【トースト咥えたあいつにおはよう】










 ――それは果たして、何が切っ掛けだったのだろうか。

「ふふ……どうやら本気で私を怒らせたようね……!」

「いや、何時も言ってるが僕にそんな気はさらさらないのだが……」

 僕の記憶が確かであれば、そこに何か大きな理由があった訳でもなく……恐らくは、ただ単に互いの相性が悪かっただけの話である。

「ようするに私如き眼中にない、って事ね。……半妖風情が言ってくれるじゃない!」

「……君は人の話を聞く事を覚えた方が良いと思うよ」

 本来であれば、互いに干渉しないようにすれば済むだけの話なのだが、悪い事に彼女はやたらと負けず嫌いであり、残念な事に僕も同様だったらしい。気づけばこんな風に事あるごとに彼女――比那名居天子が突っかかってきて、それを僕が適当に相手する、という構図が出来上がっていた。
 今日も例に漏れず、である。

「問答無用! 行けッ《要石「カナメファンネル」》!」

「おわッ!? スペルカードは幾らなんでも反則だろう!?」

 しかし今回が何時もとは違うのは、彼女がとうとう強硬手段に打って出たという事だ。……やれやれ、少しいじめ過ぎたのだろうか? 僕としてはそんなつもりは全くなかったのだが……。

「勝てば官軍ッ! ……さぁ死ねェ!」

 死ねと申したかこいつ。
 スペルカード宣言と同時に何処からか現れた無数の要石が、複雑な軌道を描いて僕に飛び掛かってくる。一つ一つが人の頭ほどの大きさがあり、直撃を喰らえばかなり痛そうだ。しかし問題はそれだけではない。要石の先端部から細い光線が発射され、僕を狙い撃って来たのである。
 おぉう……まさか本気で僕を殺る気じゃないだろうな?

「く……ッ!」

 辛うじて最初の攻撃は躱す事が出来たが、要石は一つだけではない。逃げに徹してもいずれは追い詰められてしまうだろう。やれやれ、荒事は苦手なんだが……。胸の内で小さく息を吐き、僕は何時も掲げている腰元の鞄へと左手を入れ、それ≠勢い良く取り出した。

「ッ!? それは……!?」

 それが何か彼女が気づくよりも先に、僕は指を引く。するとドン、という短い音と共に僕の真正面にあった要石が一つ、粉々に砕け散った。更に数度、同じように指を引く。ドン、ドドン、と音が響くと同時にやはり要石が砕けていった。

「ふぅ、危ない危ない……。これは拳銃という外の世界の道具を真似て、僕が作ったマジックアイテムさ。オリジナルが火薬を使って鉛玉を撃ちだすのに対して、こっちは使用者の霊力を加速、集束させて弾として撃ち出す……まぁ、弾幕ごっこをする為の道具だな。万が一の為に、と持ち歩いていたが、まさかこんな事に使うとはね」

 最初に飛び掛かって来た要石をあらかた撃ち落とした僕は、少し上がった息を整えながらそう説明をする。作った際に数度試し撃ちはして見たが、実戦で使うのは今回が初めてだ。上手く動いて良かった……まぁ、出来ればこれを使う機会が訪れない方がもっと良かったのだけど。
 その気になれば魔理沙のマスタースパーク並のも撃てるんだよ、と敢えて得意気に語りながら、僕は鞄からもう一丁銃を取り出し、二つの銃口を天子へと向ける。僕がこういった荒事が苦手だと知ってるからこそ、彼女は弾幕ごっこという己のテリトリーで勝負を仕掛けてきたのだ。それがはったりでも、僕が対抗出来る事を示せば彼女も少しは冷静に――

「ふぅん……何時も黴臭い店で本ばっかり読んでるモヤシだと思ってたけど、中々やるじゃない。この方が楽しめるってもんだわ!」

 ならないよな、やっぱ。

「ちッ!」

 獰猛な笑みを浮かべて再び要石をと飛ばし始める天子に、舌打ちしつつ僕は銃のトリガーを引く。どうやら向こうは物量で押し切る気らしい。放たれる光線を避け、飛び掛かってくる要石を迎撃するのがやっとだ。そこへ、

「ふふん! 後ろががら空きよ!」

 何故か背後から届く、天子の得意気な笑い声。ハッと振り向いてみれば、何時の間にか彼女は僕の背後へと回り込み、緋想の剣を大上段に構えていた。恐らく、大量の要石で僕の意識を自分から逸らさせ、その隙に背後に回ったのだろう。

「これはちょっとばかし痛いけど……ま、半妖のあんたなら大丈夫よね!」

 冗談じゃない!
 勢い良く振り下ろされる剣に、僕は半ば反射的に両腕を上げた。途端、ガキィン、と甲高い音が周囲に響く。間一髪、クロスさせるようにして掲げられた二丁の銃が、彼女の一撃を受け止めたのだ。流石にこの結果は予想していなかったのだろう。今までに見た事がないほど、彼女は目を丸くしていた。隙だらけではあるが、反撃しようにも緋想の剣を抑えるのに手いっぱいで、僕も動く事が出来ない。

「何よその頑丈さ。私の一撃で傷一つついてないじゃない……」

 そうしているうちに、彼女も冷静さを取り戻したのだろう。半ば呆れたように、僕の銃へと視線を向けていた。ただし、剣を握る手には力を込めたまま。それに何とか耐えながら、僕も苦笑を浮かべる。

「これには、希少な金属でコーティングを施してあってね。耐久性もばっちりだ……!」

 しかしそれをこんな形で確かめる羽目になるとは……。とはいえ、今はそれを嘆いている暇はない。

「そう……ならこれはどうかしら!?」

 再びあの得意気な笑みを浮かべる天子に、僕は背筋に悪寒が走る。視線だけ動かしてみれば、周囲には僕を取り囲むように無数の要石が……。どうやら、僕が動けない事に彼女も気づいたらしい。このままでは狙い撃ち、か。

「くッ!」

「!?」

 要石の先端部に一斉に光が宿る。と同時に僕は全力で後ろに跳んだ。一瞬でもそれが遅ければ、今頃僕は蜂の巣と化していた事だろう。しかし、安心するにはまだ早い。僕を追って、天子自身が突進してきたからだ。

「おわッ、た、た、たッ……!」

 ブンブンと勢い良く振り回される緋想の剣を、必死の思いで僕は回避し、或いは銃を使って受け流して行く。恐らく彼女はちゃんとした剣の修業をした訳ではないのだろう。剣速はそれなりだが、起動が直線的で避けやすいのが、唯一の救いであった。とはいえ、後ろに下がりながらの状態で何時までも避け続けられる筈がなく……やがて僕は、バランスを踏み外して尻餅をついてしまった。その隙を、彼女が見逃す訳がない。

「ふ、これで止めェーッ!」

 再び大上段に構えられた緋想の剣。防御を――そう思うと同時、横から飛んできた要石が銃を弾き飛ばしてしまった。く、同じ手は二度は喰わないという事か……! 思わず、ギュッと瞼を閉じる。

「――何やってんのよあんたは」

「ふぎゃッ!?」

 しかしその時、僕とも天子とも違う第三者の声が響き、そして蛙が潰れたような音が、それに続いた。何事かと思って目を開いてみれば、そこには見慣れた紅白の衣装が。

「まったく……折角お茶しようと思って来てみれば、こんな事になってたとはね。まぁ、霖之助さんの意外な姿も見れて面白かったけど」

 言葉とは裏腹に如何にもつまらなそうな表情で、霊夢はぱんぱんと服に着いた埃を払う。見れば、彼女の足元には無残にも顔から地面にめり込んだ天子の姿が……後頭部に出来た大きなたんこぶと良い、笑うべきか哀れむべきか少々判断に迷う。
 一秒ほど考えた結果、とりあえず無視して霊夢の相手をする事にした。

「おいおい……まぁ何はともあれ助かったよ。ありがとう、霊夢」

「お礼なら言葉よりもお茶が良いわ。とっておきの奴、あるんでしょう?」

「ないと言っても君なら勝手に見つけ出してしまいそうだし、まぁ今日くらいは良いよ」

「ふふ、やっぱり霖之助さんは話が解るわね」

「やれやれ……ん?」

 何時も通りの会話に、思わず苦笑いを浮かべて僕が店に戻ろうとすると、それまで微動だにしなかった天子がムクリと起き上がった。……さすが天人、頑丈だ。そんな、半ば感心してみていると、彼女は僕をキッと睨みつけ、

「く……良くもやってくれたわね森近霖之助……」

 いや、止めを刺したのは霊夢なのだが。

「これで勝ったと思うなよーッ!」

 しかし、そんな事を気にする彼女ではなく、まるで小悪党のような捨て台詞と共に何処かへと飛び去ってしまった。……あれはまた来るんだろうなァ、絶対。

「……大変なのに気に入られたわね、霖之助さんも」

 僕の心情を察したのか、霊夢がポンと肩を叩く。……あぁ、やれやれだ。本当に。









2010/5/25:執筆
2010/6/15:掲載






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