あるかもしれませんが、ご了承ください。

今回のお話は騒霊姉妹、プリズムリバー三姉妹にスポットを当てたものです。
元々筆者が東方作品を好きになったきっかけが東方関連の音楽であるため、音を中心とするキャラクターへの思い入れは強かったりします。

テーマは「三姉妹は三姉妹だから三姉妹なんだ!」というもの。
書いてみると全く意味不明ですね。

一応、東方花映塚でのリリカのストーリーモードのお話をベースに、後日談のようなものを妄想して書いてみました。
SS中の記述、”あの子”は、東方妖々夢のキャラ設定を読めばきっとわかる筈。……解らなかったらもうそれは筆者の技量不足です。すみません

もう一つの目的として、「沢山のキャラを書いてみよう」というものもあります。
基本的に今までは2〜6キャラ程度しか同時に書いた事はないので、書きわけの練習がてらやってみたり。
途中『誰が喋ってんの?』と思う場所があればもうそれは(以下略

実は時系列順だとまだ出会っていないキャラが一人出ていたりするんですが……『たまたま出会って意気投合した』という解釈でお願いします。『そうは見えねぇな』と感じたらそれは(ry

話変わって――

東方は奥が深いですね。一つのキャラを掘り下げて調べていくと新しい発見や背後の意味が見えてきて、余計に創作意欲がわいて行きます。書ける今を幸せに、また妄想を文にしていければいいなと思います。そして、稚拙な本SSを読んでくださった方に多大な感謝を。

最後に、東方作品の原作者、ZUN氏と、東方に関わり、そして愛する全ての方、掲載をしていただくはみゅん氏に愛を込めて。

お話は、夢茶がお送りしました。

◆管理人コメント◆

プリズムリバー三姉妹に起こった、小さな大騒動。
最終的には幻想郷中の人妖を巻き込んじゃいましたね(笑
かなりの数のキャラを一本の話に登場させているのに、それをちゃんと使い分けられているのは良かったですね。
私はその辺が苦手なので羨ましいです(笑

投稿ありがとうございました!






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