【香霖堂の騒がしい日々】










「ねーねー霖之助ー。これ食べられるー?」

「あははは! どう? どう? きれいでしょこれ!」

「あわわ……ふ、二人とも駄目だよぉ……店主さんごめんなさい〜」

「…………はぁ」

 三人の騒がしい少女達に囲まれ、僕は深く溜息をつく。
 それだけ聞けば羨ましがる者も多いかもしれない。
 けれども、静かに本を読んでいたい僕にとっては、これは面倒この上ない事なのだ。
 彼女達は時折やってきて、店の中を遊び場として暴れていく。
 どうやら、ここにある無数の品物が好奇心を刺激するらしい。

「それは食べられないよルーミア。それと、商品を凍らせないでくれないかチルノ。リグル、君が謝る事じゃないよ」

 嘆いていたって事態は変わらないので、とりあえず三人にそれぞれ返事をする。
 とは言え、このやり取りも既に十回はやっているのだろうが。
 言っても無駄だと解っているが、言わずにはおれない。

「霖之助〜これ不味い〜」

「だからそれは食べられないと……飲み込んだら危険だから、早く出しなさい」

「わかったー……ぺっ」

 飴玉とでも勘違いしたのだろうか、ビー玉を口内で転がしているルーミアの口元に手を置く。
 するとルーミアは素直にビー玉を口から出し、僕の掌に落とした。
 ビー玉は彼女の唾液でベトベトになっていたが、そんな事を気にしていたら彼女には付き合えない。

「まったく……ほら、こっち向きなさい」

「ふきふき〜」

 唾液で汚れた手と、ついでにルーミアの口元を布で拭ってやる。
 何が嬉しいのか、ルーミアはやたらとご機嫌だ。
 こんな風に無邪気な笑顔を見せられると、どうにも憎めないな……

「こらーりんのすけー! ルーミアばっかかまうなー!!」

「ごふっ!?」

「わぁっ!? ち、チルノー!!」

 そう胸の内で苦笑していたら、突如後頭部を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
 頭を押さえ、痛みを堪えながら振り向くと、そこには人の頭程もある氷塊を持ったチルノがいた。
 あれで殴ったのか……まぁ、商品を凍らせた訳ではないようだから良いが。

「あぅあぅ……店主さん大丈夫ですか!?」

 驚き半分、不安半分といった様子で、リグルが僕の心配をしてくれる。
 だがその慌てようでは、寧ろこっちが心配になってしまいそうだ。

「あぁ、大丈夫。これでも身体は頑丈だからね」

「そうですか……よかったぁ」

 本当はかなり痛いのだが、それを言ってしまうとリグルがまた、怒涛の勢いで謝りだしかねない。
 それを見ると、こちらは悪くない筈なのに、不思議と罪悪感を感じてしまう。
 なので、痛みを隠してそう強がっておいた。

「……それでチルノ、何か用事かい?」

 さて、そろそろチルノの相手をしてやらないと、再び殴られそうだ。
 そう思い振り向くと、案の定彼女は膨れっ面で氷塊を持ち上げていた。
 どうやら危機一髪のようだ。
 僕が振り向いたのを見てチルノはぷいっ、と顔を背ける。

「なによいまさら! せっかく、サイキョーなあたいが相手してあげてるのに無視しちゃって!」

「……それはすまなかった。お詫びに、何でも一つ言う事を聞いてあげるから許してくれないか?」

 チルノは妖精の中でも優れた力を持ち、なおかつ精神的には子供だ。
 本気で怒らせたりしたら、何をされるか解ったものじゃない。
 だが子供という事は、怒り以上に興味の引くものを与えれば、すぐに機嫌を直してしまう。

「えっ! ほんと!?」

 ほら、食い付いた。
 僕の思い通り、あっという間に機嫌を直したチルノは、嬉々として品物を漁り始めた。
 やれやれ、何を要求されるのやら……

「店主さん、良いんですか……?」

 隣にいたリグルが、チルノと……何時の間にか、一緒に物色を始めていたルーミアを指差す。

「あぁ、店を丸ごと凍らされるよりは、よっぽどマシだろうからね」

「はぁ……」

「それより、君は良いのかい? 流石にタダとはいかないが、少しくらいならサービスするよ? 君がいてくれて結構助かってるしね」

 流石に、あの二人を僕一人で見ていたら、あっと言う間にダウンしていただろうし。

「あ……折角だけど遠慮します。そもそも、私お金持ってないし……」

「……そうか」

 それなら仕方ないな、と僕は視線をチルノとルーミアの方に向ける。
 どうやら、丁度何にするか決まったところらしい。
 満面の笑みでこっちに向かってきた。

「霖之助ーこれにする!」

「これよめー!」

 そう言って二人が差し出してきたのは、淡い色合いの表紙をした薄い本――絵本だった。
 一冊ではなく、二人は何冊もそれを持ってきていた。
 店にこんなに絵本があったなんて、僕自身驚きだ。
 とはいえ、これのお陰で無茶を言われずに済んだようだから、絵本様々か。

「あぁ、良いよ。それじゃあ好きなところに座ってくれ」

「「はーい!」」


 ……


 …………


 ……………………


「あの、大丈夫ですか……?」

「大丈夫だと思うかい?」

「…………」

 今の僕の状況を見かねたのか、リグルが恐る恐る尋ねてくる。
 どんな状況下と言えば、ルーミアが僕の膝の上に座り、チルノが頭の上に乗っかっているのだ。
 因みに、リグルは近くの商品棚に腰掛けている。
 重いしチルノの冷気で頭が冷えるしで、さっきのように強がる余裕も無い。
 一体何の拷問だこれは。

「わくわく、わくわく!」

「りんのすけはやくしろー!」

 僕の苦悩など知らず、原因の二人は早く絵本を読み始めるよう催促してくる。
 正直、場所を変えて欲しかったのだが、その期待に満ちた声を聞くと、どうにも言い出しづらい。
 やれやれ、僕も甘くなったものだ――そう心の中で自嘲し、僕は絵本を開いた。
「むかしむかし――」




* * *





「――めでたしめでたし……おや?」

「くかーすかー」

「もう食べられないのかー……むにゃむにゃ」

 ルーミアとチルノがすっかり眠ってしまっている事に気付いたのは、絵本を全て読み終わってからだった。
 彼女達に読み聞かせる筈が、何時の間にか僕の方が熱中していたらしい。
 そういえば、最初はうるさい位に聞こえていた二人の歓声の声も、最後の方はまったく聞こえなかったな。
 案外、絵本は奥が深くて侮れない。

「店主さんお疲れ様です」

 コトリ、とリグルが湯呑を勘定台に置いてきた。
 どうやら、お茶を入れてくれたらしい。

「すいません、勝手に台所使って」

「いや、構わないよ。ずっと喋りっぱなしで喉が乾いたからね」

 湯呑を手に取り、一口啜る。
 するとお茶独特の苦味が舌を刺激し、渇いた喉を潤していく。
 そして全身に染み渡り、絶え間なくチルノから放出されていた冷気で冷え切った身体を温めてくれた。

「うん、美味い」

「ありがとうございます……ずずっ」

 自分の分も入れておいたのだろう。
 読み始める前と同様に商品棚に座ったリグルが、湯呑を口にした。

「それにしても、二人ともぐっすりですね」

「あぁ、此処まで安らかそうに眠られると、起こす気も失せてしまう」

「あはは……」

 何となく、目の前のあるルーミアの頭を撫でてみる。
 少女らしい柔らかさを持った、さわり心地の良い髪だ。
 ルーミアもくすぐったそうな、けれどどこか満足そうな声を上げて、身体を摺り寄せてくる。
 チルノの頭も撫でてやろうかと思ったが、相変わらず僕の頭の上にいるのでそれは断念した――下手に動いたら、二人を起こしてしまう気がして。
 ずっと同じ姿勢でいたので、身体の節々が少し痛むが、それは気にならなかった。
 僕自身、もう少しこのままで――そんな気持ちだったからだ。
 先程まで騒がしかった店内も、今では僕とリグルのお茶を啜る音、そしてチルノとルーミアの寝息だけ。
 穏やかで、安らげる時間。
 また一口お茶を啜り、僕は呟く。


「こんな日も、悪くは無い」


 と――














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