【壊れた船と舟幽霊】










 それは何時に増しても肌寒い、とある冬の日の事であった。
 その日僕は久方ぶりに無縁塚へと向かっていた。
 流石にこんな寒い日は余り外出したくなかったのだが、しかし最近幻想郷にある異変が起こっていた。
 それは突如として幻想郷の各地に間欠泉が湧き、更には怨霊達まで噴き出しているというものである。
 ……しかし、それだけであれば僕が態々この寒い中無縁塚まで出てくる理由にはならない。
 何せ、僕は面倒事と荒事が苦手だからな。
 けれども、その一方で僕はある可能性を抱いてもいた。
 それは、怨霊以外のもの≠熾ャき出しているのではないか?
 余り知る者は少ないが、幻想郷の地下には封印された妖怪達の都市が存在する。
 恐らくは間欠泉と共に吹いてきた怨霊達は、その地下都市に封印されていたものだろう。
 それは兎も角、要するに地下の道具も一緒に噴き出してきているんじゃないだろうか、と僕は考えたのだ。

「ふむ、どうやら此処も外れのようだな……」

 しかしそう上手く行く筈もない。
 珍しく有意義な事に、間欠泉の吹いた場所を割と正確に示した文々。新聞の号外を片手に探しているが、未だ収穫は零。
 もしかしなくても僕の見当外れだったのではなかろうか――そう思いながらも、最後の印が付いている無縁塚に辿り着いた時の事だった。



「わひゃあぁぁぁぁあッ……ぶちゃ!?」



 まるで爆音の如き間欠泉の吹く音と、それに負けじと響く甲高い悲鳴。
 そしてその直後の蛙が潰れたような音。
 その間、僅か一秒足らず。
 その一瞬の間に、僕の目の前では間欠泉と共に飛び出した少女が、地面に叩きつけられる光景が繰り広げられていた。
 そんな衝撃度満点の光景に僕がとった行動は――

「やはり此処にも何もなかったな……。寒くなってきたし帰って風呂にでも入るか」

 何も見なかった事にして今来た道へと身体を向ける事であった。
 理解出来ない事は無理に考えない。
 それが僕のポリシーだし、それ以前に下手に踏み込んだら面倒事に巻き込まれそうな予感がプンプンしたのだ。

「ち、ちょっと……それは、酷いんじゃないですか……?」

 しかし、その僕の判断はどうにも遅かったらしい。
 無縁塚を立ち去ろうとした僕の足を、件の少女ががしっと見かけによらない強い力で掴み取った。
 間欠泉から出てきたように見えたし、恐らくは彼女は人外の者なのだろう。
 それならばこの馬鹿力も納得出来る。

「やれやれ……」

 出来る事ならば今日見た事はすべて忘れて、僕が本来いるべき日常に帰りたかった。
 しかしこうなってしまっては仕方あるまい。
 面倒事は嫌だだとは言え、助けを求める相手を放っておくほど僕も非道ではないつもりだ。

「とりあえず、どこか痛むところはあるか?」

「あ、えぇっと……全身隈なく痛いけど……」

 自分で呼び止めたとはいえ、唐突に振り向いて腰を下ろした僕に驚いたのだろう。
 彼女はビクっと身体を震わせて、僕の質問におどろおどろと答える。
 どことなく困ったような表情であるが、どうやら言葉通り大事には至っていないようだ。
 流石、というべきだろうか?
 少女の体を支えて体を起こしてやり、腰元の鞄から取り出した手拭いで彼女の顔を拭う。
 それで、土や泥で汚れていた少女の顔は大分マシになった。

「ふむ、こんなところだろう。……それで、君は?」

 一応の世話をしてやったところで、僕は少女から少し距離を取る。
 それは彼女に安心感を与える為でもあったし、それと同時にまだ正体が解らない彼女を僕が警戒する為でもあった。
 ペコリ、と小さく頭下げた彼女は楽な姿勢へと脚を動かす。
 そんな彼女の様子を、僕はなるたけ自然な風を装いつつも観察する。
 少女が着ているのは、外の世界で『セーラー服』と呼ばれる白い洋服。
 元々は船乗りの制服だったらしいが、最近では寺小屋に通う女児の制服としても用いられているらしい。
 見たところ、彼女は前者のようだ。
 何故そう判断したかと言えば、彼女の背中には少女よりも大きな碇が背負われていたからである。
 それがなければ後者に見えない事もなかっただろう。
 そして人外の者……とくれば、僕には彼女が何者なのか何となく理解出来た。

    むらさ みなみつ
「私は村紗水蜜と言います。いわゆる、船幽霊≠ニいう奴ですね」


 やはり、か……。
 彼女の言葉が僕の予想とぴったり一致して、胸の内で息を吐く。
 船幽霊と言えば、海で通り掛かった船を転覆させる妖怪だ。
 幸いこの幻想郷には海がないから沈められる事はないだろうが、しかし封印された地下の妖怪だ。
 油断しないに越した事はないだろう。

「それで……その船幽霊の君が、何故間欠泉から?」

「それなんですが……」

 そこから、彼女は事の経緯についてぽつぽつと語り始めた。

 ――元々彼女は真っ当(?)な船幽霊として、通りすがる船を沈めていたが、ある切っ掛けから、一人の人間の僧侶を深く慕うようになった。
 しかしその僧侶は水蜜を始めとする妖怪の味方をした事から、人間達の怒りを買い魔界に封印されてしまったらしい。
 そしてその矛先は僧侶と共にいた彼女にも及び、僧侶に関わる物品と共に地下に封印されてしまったのである。

「……なるほど」

 一通りの話を聞いた僕は、小さく頷いて見せる。
 今でこそ人妖の間柄は近しいものになってきているが、昔はかなり険悪なものだった。
 喰う者と喰われる者なのだから、それも当然なのだが。
 要するに、当時妖怪に味方する人間とは裏切り者以外の何物でもなかったのである。

「話は理解した。……それで、君は一体これからどうするつもりかな?」

 もしも人間への復讐を企むのであれば、僕も黙っているつもりはない(尤も、実際に何かするのは霊夢なのだが)――そう視線に込めて彼女を見据える。
 しかし彼女は僕のそんな視線もなんのその。
 ニィ、と楽しそうに笑みを浮かべて、はっきりと告げた。



「勿論、封印されてしまった聖を助け出すのです!」



 恐らくは『聖』というのが彼女の言う僧侶なのだろう。
 ドォン、とささやかな胸を張って叫ぶ少女の姿からは、妖怪らしくもなく邪気の一片も見て取れなかった。
 どうやら、嘘はついていないようだ。
 これならば、放っておいても問題はない……筈である。
 しかし、問屋はそうは下ろさなかった。

「でも困りました。聖を助け出すにも、必要な物が足りな過ぎるます」

「……?」

 そりゃ、折角封印したものをホイホイ解き放たれては、封印した者達も困るだろう。

「それは勿論そうなのですが、そもそもの私の船が長い封印の間に壊れてしまっているのです」

 その言葉と共に、彼女の背後に淡い光が立ち込め、それはやがて形を成して治まる。
 それは一隻の船であった。
 水蜜曰く、これは僧侶から与えられた空飛ぶ船らしい。
 しかし、そんな神秘の力を秘めているらしい船も彼女の言葉通り、ボロボロの状態である。
 これでは空を飛ぶ事は愚か、普通の船らしく海を往く事すら出来ないだろう。

「うぅむ……どうしましょうか……? 私は船の操舵は出来ますが、修理となると専門外です……」

 先程までの勢いは何所へやら。
 水蜜は如何にも意気消沈した様子で、最早廃船同然の船を見上げていた。
 確かに、これは適当に弄って直るような代物ではない。
 話を聞く限り僧侶の法力で創り出されているようだから、尚更だろう。



 ――だが、僕は出来ないとは思わなかった。



「完全な状態に直す事は無理だろうが、しかし空を飛ぶ程度にまでなら何とかなるかもしれないよ」

「……ッ!?」

 ポツリと、しかし目の前の少女にも聞こえるようはっきりと告げた言葉に、水蜜が首が折れるのではと心配になるぐらいの速度で振り向いた。
 そんな彼女の、驚きに満ちた瞳を見据えながら僕は言葉を続ける。

「勿論、唯でとは言わない。修復する代わりに、君にはそれ相応の代価を払ってもらう」

「……な、何を要求するつもりですか……?」

 何を考えたのか、自らの身体を抱く水蜜。
 その瞳には警戒と……そして脅えの色がありありと見てとれたが、むしろそちらの方が僕にとっては好都合である。
 取引において、先に弱みを見せてしまえば殆ど負け確定なのだ。
 後は、どうやって僕が押し切るかに掛かっている。
 対価が高過ぎては相手が払えないし、更には反感を買わせてしまう可能性も高い。
 逆に、安過ぎても駄目だ。
 何かあるのでは、と逆に警戒心を煽ってしまう。
 相手に反感を与えず払わせる事が出来、且つ僕にも最大級の利益が出るライン。
 それを見定めて出した条件は――









2009/8/16






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