【少女×お礼=?】










「――あ、店主さん」

 何処かで聞いたような、微妙に憶えがあるその声に背後から声を掛けられたのは、自分で言うのもなんだが珍しい事に人里を訪れた日の事であった。昼間の大通り。それなりに人の多い時間と場所故に、もしかしたら僕の勘違いかもしれないが、それならそれで構わないだろう。そう思いながら、僕は声のかけられた方へと振り向くと……そこにいたのは、確かに見覚えのある少女の姿であった。
 今では妖怪を見る事も珍しくない人里で、尚人目を引く僕と同じ色の髪。腰に掲げた幼い外見には少々不釣り合いな日本の刀。そして少女の傍らで付ふよふよと浮かぶ幽霊が特徴的だ

「……ん? あぁなんだ、妖夢か」

 彼女――魂魄妖夢は、霊夢や魔理沙ほどではないが、度々香霖堂を訪れる人物であった。店に来るのに財布を持ってこない――何でも、彼女の勤め先では給金が出ないらしい――等、色々と足りない部分はある少女ではあるが、根は真面目なのだろう。個人的には好ましく思っている部分も少なからずあった。

「なんだ、とは失礼ですね。……まぁ良いです。それにしても珍しいですね、こんな所で会うなんて」

 僕の挨拶がお気に召さなかったようで、彼女はぷぅと頬を膨らませて見せる。腰の刀は伊達ではなく、剣の腕は相当なものらしいが……しかし見た目自体は幼い少女そのものなので、まったく怖くはなく、寧ろ可愛らしくすらあった。

「……まったくだ」

 最近では往来が比較的楽になったらしいとはいえ、彼女は本来冥界の住人だ。そして僕も動かない古道具屋≠ネんて揶揄されたりもする程度に、余り店から離れる事がない。確かに、こんな人里の真ん中で合うのは珍しいだろう。

「それで、店主さんは何しに里まで?」

「ちょっと知り合いに用があってね。まぁそれももう終わったんだが……君の方は?」

 話の流れで一応返したが、正直僕には何となく把握出来ていた。何しろ彼女は……。

「私は幽々子様のお使いです。里に新しい甘味処が出来たから買ってきてほしい、と」

 ふっ、と妖夢が視線を落とす。そのすぐ先、彼女の胸元には幾つかの袋があった。買い物の帰りなのだろう。袋はパンパンに膨れている。……それは良い。問題はその数であった。やたらと多い。全部合わせたら、彼女の傍らで常に浮いている半霊くらいのサイズは優に合った。その事を訪ねると、何でも件の店の商品全部買ってきたかららしい。

「……それは、随分と豪快なお嬢様だね……」

 一瞬それが、妖夢が何を買ってくれば良いのか聞きそびれて、苦肉の策としてやったのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。最初から全部買ってくるよう言われたとの事なのだ。それを聞いた僕には最早、苦笑いしか浮かばなかった。
 しかし……ふむ。

「……? どうかしました?」

 僕の視線に気づいたのか、妖夢が不思議そうに首を傾げている。こうして見る分には、彼女はその巨大な袋――重量もそれなりだろう――にまるで堪えた様子はない。大した体力だ。外見が外見だけに良く忘れがちだが、これでも結構な実力の持ち主らしいしな。当然と言えば当然なんだろう。……だが、

「僕が少し持とうか? 流石にそれはきついだろう」

「えッ!? い、良いですよ別にッ!?」

 よっぽど僕の言葉が予想外だったのか、妖夢はまるで化け物を見たかのような表情を浮かべて――失礼な話である――僕を凝視していた。そんな彼女の反応に若干眉を顰めそうになるも、僕はそれを表に出さずに説明してやる。

「何、僕が気になって勝手にやるだけだ。……それに、こうして一緒に歩いているのに君だけに持たせてると、何だか自分が酷い男のように思われそうだからね。商売人としては、自分の評価が下がるような事はしたくないのさ」

 実際、先程から彼女と並んで歩いている中で、何となく嫌な視線を感じる……気がするような、しないような。どっちだ。……そんな事を思いながら、僕は半ば強引に彼女の抱えている袋の一部を取る。

「……お客に雪掻きさせといて、今更それはどうかと……」

「ん? 何か言ったかな?」

「い、いえ何でもないです!」

 半ば怒ったような口調でそう言って、彼女は駈け出してしまった。……やれやれ、アレは殆ど君の自業自得だろうに。そんな事を思って小さく息を吐きながら、僕は彼女の背中を小走りで追いかけるのであった――




「……あ、この辺りまでで良いです」

 そう言って妖夢が立ち止ったのは、里を出て少し経った頃の事だ。此処まで来たなら、後は飛んで行った方が早いらしい。まぁ、それを言ったら最初っから飛んで行った方が早そうだが……そうすると、驚く人もいるだろうし何よりスカートの中が覗かれてしまうから嫌らしい。如何にも少女らしい彼女の言い分に、僕は思わず苦笑を洩らす。

「それで、大丈夫なのかい?」

「えぇ、こう見えても私も結構鍛えてますので。……それに、これくらいの買い出しは割と日常茶飯事なんですよ。」

「…………」

 それはそれでどうなんだろうか? と僕は少し疑問に思ったが、すぐに気にしない事にした。僕が考えた所で意味のない事だ。多分。そんな事を思いながら荷物を返してやると、妖夢は空に跳びあがろうとして……しかし、何故かその動きを止めた。

「……?」

 何事かと首を傾げている僕の前で、妖夢は何故か仄かに頬を赤らめながら、僕を見上げてきた。

「あ、あの……そう言えばお礼……してなかったですね……?」

「む? いや、別に気にしなくても良いが……」

 別に僕は礼が欲しかった訳ではないし、そもそも最初に言った通り僕の勝手な都合でやった事だ。

「さっき店主さんも言ってたでしょう? 自分が気になるから勝手にやるんだ、って。……それで、ちょっと屈んでもらって良いですか?」

 しかし妖夢も何故か引き下がろうとしない。真面目な性格ゆえだろうか? やれやれ、こういった奴は結構頑固だからな。素直に言う事を聞いてやった方が面倒がなくて良い。……そう思い、彼女の言う通り軽く屈んでみせると、

「――ッ!?」

 直後、ちゅ、と云う音と共に僕の頬に何か柔らかいものが当てられた。

「か、勘違いしないでくださいね!? 今は両手が塞がっているからこれくらいしか出来る事が思いつかなかったんですッ! そ、それじゃッ!」

 一瞬何をされたのか解らず、唖然としていた隙にそんな事を捲し立てながら、妖夢は僕から距離を取って、さっさと空へと飛びあがってしまった。……それから暫くして、ようやく我に返った僕は、

「…………やれやれ」

 ただそれだけを呟きながら、自分の頬……妖夢のそれが当てられた場所にそっと指を当てる。何となく、さっきの感触まだ残っている気がした――









2010/4/15:執筆
2010/4/17掲載






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