【空飛ぶ船と宝の欠片】










「ふむ、これは中々……」

 白き布団から数多の生命が目覚めの時を迎えようとしているある日、森近霖之助は仕入という名のガラクタ漁りに精を出していた。
 寒くて面倒だからと冬の間は殆ど訪れる事が無かった無縁塚ではあるが、それが幸いしたのか今日は何時にも無く大量である。
 拾った道具を入れる為の背負い籠は半刻と経たずに一杯になり、ずしりとした重みが霖之助の方に圧し掛かる。
 これ以上拾っても持ち帰れまい、と名残惜しさを抱きつつも霖之助はそろそろ戻ろうかと踵を返そうとした。

「……おや?」

 その時、彼の視線の端にある物が映った。

「これは……確か、UFO≠ニ言ったか」

 霖之助がそれを知っていたのは、外の世界から流れ着いた雑誌に載っていたのを見た事があったからだ。
 宇宙人の乗り物、とされるそれは人の頭より幾分か大きいものの、持ってみると意外なほど軽い。
 そして淡い光を放っており、一定の感覚で赤、青、緑の順でその輝きが変わっていく。
 形と良い大きさと良い光を放つ事と良い、見れば見るほど不思議な物体であった。
 第一、この程度の大きさで誰が乗れるというのだろうか?

「もしかたら、これは偵察の為の使い魔なのかもしれないな」

 人が乗るには余りにも小さいそのUFOを、霖之助はそう結論付ける。
 無論根拠が無い訳では無く、彼が読んだ雑誌にもそのような事が書かれていたのだ。
 しかし、それでもまだ疑問は残る。
 偵察という事は当然秘密裏に情報を集める必要もあるが、その割にはこのUFOは目立ち過ぎるのだ。
 三色に輝く偵察機など、打ち落としてくれと言わんばかりである。

「ふむ、これはゆっくりと調べていく必要がありそうだな」

 俄然興味が沸いた霖之助は、このUFOを今日最後の収穫物に決めた。
 しかし既に籠は一杯で入れられないので、彼は小脇に抱えて帰路を辿るのだった。




* * *





「――え? この近くに宝の欠片があるって?」

 宝無き宝船の見張り番・雲居一輪はその報告に驚きの声を上げる。
 彼女にそれを伝えたのは、一輪が使役する入道の雲山だ。
 雲の身体を持つ雲山はまるで幽霊のように一輪の周囲をフワフワと漂い、厳つい顔をコクコクと縦に振るう。
 彼女等の役目はこの船を守り、それと同時に各地に散った宝の欠片を集めて封印されたある御方を復活させる事である。
 その目的の片割れ、宝の欠片が近くにあると知っては、一輪は居ても立ってもいられなかった。

「ナズーリン! ナズーリンは居ないの!?」

 早速宝の欠片の回収に行かせようと、一輪は雇っている妖怪鼠を呼ぶ。
 しかし、幾ら呼んでも反応が無い。
 不思議に思った一輪に、雲山がその理由を明かした。

「……え? ナズーリンは朝から宝探しに出てる? あちゃー、そう言えばそうだったねぇ」

 それは割と毎日の事であるのに、一輪はすっかり失念していたようだ。
 長く生きると物忘れが激しくなるのは、どうやら人間も妖怪も変わらないらしい。

「む、何よ雲山その顔は? 言っておくけど、私はまだまだおばさんじゃないわよ」

 自分からそう言う辺り、自覚がちょっとはあるらしい。

「と、兎に角! ナズーリンが居ないなら仕方無いし、私が見に行ってきます! 雲山は此処をお願いね!」

 自らの不利を自覚したのか、そう捲くし立てると一輪は慌てて船を飛び出していく。
 その後姿を、雲山は成長した孫を見るような瞳で見詰めていた。




* * *





「むぅ、全く解らんな……」

 所変わって香霖堂。
 無縁塚から帰宅した霖之助は拾った道具の整理もそこそこに、UFOと睨めっこを行っていた。
 しかし、相変わらずピカピカと光を放つ物体を眺め続けて、彼の目は疲れないのだろうか?  それだけ思考に集中しているのか、はたまた妖怪の血が混じっているが故にその程度気にならないのか……どちらにしろ、傍から見れば割と不気味な光景である。



 ――カランカラン。



「……む? あぁ、いらっしゃい」

 そんな折、カウベルの音が響き来訪者の訪れを告げた。
 折角集中している所を……、と水を差された形となる霖之助は不機嫌そうに顔を顰めつつも、店主としての対応を(一応)取る。
 しかし来訪者である一輪は彼の態度などまるで気にした様子も無く、一直線に霖之助の元に向かってきた。
 何事かとその見慣れぬ客を眺めていると、一輪は神妙な面持ちで一つ頷く。

「間違いないわね……。宝の欠片だわ……!」

「は……?」

 彼女の視線の先、それは霖之助の手にしたUFOであった。
 霖之助が状況を理解する間も無く、一輪はズイッと身を乗り出してきた。

「それを譲ってくれないかしら!?」

 彼女の鬼気迫るその勢いは、普通の人間であれば思わず頷いてしまった事だろう。
 しかし霖之助も、伊達に人妖問わず相手にしている訳ではない。
 その程度では今更驚く事も無く、逆に冷静さを取り戻すほどであった。

「譲ってくれ、と言われてもね……。此処は店だから、欲しいのならば対価を用意してもらわねばならないよ」

「対価ってお金の事かしら? まぁまぁ大変、私お金なんて持ってないわ。他に何か方法は無いかしら?」

「ふむ、そう言う事なら……」

 彼女の言葉に霖之助は暫し考え込む。

(労働で返してもらうか……いや、彼女はこれを『宝の欠片』と呼んだ。これが何かを知っている? それならば彼女がこれを強く欲するのにも説明が付くな……)

 時間にして丁度一分、思考を整理した霖之助は早く欲しくて堪らない、と言う様子の一輪に向かって口を開いた。

「そうだね、これが一体何なのか……そして、これを君は何故欲しているのかを説明してくれるなら譲ろう」

「……あら、それで良いんですか?」

 どんな条件を提示されるのかと、内心身構えていた一輪はその簡単な条件に拍子抜けの様子だ。
 しかし霖之助は迷う様子を見せずに『あぁ』と頷く。

「僕にとっては、自らの知識欲を満たす事こそが人生における最大の命題だからね。それに比べれば、金銭など二の次だよ」

「そうなのですか……。それくらいならお安い御用ですよ」

 一輪にとって最も優先すべきは宝の欠片の入手である。
 それが果たされるのであれば、その程度の説明をするのは正にお安い御用だ。

「それでは早速……私は雲居一輪と申しまして、空飛ぶ船の番人をしております」

「空飛ぶ船?」

「えぇ。……あれです」

 一輪が窓に向けて指差す。
 それを追って霖之助が視線を向けると、確かに空の中心に船のような物が見えた。

「あれにはある御方が封印されてまして、その封印を解く為にはその宝を集めなければならないのです」

「ふむ、封印が解かれると何か良い事があるのかい?」

「えぇ勿論! 姐さんが復活すれば、この世は今よりもきっと良くなるわ!」

(……随分と抽象的だな。もしかして、本当は自分でも良く解っていないんじゃないか?)

 そう思うも勿論口には出さない。
 霖之助としてはこのUFOの事が解ったので十分満足なのだ。

(もし姐さん≠ニやらが復活して何かあったとしても、霊夢や魔理沙が何とかするだろう)

 何ともお気楽な思考である。
 実際、それから暫く後に霊夢と魔理沙とあと早苗があの船で一悶着起こすのだが。
 ――閑話休題。


「……と、これくらいで良いかしら?」

「あぁ、僕が知りたい事は大体解ったよ。ほら」

 一輪の説明に満足した霖之助は、特に渋る事も無くUFOを彼女に手渡す。
 それを受け取った一輪は大事そうに胸に抱きとめ、安堵の息を吐いた。

「ふふふ……これで姐さんの復活にまた一歩近づきました。店主さん、ご協力感謝します」

「あぁ、もしまた拾ったら、君の為に取っておこう。……今度はお金を持ってきてくれよ?」

「えぇ、そうさせて頂きますね」

 最後ににっこりと微笑むと、一輪は香霖堂を後にした。




* * *





「ふふ、今日は大収穫でしたね」

 船に戻った一輪は如何にも浮かれた様子で、雲山に事の次第を報告していた。

「……え? 随分楽しそうだな、って? ……そうですね。店主さんもお店もとても面白かったですよ」

 まるで娘を心配する父親のような雲山に、一輪はクスクスと笑みを零す。
 彼が心配するような事は全く無いが、確かにあそこは色々と面白い所だった。
 店主に言われたからではないが、またあそこを訪れてみるのも良いだろう――そう、一輪は感じていた。









2009/3/11






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