【働く不良天人さん】










 ――その日も、天界では宴会が行われていた。

「ひょ〜い、てっちんおつまみのお代わりは〜?」

「酒も足りないわよ。
さっさと持ってきてよね」

「お、これ良さげだな。
借りてくぜ、死ぬまで」

 宴会の元凶たる萃香を筆頭に、各々勝手な事を口走る地上の少女達(擬似含む)。
 彼女達が口を開く度に天子の額に青筋が浮かんでいく。
 そして――



「あんた等…………いい加減にしなさいよぉぉぉぉぉぉお!!」



 そりゃあキレるわな。




* * *





「――で、此処に逃げ込んできたのかい?」

「えぇ、そうよ! 何か文句でもあるの!?」

 目の前で呆れ顔の霖之助を睨みつけながら、天子は壷の上に腰を下ろした。
 萃香達の余りの傍若無人ぶりに堪忍袋の尾が切れた彼女は、《全人類の緋想天》をぶっ放すと同時にその場を逃走。
 その勢いのまま地上に降り、香霖堂に飛び込んできたのだ。

「……文句、と言うほどじゃないが、此処には霊夢や魔理沙も良く来るからね。
逃走先としては正しいとは思えないが」

「あいつ等の住処以外で、私が知ってる場所は此処くらいしかなかったのよ! 兎に角、暫く世話になるからね!」

 頭に血が上っている所為か、とんでもない事をのたまう天子に霖之助は内心苦笑する。
 彼女は霊夢や魔理沙と違って、商品を勝手に持っていく事はないし偶に買ってくれる(比較的)まともな客だった。
 しかし、甘やかされて育った為非常に我侭で騒がしい。
 静かなのを好む霖之助にすれば、早々にお引取り願いたかった。

「やれやれ、随分と無茶を言う」

 天子が泊まるとすれば、それは(外見だけ)うら若い男女が一つ屋根の下、と言う状況である。
 朴念仁だの枯れてるだのと評判の霖之助が天子に手を出す事はないだろうが、周りからは誤解される要素満点だ。

「何よ! 私が居ると邪魔だとでも言うの!?」

「あぁ」

「…………」

 まさか即答されるとは思っていなかったのだろう。
 一瞬言葉を失った天子だったが、すぐに顔を真っ赤にした。

「あったまきた! こうなったら意地でも出て行かないんだから!」

 徹底抗戦の構えを見せる天子に、霖之助はしまった、と舌打ちした。
 彼女はかなりの負けず嫌いだと言う事をうっかり忘れて、思わず本音が出てしまったのだ。
 しかし、後悔してもそれは後の祭りである。
 こうなったら、負けず嫌いな彼女は梃子でも動かないだろう。
 ならば、と暫し考えた末に霖之助の取った結論は――



「――ふむ、ならば店の仕事をやってくれるのなら此処に居ても良いよ」




* * *





「これはこっちで良いのよね?」

「……あぁ」

 翌日、天子は霖之助に言われたとおり店の仕事に精を出していた。
 正直な所、彼女が反発して飛び出して行くと判断していた霖之助にとっては、良くも悪くも彼女のこの行動は誤算であった。
 良家の生まれであるが故に自尊心の高い彼女だが、それと同時に典型的な箱入り娘でもある。
 恐らくは、今まで自分には縁がなかった労働というものに興味が沸いたのだろう。

「……まったく、か弱い少女に力仕事させて、自分は優雅に読書だなんて良いご身分ね」

「……君がか弱いかは甚だ疑問ではあるけどね。普通に僕よりも強いのだろう?」

「当然でしょう? 半端な混ざり者と天人じゃ格が違い過ぎて、いっそ哀れなほどだもの」

 酷い言いようだ――そう思うものの、霖之助の中には怒りは沸いてこなかった。
 彼女の言葉が事実であると彼も解っていたからというのもある。
 しかし何より、彼女は口では文句ばかりなのに対しその実、霖之助の指示には意外なほど素直に従っていたからである。
 彼にとってはそれだけでも十分、有益だったのだ。
 ……普通に考えれば、態度が悪い時点でアウトな気もするが。

「まぁ、良い。そろそろ良い時間だ。お昼にしようか」

「あ、やっと? 朝からずっと扱き使われてたからお腹空いちゃったわ」



 ――カラン、カラン。



 霖之助が台所に向かおうと、立ち上がった丁度その時であった。
 来訪者を告げるカウベルの音が店内に響く。
 やっと休めるー、と喜んでいた天子にとっては邪魔をされた形であり、それを隠す事もなく一瞬で顔を顰めさせた。
 恐らく、来訪者が誰であるのかもそれに拍車を掛けたのだろう。

「ごめんください……あら、総領娘様? こんな所にいらしたんですか?」

 実に不機嫌そうに顔を歪める天子に対し、来訪者――永江衣玖はきょとんと不思議そうに小首を傾げる。
 何故此処にいるのか――そんな感じの視線だが、天子の隣に立つ霖之助を見て納得したように手を叩いた。



「あぁ、なるほど……総領娘様もとうとう犯罪に手を染めてしまい、その罰を受けているのですね?」



「んな訳ないでしょぉぉぉぉぉッ!!」

 衣玖の素晴らしい勘違いに、天子は何時の間にか出していた緋想の剣を振り下ろす。
 直撃すれば割と洒落にならないだろう勢いだが、衣玖は頬に手を当てた余裕の表情で羽衣を操りそれを受け止めた。

「あらあら、慌てずとも総領様には告口したりしませんよ?」

「だ か ら……違うと言ってるでしょうが!」

 握る剣に力を込め、一気に店から吹き飛ばそうとする天子。
 しかし衣玖はそれを読んでおり、自ら後方に下がる事で衝撃の大半を逃がした。
 それを追って天子は更なる追撃を掛けるが、衣玖は羽衣を巧みに操って軽く往なしていく。

「相変わらずウネウネと鬱陶しいわね、それ!」

「総領娘様は少し直情過ぎますね。だから簡単に動きが読まれてしまうのですよ?」

「余計なお世話よ!」

 衣玖の如何にも余裕たっぷりなその態度に、天子は更に攻撃を苛烈にしていく。
 しかしそれすらも彼女はフヨフヨ、フワフワとまるで流れるように躱してしまう。
 それに業を煮やした天子は、衣玖が後ろに跳ぼうとしたその瞬間、石柱を彼女の背後に落とした。

「ッ!?」

 進行方向に障害物が現れ、一瞬衣玖の動きが止まる。
 その隙を逃さんと天子は緋想の剣を大きく振り上げ――



「いい加減にしないか」



「ふぎゅ!?」

 しかし、それが振り下ろされる事は無く、彼女はまるで蛙の潰れたような声を上げて地面に倒れた。
 彼女の背後には、今まですっかり忘れ去られていた霖之助が何処か不機嫌そうに立っている。
 その彼の手にはとっても分厚く、それこそ人を殴り殺せそうな本が握られていた。
 恐らくはその本(『カタログ』と書かれている)で天子を張り倒したのだろう。

「ちょっと! いきなり何するのよ!?」

「それはこっちの台詞だよ。
客にいきなり斬り掛かる奴があるか」

「此処に居るわ!」

「威張るな」

 ガスッ、ともう一発天子の頭に本を叩き込むと、霖之助はまるで何事も無かったかのように衣玖の方に振り向いた。

「お騒がせして申し訳無い。……それで、本日は香霖堂に如何なる御用かな?」

 霊夢や魔理沙辺りが見たら、大爆笑するかどん引きするか異変と勘違いし退治されるか、というくらい立派な営業スマイル。
 しかし初来店である衣玖がそんな事を知る筈も無く、ちょっと困ったような表情を浮かべて頬に手を添えた。

「そうですね…………私は何しに来たのでしょう?」

「……いや、僕に訊かれても」

 どうやら天子に襲撃された勢いで、うっかり目的が頭からすっぽ抜けたらしい。
 一見しっかりしているようで、彼女は割と抜けているようだ。

「まぁ、思い出せないなら大した用事ではないんだろう。それよりも僕の店を見ていくのはどうかな?」

「えぇ、折角ですから少し眺めさせていただきますね」

「眺めるだけではなく、何か買ってくれるとありがたいんだけどね」

「ふふ、それは何があるか次第ですよ」

「おっと、これは手厳しい」

 久々の(まともな)客が来たからだろう、傍目に見ても霖之助は楽しそうであった。
 それは衣玖も同様であり、出会ってから僅かな時間しか経っていないものの、二人は中々に良好な関係を築けたようだ。
 互いに妙齢の美男美女という事もあって、非常に絵になる構図である。



「ちょっと待ちなさーーーいッ!!」



 そんな和やかな雰囲気を空気も読まずにぶち壊したのは、何時の間にやら蚊帳の外な不良天人である。
 絶好のチャンスだった場面で奇襲を受けた上、そのまま放っておかれたのでお冠である。
 ……勿論、自分が先に手を出した事など棚に上げているのは、言うまでもない。

「衣玖! あんた私を連れ戻しに来たんじゃなかったの!?」

「……そうなのかい?」

「…………そう言われれば、そうだった気もしますねぇ」

 如何にも『怒ってます』という表情の天子とは対照的に、霖之助と衣玖は極めて自然体である。
 そんな二人の態度に地団駄を踏みつつも、天子はビシリと指を刺して叫んだ。



「兎に角! 私は天界に戻るつもりはないわよ! ずっと此処で暮らすんだから!!」

 ズバーン、と何処からか爆音が響いた……のは普通に気の所為であり、現実にはとても冷ややかな空気が香霖堂前を包み込んでいた。
 無駄に気合満点に言い放った天子に、霖之助は困ったように頬を掻く。
 そんなびみょんな雰囲気をぶち壊したのは、空気を読む事に定評がある筈のあの人だった。

「まぁまぁまぁ! 総領娘様ったら、そんなにもこの方を気に入ってらしたんですね?」

「「は?」」

 天子の言葉をどう解釈したのか、衣玖はやたらと盛り上がり始めた。

「ふふ、ずっと子供だと思っていましたのに、何時の間にか総領娘様も大人になっていたのですねぇ……」

 かと思えば、何処か遠くを見据えるような視線を浮かべたり……とりあえず、とても楽しそうではある。
 一方、衣玖の盛り上がりっぷりに天子は無論ぼんやりと事の成り行きを眺めるつもりだった霖之助も、軽く引いていた。
 そんな二人をまるで気にした様子も無く、衣玖はポンと両手を叩く。

「――やはり此処は、空気を読んでお邪魔虫な私は退散するべきですね! それでは総領娘様、お幸せに〜」

「……はッ!? ち、ちょっと衣玖!?」

「…………行ってしまったね。何だったんだ一体……」

 一人勝手に納得し飛び立ってしまった衣玖。
 徐々に小さくなるその背中を、霖之助と天子は追う事も忘れ呆然と眺め続けるのであった。









2009/2/28執筆
2009/3/28掲載






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