【南無三ッツ!】










 ――カラン、カラン。

「おこんばんは、店主さん」

 そんな丁寧な挨拶と共に入ってきたのは、 白黒の衣装に身を包んだ……しかし見慣れた妹分ではなく、つい最近知り合った人物であった。
 緩やかなウェーブの掛かった長髪は紫と金の明暗入り混じった輝きを宿し、風に揺れる。
 聖白蓮、という名の彼女は僕の視線に穏やかな笑みで返し、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「いらっしゃい、今日は何をご所望かな?」

 勘定台を挟んで対面まで来た彼女に、僕はそれまで読んでいた本に栞を挟みながらそう尋ねた。
 すると彼女のは、片手に持っていた風呂敷包みを勘定台の上へと載せる。

「今日はこれを引き取っていただきたくて。……見ていただけますか?」

 そう言って包みを解いていくとそこには、一目見てそれなりだと解る品が幾つも出てくる。
 しかし、これが初めてではない僕は一々驚いたりはしなかった。
 白蓮の仲間の中には、こういった宝を集める事を得意とする妖怪がいる。
 それによって得たお宝を、僕のところに持ってきては日々の糧に彼女は変えているのだ。
 僕の方も、彼女が持ってきてくれた物は別のお得意様に良く売れるので助かっていたりする。

「問題ないよ。……少し待っていてくれ」

「はい」

 僕の言葉に小さく頷いた白蓮は、近くにあったパイプ椅子を持ってきてそこに腰掛ける。
 一応それも商品の一つなのだが、しかし最近ではもっぱら彼女の指定席となっていた。
 しかしその事に、僕は文句を言うつもりはない。
 何故なら彼女は、騒がないし勝手に商品を持っていかないし怪しくもないと、素晴らしき上客であるからだ。
 一度僕の態度の違いに霊夢や魔理沙が文句を言ってきたが、しかし君達はその前にツケを払ってくれ。
 話はそれからだ。

「しかし君の持ってくる物はいつも素晴らしいね。流石はナズーリン、と言ったところか」

「ふふ、それに星もです……って、店主さんは会った事がありませんでしたね」

「あぁ、名前だけは良く君から聞いているがね」

 白蓮と取りとめのない談笑を咲かせつつも、しかし鑑定作業は抜かる事なく行っていく。
 全体として見ればどれも良い物なのだが、流石にそのすべてが完璧とは言い難いからな。
 中には傷がついていたりして、本来の価値から下げざるを得ない物も、当然として出てくるのだ。
 そうして一つ、二つと真剣に品を見ていくうちに、やがて僕は作業に没頭していった。




「――ふぅ、こんなところかな」

「お疲れ様です」

 丁度僕が最後の一個を見終わったと同時に、湯気の立つ湯呑が差し出された。
 見ればそこには、お盆を手にした白蓮が立っていた。

「勝手に台所を使わせていただきましたが……宜しかったですか?」

「あぁ、気にしなくて良いよ。丁度、僕も喉が渇いていたところだったしね」

 お盆で口元を隠しながら何処か気恥ずかしそうに言う彼女に、思わず僕は苦笑いを浮かべる。
 これが霊夢なら『お茶貰うわよ、後茶菓子も』と言ったところか。
 やっている事自体は余り変わらないのに、抱く印象がまるで違うのは……普段の行いだろうな、多分。

「それで、如何でしたか?」

「そうだね……」

 ちょうど良い温度に温められていたお茶で喉を潤しながら、僕は傍らに置いてあった紙を取って彼女へと見せる。
 そこには、今日の鑑定リストとその結果が記されていた。

「こんなところかな。元々の物自体は良かったんだが、細かい傷が目立って大きく値を下げてしまった形だね」

「そうですか……」

 白蓮が僕のところに物を売りに来たのは別に今回が初めてではなく、また持ってくる物も所謂骨董品が主だ。
 となれば、こういった事は別段珍しい事ではない。
 そんなもんなので、白蓮は然程気にした様子もなく自分の分のお茶を啜っていた。
 彼女に倣って僕も湯呑を口へと運ぶ……うん、旨いな。

「そう言えば」

 付け合わせに、と近くの棚から取り出した煎餅を齧りながら、僕ははたと思いだした事があった。

「前々から気になっていたんだが……良ければ、君の巻物を見せてもらえないだろうか?」

「巻物、ですか……」

 白蓮は普段から特殊な巻物――白蓮曰くエア巻物=\―を常に所持している。
 恐らくは魔理沙のミニ八卦炉等と同様に、魔法を使う際の触媒なのだろう。
 伝説の魔法使いたる彼女の持ち物ならば、相当のレベルのマジックアイテムに違いない。
 僕としては、非常に興味をそそられる品であった。

「うーん……」

 しかし湧きあがる僕の好奇心とは裏腹に、白蓮は如何にも困った風に眉を寄せていた。
 僕に見られて困るようなものでもあるのだろうか――その可能性はない訳では、いや寧ろ高いと言って良いか。
 そもそも魔法使いは秘匿を旨とする。
 そう簡単に自分の力や情報を、他人に見せびらかしたりは普通しないものだ。

「あぁいや、軽い興味から訊いただけだ。無理ならそれで諦めるよ」

「いえ、そう言う事ではないのですが……」

 無理みたいだな、と判断して頼みを取り消そうとすると、しかし彼女は何故か首を横に振った。
 その様からは決して無理をしているようには見えないが……だとしたら、一体何が問題だというのだろうか?

「実はこの巻物、私の力に反応して読む事が出来るのですが……私の手から離れると、すぐに消えてしまうのです」

「……なるほど」

 持ち主を認証するシステムを備えている、という事か。
 これならば万が一誰かに奪われたとしても、その内容が悪用される危険性は少ないという事だ。

「ですので……これを見たいのであれば私の隣で、という事になりますが……」

「それくらいならば問題はないよ。……それじゃあ失礼」

「きゃ!?」

 椅子から立ち上がった僕は彼女の斜め後ろ、肩から覗き込むようにして顔を寄せた。
 その時だ、彼女が小さく悲鳴のような声を上げたのは。
 気になって振り向いてみれば、それこそ吐息が届くほどの距離に白蓮の顔があった。
 その彼女の顔は、まるで熱でもあるかのように紅潮しており、しかもそれがどんどん強まっていく。

「……? どうかしたのかい?」

 思わず心配になって、熱を測ろうと彼女の額に手を添えた時だ。



「…………南無三ッツ!!」



「ごふッ!?」

「あ、わ、霖之助さんッツ!?」

 手に持っていたエア巻物で、思いっきり叩かれた。
 突然の事だったのと、彼女の叩く力が予想以上に強かった(多分無意識に魔法を使っていたのだろう、と後で知った)為、 僕の意識はあっさりと刈り取られたのであった……。




* * *





「う……つつ……?」

「あ、目が覚めましたか?」

 額から届く鈍い痛みに釣られるようにして、意識が浮上した僕の視界に移ったのは、安堵の笑みで僕を見下ろす白蓮の顔であった。
 彼女の顔の向こうに天井が見える事といい、後頭部に柔らかい感触がある事といい、どうやら僕は彼女に膝枕してもらっているようだ。
 ……はて、何故僕はこんな状況になっているのだろうか?
 思い出そうとしても、鈍痛が思考を遮って叶わない。

「一応手当はしましたが……まだ痛みますか?」

 そんな僕を心配してか、そっと額に手を載せてくる白蓮。
 彼女のそのひんやりとした手が、ズキズキと痛む頭に心地良かった。

「あぁ……まだ少し痛むが、問題はないよ。……それは兎も角、何故僕はこんな事に?」

「覚えてらっしゃらないのですか?」

 僕が尋ねると白蓮は驚いたように、そして何処か申し訳なさそうに表情を歪めた。

「……えぇと……店主さんが私の巻物を見たい、といった事は覚えてますか?  実はその時、うっかり店主さんを叩いてしまったんですよ……思いっきり……」

「あー……あぁ……」

 言われてみれば、確かにそうだったな。
 そうだようやく思い出した。
 僕は彼女の巻物を見ようと覗きこんだら、何故か顔を真っ赤にした彼女に叩かれて……でも何でだ?
 そう僕が疑問を抱くと同時に、白蓮がらしくもなく慌てた様子で口を開いた。

「あ、あのですね店主さん!  実は私、弟以外の男性と余り接した事がなくて……!  それで、巻物を見ようとした店主さんの顔が余りにも近かった上に、 ひ、額に手をつけてきたものだから驚いてしまって……思わず」

 手に持っていた巻物でポコリ、という訳か。
 やれやれ、飛んだ災難にあったな……これが好奇心は身を滅ぼす、という奴だろうか?
 いや、何か違う気がする。
 しかしそれにしても……

「うぅ……無意識にとはいえ、叩く際に魔法まで発動してしまいました……。もし貴方がただの人間だったならば今頃は……」

 零れる言葉の内容は中々に物騒であったが、しかしあわあわと慌てた様子を見せる彼女の姿は、 普段の淑女然とした雰囲気とはまた異なり、いっそ可愛らしいとすら思えた。
「て、店主さん……? 何をそんなにニヤけておられるのですか……?」

 そんな思考が表情に出ていたのだろう。
 無意識のうちに浮かべていたらしい笑みに、彼女はやけにぎこちない笑みで返してきた。



「いやなに……こう言っては失礼だが、君も結構な時間を生きてきたのだろう? その割には、随分と初心なのだ、と」



 そんな彼女に、僕はともすれば零れてしまいそうになる笑みを必死に抑えながら、そう言った。
 すると、

「はうぅッツ!?」

 まるで茹で上がるかの如く……それこそ殴られる直前以上に顔を真っ赤に染めた彼女は、 そのままゆっくりと後ろに倒れてしまった。

「……白蓮?」

 結構な勢いで倒れたので心配になり、僕は起き上がって声を掛けてみる。
 ……しかし返事がない。
 どうやら気を失っているようだ。

「やれやれ……本当に初心だな……」

 まるで本の話の中に出てくる少女のような反応に、思わず僕は肩を竦める。



 ――それから暫く、帰りの遅い白蓮を心配した彼女の仲間が訪れるまで、今度は僕の膝が枕となるのだった。









2009/9/17執筆
2009/10/7掲載






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