【鼠の宝探し】










「さてさて、今日もお宝を探すとするさね」

 妖怪鼠ナズーリンの一日の大半は、宝探しに費やされる。
 というのも、宝船の番人である雲居一輪に宝を探すよう頼まれているのだ。
 一輪曰く宝を集めれば姐さん≠ニやらが復活するらしい。
 ナズーリンとしては別に姐さんに興味は無いが、報酬として寝床と食事を提供してくれるので満足していた。

「う〜ん、今日はどの辺りを探してみようかな?」

 宝船を飛び立ったナズーリンは、のんびりと空を飛び進む。
 冬の風は冷たく少女の身体に突き刺さるが、一方で太陽は燦然と輝きうららかな陽気を放っているので余り気にならなかった。
 それよりも、何処に行けば目的の物が手に入るか考えるのが重要である。

「む?」

 暫くして、彼女の手の中の物がビクンと揺れ動く。
 それはナズーリンと同じくらいの長さがある金属製の棒だ。
 しかし、唯の棒ではない。
 生粋のダウザーである彼女の棒には、宝物が近くにあると反応する効果があるのだ。

「むむむ、何時に無く大きい反応だね。これは期待できるかも」

 船を出発して四半刻と経たずに得た手掛かりに、ナズーリンの声も喜色に跳ね上がる。
 早速棒の反応を頼りに進み白く広がる雲海を抜けると、今度は黒い海が彼女の視線に広がった。
 それは幻想郷唯一にして最大の森林地帯である魔法の森だ。
 その境目にある一軒の小屋に、ナズーリンの棒は反応していた。

「あそこかぁ、色々とありそうだね」

 遠めに見ても解るほどの、その建物の周囲には物が溢れかえっていた。
 その光景に、彼女の中の期待が否応無く膨らんでいく。
 しかし彼女は建物には直接降りず、何故かそれを超えて森へと降り立った。
 そして口笛を軽く吹くと、彼女を囲むように森の地面が灰色に染まる。
 否、それは地面を埋め尽くすほどの大量の鼠であった。
 彼女は鼠を使役する能力があり、それを用いて宝物を探すのだ。
 人海戦術ならぬ鼠海戦術である。

「良し、皆頼んだよ!」

 短い号令と共に、今度は鼠達が一斉に退いていく。
 ナズーリンはあの鼠達に建物の探索を命じたのである。
 鼠達が全て立ち去ったのを見た彼女は、よっこいしょと近くの木の根元に腰掛ける。
 報告が来るまでのんびり昼寝でもしていよう、という腹積もりだ。

「ふぁ……」

 ぼんやりと木々の隙間から覗く青空を眺めているうちに、まぶたが重くなりつつあるのを感じる。
 別に抵抗する理由は無いと、ナズーリンは躊躇う事無く睡魔にその身を委ねた。




* * *





 霖之助が魔法の森の真ん中で眠る少女――ナズーリンを見つけたのは、無縁塚を訪れた帰りであった。
 唯でさえ薄暗い森の中を照らすのは、微かな木々の隙間から届く僅かな月明かりのみ。
 そんな暗闇に溶けてしまいかねない黒い衣服の彼女を見つけたのは、偶然としか言いようが無かった。
 霖之助自身、我ながら良く見つけたものだと感心する。

「ふむ……」

 だが、霖之助としては少女を見つけたからと言ってどうするつもりも無い。
 人型であるが故に遠めに見れば普通の人間の少女にしか見えないが、彼女は妖怪だ。
 ピコピコと時折動く丸くて大きい耳と尻尾がそれを証明している。
 人とは余り関わらない霖之助ではあるが、無関心というほどではない(そもそもそれなら店など開いていない)。
 もし彼女が人間であったのなら、この森が危険な事を忠告ぐらいはするつもりだったが、妖怪なら話は別だ。
 不用意に起こして襲われでもしたら堪らない。
 霖之助とていざと言う時の供えが無い訳では無いが、それでも自ら危険に突っ込むような愚は冒さない。
 ならばさっさとこの場を後にすべきだろう――そう彼が判断した、丁度その時であった。



「ふ、あぁぁぁ〜……」



 一際大きな欠伸と共に、妖怪少女の身体が揺れ動く。
 欠伸の際に浮かんだ涙を拭うように、くしくしと両目を擦り始めた。
 そして、パッチリと見開かれた少女の大きくて紅い瞳が僕をばっちりと捉える。



「……お兄さん、誰?」



「それはこっちの台詞なんだが……」

 キョトンと首を傾げる少女に、霖之助もやれやれと肩を竦める。
 まぁ、寝て起きたら見知らぬ男性が目の前にいれば驚きもするだろう。
 と言っても、彼女の態度は寝ぼけている事もあってか、実に暢気で驚いているようには見えないのだが。

「あぁッ!」

 そんな事を考えていると、ナズーリンはいきなり目を輝かせて起き上がると同時に霖之助に飛び掛ってきた。
 まさか僕を喰うつもりか――霖之助が身構えるも既に遅し。
 彼女は自分よりも頭一つ分以上大きい霖之助を軽く飛び越え、その背後に着地する。
 その人間の限界など優に凌駕するその速度に、霖之助は彼女が消えてしまったような錯覚に陥った。

「ぐぅ!?」

 しかし次の瞬間、背中に衝撃が走る。
 慌てて振り向いてみれば、そこには一瞬前まで目の前にいた妖怪少女。
 彼女が霖之助の背負う、無縁塚で拾った道具が入れられた籠に抱きつき、あろう事か頬擦りまでしていたのだ。

「……………………は?」

 その余りに予想外な光景に、霖之助の思考が一瞬パーフェクトフリーズする。
 そんな彼が我に帰ったのは、ナズーリンの次の一言を聞いてからであった。



「凄い! お宝がこんなにも沢山!」



「……何? 今、何と言った?」

「ん? お宝が沢山あるな、って」

 『お宝』という単語に、霖之助は信じられぬものを前にしたが如く目を見開いた。

「君は……この道具達の価値が解るのかい?」

「まぁね、ちゃんと見ない事には細かい事は解らないけど、ダウザーとしての本能が此処にあるのがお宝だと告げているよ」

「……ッ!」

 その言葉に、まるで雷に打たれたような衝撃が霖之助の身体に走る。
「……? どうかしたのお兄さん?」

「あ、いや、何でも無い……。唯、僕の道具達を『宝』と呼んだのは君が初めてでね」

 心配げに見上げてくるナズーリンに、霖之助はワナワナと身体を震わせながらも微笑で返す。
 そこには、抑えきれない感動がありありと溢れ出していた。
 よっぽど、拾った道具を宝と呼んでもらえたのが嬉しかったのだろう。
 気付けば彼の中に目の前の妖怪に少女に対する不安は消え去り、むしろ彼女ともっと話してみたいと思い始めていた。

「……僕の店には他にもこういった道具達があるのだが、見て行かないかい?」

「本当に!? それなら是非見せてもらおうかな」

 更なるお宝を見られるからか、ナズーリンは一も二も無く霖之助の提案に頷いた。
 この時点で彼女の頭の中から、森の境目の建物の事がすっぽり抜けていたのは言うまでも無い。




* * *





「――此処が僕の店、香霖堂だ」

「……………………」

 何処か嬉しそうに自分の店を紹介する霖之助と異なり、ナズーリンはその建物を呆けた表情で見上げていた。
 当然だ、何しろそこは彼女が今日目星を付けた場所なのだから。

「ん? どうかしたかい?」

「い、いや何でも無いよ!」

 香霖堂に付いた途端様子の可笑しくなったナズーリンに、霖之助は首を傾げる。
 が、特別気にしている訳でもないようで、すぐに納得して頷いた。

「ふむ、そうか……。なら、適当な所に座っててくれ。今お茶でも入れてこよう」

「あ、別に良いよそこまでしてくれなくても」

 普段の彼を知る者には信じられないほど親切な態度を見せる霖之助だが、生憎ナズーリンはまだ合って間も無く、且つ店に大量の鼠を放ったという後ろめたさが合った。
 本当の事を言って謝るべきか、それとも黙っているべきか……普段よりも更にちっちゃくなった幻想郷担当の閻魔様が、彼女の頭の中で論議を重ねる。
 そうこうしているうちに、お盆を抱えた霖之助が店の奥から戻ってきた。

「済まないね。茶菓子も一緒に出そうと思ったんだが、どうやら何者かに食われてしまったらしい」

「う……」

「そんな訳でお茶だけだが、ゆっくりしていってくれ」

「は、はい……」

 結局、黙っている方に判決が下った。
 若干の後ろめたさは未だに残るものの、彼女はこれもお宝を探す為だと自分に言い聞かせる。
 さっさと見る物を見て帰ればこの居心地の悪さもどうにかなる、とナズーリンは早速目的の物が無いか霖之助に尋ねる事にした。




「――ふむ、空飛ぶ船の欠片ね……。少し見てみよう」

 ナズーリンから探している物の事を訊かれた霖之助は、はてと首を傾げた。
 霖之助と言えど、流石に今まで拾ってきた物全てを記憶している訳ではなく、記憶しておくには物が多過ぎた。
 とは言えナズーリンの話からある程度の憶測が付いた彼は、それを確かめる為に再び店の奥に引っ込む。
 それを待っている間、ナズーリンは霖之助に聞こえないよう小さく口笛を鳴らし、鼠達を呼び寄せた。

「……そう、無かったんだね。あぁ、もう探さなくても大丈夫。家主も戻ってきたし、早々に退散しておくんだ」

 彼女の言葉に従い店を出て行く鼠達を見送りながら、ナズーリンは小さく溜息を吐く。
 どうやら鼠達が探した範囲内では目的の物は見つからなかったようだ。
 とは言え、鼠達も全て見てきた訳では無いらしいが。
 それでも此処にあるかどうかは望み薄であろう。
 かなり期待していたのでその失望感もまた大きかった。

「待たせたね……って、どうかしたのかい?」

 彼女が二度目の溜息を吐くと同時に、霖之助が戻ってくる。

「いや、何でも無いよ。……それは?」

 霖之助は片手に薄い冊子を抱えていた。
 商品目録でも持ってきたのか、とも思ったが、それにしては薄い。
 何だろうかと首を傾げていると、霖之助がその本を開きナズーリンに見せてきた。

「君の言った空飛ぶ船≠ニはこれの事かな?」

「ん? ……あぁ、そうだね。よく知ってたね?」

「なに、この手の本は度々求めてくる連中がいるからね。その所為か僕もうっすらと覚えていたんだよ」

 霖之助が持ってきた冊子――それは外の世界から流れ着いた、宇宙に関する雑誌であった。
 と言っても、以前咲夜や妖夢が求めてきたロケット関係の本ではなく、此方はUFO等の情報を載せたオカルト雑誌である。
 そして、ナズーリン――正確には一輪だが――が求めているのが、正にUFOであった。

「Unidentified Flying Object=\―通称UFO=B日本語訳すると未確認飛行物体≠セね。 未確認、という事は最初からそれは幻想の存在であり、この幻想郷に流れ着いている可能性も高い。 ならば僕の記憶に残っていないだけで、拾っている可能性も十分にある。 探すのは中々に骨だが、折角この店を正しく理解してくれる君と出会えたのだ。 責任を持って僕が探しておこう」

 自信満々に告げる霖之助だが、ナズーリンは既に此処にUFOの欠片が存在しない事を知っている。
 しかし、それを正直に告げる事は何故か躊躇われ、曖昧な笑みを返すのみであった。




* * *





 ――カランカラン。

「いらっしゃい、久しぶりだねナズーリン」

「そうね、最近は忙しかったし。……今日は久々にのんびりしに来たわ」

 微笑を浮かべてナズーリンを歓迎する霖之助に、彼女も笑みで返す。
 あれ以来彼女は度々香霖堂を訪れていた。
 勿論UFOの欠片目当てではない。
 霖之助も暇を見つけて発掘作業に精を出しているようだが、それが実らない事は彼女は良く知っている。
 だが、この香霖堂に存在する無数の道具――彼女曰くお宝――は、ナズーリンのダウザーとしての本能を素晴らしく刺激してくれるのだ。
 霖之助もまた彼女の事を好ましく思っており、暇さえあれば共に無縁塚まで仕入に行く程度の仲になっていた。

「それにしても、今日は随分とボロボロだね。紅白の巫女にでもやられたかい?」

「良く解ったね。……あぁ、ついでに緑の巫女と黒白の魔法使いもいたけど」

「…………」

 まさか、冗談で言った事が正しかったとは流石の霖之助も思わなかったらしい。
 渋い顔でその三人の事を思い返す。

「……まさか、早苗まで妖怪退治をするようになるとはな。彼女も大分幻想郷に染まったらしいな、嘆かわしい……」

「ん? 何か言った?」

「いや、何でも無い。……それよりも、その格好では色々とあれだろう。修繕しようか?」

「良いの? それじゃあお願いしようかな」

「解った。今代えの服を持ってくるよ」




 ――数刻後、異変を解決しその武勇伝を語る為に訪れた三人の人間が、同じ服装で仲良く語り合う店主と妖怪にスペルカードをぶっ放したのは……また別のお話。









2009/3/10






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