【紅き妹と森の兄】










「お姉様の……」

「え、ちょ……フラン!?」

「ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 翌日、文々。新聞の見出しには『紅魔館、謎の爆発で半壊!!』という記事が載っていたとか。




* * *





「クスン……お姉様のバカ……」

 紅魔館を半壊させた本人、フランドール・スカーレットは瞳に涙を浮かべて空を飛んでいた。
 とある事で姉であるレミリアと喧嘩したフランドールは、興奮して我を忘れ、その破壊の力の一部を解放してしまったのだ。
 その後我に返ったはいいが、姉や館を吹き飛ばしてしまった事の罪悪感から飛び出してきた。
 更に悪い事に、彼女はまだ精神的に幼かった。
 即ち、『相手が悪いんだから自分は謝らない』という、喧嘩における子供ならではの理屈が発動したのだ。

「これからどうしようかな……」

 当ても無く空を飛びながら、フランドールは考える。

(魔理沙のとこに行こうかな……)

 以前魔理沙が遊びに来た時、フランドールは魔理沙が魔法の森に住んでいる事を聞いた。
 それを思い出して森がある方まで来たものの、流石に細かい場所までは解らないようだ。

「……あ、あれかな?」

 暫くして、森の端の方に明かりが灯っているのに気付いたフランドールは、そこに降り立つ。

「えっと……かお……きり、どう?」

 建物の入り口に立ち、フランドールはたどたどしく看板を読み上げる。
 しかし、看板に書かれた『香霖堂』という文字は彼女には難しかったらしく、何とも恐ろしい名前にされてしまった。

「ま、いっか! こんにちはー!」

 そして、フランドールは勢い良く扉を開けた――




* * *





「こんにちはー!」

 元気の良い声と共に扉が粉々に吹き飛んだのは、霖之助がお茶を入れて勘定台に戻ってきた時だった。
 魔理沙でも来たか――そう思って扉の方に視線を向けると、そこいたのは魔理沙では無かった。
 どこか見覚えのある、けれども霖之助の知らない少女だった。

「いらっしゃい。……できれば、もう少し静かに入ってきてくれれば嬉しかったかな」

 登場の仕方からまともな客ではないと判断した霖之助だが、とりあえず店主として対応する。
 ついでに、扉についてもそれとなく注意する。

「……ねぇ、ここは何?」

 尤も、相手は店内の様々な商品に気をとられて、全く聞いていなかったが。
 しかし霖之助もそれは予想していたのか、気にした様子は無くのんびりとお茶を啜る。

「此処は道具屋の香霖堂。僕はその店主の森近霖之助さ」

「へ〜……あ、私はフランドールだよ! よろしくねお兄ちゃん!」

「ごふっ!?」

 フランドールが霖之助の事を呼んだ瞬間、彼は口に含んでいたお茶を吹き出した。
 それを見て、慌ててフランドールが駆け寄ってくる。

「だ、大丈夫!? お兄ちゃん!」

「あ、あぁ大丈夫だ……それより、『お兄ちゃん』とは?」

 口元を拭い、一番気になったそれを尋ねる霖之助。
 それに対してフランドールは、不思議そうに首を傾げて答えた。

「あなたの事だよ?」

「いや、それは解るんだが……なぜお兄ちゃんなんだい?」

「それはね、前パチェに読ませてもらった本に、『妹は男性の事をお兄ちゃんと呼ぶものである。いや、呼ばねばならない!』って書いてあったの。私妹だし」

「…………」

 それを聞いた霖之助は、頭が痛くなるのを感じていた。
 パチェとか言う人物はこんな幼い娘に何読ましてんだよ、と。

「まぁ、良い……それで、今日はどういったご用件かな?」

 何とか気を取り直した霖之助は、ずれた眼鏡を直しながらようやくそれを尋ねる。
 だが、フランドールは再び首を傾げた。

「…………何だっけ?」

「おいおい……」

 フランドールにしてみれば、『行く宛がないからとりあえず知り合いの所に行ってみよう』程度の考えだった。
 その為、魔理沙の所に行くという目的もすっかり忘れている――ついでに、姉と喧嘩していた事も。
 それよりも、店内を埋め尽くす様々な物に興味が移っていた。

「ねぇねぇ! ここはどんな物を売ってるの?」

「ん? あぁ、この店では外の世界の品を中心に色んな物を取り扱っている。珍しい物ばかりだからお一つどうかな?」

「んー……でも、私お金持ってないよ?」

「ふむ、ならば一つくらいならサービスするよ」

「ほんと!?」

 眼を輝かせて身を乗り出すフランドールに、霖之助は思わず苦笑を浮かべる。

「あぁ。……でも、次からは財布を持ってきてくれよ?」

「うん!」

 元気良く返事をしたフランドールは早速商品の物色を始める。
 その様子を後ろから眺めながら、霖之助は小さく笑みを浮かべていた。




* * *





「お兄ちゃん! これ、これが良い!」

 フランドールが商品の物色を始めてから十数分後、彼女は興奮した様子で霖之助の元に戻っていた。

「ん? どれどれ……」

 その手に握られている物を見て、霖之助は首を傾げた。

「おや? こんな物で良いのかい?」

「うん! これ、すっごく綺麗なんだもん!」

 フランドールの手に握られていたのは、数個のビー玉だった。
 確かに彼女の言うとおり綺麗ではあったが、それだけだ。
 実際、ビー玉程度なら香霖堂でなくとも人里で買う事も出来る。

「だめ……?」

「あぁ、いやそんな訳じゃないよ」

 霖之助の反応に不安になったのか、フランドールは若干涙目になって彼を見上げていた。
 しかし霖之助は首を振り、彼女の頭にポンと手を乗せた。
 そして、ゆっくりと撫でてやる。

「ふぇ……?」

 キョトンとした表情で固まるフランドール。
 何故撫でられているのか解らない、と言った感じの表情だ。
 そんな彼女が少し可笑しく、霖之助は小さく笑みを浮かべながら説明した。

「……唯、君は良い子だな、って思っただけさ」

「良い、子?」

「あぁ、普通ならもっと高価な物や特別な力を持ったマジックアイテムを選ぶだろう。……少なくとも、僕のとある知り合いなら間違いないね」

 しかしフランドールはそれをしなかった。
 それだけ、彼女の心が純粋なのだろう。
 純粋であるが故に、金銭的な価値や力に囚われず単純に欲しい物を選んだのだ。
 普段身勝手な少女達(擬似含む)ばかり見てきた霖之助にとっては、それは新鮮だった。

「ふ、ふぇ……」

「ッ!?」

 しかし、霖之助のそんな思いとは裏腹にフランドールは涙ぐんでしまう。
 まさか泣かれるとは思わなかったのだろう。
 その時の霖之助は、彼を知る人物が見たら驚きで目を丸くするだろう、と言うほど慌てていた。

「お、おい、どうしたんだ!?」

「ふぐ、だ、だって……良い子、なんて言われたの……初めてなんだもん……」

 霖之助の言葉に、フランドールはたどたどしく答える。
 その強大すぎる力故に、五百年近い生涯の殆どを幽閉されて過ごしてきた彼女にとっては、誰かと触れ合う事自体が稀だったのだ。
 最近では大分マシになってきたが、それでも未だに腫れ物のような扱いをされている彼女が、こうして頭を撫でられ『良い子』と言われた事が無いのも仕方ないだろう。

「…………そうか」

 しかし霖之助はそんな彼女の事情など知らない。
 けれども、彼自身半妖として決して楽ではない人生を送ってきたからだろうか、フランドールの心情が何となく理解できた。
 それからフランドールが泣き止むまで、霖之助は彼女の頭を撫で続けた。
 優しく、安心させるように――




* * *





 ――カラン、カラン。

「いらっしゃい。……今日のお目当てはこれかい?」

 カウンベルの音に顔を上げた霖之助は、来訪者の顔を見て微笑を浮かべた。
 そんな彼に、来訪者――十六夜咲夜ははぁ、と息を吐いた。

「……まだ、何も言ってないのだけれど」

「しかし間違ってもいないだろう?」

「えぇ、そうね」

 霖之助は自分の胸の辺りを指差す。
 そこには、彼に抱きつくようにして眠っているフランドールの姿があった。
 あの後、彼女は泣き疲れてそのまま眠ってしまったのだ。

「すーすー……」

「ふふっ、気持ち良さそうに眠ってるわね……。それで、どうして私が探してるのがフラン様だと?」

「初対面にも拘らず彼女には見覚えがあったからね。暫く考えて、君の主人に良く似ている事に気付いたんだ。……あぁ、後新聞で見た事もあったか」

「……確かに、フラン様はお嬢様の妹になります」

「やはりか」

「えぇ……それにしては、随分落ち着いてるようですけど」

 咲夜の主人、レミリア・スカーレットと言えば、最高位の妖怪である吸血鬼だ。
 そしてその妹であるフランドールもまた吸血鬼で、その力の危険性は姉をも上回るほどだ。
 普通なら関わりたくない相手だろう。

「なに、危険な力を持っているからと言って恐れていては、こんな所で店など構えられないよ」

「……それもそうですね」

 クスリと微笑みながら、咲夜は霖之助……の胸で眠るフランドールの頬をそっと撫でる。
 その時、彼女はある事に気が付いた。

「あら? 泣いた跡…………まさか」

「あぁ、それはだね……って、うお!?」

 事の説明をする間もなく、霖之助の喉元にナイフが突き立てられていた。

「まさか、貴方にそんな趣味があったとは思わなかったわ。仕方ないけど、此処で始末しといた方が良いわね」

「いや待て誤解だ笑顔でナイフを突き立てるな」

 霖之助は冷や汗を額から垂らしながら、しかしフランドールを起こさないよう何とか声を抑えて訴える。
 そんな彼の様子を暫し眺めて、咲夜はふっ、と息を吐きナイフを仕舞う。

「冗談よ。……そもそも、貴方如きがフラン様を襲ったら逆に壊されるものね」

「……随分と怖い事言うな」

「事実よ。……まぁ、合意の下だったらそれはそれで殺すけど」

「おい」

「ふふっ」

 本気か冗談かも解らない短い笑みと共に、咲夜はフランドールを霖之助から引き剥がして抱きかかえる。
 その際若干フランドールが抵抗したが、起きるまでには至らなかったようだ。

「さて、今日はこれでお暇させてもらいますね」

「おや? もう良いのかい?」

「えぇ、お嬢様にさっさとフラン様を連れ戻せ、って言われてるので」

「なるほど、それは急がないといけないな」

「えぇ、そういう事なので――」

「あぁ、ちょっと待った」

 今正に踵を返そうとした咲夜を呼び止める。
 不思議そうな顔で振り向く彼女に、霖之助はある物を手渡した。

「……これは?」

「彼女へのサービス品だ。今度からは財布を持たせてやってくれよ?」

「…………えぇ、解ったわ」

 ジャラジャラと音を立てる、十数個のビー玉が詰まった袋を手に咲夜は微笑を浮かべる。
 そして、今度こそ彼女は香霖堂を後にした。




* * *





「フラン、そろそろ出かけるわよ」

「うん!」

 フランドール香霖堂襲撃事件(?)から数週間。
 あれ以来彼女は霖之助の思惑通り、度々香霖堂を訪れていた。
 勿論、ちゃんと財布も持って。
 ついでに仲直りしたレミリアも一緒に来る事も多いが、元々彼女は香霖堂の上客なので霖之助は特に気にしていないようだ。

「ふふ〜ん♪ 今日は何読んでもらおうかな〜」

「あらあら、フランはすっかり絵本がお気に入りなのね。……それともあの店主の方かしら?」

「絵本はパチェの字ばっかりの本と違って面白いから好き! でも、お兄ちゃんは優しいからもっと好きだよ!」

「そ、そう……」

 レミリアにしてみればからかったつもりなのだが、如何せん妹は精神的に幼すぎた。
 冗談をそれと気付かず、輝かんばかりの笑顔で返すフランドールに姉の方が苦笑いを浮かべていた。

「まぁ、良いわ。……そうね、そんなに彼がお気に入りなら執事として雇うのも良いわね」

「ほんとに!?」

 嬉しさ半分驚き半分と言った様子で訊く妹に、自信満々の笑みで頷くレミリア。
 それから暫くして、運命を弄られたり強引に誘拐されちゃったりなんかして、本当に霖之助が彼女等の執事になるのだが……それはまた別のお話。














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