【遊覧船とお土産物屋さん】










「――それで、調子はどうだい?」

 巷では花粉に悩まされる者も出てきているであろう、麗らかな春の日の事。
 しかしその体質柄、花粉症とは縁遠い生活を送っている僕は、珍しく(自分で言ってあれだが)商談を行っていた。

「はい、結構な好評で嬉しい悲鳴ですよ」

 その相手は、セーラー服と呼ばれる白い衣装に身を包み、背中には持ち主よりも大きな錨を背負った、小柄な少女だ。
 名を村紗水蜜という少女は、その姿からも解るかもしれないが所謂舟幽霊である。
 といっても、彼女は遥か昔に改心しているらしく、今では船を沈める事などないらしい。
 そんな彼女が何故この香霖堂に来ているのかといえば……それは彼女、いや彼女達≠ェ僕のお得意様だからだ。

「店主さんが用意してくれた、毘沙門天の宝塔(レプリカ)とかダウジングロッドとか……後、底の抜けた柄杓なんかも結構売れてます」

「流石は観光地の土産物、といったところか。普通の店に置いていたら殆ど売れそうにない物でも、皆手に取ってくれる」

「はい、思った以上に売れ行きが良かったので、新しいお寺も早く建てられそうだ、って聖も喜んでいました」

 まるで自分の事のように顔を綻ばせる水蜜の姿に、協力して正解だったと僕はしみじみと思う。




* * *





 ――そもそもの発端は、未だ微かに雪が残る春の初めの事だった。

「協力? 僕が君等に?」

「はい。私達は今、空飛ぶ遊覧船をしているんです」

 霊夢の紹介で此処を知ったらしい彼女は、買物をするでもなく僕に土産物屋の話を持ち掛けてきた。
 何でも、彼女の主がこの幻想郷に新しくお寺を立てるつもりらしいのだが、しかしそれには相応の費用が必要となる。
 一応、彼女の仲間には珍しいを集める事が得意な奴(ナズーリンとかだろう)が二人ほどいるらしい。
 しかし、この幻想郷において珍しい物≠ェそのまま価値のある物≠ノなるかは……この店の現状を見れば解るだろう。
 悲しいがな、どれだけ優れた物でもその価値が認められるには、大抵長い時間が掛かるのだ。

「なのでその資金調達も兼ねて、遊覧船を始めたんですけど……」

 しかし中々思ったようにお金が集まらない、という訳だ。
 水蜜曰く遊覧船自体は好評らしいのだが、主の意向でその代金を安めに設定した為、殆ど利益は出ていないのだとか。

「なるほど、それで乗車賃とは別の収入源として土産物屋、という事か」

「そうなんです。それに、観光とお土産は切っても切れませんからね!」

 小さな胸を思いっきり張っている辺り、どうやら相当にこのアイディアに自信があるようだ。
 まぁ、悪くない案ではあると思う。
 彼女達は勿論、僕にとってもだ。

「そうだね……協力しても構わないよ」

「本当ですか!?」

 僕があっさり頷いたからか、若干驚いたような表情で水蜜が飛び上がる。
 やれやれ、話を持ちかけてきたのは君の方だろうに。
 とはいえ、僕も商売人である以上タダで引き受けるつもりはない。

「ただし、一つ条件がある」

「条件、ですか?」

「あぁ、それは――」




* * *





「それで、こっちの方はどうなんですか? 最近」

「うん? ……まぁ、ぼちぼちだね」

 ズズ、先程淹れてきたばかりのお茶を啜りながら、僕は店内を見渡す。
 その様は相変わらずの様相であり、僕と水蜜以外の人気は全くの皆無であった。
 見れば水蜜も僕同様店内に視線を巡らし、クスクスと小さく笑っている。

「やれやれ……店の良い宣伝になるかと思ったんだが、そう上手くは行かなかったか」

 僕が彼女達に協力する際に持ちかけた条件。
 それは件の土産物屋を、この香霖堂の支店として扱う事だ。
 これならば香霖堂というブランド名を、もっと広げる事が出来る。
 そうなれば本店であるこっちにも人が集まるかと思ったのだが……。

「来るのは相変わらず、客じゃない連中ばかりだ」

 一応、支店の方で出た利益の一部はこっちの物となるので、全く利がない訳じゃないのだが。
 それでも、本店より支店の方が好評というのは中々に悲しい事実である。

「でも……」

 僕が思わず嘆息を吐くと同時に、水蜜が若干申し訳なさげに口を開く。

「此処は、静かなくらいの方が良いと、私は思いますよ……?」

「…………それは僕に対する皮肉かい? ……まぁ、僕もそれに同意だったりするんだけどね」

「……え?」

 僕の言葉だ予想外なものだったのか、きょとんと小首を傾げる彼女に、僕は苦笑いを浮かべながらこう言った。



「だって、人が多かったらゆっくり本が読めないだろう?」









2009/9/22執筆
2009/10/13掲載






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