【永遠の終着点 序】










「《難題「蓬莱の弾の枝 -虹色の弾幕-」》!」

「《不死「火の鳥 -鳳翼天翔-」》!」

 ――宵闇を切り裂き広がるは七色の煌めき。それを呑み込むは紅蓮の翼。
 双方がぶつかり合い、まるで今が昼間であるかのように錯覚するほどの輝きが竹林に広がった。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな衝撃に必死に耐えながら、僕はその光景を固唾を飲んで見守る。
 何時頃から始まっていたのか……それは僕には解らない。しかし僕が此処へ来た時には、既に彼女達――藤原妹紅と蓬莱山輝夜の弾幕ごっこと言うには余りに過激なそれは、既に開演していた。
 手に持った枝を振るい、その名に違わぬ虹色の弾幕を展開する輝夜。それに対して妹紅は、腕を振り下ろして自身よりも数倍は巨大であろう火の鳥を放つ。それは輝夜の弾幕を物ともせず突き抜け、一直線に目標へと飛翔する。
 が、輝夜もただ見ているだけな訳がない。何処からか新たな道具を取り出し、それを前方にかざす。『火鼠の皮衣』と僕の能力が読み取ったそれは、『火を付けても燃えない』と言う伝承通り、妹紅の攻撃を完全にシャットアウト。火鼠の皮衣に隠れて表情が見えず、そもそもそれがなくとも判別出来ないほどに距離があったが……不思議と、輝夜が笑みを浮かべているような気がした。
 しかし、もし僕の思っている事が本当だったなら……それはとても間抜けな事だろう。何故なら、輝夜のすぐ目の前には、腕が巨人の如く膨れ上がった妹紅、

「喰らえッ……《虚人「ウー」》!」

 先の火の鳥を、輝夜の弾幕に穴を開けると同時に、自身が近付く為の目隠しとして利用したのだ。そうして己が間合いへと入り込んだ彼女は、赤く滾る剛腕を勢い良く輝夜へと振り下ろした。その衝撃は凄まじく、火を無効化する筈の火鼠の皮衣の上からでも尚、輝夜を大地へと叩きつけるのに充分なほどだった。
 しかし、妹紅の攻撃はそれだけでは終わらない。腕を振り下ろした事によって、まるで爪痕のように空中に亀裂が走っており、そこから更に無数の炎弾が輝夜へと降り注いで行く。
 ゴオォォォン、と次々と立ち上る爆炎。これは勝負あったか、と僕は思う。しかしそれは素人判断に過ぎなかったらしい。妹紅の攻撃が止み、煙と爆風が収まったそこにあったのは、

「――《新難題「金閣寺の一枚天井」》」

 竹林、いや屋外においてはそれだけでは不釣合いにもほどがある、巨大な天板。淡い輝きを放つそれが、輝夜のすぐ真上に広がっていた。恐らくは先の火鼠の皮衣同様、妹紅の攻撃を防ぐ為の盾として使ったのだろう。天板の所々から火が上がっていたが、輝夜自身は殆どダメージを追っていないように見える。
 最初の紅蓮腕の一撃で、彼女の纏う服がボロボロの状態だったが、精々その程度だ。その下に覗く肌は、蓬莱の薬の効力で既に再生したのだろう。元来の穢れなき白さを既に取り戻していた。
 ――一瞬の静寂。此処からでは良く解らないが、しかし妹紅が悔しげに舌を打ち、そして輝夜が愉しげに笑っているのは何となく予想出来た。
 やがて輝夜が悠然と立ち上がる。そんな彼女の動きに合わせて、天板がフワリと僅かに持ち上がり……そして、腕を振るうと同時に、天板の動きは一気に加速する。妹紅は弾幕を展開し迎撃するが、しかし輝夜の天板は宝具として扱われるほどの品だ。ただの木板な訳がなく、どれだけの炎を喰らおうと簡単には揺るがない。業を煮やした妹紅は、先程同様に――しかし今度は肩腕ではなく両腕を――巨大な紅蓮腕と化し、迫りくる天板へと叩きつけた。
 圧倒的な質量のそれに、さしもの天板も今度は耐え切れずに砕け散り、燃え上がって行く。――しかし、

「ッ!?」

 妹紅が驚愕の表情に染まるのを、確かに僕は見た。
 数百数千という数の破片の中から、輝夜は飛び出し一気に妹紅の懐へと入りこんだのだ。それは、先程妹紅がして見せたのと全く同じ作戦。そして、その後もやはり同じ結果となる。輝夜はどうやら妹紅と違って近接戦用のスペルカードは持っていないようだが……しかし、圧倒的な数の弾幕を零距離で放てば、それは巨岩をぶつけるのと変わりはない。

「……妹紅ッ!」

 圧倒的な生命力を誇った不死鳥が、竹林へと墜ちて行く。それと同時に、僕の脚は動き始めていた――





* * *




「……ん、ん?」

「目が覚めたかい?」

 ざくざくざく、と足元に覆い茂る雑草達が小気味良い音を奏でる。それをどれくらい聞いた頃であっただろうか。僕の肩からだらりと伸びていた彼女の腕が、ピクリと小さく動いた。歩みは止めず、首だけを動かして視線を横に向ける。するとそこには、僕の肩に顎を載せてうっすらと瞼を開いていた妹紅と目があった。
 暫く――時間にすればほんの数秒だろうか。彼女はジッと僕の顔を見つめ続ける。恐らくは目覚めたばかりで、脳が上手く働いてないのだろう。しかしすぐに、彼女は自分が僕に背負われているのに気づいたようだ。

「んな……なッ!?」

「起きたのなら、僕の背中から降りてほしい所だが……まぁ、もうそろそろ着きそうだし構わないか」

 視線を正面に戻してみれば、その先に小屋――妹紅の家があるのが見て取れた。今日が月の明るい夜で良かった。そうでなければ、教えてもらったとはいえ、こうして簡単に辿り着く事など出来なかったであろう。
 無事目的地に着いた事にホッと安堵の息を吐きながら、僕は小屋の中に入るのだった。




「傷の方は大丈夫かい?」

「あ、うん……もう傷は全部治ってるから……」

 妹紅の家に辿り着いた僕は、彼女を床にそっと降ろし、居間の中央に備え付けられた囲炉裏に火を付けた。ポォ、と薄暗い小屋の中に仄かな明かりが灯る。美しくも冷たい月明かりとは異なる、暖かく穏やかな光だ。

「あったかい……」

 ほぉ、と彼女はパチパチと燃える火に手を当て、息を吐く。傷自体は再生しているが、しかしボロボロになった服はそうはいかない。輝夜の止めの一撃によって大穴のあいた腹部をはじめ、そのままでは些か視線の向けどころに困るので、僕の上着を羽織らせているが……やはり、それだけでは少し寒いのだろう。とはいえ、火も付けたしじき部屋も暖かくなるだろうな。
 とはいえ、身体を温めるのであればやはりあれに限る。

「妹紅、風呂場はどっちかな? 沸かしてやるから入ってくると良い」

「えッ? い、良いわよそんなの態々……」

 僕の言葉に妹紅は渋って見せるものの、今の彼女は戦いの傷こそもうないが、泥とか血糊とか焦げ跡とかで……正直汚い。服が半ば布切れと化している事を差し引いても、とても見ていられない状態であった。

「君が良くても僕が気にするんだ……何時までも君にそんな恰好されているとね」

「え……」

 火に近づき過ぎていた所為か、妹紅の頬が仄かに赤くなっていた。やれやれ、そんなに寒いようなら早く風呂を沸かしてやらないとな……。





* * *




「…………上がったわよ」

 風呂を沸かし終ってから十分程経った頃であった。風呂に入りに行っていた妹紅が居間に戻ってきたのは。その身に纏っているのは見慣れた紅白の服ではなく、仄かに赤みがかった白の浴衣。立った状態でも足元まで届くその白い髪は、後頭部で一つに纏められていた。風呂上がりの為しっとりと濡れたそれは、囲炉裏の明かりを受けて美しく輝く。
 思わず見惚れてしまうほどに。

「……森近屋?」

「む、あぁ……いや、少しぼうっとしてしまった。……疲れているのかな?」

 そろそろ帰った方が良いかもしれない――そう妹紅に告げ、立ち上がろうとしたその時だ。キュッ、と袖の端を掴まれたのは。見れば、そこには火照った顔で僕を見つめている妹紅。彼女は、一瞬何かを言おうとして躊躇い、しかしすぐに再び口を開いた。

「……ねぇ、今日は泊って行きなよ」

「……いや、しかし」

「今から帰ろうとしても、森近屋じゃあ迷っちゃうわよ。……次会った時は骨になってました、なんて私は嫌よ」

 そんな大袈裟な、とも思ったが、しかし確かに月明かりだけを頼りに迷いの竹林を歩くのは危険以外の何物でもないだろう。実際、以前僕は迷った事もあった。その際助けて(?)貰ったのは目の前の少女で……しかし、今日は彼女に道案内をする訳にもいかないだろう。

「それじゃあ済まないが……一晩宜しく頼むよ」





* * *





 ――ホォホォ、と何処からか届く梟の声に耳を傾けながら、僕はそっと視線を横に向ける。するとすぐ目の前――それこそ互いの吐息が届くほどの距離に、妹紅が僕同様横になっていた。そんな状態で彼女が僕の視線に気づかない筈がなく、すぐに眼と眼があう。すると、彼女は少し恥ずかしげにはにかんで見せた。

「何だかこうして同じ布団で寝るのって、気恥ずかしいものがあるわね」

「……そうだな。この距離は……友人と言うには、些か近過ぎる」

 迷いの竹林の中と言う立地の所為か、殆ど訪れる者もいない為、此処には布団が妹紅の分しか存在しておらず、その結果どちらが布団を使うかで大いに揉めた。妹紅は客なんだからお前が使えと主張し、僕は少女――と言っても僕より年上だが――を余所に大の男が一人布団に包まるのも後ろめたい。
 結局妥協案として、現在の状況となった訳である。

「そうね……これは寧ろ家族とか……後、恋人とか……の距離よね」

 そう言った途端、妹紅は恥ずかしそうに視線を伏せる。……それ自体は僕も思っていた事だが、こうして実際に言葉に出されると確かにこそばゆいものがあるな。それが心地良くもあり、何とも落ち着かない気分にもなる。

「そ、それよりも……! 森近屋はどうやって此処に? 私の家なんて知らなかっただろう?」

 妙な感じになりかけた空気を払拭する為か、妹紅が少々大袈裟なほどに勢い良くそう訊ねてきた。僕としてもあの雰囲気が続けばおかしな気分になりそうだったので、彼女の疑問に答えてやる事にする。

「あぁ、それは教えてもらったんだよ。……香霖堂に運んでも良かったんだけど、どちらにしろ竹林の中を歩かなきゃいけないからね。ならば近いこっちの方に、って」

 誰に、とは敢えて言わない。しかし妹紅も馬鹿ではない。すぐに誰が道を教えてくれたのかに気付いたのだろう。何処か悔しげに、それでいて可笑しそうに顔を歪めていた。そんな彼女に、僕は思わず笑みを零す。しかしこの距離だ。それはすぐに彼女の方も気づいた。

「な、何が可笑しいのさ!?」

「いやなに、何でもないよ」

 君達は本当に仲が良いな――そう言おうかとも思ったが、言った瞬間布団から蹴り出されそうな気がしたので、辛うじて押しとどめる。しかしそれはそれで彼女を不機嫌にさせてしまったのだろう。むぅ、と頬を膨らませていた。
 ……しかし千年以上生きているとはいえ外見が外見なので、そこからは可愛らしさしか感じられない。まぁ、彼女も本気で怒っている訳ではないのだろう。もし本気だったならば、僕程度一瞬で意識を刈り取られかねないほどの殺気を放ちかねないからな。あぁ怖い怖い。
 そんな風にくっくと喉を鳴らしていると、

「……それにしても、随分と久しぶり」

「…………?」

 突然妹紅が遠い視線でそんな事を呟いた。何の事か解らず、首を傾げて見せると、

「あぁ、誰かとこうして一緒に布団で寝る事がね……」

 何処か寂しげに、彼女はそう答えた。……並の妖怪より遥かに長い時を過ごしているらしい彼女だが、それ故に色々と苦労はあったらしい。妖怪混じりと言う事で僕も結構な苦労は経験しているからな。その事は何となく理解出来た。

「本当に……それこそ、私がまだ人間だった頃以来かなぁ……? 昔の事過ぎて、良く覚えてないや」

「…………」

 表情こそ笑みを形作っていたが、しかしその言葉は変わらず寂しげであった。そんな彼女の頭へと、僕は自然と手を伸ばす。一瞬驚きで目を丸くした彼女であったが、すぐに擽ったそうに目を細め、ふふ、と小さく笑みを零していた。




「ねぇ、森近屋……」

 ――どれほどそうしていただろうか、ただ無言で僕が妹紅の頭を撫で、彼女もまた無言でそれを受けていた中で、ポツリと呟きが漏れた。それはこの距離で尚ようやく聞き取れるほどにか細いもので、それを零した妹紅の表情は、眠いのか……それとも別の感情故か、ふわふわと蕩けているように見えた。

「……なんだい?」

「……さっき言ったわよね、この距離は近過ぎる、って……」

「……あぁ、少なくとも友人としての距離ではないね」

 確かに、近過ぎた。部屋を照らすのは窓から差し込む微かな月明かりのみでも、薄闇に眼が慣れた今なら、目の前の少女の顔を認識するのは充分なほどだ。潤んだ瞳も、心なしか紅潮した頬も、はっきりと解る。
 何となく……雰囲気が変わっている事に、僕は気づいた。

「なら、さ……この距離間に相応しい事でも……どう?」

「…………どういう意味だい?」

 その意味が解らないほど、僕も純粋ではなかった。しかしそれでも、僕はそう返した。それが単にこの雰囲気に当てられたからなのか、それとも彼女自身の感情に因る言葉なのか……僕には解らなかったからだ。彼女とはそれなりに親しい間柄だとは思うが……。

「誤魔化さないでよ……私だって結構恥ずかしいんだから……」

 そう、頬の紅潮をより強めて呟く彼女の姿に、思わず目を奪われる。果たして、この少女はこんなにも美しかったのだろうか? 彼女と知り合ってからは結構経つが、今更ながらにそんな事を思い始めた。

「だが……む」

 それでも尚躊躇う僕の口に、ちょん、と彼女の指が添えられる。相変わらず、顔は林檎のように赤く染めたままで。

「細かい事は気にしないで良いのよ。酔った勢いでつい、みたいな感じよ。……お酒なんて今日は呑んでないけど」

 言うなれば雰囲気に酔ったってとこね、と彼女は付け加え、そして、

「……本当に、誰かの温もりを感じながら寝るのって久しぶりだから……もっとそれを強く感じたいの」

「妹紅……」

 彼女の気持ちはすぐに理解出来た。だからこそ、僕は躊躇った。果たして、それで良いのだろうか? と。……いや、より正確に言うならばこうだろう――僕で@ヌいのだろうか? そんな僕の疑念に、彼女は何処までも穏やかな笑みで首を振る。

「嫌なら最初からこんな事言わない。森近屋――霖之助だから、良いの」

「…………ッ!」

 未だ顔を真っ赤に染めたままで、しかし揺らぐ事無くまっすぐ見つめられる彼女の瞳が、それが冗談など度はない事を確信させる。……彼女に此処まで言わせたのだ。僕も、本気で答えねば失礼だろう。そうして僕は、彼女を――





* * *




「……んん」

 朝日が瞼を刺すのを感じて、闇の淵から意識が浮上する。未だ重たい瞼をしかし何とか持ち上げてみれば、どうやら外はすっかり明るくなっているらしい。少し、寝過ぎたか。見れば、僕の腕を枕にしている妹紅は、未だ夢の中のようだ。……もう少し寝かせておいてやろうか、と思う。何しろ僕自身、まだ睡眠を欲していたからな。
 もう一度瞼を閉じるその前に、僕は枕にされていない方の腕で、彼女の髪をそっと撫でる。んん、と擽ったそうに息を零す彼女に、僕も頬が微かに緩む。愛おしい。自然と、そう思った――









2010/6/5:執筆
2010/6/30:掲載






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