【お昼寝日和】










 それはとても良く晴れた、ある春の日の事だった。
 ちょっとした野暮用で人里に行った帰り、僕は普段とは異なる道を進んでいた。
 別に、何か用事があった訳ではない。
 余りにも心地よい天気だったからか、もう少し歩きたかったのかもしれない。
 要するに単なる気紛れだ。
 辺りに咲き誇る桜の木も、それを後押ししていた。
 そうして歩いているうちに、僕は開けた場所に辿り着いた。

「ほぉ……」

   そこへ足を踏み入れた僕は、感嘆の息を吐いた。
 広場の中心には、周りの物よりも一回りは大きいであろう立派な桜の木が生えていたのだ。
 これが見れただけでも、寄り道をした甲斐があったというものだ。
 その余りの美しさに魅入られたのか、気付くと僕は桜の木に向かって足を進めていた。
「これは凄いな……」

 幹の根元まで来た僕は、桜を見上げ呆然と呟く。
 間近で見上げた桜の木はより大きく、偉大に見え、はらはらと舞う薄紅色の花弁は見る者に安らぎを与える。
 美とは正にこの事か、そう思わせる程のものが此処にはあった。




「……ん?」

 どれくらいそうしていただろうか。
 桜の木に見惚れる余り、時間の感覚が無くなり掛けていた僕の耳に、微かな物音が届いた。
 どうやらそれは直ぐ近く……幹を挟んだ、僕の反対側から聞こえて来ているようだ。
 恐る恐る除いた僕の目に映ったのは、よく見慣れた、けれどもとても珍しい光景だった。

「すぅ……すぅ……」

 そこにいたのは桜の花弁よりもずっと強烈な紅と、ずっと薄い白の装束……即ちいつもの巫女服を纏った霊夢だった。
 それだけなら別に珍しい事でもない。
 僕が珍しいと思ったのは、彼女が桜の木にもたれる様にして眠っていた事だ。
 さわさわと風に小さく揺れる髪の毛に、緩みきった頬。
 眠っている間に積もったのだろう、頭の上の花弁が僕の頬も緩ませる。
 その寝顔は正に年相応の少女の物で、僕が普段見慣れている霊夢とはまるで別人の様だった。

「まったく……何時もこれくらい大人しければ可愛いんだが…………いや」

 そこまで言って僕は首を振る。
 自分で言っておきながら、大人しくてしおらしい霊夢など想像出来ない。
 もしそうなったとしても、何か企んでいる様にしか思えないだろう。

「……我ながら酷い事を考えているな」

 そう苦笑しつつ僕は霊夢の隣に腰を下ろす。
 霊夢を起こしてしまうのでは、とも思ったが、此処から立ち去るのも忍びなかったのだ。
 何をするでもなく、舞い落ちる花弁を眺める。
 次第に瞼が重くなり、僕も眠りへと落ちていった――




* * *





「んん……ふぁ……」

 眠りから覚めた私が見たのは、はらはらと舞う桜の花弁だった。
 一瞬、何故そんな物が見えるのかと疑問に思う。
 が、若干の間を置いて動き出した私の頭は、直ぐにその理由を思い出した。
 私はこの人気の無い場所へ避難していたのだ。
 何しろ、神社にいると酒飲み鬼だとか普通の魔法使いだとかが、宴会だと騒いでゆっくり出来ないのだ。
 私だって宴会は嫌いではないが、流石に毎日の様にやられては疲れるだけ。
 それ故私はのんびり出来る場所を求めて、此処に辿り着いたのだった。

「んーよく寝たぁ……」

 そこまで思い出して、私は身体を伸ばす。
 ずっと同じ姿勢で寝てた所為か、身体がパキパキと小さく鳴った。
「ん?」

 その時、一瞬だが肘が何かに当たった。
 感触から木の幹ではないと判断し、私はそちらに顔を向ける。

「…………霖之助さん?」

 そこにいたのは霖之助さんだった。
 私同様、木にもたれ掛かって穏やかな寝息を立てている。
 多分、何となく此処に来て私を見つけたは良いが、起こすのも放って帰るのも忍びなくて、そのまま自分も眠る事にしたのだろう。
 何となくそんな光景が頭に浮かんだ。

「ふふ、霖之助さんったら寝てる時まで仏頂面してるのね」

 眉間に皺を寄せて寝息を立てる霖之助さんに、私は小さく噴出す。
 何しろ、霖之助さんの寝顔など滅多に見られる物ではないから。




* * *





「くぁ……」

 暫く霖之助さんの顔を観察しているうちに、再び眠くなってきた。
 それに私は逆らったりなどせず、素直に瞳を閉じて睡魔に身体を委ねる。
 ぽかぽかとした春の陽気と、爽やかな風が実に心地いい。
 やはり、眠い時は素直に眠るに限る。




 ――今日は絶好のお昼寝日和だった














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