【銀陽と金月】
――あ、死んだなこれは。 目の前の出来事がとってもゆっくりと感じられる中、俺はぼんやりとそう思う。 ハンターになってから早五年。 そう思った事は数有れど、今日ほどそれを強く感じた事は無かった。 ――グルアァァァァァアッ! 魂すら震え上がらせるような雄叫びと共に向かってくる奴≠ノ、反射的に太刀を構えてしまい、俺は胸の内で舌打ちする。 ここは回避行動に移るべきだった。 太刀はその刀身の細さから大剣のように防御が出来ない――いや、仮に今俺が持っていたのが大剣だったとしても、奴≠フ一撃を防ぐ事は叶わなかっただろう。 何故なら、既に刀身の大半は折れてなくなっていたのだから。 俺の持つ《斬破刀》の刀身はマカライト製であり簡単に折れたりはしない。 それだけ奴≠フ甲殻が、異常な硬度を持っているのだ。 その硬い物体が凄まじい速度で俺に迫ってくる。 最早躱す事すら出来ない俺には、奴≠ノ押し潰され、噛み砕かれる結末だけが頭の中に浮かんでいた。 しかし―― 「ぼさっとしてんじゃねぇよ!」 突如腕を引かれる感触と共に、地面に押し倒された。 奴≠ナはない、それは共に狩りに来ていた相棒だった。 「今の内に逃げるぞ! あんな化け物相手に出来るか!」 再び腕を引かれ、俺達はベースキャンプに向け駆け出した。 奴等≠フ――銀火竜と金火竜が高らかに上げる、勝利の咆哮を背に受けながら。 * * * 「ご……んおき……ゃー」 「ん、んん……」 体を小さく揺らされる感触と、その甲高いボイスに刺激され意識が夢の世界から急浮上する。 が、正直まだ眠い俺は布団を頭から被る事で、安眠を妨害する強大な敵(比較対象:ディアブロス)に対して鉄壁の防御陣を構築した。 フハハハー! どうだ、これで貴様の攻撃は完全にシャットアウト! 「……と言う訳でおやすみなさい……」 「何が『と言う訳で』にゃー! これでも喰らうにゃ!」 ――ドォオンッ! 「ほぅあッ!?」 突如耳元で発せられる爆発音。 思いも寄らないそれに俺の意識は一瞬で覚醒し、布団の中から飛び出した。 「ななな……何事ッ!?」 「あ、やっと起きたにゃ」 「……ショウ?」 ベッドの脇でしたり顔をしているのは、俺のもう一人(一匹?)の相棒である、キッチンアイルーのショウだった。 その手には『音爆弾(目覚まし用)』と書かれた筒を抱えていた。 「……目覚まし用って……?」 「あ、これにゃ? この前道具屋さんで売ってたから買ってみたんだにゃ。何しろ、ご主人は極度の寝ぼすけにゃから!」 ショウの説明曰く、大きな音を発して寝ている人を起こす物らしい。 通常の音爆弾に比べて音量は差ほどでもない為、戦闘に使用する事は出来ないが、その分何回でも使えるのだとか。 「…………」 「あぁッ!? 何するにゃご主人!」 自慢げに掲げられたそれを、俺は無言で奪い取る。 「何する、はこっちの台詞だこの馬鹿猫! 俺の安眠を返せ!」 あんな乱暴な方法で起こされて、起こるなと言う方が無茶だろう。 「そんな事よりも、早く着替えるにゃ。ご飯は出来立てが一番にゃ!」 しかしショウは俺の言う事などまるで気にした様子も無く、それだけ告げてさっさとキッチンの方に歩いていってしまった。 やれやれ……相変わらずマイペースな奴だ。 しかし、今更愚痴ったところでどうなる訳でもないので、言われたとおりに着替える事にした。 * * * 着替えと朝食を済ませた俺は、武具工房を訪れていた。 今日は別に狩りに行くつもりもないので、着替えとはいっても鎧などは身に着けておらずラフな服装だ。 「お、ルッツじゃねぇか! どうした? お目当てのモンは手に入ったか?」 「あぁ、ようやくな」 愛用の金槌を肩下で掲げ、もう片方の手で額の汗を拭う親方は、そのむさい顔に似合わない爽やかな笑みで俺を出迎えてくれた。 そんな彼に片手を上げて応え、俺は二つの袋をカウンターに置く。 片方はお金、もう片方は今までせっせと集めてきた素材が詰まっている。 そして更に―― 「あ〜あぁ……かえって美しいほどにポッキリ逝ってるな」 先のクエストで銀火竜と金火竜に根元から折られてしまった俺の愛刀――《斬破刀》を置く。 不幸中の幸いは、強化の為の資金と素材が集まっていた事か。 「それじゃあ、こいつの再生……もとい強化を頼むよ親方」 「おうよ! ……それにしても、相当にとんでもない奴だったみたいだな?」 「解るのか?」 「あぁ、仮に《上位》のモンスターが相手だろうが、俺の作った武器が簡単に折れたりする筈がねぇからな」 《上位》とはギルドの定めたモンスターのランクの一つだ。 ハンターとの戦いを含む、熾烈な生存競争に打ち勝ってきたモンスター、或いはその子等が当て嵌まる。 その強さは通常の――ギルドでは《下位》と称される――モンスターを優に超えている。 噂ではそれを更に上回る、《G級》と称されるモンスターも存在するらしい。 もしかしたら、奴等こそがその《G級》モンスターなのかもしれないな。 「……兎に角、武器の修復と強化頼むぜ」 親方の威勢の良い返事を背中に受けつつ、俺は工房を後にした。 工房内は火山に匹敵するのでは、と思わせる熱気を常に放っている。 しかしそこから一歩出てしまえば、爽やかな風が火照った身体を冷やしてくれた――余りの温度差に、寒いと感じてしまうくらいに。 さて、今日の予定は早々に片付いてしまったが、これからどうしようか? 「……酒場に行くか」 然程の時間も置かずに、俺はそう結論をつける。 暇な時はとりあえず酒場に行く。 それは俺に限らず、ハンターにとっては習性とすら言える判断であった。 ……どうせあいつも居るだろうしな。 小さく肩を竦め、俺は酒場に足を向けるのだった。 * * * 「おー! ようやく来たカー!」 「うわっ、酒くさッ!?」 予想通りといえばその通り、相棒のスノウは酒場の一角で朝から飲んだくれていやがりましたです、はい。 とりあえずこの酔っ払いを一発殴って目を覚まさせてから、隣の椅子に腰掛ける。 俺と同様、スノウは武具を身に着けていない私服姿だ。 「つつ……いきなり何しやがるんだよ」 「いやなに、酔いが酷いみたいだから気付けに一発、な?」 「『な?』じゃねーよ! 今の思いっきり本気だったろ!? お前が殴りたかっただけだろ!?」 「ハッハッハ」 いまだに酔っ払っているらしいスノウの喚き声を華麗にスルーし、近くを通りかかった給仕の子に軽く摘める物を注文する。 常日頃から賑わっている酒場だが、流石に昼間は若干人が少ないので注文はすぐ届いた。 それを口に運びながら、俺はスノウに向き直る。 「それで……これからどうする?」 「んあ? 何だよいきなり真面目な顔になって」 先程の扱いがよっぽど気に入らなかったのか、スノウは若干不機嫌そうに目を据わらせている。 しかしそこは長い付き合いだ。 俺がふざけている訳ではないと理解し、すぐに表情を改めた。 「で? どうするって何をだ?」 「勿論、狩りの事だよ。先の一件でお前がびびっちまったんじゃないかと思ってな」 あれほど圧倒的な力の差を見せ付けられたのだ。 辛うじて命は助かったが、狩人≠ニしては死んでいてもおかしくは無い。 だが、俺のそんな杞憂もスノウは一笑した。 「ばーか、俺がその程度でびびる訳ないだろ!」 「……あぁ、そうかい」 まだ酔っているだろうに関わらず、しっかりとしたその口調。 そして何より、いつに鳴く鋭い光を放つその瞳が、彼の言葉に嘘が無い事を表していた。 その事に、俺は胸の内で安堵の息を吐く。 「それなら安心したよ。……どうやら、俺一人で行かなくて済みそうだな」 「……? どう言う事だ?」 チョコンと首を傾げるスノウ。 だがその仕草は男がやってもまったく可愛くないから! だからさっさと止めろ! ……そうツッコミを入れようかとも思ったが、この程度のやり取りはいつもの事だ。 一々相手にしていたら疲れるだけである。 「なに、簡単な話だ。奴等を今度こそ狩ってやろう、ってな」 「……へぇ」 驚くかと思ったのだが、スノウは目を細めてニヤリと笑みを浮かべた。 なるほど……どうやら、俺たちはとことん似たもの同士らしいな。 「その反応はお前も魅せられた≠ュちか?」 俺の言葉にスノウは更に笑みを深くする。 それはハンターであれば別段珍しい話でもなかった。 人間では到底到達できぬ、圧倒的で純粋な力の、自然の権化。 そんな強大なモンスターに出逢った時、ハンターの心に浮かぶのは恐怖と――そして憧れだ。 例えるなら一目惚れした、と言ったところか。 「でもどーすんだ? 奴等が何処に棲んでるのか解らないんだぜ?」 「そーだな……」 遭遇した場所こそ《沼地》だが、だからと言って巣もそこにあるとは限らない。 そもそも、俺達が訪れた際あそこには別の飛竜が巣食っていたのだ。 考えられる可能性としては、営巣地を求めての移動中に休憩の為に降りた。 或いは、巣自体は別の場所だが《沼地》も縄張りに入っていたか――そののどちらかだろう。 火竜は確認されているだけでも、最大で三日間の連続飛行が可能なほど強靭な飛行能力を持つと言う。 その事を考慮すれば、どちらの可能性もあると思われた。 「けど、そうなると手掛かりが何も無いんだよな」 「――あら、手掛かりなら在るけど?」 「……は?」 突然俺達の間に割って入ってきたのは、この酒場の給仕服に身を包んだ女性――ベッキーだった。 彼女はこの酒場の看板娘であると同時に、この街のハンターズギルドを統括するギルドマスターの片腕でもある。 それ故に古今東西、ありとあらゆる情報に精通する彼女は、その美貌と合わせて多くのハンターから一目置かれている存在なのだ。 「ベッキーさん……? 手掛かり、ってなんのっすか?」 「あら、貴方達の意中の相手のに決まってるじゃない」 今一状況に付いて行けてないのか、ポカンとした表情でスノウが尋ねる。 それをクスクスと笑いながら軽く流し、ベッキーは話を続けた。 「貴方達の求めている銀火竜と金火竜の事なんだけどね。あれは昔から《秘境》と呼ばれる場所に棲んでいる、と伝えられているの」 「《秘境》?」 「えぇ、それは険しい山の奥地にある人跡未踏の地だとか、或いはいまだ発見されていない超古代文明の遺跡だとも言われているわね」 と言う事は、あの《沼地》の近くにその《秘境》と呼ばれる場所があると言う事なのだろうか? 「その可能性は充分にあるわね」 しかしこの情報はまんま伝承のそれで、信憑性と正確性がまるで無い。 それに、仮に《秘境》に居ると言うのが本当だとしても、その《秘境》の場所が解らないのではまったく意味が無かった。 だが、ベッキーもそれぐらいの事は当然理解しているのだろう。 大して気にした様子も無く微笑んだ。 「それで、此処からが大切なんだけど……実は最近、ドンドルマの街のハンターがその《秘境》の場所を示した地図を手に入れたらしいの」 「「なッ!?」」 俺とスノウの驚愕の声が重なる。 何ともタイミングの良いその情報にも勿論驚いたが、それ以上にベッキーの情報網の広さには驚きを通り越して呆れるばかりだ。 それについて尋ねてみるが、唯ベッキーはクスクスと微笑むばかり。 しかしその笑みが何故か黒く見えてしまい、今後はこの話題に触れないよう俺は密かに誓った。 「ま、まぁ、それは良いとして……何でわざわざその情報を俺達に?」 「?」 不思議そうに首を傾げるベッキーだが、俺の疑問も尤もであろう。 秘境への地図がハンター以外の連中にとっても貴重な物である事は解るので、ベッキー、いやハンターズギルドがその情報を手に入れていた事自体は不思議ではない。 しかし何故それを俺達に教えてくれるのだろうか? もしかしたら、何か深い意味があるのかもしれない――そう勘繰った俺であったが、彼女の返事はあっさりしたものであった。 「う〜ん……特に深い意味は無いわね。強いて言えば、若い子が夢を追う姿は応援したくなるじゃない?」 「はぁ……」 ベッキーの言葉にどう答えれば良いか解らず、何とも間抜けな返事をする。 一見彼女は俺達とそう変わらない歳に見えるが、時折俺達よりずっと年上のような振る舞いをするのだ。 しかも、それがまるで不自然さを感じさせないので、彼女の年齢がミナガルデの七不思議の一つに数えられているのは割と有名な話である。 「それで、どうするの? ドンドルマの街に行ってみる? 何なら紹介状を用意しておくわよ?」 ハンターズギルドはそれぞれの街毎に存在し、ハンターとして活動する為にはその街のギルドに登録する必要がある。 その際、前の街のハンターズギルドから紹介状を貰っておくと、それを提示する事で新しい街でもランクをそのままに活動できるのだ。 これを忘れてしまうと、幾ら他の街で名を馳せたハンターでも新人として扱われてしまうのである。 余りにも話がトントンと進むので一瞬言葉が詰まったが、その提案自体は渡りに船なので迷う事無く頷いた。 「そう、なら明日また来て頂戴。用意しておくから」 最後ににっこりと笑い、ベッキーはカウンターの方に戻って行った。 * * * ――事の発端は単なる偶然だった。 ミナガルデの街を拠点にしている俺とスノウは、クエストを受けて《沼地》まで来ていた。 目的は最近この辺りで目撃された飛竜フルフルの狩猟だ。 「おぉぉおらぁッ!」 ――クキョオォォオッ! 叫びに乗せて振り下ろした、必殺の気刃斬り。 それを弱点である頭部に諸に喰らい、フルフルは苦しげに呻きながら身体を揺らす。 俺の愛刀である《斬破刀》は電気属性であるが故に追加ダメージは期待できないが、それでも充分に強烈な一撃となってフルフルの命を削っていく。 更に斬り払いで追撃を掛けると同時に距離をとる。 「よっしゃ! 隙ありぃ!」 フルフルが仰け反ったところを狙って、スノウが振りかぶった大剣《蒼剣ガノトトス》に力を込め始める。 大剣最大の技である溜め斬りを放つつもりだ。 だが―― 「馬鹿ッ! 離れろ!」 「げぇッ!?」 力を溜め終わり、今正に大剣を振り下ろそうとした瞬間、フルフルの身体が青白く発光し始める――帯電攻撃だ。 「ぐあッ!」 あと数センチで大剣がフルフルの頭に叩き込まれる、しかしそれよりも一瞬速く電撃が放たれた。 それを受けたスノウは白い煙を纏って吹き飛ぶ。 電撃を浴びたのは一瞬だった為、致命的なダメージは避けたようだが……相変わらず危なっかしい奴だ。 ――スノウとは五年前の同じ日、同じ時間にミナガルデのギルドでハンター登録をした事が切っ掛けで組むようになった。 初めて名前を聞いた誰もが『女みたいな名前』と口にするが(俺もそうだった)、それを全く気にする様子の無いマイペースな奴で、それは狩りにおいても現れている。 連携と言うものを考えないで動く上、お調子者ですぐに突撃したがるので大怪我を負った事も一度や二度ではない。 結果的に、俺がフォローに回る事になる。 それでもパーティを解散しようとは思わない辺り、俺も結構なお人好しなのかもしれない。 「おらっ! 何時まで寝てやがる!? これ飲んでさっさと働け!」 「お、サンキュー!」 ポーチから取り出した応急薬を投げ渡し、俺は再びフルフルに向かって駆け寄る。 自らが囮になる事で、スノウに回復する余裕を与えるのだ。 フルフルの方も俺に気付き首を伸ばして迎撃するが、それを横に跳ぶ事で躱して、それと同時に《斬破刀》を振るう。 限界まで伸びきった白く柔らかい首を、普段以上に抵抗無く《斬破刀》が切り裂き、その血で赤く染める。 「今度こそ!」 そこに薬を飲み終えたスノウが駆け寄り、フルフルの翼に抜刀斬りを放つ。 「そーれ、もういっちょ!」 更に勢いそのままに《蒼剣ガノトトス》を横薙ぎにし、フルフルの細い脚を切り裂いた。 激痛と衝撃により、フルフルはぬかるんだ地面に身を沈める。 絶好の……チャンス! 「はぁぁぁぁあッ!!」 全速力で駆け寄ると同時、突きを放つ。 しかしそれだけでは終わらない。 更に気刃斬り、再び突き、気刃斬り・弐、斬り上げ、気刃斬り・参と、気力の限りを尽くしてラッシュを掛ける。 そして―― 「これで――仕舞いだッ!」 大上段に振り上げた《斬破刀》を、勢い良く振り下ろした。 ――クキョオォォォォォオォオォオォッ!! 一際大きい悲鳴と共に、フルフルの身体がビクンビクンと大きく震える。 しかしそれを最後に、フルフルが動く事は無くなった――討伐完了、である。 「……ふぅ」 「おつかれ!」 「げふッ!」 狩りが終わった安堵から気が抜けた俺の背中を、スノウが結構な力で引っ叩いてくる。 スノウにしてみれば軽く叩いたつもりなのだろうが、こいつに限らずハンターは筋力が並ではない。 重い武具を身に着けて狩場を駆けなければならないのだから、それも当然だろう。 とは言え、彼のこの気遣いも割とありがたかったりする。 ハンター歴はそこそこ長いとは言え、油断をすれば――いや、していなくとも何時命を落とすやも解らない。 その緊張感はどれだけ狩りに出ようと、慣れられるものではなかった。 こうして互いの労を労い、そして街に帰ったら一杯引っ掛ける事で生を実感できるのだ。 「一息吐くのも良いけど、さっさと剥ぎ取っちまおうぜ。お目当てのもんがあるんだろ?」 「まぁな」 そう、今回俺達がこのフルフル狩猟のクエストを受けたのは、ある素材が目当てだったからだ。 それは電気袋。 フルフルの体内に存在する、その名の通り電気を発する臓器だ。 俺の愛刀《斬破刀》を強化する為に必要な素材は、後これだけであった。 …… ………… …………………… 「よし、電気袋頂き!」 最後の方は結構な勢いで斬りまくっていたが、幸い電気袋は特に傷も無い、良い状態で剥ぎ取る事が出来た。 見れば、隣のスノウも剥ぎ取りを終えている。 よし帰るか――そう言おうとした時だった。 ――グアァァオォアッ! 天より響くは、大地を揺るがす神鳴の如き咆哮。 はっと顔を上げた俺達の眼に映ったのは、金色に輝く月と白銀の太陽だった。 「な、あれは……ッ!?」 噂には聞いた事がある。 モンスターの中には稀に、通常の固体とは異なる体色を持った個体――亜種が現れると。 ディアブロス等のように生態の一環で体色が変化するモンスターも存在するが、目の前の存在は紛れも無く、突然変異によって生れ落ちた希少な個体であった。 それらが俺達目掛けて、まっすぐ飛び掛ってくる。 恐らく、奴等の狙いは先程俺達が狩ったフルフルだろう。 次の瞬間、銀の太陽――リオレウス希少種の口から一発の火球が放たれる。 それは狙い違わず、俺とスノウに向かって飛んできた。 思いよらぬ遭遇に呆けていた俺達はそこでようやく我に帰り、慌ててフルフルと反対側に跳ぶ事で火球を回避する。 火に高い耐性を持つレウスシリーズを身に纏った俺であろうと、もし直撃していれば一撃で命を堕とすだろう――そう俺は直感した。 やばい、こいつ等はやば過ぎる……ッ! ちらりと隣に視線を向ければ、スノウも同様の事を感じていたようだ。 互いに小さく頷き、一斉に背を向け走り出した。 「くそッ! せめて閃光玉があれば……おいルッツ! お前持ってきてねぇのかよ!?」 「誰がこんな事態予測できるよ!? 普通フルフル相手には持ってこねぇ!」 「……そりゃそうだよな」 「それより走れ! 兎に角奴等から離れるんだ!」 奴等の狙いはあくまでフルフルの死体の筈だ。 見えなくなる距離まで離れれば、幾らなんでも追ってきはすまい。 しかし、そうは問屋が卸してはくれなかった。 ――ゴアァァァア! 鈍器のように身体に叩きつけられる風と共に、銀色の巨体が俺達を追い抜いて丁度真正面に着地する。 ならば、と反対を向くが、そちらには金色の太陽――リオレイア希少種が既に俺達降り立っていた。 二つ存在する他エリアへの道両方を塞いだ銀火竜と金火竜。 今でこそ二頭は俺達を見定めるかのように低く唸るだけだが、もし奴等が攻撃に転じれば俺達はなすすべも無く蹂躙されるだけだろう。 間違いなく、今が最後のチャンスであった。 「おい、お前今何持ってる?」 俺と背中合わせで、金火竜を睨んでいるであろうスノウに視線を動かさず尋ねる。 スノウは暫くガサゴソとポーチを探った後、悔しげに舌打ちする。 「チッ、碌なもんがねーよ。薬が数本と、後は……打上げタル爆弾が一つか」 「……ッ! それだ!」 微かに除いた希望の光に、思わず大声を上げそうになってしまった。 言われてみれば確かに、スノウはフルフル狩猟の際に打上げタル爆弾を使用していた。 洞窟内でフルフルが天井に張り付かれると、俺達剣士では手が出せないからな。 しかし、今はこれが希望となる。 「おいスノウ、今すぐそれを設置するんだ」 「は? 上には何もいねーぞ?」 「良いんだよ。それで、俺が合図したら全速力で走れ」 「あ、あぁ……」 訳が解らない、と言う様子ではあったが、スノウは素直に俺の言葉に従う。 スノウがゆっくりと腰を下ろし、打上げタル爆弾をセット、着火する。 次の瞬間、勢い良く打上げタル爆弾が虚空に向かって飛び上がった。 それを追って、視線が上がる銀火竜。 「――今だッ!」 「おぅ!」 空中で爆発する打上げタル爆弾同時に、俺達は駆け出す。 目標は銀火竜――その背後にある道だ。 しかし、解ってはいた事だが相手も並の飛竜ではない。 打上げタル爆弾に意識を取られたのもほんの一瞬で、すぐに視線を俺達に戻してきた。 ――くそっ、このままじゃ間に合わないッ! 太刀と大剣の重量の差か、若干先行していた俺は意を決して《斬破刀》の柄を握る。 そして間合いに入ると同時、銀火竜の頭目掛けて《斬破刀》を振り下ろした。 せめて、一瞬でも怯ませる事が出来れば――しかしその思惑はあっさりと打ち砕かれる。 ――バキィイ! 響いたのは、何かが砕け散るような音。 驚きで見開いた眼に飛び込んできたのは、根元からポッキリと折れた俺の愛刀の無残な姿だった。 どんだけ硬い甲殻だよこの野郎!? 「ルッツ!」 「クッ……!」 スノウの叫びで我に帰った俺は、慌てて後ろに下がる。 その直後、銀火竜の鋭い牙が空を切った。 もし一瞬でも判断が遅れていれば、あの強靭な顎で噛み砕かれていたであろう。 だが、安心するにはまだ早かった。 「後ろだ!」 「なッ!? ……ガハッ!」 一瞬背後に引き込まれるような感じがしたと思ったら、次の瞬間には俺は地面を転がっていた。 恐らくは金火竜の放った火球だろう。 幸い直撃こそしなかったようだが、その爆風で思いっきり吹き飛ばされてしまったのだ。 それも、銀火竜の目の前に。 まずい今すぐ逃げろさっさと脚を動かせ――頭はそう命令しているのに、当の身体はまったく言う事を聞いてはくれなかった。 唯の一撃、しかも直撃ではなくその余波だけでこの様だ。 そんな俺に止めを刺すべく、銀火竜が僅かに身を低くした―― * * * 「はい、これを向こうのギルドに見せればランクの引継ぎが完了するわ」 「サンクス、ベッキーさん!」 ――翌日、言われた通り酒場を訪れた俺達は、約束通りベッキーさんから紹介状を貰った。 昨日とは違い、狩りに行く時と同様の完全装備なのは、この後すぐにドンドルマに向けて出発するつもりだからだ。 その俺の背には、今朝工房で受け取ったばかりの《鬼斬破》も勿論ある。 スノウに習って俺もベッキーに軽く礼を言い、背を向けた。 「あ、ちょっと二人とも!」 さぁ、出発――と言う所で、ベッキーに引き止められた。 うっかりこけそうになったのは秘密だぞ。 「……なんですか?」 ドンドルマ方面行きの馬車がもうすぐ出てしまうんだが……かと言って、ベッキーの言葉を無視する訳にも行くまい。 しかしベッキーはそんな俺の心配を知ってか知らずか、いつも通りの笑みを浮かべていた。 「実はね、貴方達に付いて行きたい、って子が居るのよ」 「は?」 そんな彼女の言葉と共に前に出てきたのは、俺とスノウよりも二つ三つ上と思われる女性だった。 身に着けているのはフルフルS、そして蒼桜の対弩。 基本的に装備はそのハンターの実力を現している。 その事を考慮すれば、彼女は俺達よりも上――《上位》のハンターなのだろう。 身に着けた防具にも負けない白い肌に、顔立ちも整っており中々の美人なのだが、妙に目付きが鋭く正面に居ると圧倒されそうな錯覚に陥る。 「紹介するわね。彼女はナーシャ。貴方達同様、銀火竜と金火竜を捜し求めているハンターよ。見れば解ると思うけど、かなりの腕利きだから頼りになるわよ」 「……よろしく」 「よっろしくー!」 無愛想な表情のまま出された手を、しかしスノウはまるで気にした様子も無く、満面の笑みで握手をしていた。 多分、美人と一緒に旅が出来るから嬉しい、と言った所だろう。 まぁ、あの銀火竜と金火竜を相手にするのであれば、俺とスノウの二人だけでは正直不安があったのも事実だ。 彼女が悪い奴には見えないし、実力もベッキーのお墨付きだ、断る理由は無いだろう。 俺に向けて差し出された手を、しっかりと握り返す。 「こちらこそよろしくな――ナーシャ」 「……はい」 |