【天より参りしは】










 ――カラン、カラン。


「いらっしゃ……おや、初めて見る顔だね」

 カウンベルの音に本から視線を上げると、そこにいたのは桃の飾りが付いた帽子を被った少女だった。
 少女は物珍しそうに店内をキョロキョロと見渡しながら、僕の方に向かってくる。
 幼さを残しつつもどこか気品を漂わせた顔立ちの、中々に見目麗しい少女だ。
 しかし何故か全身がボロボロの煤だらけで、それが弾幕ごっこの後である事は誰の眼にも明らかであった。

「此処は何?」

「香霖堂、と言ってね、外の世界の物を中心にあらゆる品を扱う店だ。僕は店長の森近霖之助」

「ふ〜ん……」

 自分から聞いておきながら、むしろ商品の方に興味を持ちつつ僕のいる勘定台に近づいてくる。
 やがて僕の目の前に辿り付いた彼女は、何かを決意したかのように小さく頷き、そのささやかな胸を高々と張った。



「私は比那名居天子! 此処を頂きに来たわ!」



 ――とんでもない一言を添えて。

「……………………は?」

 鏡を見るまでもなく、今の僕の顔は短くない人生の中でも、五指に入るくらい見事な呆けっぷりだろう。
 さて、これはどう返すべきだろうか?
 暫し悩んだ末、とりあえず普通に返す事にした。

「残念ながら、この店は非売品だよ」

「買うんじゃないわよ、頂くのよ!」

 ……どうやら、会話の通じる相手ではないらしいな。
 そう判断した僕は、彼女にどうやってお帰り願うかについて思考を切り替えた……が、正直な所妙案は浮かばない。
 今認識したとおり、彼女は我が強すぎるようなので僕の話を聞いてくれるとは思えない。
 かと言って、力尽くで追い出すと言うのも無理だろう。
 彼女の名乗った『比那名居天子』と言う名は、この前の緋色の雲異変の犯人だと、以前霊夢と魔理沙に聞いた事があったのだ。

「やれやれ……また面倒な奴が来たものだ」

「ちょっと、聞こえてるわよ」

「聞かせるつもりで言ったんだよ」

 なによそれ、と大して気にもしていないような口調で、魔理沙の指定席にもなっている壷に腰掛ける――居座る気か。
 やれやれと首を振り、僕は彼女の方に向き直る。
 経験上、こういう手合いは無理に追い出そうとするよりも、話を適当に合わせてやった方が扱いやすいからな。
 ついでに、お茶を与えてご機嫌取りも行っておく。

「それで? さっきは何であんな事を?」

「あんな事、って? ……ふぅん、店はぼろっちぃ癖にお茶は結構良いわね」

「それは褒めてるのか? まぁ、それは兎も角、いきなり来て『此処を頂く』なんて言った事だよ」

「あぁ、その事」

 納得したように彼女は眼を細め、うんうんと頷く。

「簡単に言えば……そうねぇ、別荘が欲しかったのよ」

「別荘?」

「そう、華やかで騒がしくて穢れた地上で活動する為の拠点ね」

「随分な言いようだな。
……あぁ、そうか、君は確か天人だったか」

 それもまた霊夢と魔理沙に聞いていた事である。
 天人とはありとあらゆる欲――それこそ生への欲求すらも――を捨てて成った存在だ。
 そんな彼女達にしてみれば、欲に塗れきった地上など穢れているようにしか見えないのだろう。

「しかし何故わざわざ地上に? 天界ならば何不自由無い生活が送れるのだろう?」

 好きな時に遊び、好きな時に食べ、好きな時に眠る。
 そんな、誰もが一度は夢見るような生活を送れるのが天人だ――そう幻想郷縁起にも書いてあった。
 時折地上に降りてくる天人もいるようだが、それはあくまで暇潰しのようなものであり、彼女みたいに地上に入り浸ろうとする者はいないだろう。
 そんな僕の疑問に、彼女はどこか不貞腐れたようにして答えた。

「……刺激が無いのよ。遊ぶって言っても、囲碁とか釣りとか踊りだったり……」

 ……なるほど、確かにそれは彼女のような年頃の(と言っても実年齢はどうか知らないが)娘には退屈なのかもしれない。

「で、いつも地上を覗いてたのよ。そしたら、こっちでは弾幕ごっことか異変とか面白そうな事やってるじゃない」

「それで、自分も騒ぎたくて先の異変を起こしたと?」

「そうよ! ……あれは楽しかったわ。霊夢とか魔理沙とか、他にも色んな奴等が私の所に来るんだもの」

 その時の事を思い出しているのか、うっとりと目を細める天子。
 今まで退屈な生活しか送ってこなかった彼女にとっては、それは正に世界が変わったような経験だったのだろう。
「それで私は解ったの! 私の本当の居場所は退屈な天界なんかじゃない、この地上だって!」

「そ、そうか……」

 無駄に力の入りまくった彼女の言葉に、僕は圧倒されてしまう。
 しかし、此処で屈してはならない。
 そうなってしまえば、済し崩し的に彼女が此処を私有化してしまう事は誰の眼にも明らかだ。

「だが、何故よりによって此処なんだ? こんな小汚い店よりも、もっと君に相応しい場所があると思うんだが」

 自分で行ってて少し哀しくなってくるが、事実なのだからしょうがない。
 それに、今の最優先事項は如何にこの少女の侵攻を阻止するかなのだ。
 瑣末な事には眼を瞑るとしよう。

「例えば……そうだな、博麗神社とか」

 何で私んちなのよ――どこかで霊夢が文句を言っている気がするが、恐らく気のせいだろう。
 しかし、僕の提案に対しての天子の表情は何処か冴えない。

「それなら最初に目をつけたわよ」

「ふむ、なら何故?」

「…………あの隙間が邪魔したのよッ!!」

「……隙間?」

 突然、爆発したかのように叫んだその言葉の中に、気になる単語が一つ混じっているのに気付いた。
 僕の記憶違いでなければ、それに当てはまるのは幻想郷に一人しかいない。

「……もしかして、その隙間とは八雲紫の事なのか?」

「そういえば、そんな名前だったわねあいつ」

 苛立ちを隠そうともせず吐き捨てる天子の態度に、一体何をやったんだ、と少し心配になってくる。

「兎に角! あいつが五月蝿いから神社は駄目だったの!」

 が、そこは彼女にとっても余り触れられたくない場所なのか、適当に流されてしまった……まぁ、聞かなくても何となく解るが。
 博麗神社はこの幻想郷と外の世界の境目に存在する重要な場所だ。
 そこを好き勝手に弄られては、幻想郷の存在そのものに影響が出るかもしれない。
 誰よりも幻想郷を愛してると言う紫にとって決して許せる事ではなく、それ故に天子は力尽くで捻じ伏せられたのだろう――要約すれば、自業自得と言う事になるのだが。

「それで仕方なく他の場所――此処に狙いを定めた、と言う事か」

「えぇ、狭いしゴチャゴチャしてるけど、此処からは不思議と強力な力を感じたからね。縁を結ぶのに丁度良かったのよ」

 ――人間、妖怪問わず、特に強大な力を持つ者にとって、住処とは単なる寝床以上の意味を持つ。
 自身の存在を外部から隠す事で安穏を確保し、且つ有事の際には力を増幅させ敵を撃退する為の結界なのだ。
 そしてそれを創る際には、場所も重要な問題になってくる。
 地脈、霊脈、龍脈……それを形容する言葉は数あるが、要するに大地そのものの力を利用する事が多い。
 或いは、土地自体は大した事がなくとも強力なマジックアイテムを用いる事で代用する事もできる。
 天子の言う『別荘』とは即ちこの結界の事で、此処から感じた強力な力とは、草薙の剣を始めとした僕の所持している道具のものだろう。

「しかしそうは言うがね……此処には八雲紫も度々訪れるんだが」

 恐らくは監視されているのだろう。
 幻想郷、冥界、外の世界……ありとあらゆる道具を扱う僕の手元には、強力な宝具や神具が舞い込む事も少なくない。
 さっき名を挙げた草薙の剣など、その典型だ。
 あれに認められ、その力を完全に使いこなす事が出来たならば幻想郷――いや、外の世界をも支配する事が可能だろう。
 そんな代物を、紫が放っておく筈が無いのだ。

「それなら大丈夫よ。此処が私の土地になれば、今度こそあの隙間をぎゃふんと言わせてやるわ!」

「……そう上手く行くかな」

「勿論!」

「…………」

 無駄に自信に溢れた笑みで断言する天子を、どうやって説得すべきか僕は思考する。
 しかし彼女はその沈黙をどう受け取ったのか、何処からか緋色の剣を取り出して――

「……って、ちょっと待て! 何するつもりだ!?」

「え? さっきから言ってるじゃない。此処を私の物にする……って!」

 静止する間など無かった。
 次の瞬間には彼女の剣が店の床に突き刺さり、光を放ち始める。
 その光は次第に強さを増していき、やがて僕の視界は緋色に染まっていった。


 ……


 …………


 ……………………


「はい、おしまい」

 ざっと十秒ほどだろうか、部屋を丸ごと塗りつぶしていた光はその残照すら残さず、今では元通りの薄暗い様相を取り戻していた。
 部屋の中央では、事の元凶である天子が満面の笑みを浮かべて仁王立ちしていた。
 その笑顔はとても明るく可愛らしげではあるが、生憎今の僕にとっては頭痛の種以外の何者でもない。

「んっふふー♪ この緋想の剣は気質を操るの。その力を使えば、地脈を私の思い通りの形に操作する事も容易いわ」

「やれやれ……やってくれたな……。
だが、それならば別に此処でなくとも良かったんじゃないのか?」

「んー、そう言う訳にも行かないのよ。この剣はあくまで気質を操るだけ。
生み出す事は出来ないわ。……まぁ、地脈の流れを変えて、より多くの力が此処に集まるようにする事も出来るけど、それをやると他の土地に悪影響が出るからね」

「凶作になったり……とかか?」

「そう。でも今回のは元々この辺りに漂っていた力を、私の都合の良いように組み替えただけ。云わば、散らかっていた部屋を整理整頓したような感じね。……あぁ、この部屋も片付けた方が良いんじゃない? こう暗いと、何処に何があるのか解らなくて危ないわ」

「……善処しよう」

「なるべく早くしてよね。……今日から私も此処に住むんだから」

 …………ちょっと待て、何でいきなりそうなる?

「何で、って当然じゃない。私はこの土地と縁を結んだ、故に此処はもう私の領域。むしろ、追い出されないだけありがたいと思いなさい」

「…………」

 何と言う勝手な物言いだろうか。
 霊夢や魔理沙との付き合いの中で、理不尽な事にもそれなりに耐性が出来ていた僕も流石に絶句した。

「なに呆けてるのよ? 折角私に仕えられるんだから、もっと喜びなさいよ! ……とりあえず、まずはお風呂ね」

 しかし天子は、僕の感じている不平不満などまるでものともせず、無邪気な笑みを浮かべている。
 やれやれ、きっと彼女には僕が何を言った所で無駄なのだろう。
 彼女と接したのは半刻と経っていない短い時間だが、それが解らないほど僕も人を視る目が無い訳では無かった。
 かと言って、実力行使で追い出すのも僕の流儀では無い。

「……はぁ、好きにしてくれ」

「勿論!」

 結局、僕に残されたのは諦める≠ニいう選択肢のみなのであった。




* * *





「――ほらほら、てきぱきと働きなさい! そんなんじゃ夜まで掛かっても終わらないわよ」

 香霖堂店内の勘定台。
 僕の指定席であるそこに座っているのは、しかし僕ではなく突如降って湧いてきた居候の天人であった。
 今僕は彼女に急かされるまま、数年ぶりとなる店の大掃除を行っていた。

「……そう言うのなら、手伝ってくれても良いんじゃないかな?」

「えー? 邪魔になるから手を出すな、って言ったのは貴方じゃない」

「あぁ、そう言えばそうだったか……」

 確かに最初は彼女も僕と共に掃除をしていた(させた)が、まるで役に立たないので早々にご退場願ったのだ。
 何しろ商品は落とすわ、棚を崩すわ、挙句の果てには――



『これ全部吹き飛ばせば綺麗になるんじゃない?』



 等と言ってスペルカードを発動しようとしたのだ。
 それを抑える為に決死の説得を行ったのだが……非常に長くなるので割愛させていただく。

「それにしても、こうしてみると随分と汚れているな。我ながらよくここまで放っておいたものだ」

「でしょう? 良かったじゃない、丁度良く私が来て。そうでなかったら更に酷い事になってたわよ」

「違いない」

 否定しても仕方ないので、その事には素直に同意する。
 出来れば向こうの部屋で静かにしていて欲しいのだが……彼女が大人しくそれを聞いてくれる訳が無いだろう。
 小さく息を吐き、僕は作業を続行するのだった。




* * *





「ふぅ……やっと終わった」

 最後の商品を棚に戻し、深く息を吐く。
 窓から外を眺めれば、すっかり夜も更けて店内は薄闇に包まれていた。
 本を読んだりマジックアイテムを作ったりで、夜中まで何かをするというのは別段珍しい事ではないが、今日は普段以上に身体を酷使したので全身の筋肉が強張っている――やれやれ、明日は筋肉痛になりそうだ。
 それはそうと、天子はどうしたのだろう?  集中していた所為か、すっかりその存在を忘れていた。

「彼女がおとなしく待っているような性格とは思えないが……おや?」

「すぅ……すぅ……」

 朝と代わらず僕の指定席に座る彼女は、そこで穏やかな寝息を立てていた。
 どうやら、待っているうちに眠ってしまったらしい。

「やれやれ……」

 椅子の上で猫のように丸まって眠るその姿に、口元が緩むのを感じる。
 起きている時の快活な様子からは想像できない、その穏やかな寝顔に和んだのが半分。
 もう半分はおよそ一日ぶりに訪れた静寂への安堵か。

「やはり、僕は静かな方が良いな。騒がしいのも偶になら良いが、こう一日中ずっとだと疲れる」

 出来れば僕もすぐに眠ってしまい衝動に駆られるが、そうも行かない。
 彼女をこのまま放っておけば間違いなく翌朝面倒な事になるだろうし、何より僕自身がまず汗を流したかった。
 やれやれ、どうやらもう一働きする必要がありそうだな。

「……仕方あるまい」

「ん……」

 誰に言うでもなく呟き、僕は彼女の身体に手を回して抱きかかえる。
 初めて見た時から華奢だとは思っていたが、こうして実際に抱えてみると想像以上に軽かった――少し力を込めれば折れてしまいそうなほどに。


 ――カラン、カラン。


 天子を寝室に運ぼうとした矢先、入り口のカウベルが客の来訪を告げる。
 ……はて、誰だろうか?
 誰だか知らないが、こんな時間に尋ねてくる辺り面倒な客である事は間違いなさそうだ。
 小さく溜息を吐いた僕は、天子を椅子に戻してから来客の方に向き直る。

「――夜分遅くにすいません」

 そこに立っていたのは、天子同様今日初めてみる女性であった。
 身に纏う羽衣はボディラインを強調するかのように身体にピッタリで、彼女自身のスタイルの良さも相まって良く似合っている。
 だが随所に付けられたフリルのお陰か、艶やかさよりもむしろ可愛らしい雰囲気を醸し出していた。
 端麗な顔に浮かべる笑みも強者の浮かべる不敵なそれと異なり、見る者を安心させる本当に穏やかなものだった。

「あの、大丈夫ですか? なにやら呆けていたようですけど」

「……あぁ、いや、大丈夫ですよ。
それで貴女は?」

 思わず貴女に見惚れていました、等とは勿論言わず、来店目的を訊ねる。
 彼女の方も大して気にしていないのだろう、淡々と自分の名を名乗り始めた。

「私は永江衣玖と申します。このような深夜にお邪魔した理由ですが、人を探しているのです」

「人?」

 常識の通用しない連中に慣れきっていた所為か、丁寧な物腰なのに不気味さがない彼女に若干の戸惑いを覚えつつも、その話に耳を傾ける。

「えぇ、私は竜宮の使いとして普段から天人の方々とも親しくしているのですが、昨日から地上に降りたまま帰ってこない方が居まして」

「……それって」

「その方は此処最近仕事があると言って、毎日のように地上に降りていたのですが……今回のように夜が更けても帰ってこないのは初めてなのです」

「…………」

 恐らく彼女の言う天人とは、僕の後ろで暢気に寝息を立てている奴の事だろう。
 僕は小さく肩を竦めると、少し横に移動してそれに指を指してみせる。
 それを目にした衣玖は一瞬驚いたように目を見開くと、次の瞬間安堵の笑みを浮かべた。

「もしかしなくても、君の探し人は彼女の事だろう?」

「あら……もしやと思ったんですが、本当に此方にいらしたんですね」

「……?」

 何やら彼女の口ぶりからは、天子が此処にいた事を最初から解っていたようだが……。
 まぁ彼女が唯の人間では無い事は明らかだし、何らかの能力を持っていても不思議は無いだろう。

「あぁ、地上での拠点に、と此処に居付いてしまってね。正直、どうしようかと思っていたんだ」

 別に天子の事を嫌っている訳では無い(好いている訳でも無い)が、衣玖が連れ帰ってくれるのならそれに越した事は無い。
 人にはそれぞれ自分のリズムと言うものがある。
 それが同じ、或いは近い相手とならずっと一緒にいても平気であろうが、生憎僕と天子のそれはまるっきり正反対らしい。

「……と言う訳で、このまま連れ帰ってくれるとありがたいのだが」

「あら、そうは行かないわよ」

「おや? 君は彼女を連れ戻しに来たのでは……ん?」

 僕は目の前の彼女に言ったつもりだったが、どう考えても今のは背後から聞こえてきた。
 と言う事は――

「起きてらしたんですか、総領娘様」

 振り返ってみれば、先程まで椅子で丸まって眠っていた筈の天子が厳しい目つきで僕――いや、衣玖の事を見詰めていた。

「当たり前じゃない。此処は私の領域なのよ? 侵入者があればすぐに感知できるわ。……それにしてもさすがは衣玖ね。こんなに早く嗅ぎ付けて来るなんて」

「それこそ当然ですよ。この辺りは昨日を境目に漂う空気が僅かに変化していましたからね。それが解らない私ではありません」

 ……何だろうか、これは?
 ものすごく雰囲気が重くなって、まるで二人の目からバチバチと火花が飛び散っているように見える。
 いや、衣玖からは本当に青白い火花が飛び散っていた。

「言っておくけど、私は帰らないわよ。あんな退屈なところ。……何より、まだ隙間に借りを返していないからね」

「あらあら……そうは言いましても、総領様から力尽くでも連れて帰れ、と申されているんですよね」

 暫し睨み合いを続けていた二人だったが、先に口を開いたのは天子の方であった。
 しかし衣玖はその言葉を気にした様子もなく、その手に光を集め始めた。

「おいおい、弾幕ごっこなら外でやってくれよ?」

「任せといて霖之助! 衣玖なんてすぐに片付けてやるから!」

 ……いや、僕としてはむしろ君に天界に帰って欲しいのだが。

「あら、言いますね。……丁度良いです。以前から総領娘様はお転婆が過ぎると思っていたんですよ」

 天子は無論、良識があるかと思っていた衣玖までもが戦る気満々な様子に、やはり彼女も幻想郷の住人なのだな、と実感する。
 そんな知りたくなかった現実に肩を竦めている間にも、店の外からは硬い物が砕ける音や雷が落ちる音が響いていた。

「…………明日の朝日を拝めると良いが」

 ぼんやりとそんな事を呟きながら、しかし僕は近くにあった本を手に取るのだった。




* * *





 ――結論から言おう、天子はこのまま此処に居座る事になった。

「……ある程度は予想していましたが、まさかこれほどまでに違うとは……」

 気落ちしている衣玖の様子を見る限り、素の状態での実力には然程の差はなかったのだろう。
 何が勝敗を分けたか――考えるまでも無い、香霖堂周辺が天子の領域となっているからだ。
 それにより強化された天子の力が、衣玖を大きく凌駕したのだろう。

「やれやれ……要するに、僕に安穏は当分訪れない、という事か」

「すいません、不甲斐無い結果になってしまって」

 衣玖を責めたつもりではないのだが、彼女にはそう聞こえてしまったらしい。
 その事に軽く謝罪を入れつつも、僕は視線を横で無邪気に喜んでいる少女の方に向ける。

「ふふん♪ 結界の効果はまずまずのようね! これならきっとあいつも――」

 ニヤニヤと不気味に呟く彼女は、恐らく八雲紫を倒す自分の姿でも妄想しているのだろう。
 しかし哀しいかな、結界の力で強化したとしてもあれを倒すの無理だろうなぁ。
 確証など何も無いが、不思議とそんな確信が僕の中にはあった。

「……ん? 何よその眼差しは」

「いや、これで君ともおさらばできる、と思ってたから残念でね。……あぁ、本当に残念で仕方が無い」

 肩を竦めながら吐いたその言葉に、天子は何よそれ、と呆れ気味に返す。
 全部が全部本音という訳ではないが、それが大きい要素だったりするのもまた事実だ。
 そんな僕の心情を知ってか知らずか、彼女は自慢げに自らの剣を掲げる。

「安心しなさい。私とこの緋想の剣があれば天地人、全て自由自在!」

「即ち?」



「この比那名居天子は、頼もしい事に全知全能なのよ!! この寂れた店も大繁盛間違い無しね!!」



 ――その言葉通り、それ以降香霖堂は沢山の人(not客)で賑わう事となったのだが……売上に特に変化が無かった事は言うまでもない。















2008/11/16
2009/3/28加筆修正






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