【森の道具屋さん】
――幻想郷に広がる魔法の森。 その入り口に、一軒の古道具屋が建っている。 人間も妖怪も関係無く訪れるそこには、一人の風変わりな店主が居た。 ――カラン、カラン。 「やぁ、いらっしゃい」 然程広くない店内に響き渡るカウベルの音。 来訪者を告げるその音に、店主は読んでいた本から視線を上げる。 店主の側からは入り口が逆光に照らされていて、来訪者の顔は見えない。 辛うじて、体格からそれが少女だと判明できるくらいか。 しかし、店主はそれが誰だか解っているかのように、小さく口の端を吊り上げた。 「頼まれた物なら仕上がってるよ。……ほら」 「おぉ、流石だな! ……へへ、やっぱこれが無いと締まらないぜ!」 店主に向かってまっすぐ向かってきた黒白少女に、店主は筒所の物を取り出した。 勘定台に置かれたそれを受け取り、少女は嬉しそうに頬を綻ばせる。 暫くそれの調子を確かめるように眺めていた少女だが、やがて思い出したように手を打った。 「おっとそうだ、今日は代金代わりの物を持ってきたんだぜ」 「へぇ……? 君にしては珍しいじゃないか。何か拾い食いしたのかい?」 一言余計だぜ――そう言い返しながらも彼女は依然笑顔のままだ。 その少女が持ってきた袋を勘定台に載せると、仄かな香りが店内を包む。 袋の中に詰まっていたもの――それは魔法の森で取れた無数の茸であった。 「これはまた大量だな。……ふむ、今日は茸鍋にでもするか」 「そのつもりで持ってきたんだぜ。……それじゃあ、晩飯の頃にまた来るからな!」 言うや否や、少女は店から飛び出して行く。 まるで嵐のようなその言動に、店主も呆れ顔だ。 しかし、その瞳に優しさの光が宿っているのは、きっと気の所為では無いだろう。 「やれやれ……。いつもながら忙しい娘だ」 * * * ――カラン、カラン。 次の客が来たのは、陽が最も高くに昇った頃だった。 人里では余り見かけない洋服に身を包んだ彼女は、先程の少女とは異なり店内を見渡すようにゆっくりと歩いてくる。 暫くして店内の物色を終えた彼女は、ようやく店主の前に辿り着いた。 「いらっしゃい、今日は何の用だい?」 「何か珍しい物でも入荷して無いかと思いまして。……何も無いんですか?」 「仕入れた物は皆店に並べているよ。君の御眼鏡に適わなかったのなら、無かったと言う事だろうね」 「そう……」 腕を組んで考え込む彼女に何を言うでも無く、店主は手に持った本の頁を捲る。 少女の方もそれを気にした様子は無く、再び店内の物色を始めた。 …… ………… …………………… 「店主さん、これを頂くわ」 十数分後、少女のその声に店主の意識は物語の世界から帰還する。 彼の目の前に置かれたのは、特徴的な意匠を施された数本のナイフ――幻想郷の外より流れ着き、店主が拾って来た物であった。 そのナイフを眺め、店主は目を細める。 「ふむ、お目が高いな。刀剣類はそこそこあったと思うが、その中から適当に選んできた訳では無いんだろう?」 「えぇ、勿論ですわ」 自慢するでも無く、むしろ当然の事だと言わんばかりの態度で少女が返す。 彼女が持ってきたのは、所謂『曰く付き』の代物ばかりであった。 恐らくは外の世界の儀式などで使われていた物だろう、と店主は考えていた。 曰く付きの代物は、使い方を間違えると使用者にも害を及ぼすが、その分秘められた魔力は強力である事が多いのだ。 加えて、儀式用の道具は見た目が派手と言う事もある。 ナイフ使いであると同時に、蒐集家でもある目の前の少女が求めるのも頷ける話であった。 「それで、御代は幾らくらいですか?」 「む」 再び思考の海に沈んでいた店主の意識を、やはり少女が引き戻す。 店主が一度考え込むと長い事は、少女も一日二日の付き合いでは無いので知っている。 それでも、その表情には苦笑が浮かんでいた。 「あぁ、すまない――ふむ、これくらいでどうだろうか?」 「構いませんわ」 引き出しから取り出した算盤を指で弾いた店主は、ナイフの代金を提示する。 それを見た少女は小さく頷くと懐から財布を取り出し、代金を手渡す。 渡された代金が提示額通りである事を確認すると、店主は改めてナイフを少女に渡した。 「まいどあり、また宜しく頼むよ」 「珍しい物がありましたらね」 最後にふっと微笑を零すと、次の瞬間少女の姿は跡形も無く消えていた。 彼女の能力なのだろう。 何度か見た――それもおかしな言い方なのだが――事がある店主は、さして驚いた様子も無く本の続きを読み始めた。 * * * ――カラン、カラン。 本日三度目のカウベルの音。 それは、陽も沈み始めた黄昏時の事だった。 入って来たのは、空の色よりも更に強烈な紅と、雲のような白を併せ持った少女。 「頼んでた物出来てる?」 紅白の少女は開口一番に用件を口にする。 そんな彼女に苦笑を零しつつも、店主は椅子から腰を上げて店の奥に引っ込む。 暫くして戻ってきた彼の手には、少女が着ているのと同じ紅白の服が抱えられていた。 「これには外の世界の『カイロ』と言う物を溶かし込んである。君の要望通り、これなら冬場でもある程度は暖かい筈だよ」 「ほんとね、ほんのりと暖かいわ」 受け取った服をぎゅっと抱き締める彼女の表情は、まるで炬燵で丸くなった猫のようだ。 暫くその温もりを堪能していた彼女は、何かに気付いたように顔を上げる。 「あら、この香り……茸?」 「あぁ、今朝方大量に貰ってね。今日は茸鍋の予定なんだ」 「ふ〜ん…………ねぇ――」 「最後まで言わなくても解るよ。 どうせ、僕が嫌だと言っても食べてくんだろう?」 何処か諦めの混じったその表情は、しかし言葉とは裏腹に嫌悪の類は無かった。 「解ってるじゃない。じゃあ、台所借りるわよ」 「あぁ、じきにもう一人来るだろうから、多めに用意してくれよ」 「はいはい」 投げやりな返事と共に店の奥に上がっていく少女の後姿を眺めながら、店主は小さく肩を竦める。 彼の言葉通り、黒白少女が店に戻ってきたのはそれから数分後の事だった―― * * * 「あ、そっち煮えてるわよ」 「お、ほんとだ。……肉貰いだぜ!」 「あ、ちょっとそれ私が取っておいた奴よ!」 陽が沈みきって間も無い夕食時。 それに違わず店の奥に備えられた居間にも、食欲をそそる匂いが充満していた。 その中心では二人の少女と店主が鍋を突いていた。 突いていた、と言うのは少し語弊があるかもしれない。 何故なら静かに箸を動かしている店主は兎も角、少女二人は我先にと鍋の中身を掻っ攫っているのだ。 さながらその様子は戦争の如し。 「食卓は戦場、とは良く言ったものだな……」 溜息と共に店主の口から零れたその言葉はさして小さいものでは無かったが、鍋争奪戦に集中している少女達の耳には届かない。 その事がまた、店主の肩を大きく竦ませるのだった。 しかし、一人少女達の喧騒を眺める彼――森近霖之助の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。 ――魔法の森に佇む寂れた道具屋、その名は香霖堂。 そこに幻想郷の、冥界の、魔法の……そして、外の世界の道具すらも扱う不思議な古道具屋。 探し物がある時は尋ねてみよう。 きっと、御目当ての物が見つかるから―― |