【巫女と天の娘と古道具屋】
「はい、今日の作業は終了よ〜!」 天子の掛け声と共に、博麗神社の復興作業を行っていた天女達が散っていく。 それを見ていた霊夢が、慌てて天子に詰め寄った。 「ち、ちょっと! 今日は終わりって、まだお昼になったばかりじゃない!?」 確かに霊夢の言うとおり空はまだまだ明るく、幾らなんでも作業終了には早すぎるだろう。 「え〜? だからこそじゃない」 その言葉に霊夢が文句を言うよりも先に、天子が腕を絡めてくる。 「それよりも、何処か楽しいところに案内してよ!」 「楽しいところって……まさか、その為に!?」 「勿論! 折角地上に来れたのに、ずっと作業してばかりじゃ退屈でしょ?」 霊夢の腕をぐいぐい引っ張り、楽しげに笑う天子。 それを見た霊夢には、もう怒る気力は無かった。 まだお昼を食べておらず、お腹が空いてそれどころじゃないとも言う。 「……そうは言っても、楽しいところなんて急には思い付かないわよ」 「えー! どこか無いの? 面白いものとか珍しいものがある場所」 「ん〜……あっ」 いいところは無いかと考える霊夢の脳裏に、彼女も良く行くある場所が思い浮かんだ。 (……あそこなら珍しいものも多いし、こいつを押し付ける事も出来そうね) 相変わらず纏わり付いている天子を横目に、霊夢は何処に行くかを決めた。 「……そうね、いいところがあったから、今から案内してあげるわ。付いてきなさい」 「りょうかい〜」 そうして二人は、魔法の森に向かって飛んで行った。 * * * 魔法の森に佇む香霖堂。 その店内で霖之助は、今日も今日とて勘定台で本を読んでいた。 彼にとっては、この静かな時間が何よりも望んでいるものだ……商売人としてそれはどうかと思うが。 しかし、それも長くは続かなかった。 「霖之助さんいるー?」 香霖堂の常連――それも、客じゃない人物がやってきたからだ。 見れば、その後ろには霖之助の見覚えの無い人物も居た。 「やぁ、霊夢。……おや、後ろの人は初めてだね」 「あら? 折角お客さんが来たのに『いらっしゃいませ』の一言も無いのかしら?」 「商品の代金を払わない奴を客とは呼ばないね」 「お賽銭が入ったら全部まとめて払うわよ。魔理沙と一緒にしないでもらえる?」 「僕にしてみれば、どっちも同じだがね……。それより、彼女は誰なんだい?」 霖之助が指差した人物――天子は二人の会話など気にもせず、店内の様子に目を輝かせていた。 「わー色んな物があるわねー!」 どうやら幻想郷、外の世界問わず様々な物が溢れる香霖堂を、彼女は一発で気に入ったらしい。 「あぁ、あれね……比那名居天子って天人よ。それよりも、お腹が空いたからお昼食べさせて」 それだけ言って、霊夢は店の奥に入っていく。 まだ許可は出していないが、何時もの事なので霖之助は一々気にしない。 それよりも、フラフラと店内をうろつく少女が、商品を壊さないかの方が心配だった。 「ねぇ、これは何?」 ――と思っていたら、霖之助の目の前に天子が来ていた。 何やらその手には、長方形の物体が握られている。 「あぁ、それは『携帯電話』という物だよ。遠くの人と会話が出来るらしい」 「ふ〜ん」 それだけ訊くと、天子は携帯電話を元あった場所に置く。 どうやら、名前が気になっただけらしい。 霖之助の元に戻ってきた天子は、何かを思い出したように口を開いた。 「あ、そういえば名乗ってなかったわね。私は――」 「比那名居天子、だろう? 霊夢から聞いたよ。僕は森近霖之助、この香霖堂の店主でもある」 「霖之助、ね……それで此処は何のお店なの?」 天子が周囲をぐるっと見渡す。 確かに、幻想郷には無い物で埋め尽くされた香霖堂は、初見で何の店か判断するのは難しいだろう。 「此処では、外の世界の品を中心に扱っている。幻想郷では珍しい物ばかりだから、一つどうだい?」 「ん〜後でゆっくり見させてもらうわ」 「そうか。……ところで、君は天人なんだって?」 霖之助の言葉に、近くの商品を眺めていた天子が顔を上げる。 「そうよ。それも霊夢が言ってたの?」 「あぁ……けど、その割には君は俗っぽいな。天人というのはもっと神々しくて、かつ暢気な人間だと聞いていたんだが」 以前、稗田阿求が持ってきた幻想郷縁起に書いてあった事だ。 「……何事にも例外があるって事よ。それよりも霊夢は? 何時の間にかいないんだけど」 どこか吐き捨てるように言い切る天子。 不良天人と呼ばれ、何より退屈な天界の事は余り考えたくないのだろう。 「霊夢なら奥で昼食の用意をしていると思うよ。そろそろ出てくるんじゃないかな」 霖之助の言葉通り、霊夢がひょっこり顔を出す。 「お昼出来たわよ〜。二人とも食べるでしょう?」 その言葉に、霖之助と天子も奥に上がるのだった。 * * * 「やっぱ、夏といったら冷やし中華よねー」 満面の笑顔を浮かべ、霊夢は麺をずるずると啜る。 今、三人は香霖堂の一室で冷やし中華を食べていた。 「素麺の時もそう言って無かったっけ?」 「毎年、毎日のように食べるからすぐに飽きているけどね……どっちも」 天子と霖之助のツッコミに、霊夢が顔を顰める。 「うっ……別にいいじゃない! 素麺は安いから懐にも優しいのよ!」 「この冷やし中華も、僕の食材を使ったから君の懐は痛まないしね」 「でも、霖之助さんもそのおかげで美味しいもの食べられるんだから、問題は無いわよね?」 霊夢が霖之助に笑顔を向ける。 だが、その笑顔はどこか引きつっていた。 それを見ていた天子が、唐突に噴出す。 「ふふ、二人とも仲良いわね」 「はぁっ!?」 「……そりゃ、それなりに長い付き合いだからね」 天子の言葉に、霊夢は『心外だ」と言わんばかりの表情をし、霖之助は苦笑いを浮かべて返す。 しかし二人の抗議を無視し、天子は更に攻める。 「何だかんだ言って二人とも楽しそうだし……もしかして、見せ付けられてる?」 ニヤニヤと笑う天子。 その視線の先の霊夢は、自身の服の如く顔を真っ赤に染めていた。 正に瞬間沸騰。 「そそそそそそそんな訳無いでしょう!? わ、私と霖之助さんが……だなんて!!」 「その割には随分な慌てようだけど?」 天子の笑みは益々深くなっていく。 それに比例して、霊夢の顔もまた更に赤くなっていく。 このまま放って置いたら、何か不味い気がして霖之助が口を開いた。 「二人とも落ち着け。霊夢の言うとおり、僕らはそんな関係ではないよ」 「ぐっ……」 「ふ〜ん……」 霖之助の言葉に、天子は訝しげな視線を送り、霊夢は何やら複雑そうな表情をしている。 そんな霊夢の様子に気付かず、霖之助は更に言葉を続ける。 「さしずめ、霊夢は僕にとって娘とか妹とかそういう感じだよ」 その瞬間、霊夢が爆発した。 「むきーーーーっ!!」 愛用のお払い棒で、霖之助の頭を叩きだしたのだ。 「うわっ!? いたっ、いきなり何を!?」 「何だか解らないけど無償にむかつくのよーーー!!」 手加減できない精神状態なのか、割と大変な事になっている霖之助。 それを、天子は慌てて止めるのだった。 * * * 夕日に照らされた香霖堂。 その入り口に三人は立っていた。 「え〜と……その、ごめんなさい霖之助さん……」 流石にばつが悪いのか、普段からは想像できないしおらしさを見せる霊夢。 それに霖之助は、怒るわけでもなく普段どおりの表情を見せる。 「まぁいい。これぐらいは何時もの事だしね。むしろ、普段誰よりも暢気で周りを気にしない君がそんな風にしていたら、こっちが心配してしまう」 最後に薄く微笑み、霊夢の頭をポンポンと叩く。 「なっ……何よ! 折角人が謝ってるのに! ふんだ、さっさと帰るわよ天子」 霖之助の言葉が気に食わなかったのか、先程のしおらしさは何処へやら、霊夢はそっぽを向いて飛び立つ。 「という訳なんで、霖之助またね!」 ウィンクを飛ばし、天子も香霖堂を後にする。 二人が見えなくなるまで見送り続けた霖之助が店に戻る。 「やれやれ……今日も騒がしい一日だったな」 しかし、そう言う彼の顔はどこか楽しそうであった。 * * * 「あーやっと追いついた……」 今だ修復途中の博麗神社。 此処でようやく天子は霊夢に追いついた。 「もう、置いてかなくても良いじゃない」 「別にそんなつもりじゃないわよ。気楽な天界暮らしで、あんたの方が鈍ってんじゃないの?」 そうニヤリと笑う霊夢は、何時も通りに見えた。 しかし、天子は知っている。 香霖堂を去る時、その顔が天子の持つ緋想の剣の如く、赤く染まっていた事を。 けれどその事を指摘したりはしない。 本当は言ってやった方が面白い事になりそうなのだが、今やったら全力でぶっ飛ばされる気がするからだ。 (とはいえ、何もしないのも面白くないわね……そうだ!) 一瞬、天子の顔が霊夢と霖之助をからかっていた時の如く、ニンマリとしたものになる。 「ごめんごめん! 霖之助と話し込んでたらつい、ね」 ピクッ、と霊夢の肩が震える。 その様子に笑いを堪えつつ、天子は続ける。 「それにしても、霖之助って良い人ですね。香霖堂も面白いところだし……私気に入ったわ」 最後に、ニヤリと笑う。 そのしてやったり顔に、それまで不安気にしていた霊夢は、今度は真っ赤になって叫ぶのだった。 「あ、あんたって奴はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 |