【結婚談義】
「――結婚って、どんな感じなのかしらね」 「……は?」 今日も今日とて閑古鳥の鳴く香霖堂。 麗らかな春の日差しに照らされたその縁側で、僕の隣に腰掛けてお茶を啜っていた霊夢はポツリと呟いた。 その内容が、余りにも普段の彼女のイメージからかけ離れていた為だろうか、思わず僕は口に運ぼうとしていた煎餅を落としてしまう。 「何よもったいないわねぇ。食べ物を粗末にすると、ばちを当てるわよ」 「……君が当てるのか」 そんな益体のない事はさておき、それよりも霊夢の先程の発言の真意を問う方が大切だろう。 ――青年熟考中 「…………霊夢もそういう年頃になった、という事か」 「何がよ?」 一人結論付ける僕に、霊夢は何処か不機嫌そうに顔を顰めていた。 「いやなに、君の口から『結婚』だなんて言葉を聞くとは思わなかったからね」 「別に、私にそういう願望がある訳じゃないわよ。面倒そうだし」 なんだ、違うのか。 「ただ……昨日里に行った時に、新婚の夫婦を見たのよね」 「ふむ、そういえば僕もその話は聞いたな」 余り里には降りない僕ではあるが、知り合い自体は結構いたりする。 親父さんを筆頭に霧雨道具店での修行仲間や当時の常連客、他には稗田の娘に寺小屋の教師等々……。 そいつらは揃いも揃ってお節介な連中であり、頼んでもいないのに度々此処を訪れては里の近況を話しに来る。 いやそれは良い……とは言わないけれど何か買いものもしてくれ。 「で、その夫婦が妙な……んー、上手く言葉に出来ないけど、なんか独特の雰囲気を醸し出してたのよね」 「新婚夫婦だからね。幸せ此処に極まれり、というところなんだろう」 上手く思考を言語化できないせいか、少々苛立った感じの霊夢ではあったが、しかし僕がお茶のお代わりを注いでやると嬉しそうに目を細めた。 「ありがと。……まぁ、確かに幸せそうな感じではあったわね」 「それが君には気になった、と」 「んー、そんなとこ。……あ、お煎餅いる?」 「貰おうか」 「ん」 今度は霊夢が、煎餅の入った皿を僕に差し出してくる。 そこから僕は二枚ほど抜き取り、片方を口へと運んだ。 「それで最初の話に戻るけど、結婚って実際のとこどんな感じなのかしらね?」 「さてね。……それにしても、それを何故僕に聞く?」 「んー、霖之助さんなら知ってそうだったから。ほら、霖之助さんって、私の何倍も生きてるんでしょう?」 「それはそうだが……」 しかし生憎、僕には彼女に対して答える言葉を持ち得なかった。 何故なら僕は結婚などした事がないからである。 理由? 良い相手がいなかった、唯それだけの事だ。 「ふーん、なんだか以外ね。霖之助さんって、結構モテそうなのに」 「そんな事はないよ。今はまだしも、昔は妖に連なる者など問答無用で攻撃の対象だったからね」 「あー、そういえばそんな時代もあったわねぇ」 何を知った風な。 その時代、まだ君は生まれてすらいなかっただろうに。 「それじゃあ、今は誰か良い人いないのかしら? 今なら別に問題はないんでしょう?」 「まぁそうだが……しかし残念、今も『結ばれたい』と思うほど心奪われた相手はいないよ」 「ふーんそれはほんとうにざんねんねー」 ワザとらし過ぎるほどに棒読みな台詞を吐きながら、霊夢は煎餅をバリバリと齧っていく。 やれやれはしたない……煎餅の欠片がボロボロと落ちて行ってしまってるではないか。 「いーのよ、洗濯するのは霖之助さんだもの」 「やれやれ……」 彼女のその、遠慮も気遣いも全く見受けられない言葉に、僕は唯々肩を竦めるだけである。 その一方で霊夢は、何か納得したような様子で一人小さく頷いていた。 「んー、それにしても、やっぱり私達に結婚だなんて言葉は縁遠いわねぇ」 「おいおい、さり気なく僕も混ぜるんじゃないよ」 「あら? 霖之助さんには結婚願望でもあるのかしら?」 「いやそれはない」 何処かの隙間妖怪を連想させる、君の悪いニヤニヤ顔も僕の間髪いれない言葉によって、ぶーと唇を突きだしたつまらなそうな表情へと変わる。 そんな子供そのものな表情を見る限りは、確かに霊夢には結婚なんてものは当分縁がないだろう。 僕も僕で、結婚なんてものを考えるほど余裕がある訳ではないのだが。 「…………何よ?」 「いや、せめて誰かさんがツケを払ってくれれば、僕ももう少しゆとりを持てるかな、と」 「それはそれは、霖之助さんも大変ねー」 君の事だよ、と視線で答えてみるものの、しかし霊夢はまるで気にした様子もなくお茶を啜っていた。 解らない訳がないだろうから、きっと素でこの反応なのだろう。 やれやれ、いつになったら僕は彼女からツケを払ってもらえるのだろうか? 結局そんな益体のない結論へと辿り着いた、麗らかな春の日の事であった―― 2009/9/6執筆 |