【巫女と天の娘と古道具屋 〜 その二 〜】










「ちょっと聞いてよ霖之助!」

「夜中にいきなり来たと思ったら何なんだい」

 魔法の森の不思議な道具屋、香霖堂。
 そこに比那名居天子が、酷く憤慨した様子で飛び込んできた。
 彼女が此処に来るのは、最近では珍しい事ではない。
 以前霊夢と来て以来、彼女は暇潰しと称してよく此処に来ていた。

「それで、今日は一体どうしたんだ? 随分とお冠じゃないか」

「そうなのよ! あの妖怪ったら、折角私が直した神社をいきなり壊してくれたのよ!」

「あの妖怪?」

「えぇ、やたらと胡散臭くて派手なかっこうした年増!」

「…………八雲紫か」

 本人に聞かれたら、半殺しどころでは済まないくらいの事(特に最後)をのたまう天子。
 それで人物を特定できた辺り、霖之助も同罪かもしれない。

「そう! 確か紫とか言う名前だったわ!」

「……で、君は一体何をしたんだ? 確かに彼女の思考は読めないが、何の考えもなしに喧嘩を売って来る程、愚かではないと思うよ?」

「し、知らないわよ! どうせ、私が気に入らないとかそんな理由でしょう!」

 慌ててそっぽを向く天子。
 その際、一瞬口篭った事を霖之助は見逃さなかった。

「心当たりは本当にそれだけかい?」

「うっ……」

 霖之助がジッとに睨みつけると、天子はばつが悪そうに身じろぎする。
 暫く視線をキョロキョロさせた後――

「べ、別に、大した事じゃないわよ! 唯、私の別荘代わりに、神社をすこーし借りようと思っただけなんだから!」

「他には?」

「ほ、本当にそれだけしかないわよ!」

「…………そうか」

 天子の様子から、霖之助は彼女が本当にそれくらいしか解らないと判断する。

「確かに、それだけじゃあ紫が何で神社を壊したのか解らないな」

 或いは、本当に気に食わないだけかもしれない。
 どちらにせよ、実際にその場にいなかった霖之助に解る訳が無い。
 ……尤も、いたとしても彼女の思考は理解できないだろうが。

「まぁ、紫の事は兎も角、また神社が壊れた霊夢はどうしてるんだい? というか、今までもどうしてたんだ?」

 天子が度々香霖堂を訪れる中で、霖之助は博麗神社が地震で壊れた事を聞いている。
 流石に、その元凶が目の前の少女である事までは知らないが。

「あら? 霊夢の事が気になるの?」

 それまでの怒りの表情を一転、初めて此処に訪れた時のようなニヤケ顔を天子は作る。
 霖之助はその表情に顔を顰め、首を横に振った。

「……いや、やっぱりいい。どうせ、魔理沙辺りの家にでも泊まったんだろう」

「まぁ、大体正解ね。……それで、他に気になる事は無いの?」

「…………無いな」

「本当に?」

 ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら詰め寄る天子。
 先程とは、まるっきり立場が逆だった。

「…………最後に会った時がアレだったからね。気にならないと言えば嘘になるさ」

 暫くして、手元の本から視線を逸らさずに呟く霖之助。

 表情こそ変えなかったが、天子には彼が少し照れているように見え、苦笑いを漏らした。




* * *





 一方の博麗神社(跡地)。
 八雲紫と比那名居天子の戦闘により破壊された神社は、伊吹萃香等による復旧工事が……行われておらず、代わりに宴会が行われていた。

「お〜い、れいむもみょんでりゅか〜?」

「魔理沙……幾らなんでも飲みすぎよ」

 他の者からは少し離れた場所で、瓦礫に腰掛けチビチビと酒を飲んでいた霊夢。
 彼女の下に、手に酒瓶を持ち顔を真っ赤に染め上げた魔理沙と、それを呆れ顔で眺めるアリスが近づいてきた。

「…………何よ? 悪いけど、今日は騒ぐ気分じゃないわよ?」

 この短期間に二度も神社を壊された所為か、普段からは想像も出来ない程テンションが低い。

「にゃんだよぉ、のりわりゅいにゃ〜。ひょんなひょきはしゃけにかぎりゅ!」

 しかし、魔理沙はそんな事を気にもせず酒を勧める。
 酔っ払っているからだろうか……いや、素面でも一緒な気がする。

「今のは、『何だよノリ悪いな。こんな時は酒に限る!』って言いたいみたいよ」

「翻訳ありがと」

 霊夢とアリスは揃って溜息をつく。
 二人の視線の先では、魔理沙は偶々近くを通りかかった妖夢に絡んでいた。

「わ、ひゃっ!? どどどこ触ってるんですかぁ!?」

「えぇやんか、えぇやんかぁ!」

「……魔理沙、完全にオヤジ化してるわね」

「ほっときなさい。目が合ったら、次は貴女が餌食よ」

 呆れ顔で魔理沙を眺める霊夢と、すでに視界にすら入れていないアリス。
 妖夢の悲鳴と魔理沙の笑い声をBGMに、二人は酒を啜る。

「……そう言えば、天子はどうしたの?」

「……ん?」

 暫くして、アリスが唐突に尋ねる。
 紫に敗れて何処かへ飛んでいってから、天子の行方は知れない。
 当然霊夢も知らず、憮然と答える。

「知らないわよ。天界に帰ったんじゃない? ……或いは香霖堂とか」

「香霖堂に?」

 思いも寄らない場所だったのか、アリスの目がパチクリと見開く。

「あー……前、連れてった事あるのよ。それから偶に行ってるみたい」

 しまった、という風に顔を顰める霊夢。
 以前天子に霖之助との関係をからかわれたのは、彼女にとって苦い思い出のようだ。
 尤も、アリスはそんな事知らないのだが。

「……? じゃあ、一応見に行っといた方がいいんじゃない? 流石に、このまま天界に戻っちゃったら後味悪いでしょう?」

「それはそうなんだけどねー……」

 霊夢は気だるげに頬杖を付く。
 あれ以来、彼女は彼女は香霖堂を訪れていない。
 何となく、行くのを躊躇ってしまうのだ。

「時間が立てば経つ程、顔を合わせ難くなるわよ?」

「…………仕方ない。行ってみますか!」

 暫く考え込んだ霊夢は、アリスの言葉に背を押されるかのように、勢い良く立ち上がる。
 そんな彼女に、アリスはふっ、と微笑みかけた。

「私には何だかよく解らないけど、頑張ってきなさいな」

「まぁ、なるようになるわよ」

 アリスの言葉に、霊夢は普段どおり暢気に返す。
 そして、香霖堂目指して飛び上がった。




* * *





「――行ったか?」

「えぇ、でも、何でこんな回りくどい事をわざわざ?」

 霊夢が飛び立って数分後。
 アリスの下に、魔理沙がやってくる。
 その顔は相変わらず赤かったものの、挙動は確りしていた。
 因みに、彼女の背後には何故か半裸の妖夢が倒れていた……が、アリスは無視する。

「なに、最近霊夢が様子おかしかったからな。最初は神社が壊されたからだと思ったんだが、調べてみたら香霖と何かあったぽいんだ」

「それで、それとなく香霖堂に行くように仕向けたの? それなら別に、魔理沙がやれば良かったんじゃない?」

「それはそうなんだけどなー……ほら、私が言ったら逆に怪しまれそうだし」

「わざわざ、酔っ払いのフリまでして……」

「どうだ、迫真の演技だったろう?」

 ニシシッ、と悪戯が成功した子供のように笑う魔理沙に、アリスは呆れ顔だ。

「半分は素だったでしょうが……それは兎も角、良いの? 霊夢と店主さんの事」

「…………あぁ、霊夢が腑抜けてたら、私も張り合いが無いからな」

 呆れ顔を一転、真剣な表情になるアリスに対し、魔理沙はあくまで表面上は笑顔のままだ。

「まぁ、霊夢も香霖の事が好きだった、てのには流石に驚いたけどな。でも、これぐらいで勝負が決まる程、香霖は鋭くないんだぜ?」

 さり気無く、中々に悲しい事を言う魔理沙に、アリスは小さく噴出す。

「何よそれ……とはいえ、霊夢はまだ自分の気持ちに気付いてないみたいだけどね」

「だろ? よーするに、勝負はまだ始まってもいないんだぜ! ……つーわけでアリス、付き合え!」

「えぇ! まだ飲むの!?」

 二カッ、と笑って酒瓶を押し付けてくる魔理沙に、アリスは困惑気味である。

「勿論! さっきまでは上手く行くか心配で抑えてたんだ。私の宴会は、まだまだこれからなんだぜ!」

 やたらとテンションが高くなっていく魔理沙を尻目に、アリスは置いてきぼりだ。
 だが、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。

「……しょうがないわね。今日はトコトン付き合ってあげるわよ」

「お、それでこそアリスだぜ!」

 そうして、二人は杯を交わしだした。




* * *





「――なるほど、どうやら心配する必要は無かったみたいだね」

 そう呟く霖之助の顔には、心成しか安堵感が浮かんでいるように見える。
 彼は先程まで、天子から霊夢の近況について聞いていたのだ(多少は脚色が入っているが)。

「んーまぁ、確かに普段は元気と言えば元気なんだけどねぇ」

「……? 何か問題でも?」

 意味ありげに霖之助を見る天子。
 しかし、当の本人は首を傾げるだけである。
 暫くそうしていた二人だが、やがて天子の方が諦めるように息を吐く。

「やれやれ、こりゃ霊夢も苦労するわね」

「?」

「それより、ずっと喋ってて喉が渇いたわ。この店は客にお茶の一つも出ないのかしら?」

「……君が代金を支払ってくれる、ちゃんとした客なら喜んで出すけどね」

 天子に皮肉で返しつつも、霖之助はお茶の用意をする為に台所に向かう。
 彼自身喉が渇いてたし、それならついでに彼女の分も用意してやろうと思っただけだ。




「ほら、お茶だよ」

 暫くして、湯飲みと急須を持った霖之助が戻ってくる。

「遅いわよ……それに、お茶菓子は?」

「悪いね。そっちは先日魔理沙に持っていかれて、今は品切れだ」

 天子に湯飲みを渡し、自分の分を口に含む。

「あらそうなの…………ぶほっ!?」

 お茶を口に含んだピッタリ三秒、天子は思いっきり噴出した。

「げほ、げほ……ち、ちょっと何なのよこれ!? 滅茶苦茶苦いわよ!?」

「あぁ、それはせんぶり茶、という代物でね。苦い分健康に良いらしいよ。良薬口に苦し、とは正にこれの事だね」

 そう言って霖之助は、僅かに顔を顰めるだけでそのせんぶり茶を一気に飲み干してしまう。
 それを信じられないものを見る目で眺めていた天子は、何時の間にか口に何かを当てられていた。

「んん!?」

「落ち着け、唯の布だよ。さっき噴出した所為で、顔が濡れてたからね」

 文句を言いたげな天子を無視して、霖之助は彼女の顔を布で拭いていく。
 しかし、天子の言いたい事はそこではなかった。

(か、顔が近いぃぃぃ!)

 そう、霖之助がありえない程、天子に顔を近づけていたのだ。
 別に霖之助に邪な考えがあった訳ではない。
 唯、夜も更けた店内は薄暗くてこうしないと、ちゃんと顔を拭けなかっただけなのだ。

「やれやれ……これが途方も無く苦いのは解るが、だからと言って食べ物を粗末にするのは頂けないな……はい、終わりだ」

「あ、あうぅ……」

 最後に窘めるように言って、霖之助は顔を離す。
 天子の顔は、暗い店内でもはっきりと解る程紅潮していた。

「……ん? どうした、そんなに顔を赤くして?」

「な、何でもないわよ! それより、何であんなもん飲ませたのよ!?」

 自分が原因であるにも拘らず、全くその事に気付いていない霖之助に、天子は自分だけが騒いでいるような錯覚に襲われる。
 そしてそんな自分がとても恥ずかしく感じてしまい、天子はぷいっ、顔を背けて何とか話題を変えようとした。

「いやなに、所謂在庫処分、という奴だ。中々売れないし、お茶なら片っ端から持っていく霊夢も、これだけは何故か持って行かなかったからね」

 むしろ、勘の鋭い霊夢だからこそ持って行かなかったのでは――そんな事を思う余裕も、今の天子には無かった。

(うぅ、顔が物凄く熱い……!)

 霖之助に背を向け、天子は必死に落ち着くよう自分に言い聞かせる。
 だが、意識すればする程、頬の熱は高まって行った。

「……大丈夫かい?」

「っ!?」

「おわっ!?」

 いきなり背を向けた天子を心配してか、霖之助が彼女の肩を掴む。
 それに驚いた天子は、つい霖之助の手を振り払ってしまった。

「…………」

「…………」

 霖之助は無論、天子自身もその行動に驚き、硬直してしまう。

「…………あ、ご、ごめんなさい!」

 先に我に返ったのは天子の方だった。
 反射的に謝り、出口に向かって駆け出す。
 そして扉を開けようとした時、天子は気付いた――そこに人がいた事を。


「あ……? れ、霊夢……?」


「っ!?」

 天子に名を呼ばれた霊夢は、ビクッ、と身体を震わせる。

「あ、その……ご、ごめん!」

 そして、唯それだけ叫んで、霊夢は勢いよく飛び去ってしまった。

「あ、霊夢!?」

 慌てて、天子は霊夢の後を追う。
 後に残されたのは、一人真剣な表情で出口を見詰める霖之助だけだった。














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