【夜の学校で】
――午前零時。 真夜中の白皇学院旧校舎に二つの影があった。 「ここに来るのは久しぶりですね」 懐中電灯で正面を照らしながら、ハヤテは隣を歩くヒナギクに声を掛ける。 「そうね……まさか、また来るとは思わなかったけど」 ヒナギクが呆れた様に呟くが、少し嬉しそうである。 いくら並の男より男らしいと(一部で)言われているとはいえ、彼女も年頃の女の子。 男の子と二人っきり……しかも相手が想い人ならばそれも当然だろう。 「それにしても……本当にいるんですかね」 「何も無いならそれに越したことはないけど、火のないところに煙は立たないって言うわよ?」 「それはそうですけど……」 ハヤテが不安そうに呟くのを見て、ヒナギクは意地悪そうに笑った。 「なに? もしかして怖いの?」 「むっそんなこと無いですよ! ……ヒナギクさんこそ大丈夫なんですか?」 「私がこのくらいで怖がるはず無いでしょう!?」 ヒナギクの言葉に、ハヤテは驚きの表情を浮かべる。 「えっ? でも前来たときは……」 そこまで言うと、ハヤテは急に俯いてしまった。 「なによ。この前はなんだ…って…」 よく見るとハヤテの顔は僅かに赤くなっている。 そこでヒナギクは以前、恐怖の余りハヤテに抱きついたことを思い出した。 「「…………」」 二人の間になんともいえない空気が流れている。 (き、気まずい!……でもずっとこうしている訳にもいかないし……) (なによ!あのときは『意識してない』って言ったくせに……そんな反応されたら期待しちゃうじゃないの) と、ヒナギクが若干妄想に入っていると。 「えと……ヒナギクさん行きませんか?」 「え!? そ、そうね。先を急ぎましょ」 妄想から急に引き戻されたヒナギクは慌てて歩き出した。 * * * ――事の始まりは昼休み。 たまたま生徒会室に来ていたハヤテが、ヒナギクから聞いた噂だった。 「旧校舎の噂は知ってる?」 「あ、それなら聞いたことありますよ。なんでも夜の旧校舎に幽霊が出るって話ですよね?」 その噂というのは、旧校舎で肝試しをしていた生徒が不気味な笑い声を聞いた、というもので、僅か一週間ほどでかなり広まっている。 「えぇ、それを面白がって旧校舎に入った他の生徒も聞いたって話だから全くの冗談、という訳でもなさそうなのよ。……それにあそこは前本当に出たしね」 「確かにそうですね……」 (あれは伊澄さんが作った偽者だったんだけど……それに本物も伊澄さんが全部倒したはず……) 伊澄は普段はともかく、仕事に関してはミスをしたりはしない。 噂が本当ならば新しい幽霊が現れた、ということだろうか――などとハヤテが考えていると。 「ハ…テく……ハヤテ君!」 「は、はい! なんですか!?」 「もう……全然話聞いてないじゃないの」 「す、すいません」 ハヤテが謝るとヒナギクは呆れたように笑った。 「まぁいいわ。それじゃあもう一回言うわね……今夜私達で旧校舎を調べるわよ!」 「……は?」 ハヤテが呆気にとられたのも無理は無い。 何せ彼女は怪談が苦手なのだ(素直に認めたりはしないが)。 「えと……なんでですか?」 「噂がここまで大きくなってるんだから、放って置くわけにも行かないでしょ?」 「まぁ、そうですけど……」 「それに……」 「それになんです?」 ハヤテが訊ねると、ヒナギクは真っ赤になった。 「な、なんでもないわよ!」 (ハヤテ君と二人っきりになりたいから。なんて言えるわけ無いじゃない) どうやらこちらが本音のようである。 「で? 今夜大丈夫なの!?」 ヒナギクは逆切れ気味に訊ねる。 「あ、はい。大丈夫だと思います」 そう答えると、ヒナギクはすぐに機嫌を直した。 「そう。じゃあ、今夜零時に時計塔の前ね?」 「はい!」 と、こんなことがあり、現在に至るのである。 * * * 旧校舎に入って一時間ほどが経ったが、幽霊らしきものは何も見つからなかった。 「なによ……何も無いじゃない!」 「やっぱりただの噂だったんでしょうか?」 「それなら別にいいんだけど……」 (もう少しハヤテ君と一緒にいたいな……) しかし何も無いまま帰るのはヒナギクの、生徒会長としてのプライドと微妙な乙女心が邪魔をしていた。 「とにかくもう少し調べてみましょう? まだ調べてないところもあるかもしれないし」 そう言ってヒナギクが歩き出したとき、ハヤテはあることに気づいた。 「ヒナギクさん!!」 「え?」 叫ぶと同時にハヤテは、ヒナギクの腕を掴み強引に引き寄せた。 「大丈夫ですか?」 「あ、うん……」 突然のことに呆然としながらもなんとか返事を返す。 しかし、ヒナギクは気づいた。 今、自分がハヤテに抱かれているということを。 (えぇぇぇぇぇぇぇ!?) 「危なかったですね……あそこ前僕が落ちたとこなんですよ」 「そ、そうなの……」 (うぅ……すごく恥ずかしい……でも、なんだかほっとする………) もう少しこのまま……ヒナギクがそう思ったところで、足元の感覚が無いことに気づいた。 足元の床が抜けたのである。 「へ!?」 「え……」 当然重力に逆らえるはずも無く……。 「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」 二人は仲良く穴の中へ落ちていった。 * * * どれくらい時間が経っただろうか……ハヤテは胸の重みで目が覚めた。 「なんだろこれ……」 自分になにか柔らかいものが乗っている。 目を凝らしてよく見るとそれは……。 「!?」 ヒナギクだった。 気を失ったヒナギクが、ハヤテの上に乗っかっていたのだ。 それを理解した瞬間、ハヤテの頭は真っ白になった。 * * * 「あいたたた……」 眼を覚ましたヒナギクは、自分が何かに乗っていることに気づいた。 それは、明らかに床とは感触が違った。 「これがクッションになったのね……でもなにかしらこれ?」 ヒナギクは確かめようとするが、暗くてよく見えない。 ちゃんと確認する為顔を近づけてみると―― (ハヤテ君!!?) そう、ハヤテであった。 ヒナギクより先に眼が覚めたハヤテは、いまだ思考停止状態だった。 そのため、ヒナギクが眼を覚ましたことに気づいていない。 二人の顔はものすごく近い。 少し動かせば唇が重なるくらいに。 「「…………」」 ヒナギクはハヤテの顔……唇から目を離すことができない。 今、目の前には好きな人がいる。 けれど彼女は動けなかった。 (ダメ……そんなことしたら、ハヤテ君を困らせちゃう……でも………) ハヤテを欲する心と理性……それらがヒナギクの中で激しくぶつかっていた。 (ヒナギク……さん………) 一方、ようやくこっちに戻ってきたハヤテも。 ヒナギクの唇に釘付けになっていた。 普段の彼なら、すぐに相手から離れたであろう。 けれどもできなかった。 否、してはいけない気がした。 (ハヤテ君……) ヒナギクが目を閉じる。 それに釣られるようにハヤテも目を閉じた。 そして気づく。 ――自分がヒナギクを求めていることを。 ――ヒナギクのことが好きだということを。 気づいてしまえばもう止められなかった。 ただでさえ近かった二人の距離がさらに縮まる。 「ん……」 そして……二人の唇が重なった。 * * *
たっぷり五分、ようやく二人は顔を離した。今になって自分たちのした事に気づいたのだろう。 二人の顔はこれ以上ないほど赤く染まっていた。 (い、今僕はなにを……!?) (ハヤテ君とキス……しちゃった………) 二人の間に沈黙が流れる。 そんな中、ヒナギクはひとつの決意を固めた。 (ハヤテ君に告白しよう……今しないともう言えない気がする……だから……好きですって言おう) 想いを伝える決意を。 * * * 一方のハヤテも決意を固めていた。 (ヒナギクさんに告白しよう……絶対に上手くいく分けないけど……この気持ちを抑えておくことなんてできない!) そこまで考えてハヤテは、ヒナギクのほうに振り向いた。 ヒナギクも同様にハヤテのほうに向く。 「ヒナギクさん!」 「ハヤテ君!」 二人は同時に口を開いた。 「あ、えと……なんですか?」 「ハヤテ君こそ……なに?」 その後も互いに話しかけようとするのだが、その度に相手も口を開く。 何度か繰り返して、二人は完全に黙り込んでしまった。 (うぅ……やっぱり僕じゃ駄目なのかな………) ハヤテは軽く自己嫌悪に陥っていた。 (しっかりしなさいヒナギク! これくらいで諦めるの!?) しかしヒナギクは、もう一度自分を奮い立たせようとしている。 (これが最後のチャンスかもしれないんだから、次で必ず言うのよ!) そう自分に言い聞かせた。 そしてハヤテも……。 (とにかくもう一度……もう一度だけやってみよう!) 「ヒナギクさん」 「ハヤテ君」 またしても二人は同時に口を開く。 しかし今度は、二人も簡単には諦めない。 「えと……二人一緒に言いませんか?」 「そうね……このままじゃきりがないものね」 「それじゃあ……」 二人は改めて覚悟を決める。 「ヒナギクさん!」 「ハヤテ君!」 「僕は」 「私は」 「「あなたが好きです!!」」 「「………え!?」」 それは二人が一番欲しかった言葉。 しかし、絶対に無理だと思っていたものだった。 それからしばらくして、ようやくハヤテが口を開いた。 「ヒナギクさん……今のは………?」 (僕の勘違いだよねきっと……) ハヤテはいまだに信じられなかった。 ヒナギクが自分のことを好きだなんて。 「冗談なんかじゃないわよ……私はハヤテ君のことが好きなの!!」 一度言ったからだろうか。 ヒナギクは開き直ったかのように叫ぶ。 「それで……ハヤテ君がさっき言ったのは………」 「僕は……」 何も迷うことはなかった。 ハヤテもまったく同じ気持ちなのだ。 「僕もヒナギクさんのことが好きです!」 ヒナギクにも負けないほどの声で叫んだ。 「ほんとに……?」 「本当です」 ――ギュッ! 「ひ、ヒナギクさん!?」 「うれしい……」 ハヤテの言葉に、ヒナギクは感極まり抱きついたのだ。 それに気づき、ハヤテもヒナギクを抱きしめる。 「僕もです……」 しばらくしてヒナギクは顔を上げた。 そしてスッと目を閉じる。 その意味はハヤテにもわかった。 それは二度目の……けれど恋人としては初めてのキス。 ハヤテも目を閉じ、顔を近づけていく。 そして二人の距離がゼロになろうとしたそのとき―― ガシャァァァン! 「きゃっ!」 「うわっ!?」 突然ガラスが割れたような音が響いた。 それに驚いたヒナギクは、再びハヤテに抱きつく。 「ヒナギクさん。大丈夫ですか!?」 ハヤテも驚いてはいたが、ヒナギクに抱きつかれたことで幾分か冷静になっていた。 「う、うん大丈夫……でも今のは………?」 ヒナギクも落ち着きを取り戻し、ハヤテに聞き返す。 「わかりません……でも、もしかしたら噂と関係があるかもしれませんね」 「そうね。とにかく調べてみましょう」 二人は音のした方に向かっていった。 手をしっかりと握りながら。 * * * 二人がたどり着いたのは行き止まりだった。 「おかしいですね……確かにこっちから聞こえたのに………」 「調べようにも暗くて何もわからないわね……ハヤテ君ライトは?」 ここに来た際、ハヤテは懐中電灯を持ってきていた。 しかし、今はそれを持っていなかった。 「実は……落っこちたときに無くしたみたいなんです」 「そうなの? それならしかたないわね」 電気が通っていないこの旧校舎で、明かりは月の光だけ。 しかし地下にはそれが届くはずもなく、辺りは真っ暗である。 しかたなく、二人は手探りで調べ始めた。 * * * 「ん? これは……ハヤテ君!」 それはすぐに見つかった。 正面の壁に、なにやら取っ手のようなものがあったのである。 「これは扉……ですね」 携帯電話の明かりで、確認したハヤテが呟く。 別に扉があること自体は珍しくもないが……よく見ると扉の隙間から、明かりが漏れている。 「さっきの音はこの先からしたのよね……」 噂の幽霊がこの先にいるかもしれない。 そのせいか、ヒナギクの声は少し震えていた。 「大丈夫ですよ」 それを察したのか、ハヤテがヒナギクに顔を向ける。 「なにがあっても僕が守りますから!」 その言葉にヒナギクは、顔が赤くなるのと同時に、この人と一緒なら、本当になにがあっても大丈夫だ。 という大きな安心感を感じていた。 「それでは開けますね」 ハヤテがドアノブを手に取り言う。 ヒナギクは言葉の代わりに、ハヤテの手をギュッと握ることで答える。 「「…………」」 扉の先にあったのは―― 「……なにこれ?」 「瓶ですね……お酒の」 どこから電気を引いたのか、明かりに満たされた部屋にあったのは大量の酒瓶であった。 二人はこれとよく似た部屋を知っていた気がする。 「ってことはもしかして……」 ヒナギクの顔が歪み、横に立つハヤテも苦笑いを浮かべていた。 そんな二人の前に、部屋の主が遂に現れた! 「あれ、ヒナに綾崎君? なにしてんの? こんなとこで」 そう、部屋の主とはヒナギクの姉である雪路だったのだ! 「お姉ちゃんこそ……ここでなにしてるの?」 ヒナギクが声を絞り出すように聞く。 よく見ると、肩がプルプルと震えていた。 「いや〜それがさぁ。宿直室追い出されちゃってさ〜。仕方ないからここに来たんだけど……なかなか良いわよここ! 電線引くのは大変だったしボロいけど……住めば都ってほんとね! なにより人が滅多に来ないから、いくら騒いでも起こられないしね!」 そこまで一気に捲し上げると、豪快に笑い出す。 しかし次の瞬間、雪路の眼が怪しく光った。 「それで……なんで二人は仲良く手を繋いでるのかなぁ〜?」 「「んな!?」」 完全に不意打ちであった。 二人の顔は一瞬で真っ赤になる。 ヒナギクは今までの怒りも吹っ飛んでしまった――それでも手を離したりはしないが。 その反応を見て、雪路はますます笑みを深くする。 「初々しいわね〜♪ もしかしてもう付き合ってんの? キスとかはしたの?」 ものすごく楽しそうである。 このとき雪路の頭の中には、ある考えが浮かんでいた。 (ふふふ〜♪ このネタで借金をチャラにできるわね〜。それに、ヒナのファンに売ればいいお金にもなりそうね♪ ……いや、あえて黙ってて、ヒナへの切り札に使うのも良いかしら?) ……なかなかあくどいことを考えているようだ。 しかし、ヒナギクも伊達に彼女の妹はやっていない。 「お姉ちゃん……変なこと考えてたりしないわよねぇ?」 雪路がなにか企んでいることを、しっかりと見抜いていた。 「そんなこと無いわよ〜? 借金をチャラにしようとか、 諭吉さん貸してもらおうとかなんて考えてないわよ〜♪」 あぁ、悲しきかな酔っ払い……隠しているようで本音が駄々漏れだ。 それを聞いた瞬間、ヒナギクが雪路の頭を掴み―― 「やっぱり考えてんじゃないのーーーーーッ!」 そして、思いっきり締め上げた――いわゆる“アイアンクロー”である。 「いだだだーーー! 割れる割れる割れるーーーーー!!」 雪路の絶叫が辺りに響いた。 * * * 「あの……そろそろいいんじゃ………」 十秒ほど経って、ハヤテが恐る恐る声をかける。 「駄目よ! ちゃんと思い知らせとかないと、絶対に調子に乗るんだから!!」 しかし、ハヤテに意識を向けた瞬間。 雪路が素早くヒナギクの手から抜け出した。 「あっ」 「いたたた……よくもやってくれたわねぇ………」 「これに懲りたら、大人しくしてなさいよ」 「ふふ……甘いわね二人とも」 雪路の不敵な態度に警戒するヒナギクとハヤテ。 そして―― 「これで勝ったと思うなよーーー!」 叫ぶと同時に、一目散に逃げて行った。 予想していなかった行動に、二人は呆然とする。 「「…………」」 しばらくして、ハヤテがポツリと呟いた。 「今のやり取りって……大丈夫なんでしょうか………?」 「なにが?」 ゲームや漫画に疎いヒナギクには、何のことかわからなかったようだ。 * * * 一夜明けた次の日。 屋敷に戻ったのが遅かったにもかかわらず、ハヤテはいつもより早く登校していた。 ちなみに隣には珍しく早起きし、これまた珍しく学校に来たナギも一緒であった。 「いや〜早起きすると、気分も清々しいな!」 「それなら明日から、早く起こしましょうかお嬢様?」 これをきっかけにHIKIKOMORIが治れば……そんな淡い期待を込めて、ハヤテが提案する。 「なにを言うか!こういうのはたまにだから良いのだ。そんな毎日早起きなどできるか!!」 しかし、当然というべきか。 ナギのHIKIKOMORIが、この程度でどうにかなるはずがなかった。 「それにしても……今日のハヤテはやけに眠そうだな」 「え!? そ、そんなことないですよ」 「嘘付け、目が真っ赤だぞ。それにさっきから欠伸ばっかしてるだろう」 そのとおりだった。 あの後、ハヤテはヒナギクを家まで送ってから帰ったのだが……時間が経ったことで、恥ずかしさがぶり返してきて眠れなかったのだ。 「まぁいい、せっかく私が来てるんだ。授業中に寝たりするんじゃないぞ」 「はは、大丈夫ですよお嬢様」 ハヤテがナギに答えると同時に―― 「ハヤテ君♪」 誰かが、ハヤテの腕に抱きついてきた。 それは―― 「ひ、ヒナギク!?」 「ヒナギクさん!?」 完全無欠の生徒会長ヒナギクであった。 ヒナギクは見るからに機嫌が良さそうだ。 「二人ともおはよう。あら、今日はナギもちゃんと来たのね」 「あ、おはようございます」 「おはよう……って、なにをしているのだヒナギク!?」 つい返事をしてしまったが、ナギはすぐになにを言うべきか思い出した。 「なにって……抱きついてるのよ?」 平然と言ってのけるヒナギク しかし、その顔は良く見れば仄かに赤く染まっていた。 「そんなことは見ればわかる! なぜハヤテとなんだ!?」 「ふふ、なんでかな〜♪ それじゃあハヤテ君、いこっか!」 「え!?」 言うや否や、ヒナギクはハヤテの腕を引っ張って走り出した。 「あ! こら待て二人ともーーー!!」 ナギも慌てて追いかけるが、当然追いつけるはずもなく。 叫び声だけが辺りにこだました。 「ハヤテのバカーーーーーーーーーー!!」 * * * しばらくして、ようやくヒナギクは速度を緩めた。 「ハァ、ハァ……いきなり酷いですよ、ヒナギクさん………」 ハヤテが、息を整えながら言う。 「ごめんなさい。でも……ハヤテ君と二人っきりになりたかったんだもの」 顔を赤くしながら、そう言うヒナギクはとても可愛く……気がつけばハヤテは、ヒナギクを抱きしめていた。 そのまま二人は見詰め合う。 そして―― 「ハヤテ君……」 「ヒナギクさん……」 そして二人は……口付けを交わした。 * * * 二人から少し離れた場所に、三つの怪しい影があった。 「うわ〜桂ちゃんの言ってたこと本当だったんだね」 「あぁ、しかしまさかあの二人がくっ付くとはな……」 「当然と言えば当然だがな。ヒナはもちろん、ハヤ太君も意識してたみたいだし」 生徒会三人組である。 雪路から二人のことを聞き、確かめに来たのだ。 「それにしても……ラブラブだねぇ〜♪」 「確かに……ここにいたら私のほうが叫びだしそうだ」 理沙が若干危ないことを口走るが、それも仕方ないだろう。 ハヤテとヒナギクは流石にもうキスはしておらず、楽しげに話している。 しかし、明らかに周りと空気が違うのだ。 「証拠はもう充分手に入ったし、さっさと撤収しよう」 三人は、音を立てないように移動し始めた。 「これから楽しくなりそうだな……」 美希の言葉に、他の二人もほくそえんだ。 「「「ふっふっふ〜〜〜♪」」」 * * * ――その後。 学院にある噂が流れ、某借金執事がいろんな人達から命を狙われたりするのだが、それはまた別のお話。 |