【そんな誕生日】
「だぁぁぁぁっ! 全然終わらないぃぃぃぃっ!」 俺の部屋の中心で、由真が猛烈な勢いで宿題を消費して行く。 だが、正直それが今日中に終わるかは甚だ疑問だ。 何しろ今日は8月31日――夏休みの最終日にして、由真の誕生日なのだから。 「ほら、麦茶だ。少しは頭冷やせよ」 「うぅ……ありがと」 麦茶の入ったコップを目の前に置いてやると、由真はノロノロとした動作でそれに口を付けた。 「……何で夏休みはこんなに宿題が出るのよ。休みってのは休む為にあるんでしょうがっ!?」 「長い休みの間に学力が低下しないように、って事だろ? まぁ、言いたい事は解るけど」 「ふーんだ、良い子ぶっちゃって。……宿題も何時の間にか終わってるし」 そりゃ、今日の為にチマチマ進めてたからな。 七月中に全部終わる、なんて優等生ではないが何とか一週間前には終わっていた。 「捻くれるなよ。ほら、俺も手伝ってやるから」 「手伝ってくれるなら、いっその事答え見せろ!」 「おいおい……」 そうは言ってもちゃんと手を動かしている辺り、由真は真面目なんだよな。 ……唯、要領が少し悪いだけで。 * * * 「や、やっと終わった……」 「お疲れ。……何とか間に合ったな」 壁に架けられた時計を見ると、時刻は十時時。 特別遅い時間と言うわけではないが、明日からまた学校が始まるから泊める訳には行かないだろう。 とりあえず、後で爺さんに連絡しとくか。 「……ねぇ、貴明」 「ん?」 これからどうするか考えていたら、どこか不機嫌そうな由真に呼ばれた。 振り向くと、思った通りぷー、と頬を膨らませていた。 「折角頑張って宿題終わらせたのに……ご褒美は無いの?」 「そもそも由真が残しといたのが原因だろう……解った、解ったからそんな顔するな!」 目尻に涙を浮かべて瞳を吊り上げる彼女に、慌てて俺はその頭を撫でる。 普段は以前と変わらず無断強気なくせに、時折こうして甘えてくるもんだから困ったものだ。 ……尤も、それを嬉しいと思っている辺り俺も大概だけど。 「……これだけ?」 「自業自得だろ」 とは言え、こう寂しそうな表情をされるとな……。 「ほら、これ」 「え?」 由真の手を取って、そこにポッケから取り出した紙袋を置いてやる。 暫く驚いた様子でそれを眺めていた由真だったが、やがて問いかけるような視線を俺に向けてきたので、無言で頷いてやる。 「…………わぁ」 丁寧に紙袋を開き出てきたのはシンプルなネックレス。 この日の為に少しずつ金を貯めて買った品だ。 「本当はもっと良い物用意したかったんだけど……」 「うぅん、すっごく綺麗……」 呆けたようにネックレスを眺める由真に、思わず俺も嬉しくなる。 と、そこで由真が俺の方に振り向いた。 その表情はまるで悪戯を思いついた子供のように、怪しげな笑みを浮かべていた。 「ねぇ、貴明」 「な、なんだ?」 「……なんでどもってんのよ。それより、これあたしに掛けて」 「へ?」 そう言ってネックレスを俺の方に差し出してくる。 な、何だそんな事か、吃驚した……。 「それくらいならお安い御用で」 由真からそれを受け取り、彼女の首に掛けてやる。 「ふふ……似合う?」 「あぁ、さすが俺だな。良い物を買ったもんだ」 「何言ってのよ。私が良いからに決まってるでしょ? ……まぁ、これが良い物なのは確かだけど」 互いにクスクスと笑いあう。 最初に考えていたのとは少し違うけど……まぁ、こんな誕生日も偶には良いか。 「由真」 「ん? なに?」 「誕生日おめでとう」 「…………ありがと」 ――そして、俺達は口付けを交わした。 |