【おねーさんと一緒】










「――どうしてこうなった」

 今日幾度目かも解らう呟きと共に、やはり幾度目かも解らぬ溜息を僕は零す。人間妖怪神様が跋扈するこの幻想郷では、例え不思議な事が起こったとしても、しかしそれは別に不思議でも何でなかったりするのだ。一々驚いたり気にしたりしていては、この幻想郷では生きていけないのである。
 ……とはいえ、それが自分の身に降りかかった事であるのなら、やはり目を背ける事は出来ないのだが。

「にゅふふ〜ん♪」

 そんな僕とは対照的な、如何にもご機嫌そうな霊烏路空の鼻歌がすぐ真上から耳に届いた。自分の上から声が聞こえるなんて、普段余りないから違和感を感じる。そして同時に、それが今僕が置かれている状況を改めて実感させるのであった。

「何時ものおにぃさんはカッコいい感じだったけど、今は可愛い感じだよね。ほっぺもすべすべ〜」

「……遊ばないでくれ」

 率直に言おう。……今僕は、小さくなっていた。身体が。
 この状態に気付いてすぐに鏡で確認して見たが、どうやら今の僕は大体人間の十歳前後の体格になってしまっているらしい。それに伴って声も子供のそれになっているので、先程から自分の声が自分のものに思えずに気持ちが悪い。本来声変わりというのは緩やかに行われる為か意識しにくいが、こうしてみると変化前後では大分違うようだ。
 自分が自分でなくなってしまったような感覚に辟易している一方、お空は何が楽しいのか先程からニコニコとしている。今だって、本来は僕の指定席である安楽椅子に腰かけて、膝の上に小さくなった僕を載せている状態だ。頬を突いてきたり抱き締めてきたり……まるっきり玩具扱いである。……そして、今の僕だと丁度後頭部に彼女のアレが当たって……その柔らかい癖に妙に弾力のある感触が、やたらと気になってしまう。

「……ねぇねぇおにぃさん。……にゅ? おにぃさんじゃ変かな? ちっちゃくなっちゃって、今は私の方がお姉さんだし」

 そんな僕の、二重の意味での苦行などまるで気づく様子もなく、お空はそんな事を訪ねてきた。正直な所、今の僕にとっては呼び名などどうでも良い問題である。

「……君の好きに呼べば良いと思うよ」

「んー、じゃあこーりんとかどう? ちっちゃいおにぃさんだから」

「それで良いよ……はぁ」

 その呼び方だと魔理沙を連想せざるを得ないが……しかし今更撤回するのも面倒臭い。特別問題がある訳でもないし、それで良いだろう。

「にゅー、さっきから元気ないよ?」

「そりゃ当然だろう。いきなりこんな姿になって、何も感じない訳がない。さっさと元の身体に戻りたいね」

 何でこんな事になったのか、その元凶は解っている。あの竹林の兎詐欺だ。今朝、珍しく体調が優れないので八意印の薬を飲んだのだが……その結果がこれである。自身の異変に気付いた後すぐにその薬の入れ物を調べてみたら、ラベルにはAPTX4869≠ニいう薬の名前と共に、あいつの似顔絵(あんまり似てない)が描かれていた。因みに用途は死時々幼児化=B…………をい。
 ラベルにしろ用途にしろ、少し見ればすぐに気付いた筈だが……体調不良で意識が半ばはっきりしない状態だった為に、うっかり失念してしまったらしい。……いや、その辺全ててゐが能力を使って僕を上手く誘導してたのかもしれないな。だとしたら実にご苦労な事である。僕にとっては何一つ有難い事などないが。

「んー、でも私は今のこーりんも可愛くて好きだよ?」

 胸の内でにっくき彼奴への復讐方をあれこれ考えていたら、またしてもお空が僕の事をギュッと抱きしめてきた。……しかし、そんな事を言われても僕は嬉しくもなんともない訳で。確かに、元の姿に比べれば子供と化した今の僕は可愛いと言えなくもないだろうけど……。
 色々とあり過ぎてしかめっ面と溜息しか出ない僕に、流石のお空も困り顔となっていた。そしてうーんと唸り始め、やがて――

「……そうだ! 元気がない時は甘いものを食べるに限るよね!」




「…………はぁ」

 突然のお空の提案に僕は抗う事も出来ず、気づけば人里にまで連れてこられていた。元の身体なら兎も角、今の状態では力で敵う訳がないし、抱き抱えられて空を飛ばれてしまえば尚更だ。精神は元のままだけに、少女相手に御姫様抱っこされたのこの上ない屈辱である。
 その上更に知り合いにでも遭遇したりしたら……当分はこれをネタに弄られる事は確定である。まぁ、この姿を見て僕だとすぐに気付く奴は少なそうなのが幸いと言えば幸いなのだが。

「にゅふ〜手離しちゃ駄目だよこーりん? 迷子になっちゃうからね」

 一方のお空は、図らずも里に遊びに来れた為か、これ以上ないほどにご機嫌だ。嬉々として僕の手を引っ張るその様は、普段から想像出来ないほどにしっかりとしていて、半ば無意識に彼女の手をキュッと握ると、彼女もまたそっと握り返してきて……それが温かく、そして頼もしくすらあった。
 ……しかし一つだけツッコむのなら、迷子になりそうなのは僕よりも寧ろ君の方なのだが?

「あ、あぁ……はぁ」

 しかしそんな事は口には出さず……というか、小さなこの身体で里の人混みは中々にきつく、余計な事をしゃべる余裕などなかったのだが。

「あ、あそこなんてどうかな? とっても美味しそうな匂いがするよ!?」

 そうこうしているうちに、お空が適当な店を見つけたらしい。一応僕に確認を取ってきたが、答えを聞く気はないのだろう。口を開くよりも先に僕はずるずると引きずられて行く。そうして僕が店を確認出来たのは、すぐ目の前まで辿り着いてからであった。

「ん? どれどれ…………ッ!?」

 文字通り人混みから這い出るようにした僕は、ようやくその店を視界に捉える。なるほど、確かに良さそうな茶屋だ。だが、僕はあるものに気付いてしまった。

「ん? どうしたの?」

「い、いや何でもないよ。……それよりも、何処か別の場所にしないか?」

「えぇー? 私あそこが良い! ……って、あ、紅白と黒白ー!」

 それとなくお空の意識を店から逸らさせようとしたものの、時既に遅し。彼女もそれに気づいてしまった。……店の軒先で如何にも旨そうに団子を口に運ぶ、見慣れた紅白と黒白の存在に。

「お、おくうじゃないか」

「珍しいわね里で合うなんて……って、何その子供? なんかどっかで見た事あるような顔ねェ」

 向こうも此方の存在に気付いたようだ。まぁ、あれだけ大きな声を出せば当然と言えば当然か。そうなれば当然、お空に手を引かれた僕へと二人の意識が向けられる訳で……僕は何とかお空の背後に隠れようとしたが、しかしお空はにははと楽しげに笑いながらそれを阻止してくる。……結局、僕は二人の前に引きずり出されてしまった。そして、

「この子はこーりんっていうんだよ」

「…………ッ!?」

 お空は何の臆面もなく僕の事を紹介してくれやがった。思わずビクリと身体が震える僕と……そして何故か魔理沙。一方で霊夢はというと、軽く眉を動かしただけでさして驚いた様子は見えなかったが。

「こーりん? そう言えば何処となく霖之助さんッぽいわね」

「は、はは、たた、確かに香霖そっくりだなぁ……あは、あはははッ!」

「あらどうしたのかしら魔理沙? 顔色が悪いわよ? 調子でも悪いんじゃない」

「そ、そうかもしれないな! そう言う訳で今日はもう帰るんだぜじゃあなッ!」

 何故か半ば半泣き状態で乾いた笑い声を上げ始める魔理沙に、霊夢はズズ、とあくまで平然と、お茶を啜りながら言葉を掛けていく。そうしているうちに、やがて魔理沙は逃げ出すようにこの場を後にしてしまった。

「うにゅ……?」

 残されたのは、状況が良く解らず唖然とする僕とお空。そして未だ暢気に茶を啜っている霊夢の姿であった。




「……ふふ、今日は色々と面白いものが見れて愉快ね。霖之助さん」

「気づいてたのか……」

 魔理沙が帰ってしまってから暫く経ち、僕とお空も茶と団子を楽しんでいると、隣に座る霊夢はそう可笑しそうに笑いを零した。霊夢が出した名に、僕は一瞬驚くも、しかし彼女ならそれも不思議ではないとすぐに納得する。勘の鋭さに定評のある巫女なのだ、彼女は。

「ま、最初はもしかしたら、って思っちゃったけどね。……もしそうだったなら、私は全力でこの馬鹿烏を調伏しなきゃいけない所だったわ」

「うにゅ? ……あ、口の横に餡が付いてるよこーりん」

 何故か薄ら寒い笑みと共にそんな事を語る霊夢に対し、お空は大して気にした様子もなく僕の世話を焼いていた。それを見て霊夢は過保護ねェ、と肩を竦める。まったく持って同感だ。子供なのは見た目だけであって、僕は中身は今までどうりなんだからな。

「うん? どの辺だい?」

「あ、大丈夫私が取ってあげるからね――ぺろ」

「「――ッ!?」」

 しかし次の瞬間、僕と霊夢の身体が一瞬固まった。それこそ、時間を止められたのかの如く。

「うん、これで取れたよ。……ふふ、あまぁい……って、どうしたの二人とも?」

「ふ、ふふ……ッ! やっぱりあんたはこの場で滅ぼした方が良さそうねッ!」

 蕩けるような笑みでペロリと自分の口を舐めているお空に、霊夢は何故かゴゴゴゴ……、と目に見えそうなほど濃密な殺気を放ちながらゆっくりと立ち上がる。それに当てられて、周囲の人達が一斉に僕等から距離を取り始めた。……正直、僕も逃げ出したかった。しかし、お空の行動に対する驚きと、霊夢の殺気に、身体が上手く動かない!



 やがて僕の脳裏に、たった一つ、シンプルな言葉が過る。…………理不尽だ。









2010/4/22:執筆
2010/4/28:掲載






-TOP-





inserted by FC2 system