【蒼空、烈火】










 ――ガラガラ、ガラガラ。

 のどかな丘陵地帯が広がるアルコリス地方。
 そこに敷かれた一本の道を、アプケロスに引かれた竜車が進む。ミナガルデを始めとした大都市と各地に点在する集落とを繋ぐ連絡便であるそれに、俺とスノウ、そしてナーシャの三人は乗っていた。

「うあ〜……。揺れるなぁ……」

「……お前、その台詞何度目だよ」

 乗り物に弱いスノウがこうしてげんなりする姿は、指して珍しいものでも無い。しかし、狩りに行く度にこうなるくせに、何故こいつが五年もハンターを続けられるのかは俺でも解らなかったりする。
 一方、隣に座るナーシャは涼しい顔であろう事か文字ばかりが並んだ紙の束――小説を読んでいた。スノウほど乗り物に弱くない俺でも、この状況で本など読む気にはなれない。
 ……いや、普段からあんまし読まないけど。
 そんな対照的な二人を苦笑気味に眺めながら、俺はこれまでの事を思い返していた――




* * *





 ――俺とスノウがあの運命的な出逢いを果たしたのは、今からおよそ半月ほど前。
 フルフルを狩る為に赴いた《沼地》ででの事であった。そこで俺達は、伝説の名を冠する銀火竜と金火竜に襲撃されたのだ。
 通常種を遥かに凌駕した圧倒的火力、並の武器では傷一つつける事叶わない強固な甲殻、そして比肩する者無き凶暴性――今考えても、俺達が生き残れたのは奇跡以外の何者でもない。
 そんな至高の存在に俺達は、しかし恐怖を覚えるよりも先に魅了されてしまっていたのだ。
 それ故に俺達は再び銀火竜と金火竜に出逢い、そして自らの手で狩る事を決めた。そして丁度その際に、同じ目的を持つ者として出会ったのがナーシャである。
 彼女が何故銀火竜と金火竜を求めているのかは解らない。寡黙な性格であるのか、彼女は余り自分の事は語ろうとしないのだ。
 しかし、それを気にする俺達でもない。話す気が出れば自分から話してくれるだろうしな。

「……? 何か?」

「いや、何でも無い」

 ナーシャの事を考えていた所為か、気がつけば彼女の事を睨むように眺めていた。身に着けたフルフルSシリーズにも負けない、透き通るような白い肌。それは今にも消えてしまいそうな儚さを醸し出す一方、彼女の瞳は強烈に存在を主張する強い輝き――意思の光が宿っていた。恐らく、その瞳の中にある意思こそが銀火竜と金火竜を彼女が求める理由なのだろう。推測でしかないが、俺は不思議とそれが答えだと確信する。
 そんな事をぼんやりと思っていた時の事であった。御者のおっちゃんの、半ば悲鳴のような叫び声が響いたのは――

『な、なんじゃありゃあッ!?』

 次の瞬間、おっちゃんやの叫びを掻き消すような勢いで、激しく竜車が揺れる。
 最初、それを俺は何らかの理由で竜車を引くアプトノスが暴れた所為だと思った。慌てて視線を向けてみればそれは決して間違いではなく、しかし直接的な原因は別に合った。


「あれは……リオレウス!」

 俺と同じく外へと視線を向けていたナーシャが、その名を告げる。
 雄火竜リオレウス――数多のモンスターの中でも、特に有名で且つ強大な力を持った天空の王者だ。燃え滾る炎のような甲殻を見る限り、残念ながら俺達の目的である銀火竜じゃないようだが、それでも侮れない存在である。
 その存在を察知したが故に、アプケロスは逃げ出そうと暴れだしたのだろう。そして当のリオレウスは、まっすぐ俺達の乗る竜車に向かって飛んでくる。
 まさか、俺達を襲いに……?
 元々飛竜種はその巨躯故に縄張りが広いのだが、その中でも雄火竜は飛行能力の高さ故に、それがずば抜けて広大である事で知られている。だから、リオレウスが比較的多く生息しているシュレイド地方では何時何処で火竜に襲われても可笑しくないのだ。
 慌てて俺は傍らに置いておいたレウスヘルムを被り、愛刀《鬼斬破》の柄を握り締める。
 見ればナーシャは無論、スノウも先程までの乗り物酔いっぷりは微塵も見せない真剣な表情で戦闘態勢を取っていた。
 しかし――

「ん……?」

 何故かリオレウスは何事も無く竜車の上を通り過ぎ、反対側へと抜けていく。その際にリオレウスの羽ばたきによるものか、或いは偶然タイミングが良かっただけか、一陣の風が竜車を包んだが精々それだけだ。
 飛竜と遭遇したにしては何事も無さ過ぎて、思わず俺達は唖然と最早点にしか見えない雄火竜の後姿を眺める。

「な、なんだったんだ……?」

 ポツリ、と隣のスノウが疑問の声を零す。
 口にこそ出さなかったものの、俺も同じ気持ちであり恐らくはナーシャもそうだろう――そう思い彼女の顔を覗き込んだ俺は、眉を顰めた。彼女は俺達のような……言ってしまえば阿呆面で呆然としているのではなく、むしろ憎悪すら感じさせるほどに顔を強張らせている。
 どうした――そう、俺が訪ねようとしたのとほぼ同時だった。

「おじさん、急いでメタペタットに向かってください!」

「は……あ、え?」

「早くッ!」

「ひッ……!? は、はいッ!」

 殺気すら滲ませるナーシャの怒鳴り声に、俺とスノウ以上に放心していたおっちゃんは慌てて手綱を振って竜車の運転を再開した。
 一体全体どうしたと言うのだろうか?
 リオレウスは既に遥か彼方に去り、周囲にはモンスターの影も見えない。もう後はこの先にあるメタペタットに着くのを待つだけだと言うのに……まて、メタペタット?
 そこまで考えて、俺は何かが引っかかるのを感じた。そう、俺達の次の目的地はドンドルマへの定期便が運航しているメタペタットだ。当然ながら俺達が今乗っている竜車はそこに立ち寄るものであり、現在進行形でメタペタットに向かっている。そして、リオレウスが飛んできたのはちょうど俺達の真正面からだ。
 そこには何がある――考えるまでもなかった。

「ナーシャ……もしかして?」

「えぇ、そのもしかして≠フ可能性が高いです」

「は? え? おい二人とも何の話だよ!?」

 一人話についてこれていない奴がいたが、それを気にしている余裕はなかった。程なく竜車はメタペタットへと辿り着き、そして俺達の予想が的中してしまっていた事を思い知らされたのだった――




* * *





「なるほど……要するに、雄火竜同士の縄張り争いに巻き込まれた、と言う事ですか」

「そぉなりますのぉ……」

 まるで大火事にあったかの如く焼け野原へと変わり果てていたメタペタットに到着してから、およそ半刻。俺はこの村のハンターたちを束ねる責任者であり、また村長でもある竜人族の老婆に事の経緯を聞いていた。
 因みに、スノウとナーシャは別行動で今夜の宿や物資の調達に出てもらっている。とは言え、村がこの惨状ではそれも難航しそうだな、と頭の隅で思う。
 それは兎も角、村長の話によれば村の裏山にある古代遺跡に雄火竜が営巣しようとしたらしい。それだけでも村にとって大変な事態だったが、更に悪い事に営巣しようとしていた雄火竜は三頭もいたのだ。当然三頭の雄火竜達の間で縄張り争いが勃発。高い飛行能力を活かしての一大空中戦となった結果、遺跡の麓にあるこの村にも被害が及んだ――との事だ。

「という事は……ドンドルマ行きの定期便は……」

「ドンドルマ行きに限らず、港も破壊されているので当分は船を出せないでしょうなぁ……」

 やっぱりか。
 如何にも意気消沈したような面持で、村長は深く息を吐いた。それは俺達も同様であり、少しでも早くドンドルマに行きたかった身としては出鼻を挫かれた形となる。
 やれやれ……暫くはこの村に滞在か。ハンターになってから既に五年。俺もスノウもそれなりの蓄えはあり、恐らくはナーシャも同様だろう。滞在する事に自体には何の問題もなかった。
 それよりも問題は――

「この火竜の件――村長はどうするつもりですか?」

 言うまでもなく、件のリオレウスの事だろう。
 村長の話だとその内の一頭は既に脱落した(それがさっき見たリオレウスなのだろう)が、残りの二頭は未だに健在らしい。このまま放っておけば村への被害も再び出るだろう。幾ら復興を急ごうとも、リオレウスが二頭とも健在である現状ではそれは何の意味もなさない。
 ならば、俺達――ハンターが取るべき行動は一つ。

「……勿論、ハンターへの依頼を出して現状を打破するつもりですよ」

 先程までのくたびれた様子からは想像も出来ない、村長の重く鋭い声音。恐らくはこれが、この村のハンター達を束ねる者としての声なのだろうと確信する。

「見れば、貴方も中々の力量の持ち主のよう。……どうですかな? この村の為にクエストを受けてはくれませぬか?」

 報酬は奮発しますぞ――そんな言葉も続いたが、それがなくても俺の答えは決まっていた。




「――で、お前は速攻で頷いたって訳か?」

「あぁ。……問題あったか?」

 いんや、と呆れたような表情で首を振るスノウの対面に座った俺は、近くにいた店員を呼び止めて軽い食事と飲み物を注文する。正直ビールが欲しいのだが、この後狩りに行くのでそれは流石に自重した。
 ――此処はメタペタットに幾つもある宿屋の中でも、数少ない雄火竜の襲撃にも殆ど無傷だった場所の一つである。俺達はリオレウス狩猟クエストを受ける事を条件に、この宿屋に格安で泊まれる事になったのだ。
 因みに、本来の宿の調達はスノウの仕事であったが、その結果がどうだったかは今俺達が此処にいる事を見れば解ってもらえるだろう。

「……それで、どうやって狩るつもり?」

 それまで淡々と自分の武器の手入れを行っていたナーシャが、ポツリと辛うじて耳に届く程度の声で訊ねてくる。そこには脇道にそれ掛かっていた会話の流れを修正する意味もあったのだろうが、しかし彼女の疑問はその事を差し引いても尤もであった。

「あぁ、すまない。……改めて説明するが、今回の俺達の目標は二頭のリオレウス。一頭でも強力な雄火竜が二頭、それも片方は亜種との事だ。間違いなく楽な狩りにはならないだろう」

 この二頭は現在縄張り争いの最中だとはいえ、それを邪魔する者が現れれば全力を持って排除しようとするだろう。そこに協力の意思はないだろうが、俺達から見れば結局は同じ事になる。

「だが、二頭の間に協力の意思がない事は、やはり俺達にとってプラスとなる。上手く分断させる事が出来れば、番を相手にしている時に比べて合流の可能性はかなり低いだろうからな」

 そこで一人が囮となり、雄火竜の片方を引きつける。その間に本隊がもう片方を全力で狩猟するのだ。

「なるほど……単純でありきたりだけど、その分効果は大きいわね」

「お誉めの言葉どーも。……けど、低いとは言っても合流する可能性は零じゃないからな」

 そこで俺はあらかじめ村長に頼んで、可能な限りの各種罠や爆弾を用意してもらっている。村がこの有様だから、どれほど集まるかは少し不安なのだが……。

「なっるほど! 流石はルッツだな、やる事が速いぜ!」

 しかしそんな俺の不安を余所に、スノウはいつも通りの気楽さで指を鳴らした。まぁ、その気楽さは不快なものではなく、寧ろ適度に緊張を解してくれてありがたいんだけど。

「逸るなよ。さっきも言ったが村がこの有様なんだ。下手したら、俺達の手持ちだけで狩らなきゃならないかもしれないんだぞ?」

 流石にそこまで酷い事はないと思うが、しかし可能性が零ではない以上それも視野に入れなければならないだろう。俺達は自分の腕にそれなりの自信を持ち、そしてその根拠となる実績もある。しかしだからといって、物語に出てくるような英雄では断じて、ない。死ぬ時はあっさり死ぬだろう。

「それで? 囮役は誰がやるの?」

 再び脱線しかかった話を、やはりナーシャが修正を掛けてくれる。

「あぁ、それだが……俺がやろうと思う」

 少なくとも引きつけている間、囮役は一人で雄火竜に相対する必要がある。となると、適度な防御力と機動性が要求されるのだ。俺達三人の中で、それを一番満たしているのは俺であった。

「それに本隊の方は、なるべくリオレウスを移動させないでほしいからな。その際、ライトボウガンは力を発揮するだろう?」

「……えぇ」

 彼女の持つ《蒼桜の対弩》はどちらかと言えば火力重視だが、それでもライトボウガンだけあって各種補助弾は一通り使用する事が出来る。それと罠を駆使すれば、充分にリオレウスを足止めしつつダメージを与えられるだろう。

「……大丈夫。私が奴等を殺り逃がす、だなんてありえないから」

「そ、そうか……」

 半ば殺気すら滲ませて零されたナーシャの言葉に、思わず俺は背筋が冷たくなるのを感じた。見れば、彼女の瞳は不気味ほどに冷たく、そして蘭々と輝いており、明らかにただ事ではない。それほどまでに、この村の惨状に胸を痛めているのだろうか?
 いや、それよりもむしろ――

「んじゃ、俺はナーシャと組めば良い訳だな?」

 しかしその時、横からスノウの呑気な声が届いて……もう少しで掴めそうだったそれは、淡く消え去ってしまった。
 ……まぁ、良い。ナーシャにどんな思惑があれど、今は火竜達を狩猟する事に全力を尽くすだけだ。

「……あぁ」

 二頭を引き離す事に成功すれば、互角以上に戦える筈だ。決して油断できる相手ではないとはいえ、勝機は充分にある。
 俺は、一瞬立ち込めた靄を振り払うように、努めて声を張り上げた。

「――さて、ちゃっちゃと終わらせて、ドンドルマに向かおうぜッツ!」




* * *





 メタペタットの村に着いた、その翌朝。俺達は古代遺跡の入口に立っていた。雄火竜同士の縄張り争いを怖れてか、周囲に俺達以外の生物は見当たらない。……と言っても、まったくいない訳ではあらず、そっと覗きこんだ遺跡の中には、ふよふよと宙を漂う幾つもの光り――大雷光虫の姿が見えた。

「厄介な奴がいるな……どうするルッツ? 狩ってくか?」

「いや……無視しよう。リオレウスと戦ってる時にあいつらが出たら確かに面倒だが、少なくともこの中で戦う事はないだろう」

「そうね。見る限り、リオレウスが入ってこられるほどの穴もないようだし」

 俺の言葉を補足するようにナーシャが言い、そしてそれにスノウも頷く。必要以上に命を狩るのはハンターの、自然の理に反するし、それがなくとも不必要な体力の消耗は抑えるべきだ。
 一部の大雷光虫は俺達に対して、警戒色を発しながら突っ込んでくる。しかし、そのスピードは速いと呼べるものではなく、落ち着いて見れば充分に回避出来た。そうして進んでいくと、やがて大雷光虫のものとは違う、太陽の光が俺達の視線に入る。どうやら、出口らしい。

「…………いた」

 そっと、物陰から出口を覗き込んで見ると、遺跡の中庭らしきその先には海のように深い蒼――リオソウルとも呼ばれるリオレウス亜種だ。俺達に背を向け、尾を揺らす雄火竜。そしてその更に先には、見慣れた紅い翼も微かに見える。

「やれやれ……想定内とはいえ、実際に睨み合ってる状態で見つけるとはな」

 最初から離れてくれていれば、態々分断する手間が省けて良かったのだが……まぁ、ぼやいても仕方ない事だろう。

「良し、作戦通りに行くぞ」

 コクン、と二人が頷いたのを見て俺は、一人中庭へと飛び出す。勢いよく飛び出した俺に気づかない訳がないのだろう。奥にいる方のリオレウスが、反応する。だが、こちらに背を向けた状態の亜種はまだ気づいていない。好機。俺は腰のポーチから掌大の玉を二つ取り出すと、その片方を投げつけた。

「ゴガアァァァァッァァァア!」

 次の瞬間、中庭全体に広がる強烈な閃光。そして轟くリオレウスの叫び声。閃光玉によって、一時的に視覚を奪われたのだ。しかしそれは、此方を見ていた奥の一体だけ。正面にいる亜種は俺に背を向けていたが故に、視界を奪われてはいない。

「けど、それこそが狙いだ!」

 場の異変に奴が気づくよりも一瞬早く、俺はもう一つの玉を投げ、更に背負った愛刀《鬼斬破》を振り被って、リオソウルの脚へと斬りかかる!

「――はぁッツ!」

「ガアァァァァァァァアッツ!?」

 突然己の身体に走った激痛に、亜種はガクンと姿勢を崩す。しかしそれも一瞬、すぐさま体勢を立て直した奴は無事な方の脚を軸に、身体を回転させる。太く、強靭な尻尾が鞭のように振るわれる。直撃すれば大怪我は免れないその一撃を、しかし俺は身を低くする事で躱す。頭のすぐ上を、ブゥンと尻尾が勢い良く通り過ぎた事に冷や汗を掻くものの、それを無理矢理押し込め俺は走り出す。向かうは、未だに視界が回復せず我武者羅に暴れるリオレウスの更に向こう。遺跡の奥だ。

「さぁ、着いてこい!」

 その言葉の意味が解った訳ではないだろう。しかし、俺という邪魔者の存在に怒ったリオソウルは、雄叫びを上げながら俺を追いかけてくる。思惑通りだ。
 そして亜種が飛び上がるのと、待機していたスノウとナーシャが出てくるのを視界の端に捉え、俺は遺跡の中へと足を踏み入れた。




「――良し、着いてきてるな」

 スンスン、と数度鼻を鳴らした俺は、目論見通りリオソウルが俺を追いかけてきている事を確認する。奴には最初にペイントボールをぶつけておいた。その匂いが、奴の位置を大まかにだが教えてくれるのだ。
 それは良い、だが……

「この階段、でかすぎだろッツ!」

 遺跡の内部に造られた螺旋階段。それは一段一段が俺の背よりも高く、明らかに人間の為に造られたものではなかった。そういえば、竜人族の中には大型モンスターにも負けない巨体を持つ者もいると聞いた事がある。この遺跡は、そいつらが造ったものなのだろうか?

「……ま、今はそんな事どうでも良い」

 考えたところで、俺に解る訳もないしな。
 それよりも今は……

「グルルゥ……!」

「お前の相手をしなくちゃな……!」

 螺旋階段を上りきった果て、今ではもうすっかり壁が崩れ落ち、大空を見渡せるようになった広場で、蒼炎の王は小さく唸り声をあげた。その様は、獲物が見事に罠に掛かった時のように、何処か満足気ですらある。きっと、奴は俺を此処に追い詰めたつもりなのだろう。

「……果たして、そいつはどうかな……?」

 此処まで上がってきた事で既に荒い息を、小さく深呼吸する事で落ち着かせ、俺は再び《鬼斬破》を抜く。
 それと同時にリオソウルがグンッ、と首を持ち上げ、そして一気に振り下ろすと同時にその巨大な咢から紅蓮の炎が放たれた――




「ナーシャ! そっち行ったぞッツ!」

「えぇ、問題ないわ!」

 ルッツがリオソウルを引きつけて遺跡の奥に入って行った後、私はスノウと二人でリオレウス(通常種)の相手をしていた。
 もうすっかり狩り慣れた相手とはいえ、向こうも空の王≠ニ称されるほどの存在。それにスノウ、そしてルッツとも組んで狩りをするのは今回が初めてだ。彼等がそれなりの腕の持ち主である事は解っているが、しかし決して気を抜いて良い状況ではなかった。  私に向かって猛烈な勢いで突進してくるリオレウスを、しかし私は微動だにする事なく待ちかまえる。後五歩、四、三、二、一――

「ゴガアァァァァァァァァァァアアッツ!?」

 あと一歩で私にその咢が届く、というその瞬間。リオレウスは上から重りを落とされたかのように、ガクンとその場に倒れ伏せた。見れば、奴の下半身は沼のようにぬかるんだ地面に埋まっている――落とし穴だ。  スノウが敵の目を引きつけている間に、私が落とし穴をセット。そしてリオレウスに効果の高い水冷弾――本来は氷結弾の方がより効果的なのだが、《蒼桜の対弩》では使えない――で攻撃を加える事によってリオレウスの視線をこちらに向けさせ、突進を誘発する事で落とし穴に嵌めたのだ。
 今こそ、好機――ッ!

「スノウ!」

「おうよッツ!」

 既にリオレウスの背後で《蒼剣ガノトトス》を構えていたスノウが、その溜め込まれた力を一気に振り放つ。ハンターの扱う武器の中でも、単発の威力ならば最高クラスを誇る大剣の、奥義ともいえる最強の一撃。それはリオレウスの強固な甲殻をも易々と貫き、深々と肉に刺さる。

「グギャアァァァァァアア!」

 響き渡る、リオレウスの悲鳴。だが、攻撃はまだ終わらない。私の構える《蒼桜の対弩》から今度はLV2徹甲榴弾が打ち出され、狙い違わず奴の頭部に命中。僅かな間の後、内部で破裂した弾はリオレウスの左目を跡形もなく吹き飛ばした。と同時に、放たれる第二射。
 落とし穴から、そして矢継ぎ早に訪れる攻撃から逃れようと必死にもがき、翼を羽ばたかせるリオレウスであったが、しかしトラップツールに仕込まれた特殊な薬品によって粘度を高められた地面は、雄火竜の身体に絡みついて離そうとしない。

「これで……」

「終わりだぜッツ!」

 三発目のLV2 徹甲榴弾を《蒼桜の対弩》に装填し、素早く照準を合わせる。そしてリオレウスを挟んだ対面では、速さはないものの重く強力な連撃を放っていたスノウが、再び溜めの体勢に入っている。
 そして同時に、雄火竜の命を完全に刈り取る最後の一撃が加えられた――


「ゴアァァァァァァァァァァァァァァァァアアッツ!」


 筈だった。

「ッ!?」

 しかしその瞬間、突如猛烈な突風が発生し私達を吹き飛ばした。なにが――そう思って視線を上げた私は、理解した。先程まで落とし穴に嵌っていた筈のリオレウスが、全身から血を滴らせながら、しかしそれでも尚悠然とその巨大な翼を羽ばたかせている。
 止めの一撃が放たれるその刹那に、奴は落とし穴を脱出出来たのだ。それと同時に飛び上がった際の風圧で、私達が吹き飛ばされたのだろう。

「グゥゥゥゥゥゥウ……」

 ギリギリで大タル爆弾の爆発を回避出来たリオレウスは、残った右目で私を忌々しげに睨みつけつつも……しかし、それだけだった。ゆっくりと私に背を向けた奴は、更に高度を高め始め――不味いッ!?

「スノウ!」

「おらぁッツ!」

 私の考えを即座に把握してくれたのだろう。彼は未だ倒れたままの姿勢からも、器用にポーチから閃光玉を取りだして投げつけた。
 直後辺りに広がる強烈な光。しっかりと目を瞑っておかねば、最悪失明しかねないほどのそれに、しかしリオレウスは……まるで動じる事がなかった。
 既に移動を始めていた奴には、閃光が届かなかったんだろう。まるで気にした様子もなく、遺跡の奥の方――ルッツとリオソウルが向かった方向へと飛んで行ってしまった。
 ……不覚、私が火竜を取り逃がすだなんて……ッ!

「ナーシャッ! あっちって……ッ!」

「……えぇ、彼が危ないわね」

 いつの間にか私の元まで来ていたスノウが、珍しく真剣な表情でリオレウスの飛び去った方向を眺めている。つい最近組み始めた私と違って、彼はルッツとそれなりに長い付き合いらしい。その分心配なんだろう。私も私で、まだ彼の事を良く知らないが故に心配な気持ちもあるのだけど。

「兎に角、早く追いかけようぜ! 幾らルッツでも、雄火竜二頭はやばいッツ!」

 既に駆け出していたスノウを追いかけるように、私もまた遺跡へと足を踏み入れる。奴を……火竜を、絶対に逃がす訳にはいかない――ッ!




* * *





「グアァァァァァァア!」

 猛々しい咆哮と地響きを伴って突っ込んでくるリオソウルを、俺は横に飛ぶ事で回避する。勢いを殺しきれず、遺跡の壁にぶつかって倒れ込んだ奴が起き上がるよりも早く、俺は駆け寄って《鬼斬破》をゆらゆらと揺れる尻尾に振り下ろした。

「お……らぁッ!」

 気刃一閃。
 此処までの熾烈な戦闘によって、俺の集中力は正に頂点へと達している。そんな俺の感情は愛刀にまで染み渡り、紅い軌跡を伴って、幾度となく俺の攻撃を弾いてきたリオソウルの強靭な尻尾が今度こそ断ち斬られた。

「ガァァァァァァァアッツ!?」

 まさか、自身の強固な甲殻が敗北するとは思わなかったのだろう。激痛にのたうつリオソウルの悲鳴には、困惑の色も混ざっているように感じられた。
 だが、俺のターンはまだ終わらない。初撃の勢いを活かして再び《鬼斬破》を振るい、更にそこから高速の連撃を放つ!

「――おらおらおらおらァッツ!」

 雪のように煌めく蒼い甲殻の欠片。
 火の粉のように飛び散る命の滴。
 そして響き渡るリオソウルの絶叫をものともせず、俺は只管に、我武者羅に太刀を振るい続ける。そして――

「おぉぉぉぉぉらぁぁぁぁぁァァアッツ!」

 最後の一撃を、これ以上ないほどに全力で振り下ろした。


「「ガアァァァァァァァァァァァァァアッツ!!」」


 その時だ。リオソウルの絶叫と、それとは別の咆哮が同時に響いたのは。

「な……ッ!?」

 背後から響いたその咆哮に、思わず俺は反射的に振り向く。その先は、今や崩れ落ちて空が覗く広間の奥。先程もリオソウルが降り立ったその場所に、今度は紅蓮の鱗に身を包んだ隻眼の竜が全身傷だらけの状態で、しかし悠然と佇んでいた。
 それを見て俺は、

「……チッ、あいつらしくじったのか」

 ――等と、思わず悪党のように舌を打つ。
 だが、そんな何処か呑気な言葉とは裏腹に、俺は額を冷や汗が落ちるのを感じていた。

 ――リオレウスが此処に来たという事は、あいつら殺られちまったのか?

 ――リオソウルを狩った直後で、あれを相手にするのはかなり辛いな……。

 等々、俺の頭の中を埋め尽くすのは、仲間の心配とこれからどうするか、という事だった。
 しかも更に悪い事に――

「グウゥゥゥ……」

「ッ!?」

 またしても背後から響いた、小さい、しかし重い唸り声。確認するまでもない。リオソウルだ。

「狩りきれなかった、てぇ事かよ……!」

 状況が状況だけに仕方ないと言えるが、けどリオソウルの生死を確認しとかなかったのは不味かった。何故なら、俺は奴が完全に死んだものと思い切ってしまい――リオソウルが放った火球を、諸に喰らってしまったのだから。

「ご、は……ッ!」

 まるで最大まで溜めたハンマーの一撃を喰らったかのような、強烈な衝撃。元々強固であり、且つ火に耐性を持つレウスシリーズでなければ、今頃俺は消し炭となっていたに違いない。そしてその事を差し引いても、俺が未だ命を取り留めているのは、奇跡としか言いようがなかった。

「ぐ、うぅ……」

 だが、俺の幸運も此処までのようだ。火球が爆発した際の衝撃で、俺はあろう事かリオレウスの真ん前まで吹き飛ばされてしまった。それを奴が『しめた!』と思ったのかどうかは知らないが、しかし俺にはそいつが笑ったように、見えた。

 ――此処まで、なのか……?

 最初、牙と牙の間からチロチロと火の粉が零れる程度だったそれは、瞬く間に揺らめく陽炎へと変わり、その熱気がジリジリと俺を焼き始める。
 恐らくは数秒と経ってないであろうその一瞬が、しかし俺にはえらく長く感じられた。……それこそ、走馬灯が走るくらいに。

 ――まだ、終われる、か……ッ!

 生への渇望と、目的への執着が、俺の身体に少しずつ力を蘇らせる。
 が、遅い。既にチャージを終えていたリオレウスが、今まさに俺へと火球を放とうと口を開いた。
 その瞬間、

 ――ドゴォォオ!

「グガアァァァァァァァァアッ!」

 突如リオレウスの胸部で怒った爆発。続いて、その爆音を掻き消すほどの奴の絶叫。
 一体何が、そんな疑問も浮かぶも、それよりも先に身体が動いていた。

「くぅッ!」

 ありったけの力を振り絞って、それでも半ば転ぶようにして横へと転がる。その直後、再び爆音が響いた。今度こそ確かめてみれば、そこには互いに睨み合う二頭の雄火竜が。

「これは……どういう状況、だ……?」

「……同士討ちするように仕向けたのよ。元々、あいつらは縄張り争いをしてたからね」

 そう、俺の疑問に答えてくれたのは、いつの間にか傍らに来ていたナーシャであった。

「徹甲榴弾の爆発を利用してリオレウスの攻撃を貴方から逸らして、そしてそれがリオソウルに当たるよう調節したのよ」

「すげぇ、ってかそこまで行くと怖ぇな……」

 ナーシャから渡された応急薬を一気に飲み干し、一息吐きながらぼやく。が、今はそんな事を考えている余裕はない。まるで俺達の事が意識からすっぽり抜け落ちたかのように、争いを再開した二頭の雄火竜だが、いつまた俺達に攻撃してくるか解らないのだ。

「……それで、スノウは?」

「そろそろ来る頃だと思うわ。……ほら」

「ぜぇ、ぜぇ……」

 ナーシャの言った通り、スノウがやけに疲れた足取りで広間の入口向こうに見える。見れば、その背中には巨大なタル――大タル爆弾Gが。
 それは、村で唯一確保出来た大型の爆弾だった。
 恐らくは、スノウはあれを運んでいたが故に此処に辿り着くのが遅くなったのだろう。

「だが……ナイスだ、スノウ」

「はへ……?」

 駆け寄ってそう声を掛けると、息も絶え絶えといった様子のスノウが、虚ろな表情で疑問符を上げる。……まぁ、あんな重い物を持ってこの遺跡を駆け上がってきたのだから、それも仕方ないのだが。

「ナーシャ、罠はどの程度残ってる? 俺の方は既に使い切っちまった」

「こっちも似たようなものよ。閃光玉が一つ残っているくらいね」

「……それで充分だ」

 二兎を追うもの一兎をも得ず、とは言うが、しかし案外広間は広くはない。火竜二頭もいれば、寧ろ狭いくらいだ。二体とも大タル爆弾Gの爆発に巻き込む事は、充分可能だろう。

「……シンプルに行くぞ。まずナーシャが奴等に攻撃を加えて、こっちに意識を向かせる。そしたら俺が閃光玉で動きを奪う。そこをドカン、だ」

 コクン、とスノウとナーシャが頷く。そして直後、俺達は再び広間に突入した。
 まずナーシャが《蒼桜の対弩》を構え、重心を横に振りながら素早く二連射。放たれた弾丸は、それぞれ雄火竜達に命中する。

「「――ッ!」」

 途端、それまで咬み付き合い、火を吹きかけ合っていた二頭が同時に振り向く。狭い広間故に奴等は殆どくっつく形になっていて、俺達に好都合だ。

「おらぁッツ!」

 そこへ、俺が渾身の力を込めて閃光玉を投げつけた。一瞬の間の後、辺りに広がる強烈な光。今までにも何度も喰らっているにも拘らず、今回も反応出来なかったのだろう。二頭の悲鳴が小さく上がる。

「スノウ! 未だッ!」

「おうよッ!」

 光が晴れると同時に、俺とスノウが大タル爆弾Gを掲げて駆けだす。えっちらおっちらと、爆弾を抱えているが故に慎重にだが、可能な限り全力で走り、そして雄火竜達の中心に爆弾を仕掛けた。

「――ナーシャッ!」

「退いて! 二人ともッ!」

 言われるまでもなく、俺達は全力で横に飛ぶ。
 そこへ――


「これで……終わりよッ!」

 まるで鈴の音のように凛と響き渡るナーシャの咆哮。そして銃声、爆音、絶叫――




* * *





「痛つつ……終わったのか……?」

「えぇ……上手く止めを刺せたようね」

 どうやら、爆風に吹き飛ばされて少し気を失っていたようだ。見れば、反対側には同様に気を失っているスノウの姿があった。そしてその中心に、焼け焦げた二頭の雄火竜の死体。

「……相変わらず、とんでもない威力だな。大タル爆弾Gは」

「そうね……」

 ひゅおぉ……、と吹く風が疲れ切った身体に心地良い。先程まで狩りをしていたとは思えない、穏やかな気分だ。
 だからだろうか、俺は何の気なしに訊ねていた。

「……なぁ、ナーシャはどうして銀火竜と金火竜を追ってるんだ?」

「……それは……」

 触れられたくない話題だったのだろうか。ナーシャが言葉を濁らせる。

「……まぁ、言いたくないなら良いさ。なんとなく気になった程度だからな」

 そう言って俺は、未だ気を失ったままのスノウを起こしに行った。気にならない訳ではない。しかし、それは今聞くべき事ではない、いずれ彼女の方から教えてくれるだろう――そんな、確信にも似た予感があった。

「……えぇ、ありがとう」

「――さて、そろそろ村に戻るか」

「あぁ! 俺ぁもう腹ペコだぜッツ!」

 言葉の割に一番元気なスノウに呆れつつ、俺はずっしりと重い革袋を持ち上げる。中に入っているのは、二頭の雄火竜から剥ぎ取った素材だ。自分達の為に剥ぎ取ったのは勿論だが、それと同時にこれがクエスト完了の証拠になる。
 そうして、帰路に就こうとした俺だったが、

「……ん?」

 視界の端に移ったのは、恐らくはさっきの大タル爆弾Gの衝撃で崩れたと思われる壁。その向こうに、小さな空間が広がっていた。
 なんとなく気になって覗き込んで見るとそこには、宝箱が一つ。

「なんだこれ……?」

 手を掛けてみると、それは思いの他簡単に蓋が開いた。
 そこに入っていたのは――

「おーい、何してるんだルッツ!?」

「なんでもない! 今行くッ!」

 俺は宝箱の中身を半ば無意識にポーチへと押し込み、スノウ達の後を追ったのだった――









2009/12/19






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