【おねーさんと一緒 弐】










「――ふぅん、それでそんな事になってるの」

 それは、竹林の妖怪兎の傍迷惑な悪戯によって、身体が子供のそれに縮んでしまった、その翌日の事であった。未だ身体は元に戻らず、永遠亭に直接行こうにも身体能力も下がってしまっており、昨日僕の事をあれこれと世話焼いてくれたお空も、あれで中々忙しい身。仕方なしに今日も僕はこの姿で店番をしていた。その最中だ。比那名居天子が店を訪れたのは。
 ――因みに、昨日お空と共に人里に行った(連れてかれた)際、そこに居合わせた霊夢と一悶着あり、あわや里が崩壊、なんて事態になりかけたのだが……ギリギリでそれは回避された。何故かやたらと怒り狂っていた霊夢が、突然彼女の脚元に空いた穴から落ちて行ったからだ。誰がやったかは言うまでもなく、振り向いてみればそこには、霊夢が落ちたのと同様の空間の亀裂から、上半身だけを出してクスクスと笑みを零す妖怪少女がいた。
 僕個人としては苦手な相手だが、助けられた以上礼をしない訳にはいかないだろう。渋々ながらも団子を奢ってやった。ついでに君の能力で元に戻せないか、と訊ねもしたが『出来るけど、そのままの方が面白いでしょう?』とのお返事である。やっぱり彼女は苦手だ。
 閑話休題。

「……そんなに力一杯頭を押さえつけられると、痛くて堪らないんだが」

 店を訪れた天子は、僕の変わり果てた姿に最初は目を丸くするも、すぐに面白い物を見つけたと言わんばかりの笑みで、僕の頭をぐりぐりと撫でていた。まるで普段の扱いの鬱憤を今晴らしているかのようですらある。……それを振り払うのも面倒なので、暫く好きにさせてやるとしよう。痛いけど。

「……まぁ良い。それで? 今日は何の用で?」

「んー、まぁ何時も通りぶらぶらとね。……何か面白い物でも入ってる?」

「面白いかどうかは知らないが、最近仕入れた物ならこの棚に……うくッ」

 予想どおりな彼女の答えに、僕はやれやれと息を零しながら、先日仕入れた道具達を仕舞った棚の前に立つ……が、届かない。棚の上に仕舞っておいたので、今の僕の背では目一杯背伸びしても、指先が商品の入った箱に掠る事すらしなかった。

「……これ?」

 そんなこんなで暫く僕が悪戦苦闘していると、見るに見かねたらしく天子がひょいとその箱を取って、僕に渡してくれた。特別背が高い訳ではないとはいえ、別に棚自体も然程大きい訳ではないから、ある程度の背があればこれくらい簡単な作業なのだ。要するに、今の僕が少々小さ過ぎる訳なのである。
 ……しかし、箱を渡された時の彼女のニヤニヤ顔はやけに癪に触るな。子供扱いされても仕方のない状況とはいえ、少しはやり返してやらないと僕の気分が済まない。さてどうしたものか、と暫し考えて、僕はこんな言葉を口にしてみた。

「…………ありがとう、お姉ちゃん=v

 満面の笑みで。

「〜〜ッ!!?」

 途端、ボッとまるで何かが爆発したかのような音が聞こえ、彼女の顔が赤く染まった。まるで林檎のよう……いや、それ以上に赤い。予想以上に、大袈裟な反応であった。その後暫く、彼女の機嫌がやたらと悪かったのは、言うまでもない。




「……さっきもそうだったけど、その身体結構不便そうねェ」

 暫くしてようやく落ち着いてきた頃だろうか。まだ少し頬が赤く見えるものの、天子はそんな事を訪ねてきた。少し唐突と言えば唐突だが、話題を変える為のものなのだろう。……よっぽど、先程の奴がお気に召さなかったらしい。

「まぁね、流石に少しは慣れたけど、今まで出来た事が出来ない、ってのは中々に歯痒いね」

 見た目だけでなく、身体能力も落ちてしまっているので、そういう意味でも今まで普通に出来ていた事が今は出来ない。もう暫くすればこの状態にも慣れるかもしれないが……それよりも寧ろ、さっさと元に戻りたい。
 最早懐かしさすら覚える元の身体を思って、僕はそっと息を吐いた。すると、そんな僕を見て何を思ったのか天子は『ふぅん……』と何やら考え出し始め、そして数秒の後、

「…………なら、暫く此処に泊まろうかしら?」

「は?」

 余りにも唐突なその提案に、僕は『何故そうなるんだ』とツッコミを入れるのも忘れて、ただポカンと口を開くばかりだ。そんな僕の反応に、天子は不満気に頬を膨らませながら補足を入れる。曰く『元に戻るまで世話してあげるわよ』との事である。その表情は少し照れたような感じながらも、普段良く浮かべる意地の悪い笑顔。……なるほど、さっきの仕返しのつもりのようだ。とはいえ、確かに誰かに世話をしてもらうのはありだろう。……だが、

「……いや、気持ちは有難いが遠慮しておくよ。確かに不便ではあるが、生活に支障をきたすほどじゃないしね」

「……そう」

 もし彼女の言葉に頷いていれば、きっと僕は彼女の玩具にされていた事だろう。しかしその一方で、何だかんだでしっかり面倒も見てくれる気がする。……まぁようするに、何となくであった。

「ま、その代わり何時でも遊びに来るが良いさ」

「……良いの?」

 しかし、思った以上に天子が表情を曇らせていたので、僕は思わずそんな事を口走ってしまった。おかしいな……普段であればこんな事は言わないのだけど。まぁ、偶には良いだろう。

「ちゃんと買物をしてくれるならね、お姉ちゃん」

「……ふふッ」

 敢えてもう一度、その言葉を口にした僕に、彼女はやはり頬を赤らめて……しかし嬉しそうに笑み浮かべるのであった。









2010/5/5:執筆
2010/6/2:掲載






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