【天狗と携帯電話】










 ――携帯電話、という道具がある。用途は『離れた場所の者との会話』。
 外の世界ではかなりありふれた道具らしく、無縁塚へと仕入れに行った際はかなりの確率でお目に掛かる事が出来る。数が多い分種類も豊富で、大きい物は僕が腰に付けている鞄くらいあり、小さい物なら手の平で隠せるほどだ。しかし数も種類も豊富な携帯電話だが、しかし売れ行きも同様かといえばそんな事はまったくない。全然ない。本来の用途である他者との会話は行う事が出来ず、偶に売れたと思えばあろう事か弾幕の玉に使われる始末だ。これでは道具が報われない。
 だが、この道具の価値をちゃんと理解している者も少なからず存在した。


 ――カランカラン。


「店主さんいるー?」

 噂をすればなんとやら。高らかと響いたカウベルの音に顔を上げてみれば、そこには件の数少ない携帯電話の理解者が。……しかし、

「君が来るだなんて珍しいね。引き籠りは卒業かい?」

「動かない古道具屋、なんて言われてる店主さんに引き籠りだなんて言われたくないわねー」

 ぷぅ、と頬を膨らませながらも、しかしすぐに楽しげな笑みを浮かべて見せる。そうしてズカズカと彼女――姫海棠はたては僕の方へと歩いてくる。その度に彼女の側頭部の両側で結われた亜麻色の髪がふわふわと揺れる。それも相まって、彼女の印象は『軽い』の一言に尽きた。

「しかし本当に珍しいな。それ≠ェあれば態々取材する必要がないのだろう?」

 僕がそういって指差したのは、彼女が現在進行形で常に持ち歩いている携帯電話だ。彼女のそれは河童製なのだが、その河童が僕の店で携帯電話を買って制作の参考にした、という経緯があったりする。

「そうねー。ちょちょっと調べたい言葉を入れれば、その写真が見つかるのよね」

 なるほど、確かに態々取材に行かずに済むのは楽なのだろう。まぁ、そうして得た写真によって作られた記事は、本来新聞に最も必要なスピードが足りないという問題があるのだが。僕も何度か読んでみた事があったが、そのどれもこれもが何処かで見た事あるような内容ばかりなのである。その為、彼女の花果子念報≠ヘ壊滅的に人気がないらしい。天狗の新聞大会では毎回、文々。新聞と共に仲良くランク外なほどだ。

「そう! その現状を打破すべく、私はこうしてめんどくさいながらも外を飛び回ってるのよ! 見ててください! 近いうちに我が花果子念報は生まれ変わって見せますッ!」

 突然声を荒げて顔をずいっと寄せてくるはたて。顔が近い。これでそんな大声を上げたら、唾が飛んでくるじゃないかはしたない。

「……まぁ、事情は解ったよ。それで、此処へはどんな用で?」

 珍しい事に此処最近は霊夢も魔理沙も訪れておらず、彼女等の望むような事件は何一つとして起きていない。いや、起きても困るのだが。

「心配しなくても店主さんに期待はしてませんよー。仮に何かあったとしても、記事にするほどじゃなさそうだし」

 酷い言い草だ。まぁ、彼女に限らず天狗に新聞を書かれたら大抵は碌な事にならないから、その方がありがたいのだけど。

「今日の目的はそれよそれ」

 そう言う彼女の指差した先にあるのは、僕の手――そこに握られた携帯電話であった。つい最近仕入れたばかりの品だ。風雨に晒されて壊れてしまっている事も多い中で、これはかなり完全に近い状態で手に入れる事が出来たのである。かなりの最新型らしく、少し力を込めればすぐに折れてしまいそうなほど薄く小さいのが特徴だ。

「先日、ちょっと同業者と戦りあってねー。で、そいつのカメラには私のにはない機能が一杯あって、正直羨ましかったりそうでもなかったり」

 どっちだ。

「まぁどちらかと言えば、普通に羨ましかったのよね」

「なるほど、それで僕の所に来た訳か」

 此処になら彼女のカメラ――携帯電話が大量に置いてあるからな。外の世界の品と言う性質上、他の所にはまずないだろうし。
 ただ、敢えて一言言うのならば……

「それならば携帯電話を使うよりも、普通のカメラにした方が良くないか?」

 確かに携帯電話にはカメラとしての用途が付随されている物も多い。だからこそ、はたてが使っている訳だし。しかし、様々な機能を持つ携帯電話の全てにおいて、その用途は『離れた場所の者との会話』だと僕の眼は言っている。あくまでカメラ機能は、本来の用途のおまけでしかないのだ。

「えー? でも普通のカメラって大きいし重いし、何より可愛くないじゃない!」

「……君達少女の言う『可愛い』の基準は、何時聞いても良く解らないな」

 カメラが欲しいがカメラはいらない。……彼女に限った話じゃないが、本当に良く解らない娘だ。

「それで店主さん、それとかどんな感じー?」

 僕が小さく肩を竦めると同時に、彼女はひょいと僕の手の中から携帯電話を奪ってしまった。こら勝手に取るな!

「別に良いじゃないー。気にいったらちゃんと代金払って買うし」

「……壊した場合にも払ってもらうよ」

「はいはいー」

 ちゃんと聞いているのか聞いてないのか……多分聞いていないのだろう気の抜けた返事をしながら、彼女は楽しげに携帯電話を弄り始める。……が、幾ら状態が良い品とはいえ、完全ではない。

「何よこれー。全然動かないじゃない」

「動力である電気が既に尽きているみたいでね」

 と他人事のように言ってみるが、実は彼女が来るまでに僕がさんざん弄ってその結果切れてしまったのは……はたてには内緒だ。

「むー、これじゃあ性能が確かめられないわ! 折角見た目は結構可愛くて良い感じなのにーッ!」

 段々苛々としてきたのか、遠目に見ても彼女の手に力が入って行くのが見て取れた。その瞬間、僕の脳裏に半ば確信にもにた予感がよぎった。即ち、天狗の握力×超薄型携帯のイコールは、


「…………あ」



 時既に遅し。僕がその結論に辿り着いたと同時に、予感は『グシャ』という音と共に現実となった。見れば青褪めた顔で僕に視線を向けるはたてと、その手の中で数多の部品へと還った元携帯電話。それを認識した僕は、

「…………ふ、ふふ」

「あは、あはは……」

 自分でもはっきりと解るくらい、それはそれは綺麗な笑みを浮かべていた事だろう。思わずはたても釣られてしまうほどに、ね。ごっすん。

「……〜〜ッ!?」

「さて、何か言う事はあるかな?」

 そんな強くやったつもりはないのだが、彼女の頭に手刀を叩きこんでやったら、大袈裟なほどに痛がって見せた。僕としても過ぎてしまった事を余りどうこう言うつもりもないので、彼女にはしっかりと壊された商品分の代金を納めてもらう事にしよう。  だが、

「…………お金、もってないです」

 なんだと?

「君はさっき、『気にいったら代金を払って買う』と言ってなかったか?」

「あ、あー……。それはその、新生花果子念報が人気爆発した際の、要するに出世払いという意味で……」

「…………」

「ひぅッ!? ご、ごめんなさい……」

 ガクガクブルブルと震え始めたはたてを眺めながら、僕はどうするかを考える。……やはり、あれしかないかな。

「……君には、身体で払ってもらうとしようか」





* * *




「どうもーッ! 清く正しい文々。新聞ですよー……ってうわぁ」

「うわぁ、って失礼ね」

 それから一刻ほどが経った頃であろうか。カウベルの音を掻き消すくらい騒がしく店に入ってきた射命丸文は、それと同時に奇声を上げた。彼女の視線の先には、僕の服を(何故か)着て店内を掃除する姫海棠はたての姿が。

「……これは一体どういった状況で? ……あぁいや、解りました。どうせこの娘が商品を壊したから、とかそんな感じでしょう」

「なんで一瞬で解るのよー!? ……まさか、見てたんじゃないでしょうね?」

「あややや、心外ですね。私はあなたと違って念写なんて使えませんよ。そもそも要りませんし」

「なんですってー!? 喧嘩でも売りに来たの!?」

 バチバチバチ、と突然火花を散らせて睨みあい始めた烏天狗二人に、僕はこっそりと息を吐く。やれやれ、騒ぎなら店の外で頼むよ。
 僕のその思いを察した……訳ではなく、恐らくは外でないと烏天狗の機動性を活かせないからだろう。店の外へと二人が出て行く。そしてすぐに響き始める轟音爆音。幻想郷の少女達の戯れである弾幕ごっこだ。そのBGMと言うには少々騒がしいそれを聞きながら、僕は勘定台に広げた紙にカリカリとペンを走らせる。……どうせこの弾幕ごっこで、はたてが着ていた僕の服はボロボロになるだろう。その分も、しっかり請求してやらないとな。あぁ、ついでに文も何か買って行ってくれればいいが。
 そんな事を思いながら、僕は今日ものんびりと過ごすのであった――









2010/3/20:執筆・掲載






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