【雨降りな午後】










 ――ぴちぴちじゃぶじゃぶざーざーざー。
 それは、天から降り注ぐ幾万幾億の雫が、様々な音を奏でるとある梅雨の日だ。

「良く降るわねェ」

「あぁ、まったくだな」

 偶々香霖堂を訪れていた彼女――比那名居天子は、憂鬱そうにそっと息を吐く。朝方、今現在からは想像出来ないくらいに良い天気だった頃に此処を訪れた彼女だったが、ふと気付いた頃にはこの雨。そのおかげで帰るに帰れなくなってしまい、既に結構な時間を此処で過ごしていた。
 度々、退屈を持て余してちょっかいを出してくる彼女を適当にあしらいつつ読書を楽しんでいた僕だったが、丁度本も一区切りついた所だ。少しくらいは相手してやっても良いだろう。

「こう毎日降られたら気も滅入るってものよねェ。……いっそ、これの力で晴天にしてあげようかしら?」

「おいおい……」

 一瞬不敵な笑みを浮かべ、何処からか緋想の剣を取り出した天子に、僕は思わず苦笑を零す。確かに、その力を使えばこの程度の雨など、あっという間に晴天へと変える事が出来るだろう。しかし、だからといって個人の都合――それも気分で天気を変えるのは望ましい事ではない。梅雨は人間にとっては迷惑な季節ではあるが、しかしこれがあるからこそ大地は潤い、緑が育まれるのである。恵みの雨とは良く言ったものだ。

「……解ってるって、冗談よ」

 てへ、とわざとらしく舌を出しながら、彼女はまたしても何処かへと緋想の剣を仕舞う。……一体普段は何処に仕舞っているのだろうか? まぁ、刃の部分は普通に鉄などではなく、集めた気質を刃状に収束したものらしく、普段は柄のみにしておく事で携帯性は高いようだが。
 それはさておき、

「まったく……僕としては、こう雨続きなのも嫌いではないけどね」

「へぇ?」

 そっと、僕は窓の外へと視線を向ける。そこからは、先程までに比べて些か勢いが衰えてはいたが、未だに降り注ぐ雨が見て取れた。この調子だとじき晴れそうではあるが、しかしそれまでもう暫く掛かりそうでもあった。

「確かに洗濯物が渇かない、とかの不便な所もあるが……こうして雨の音を聴きながらの読書というのも、中々に良いものだと思うがね」

 ――ぴちぴちちゃぷちゃぷざーざー。
 弾むようなリズムが耳へと届く。それは一言でいえば『雨の音』でしかないのに、意識してみればそれは単一な音ではなく、まるでそれが一つの音楽であるかのように、様々な音色を響かせていた。さながら天による演奏会のようである。

「雨の音、ねェ……天界って雲の上にあるから気づかなかったわ。……ま、確かに何処となく心地良い調べではあるわね」

 言葉の上では興味薄げではあるが、しかし見れば彼女の口元は微かに笑みの形を作っていた。それに釣られて、僕も自然と口元が緩むのを感じる。

「だろう? ……それに」

 そっと椅子から立ち上がり、窓辺へと向かう。そこから覗いた空は、さっき見た時よりも更に雨の勢いが衰えて……少しずつ、蒼が覗き始めていた。そしてその先には――

「こうして雨上がりの虹を眺めるのは……格別だと思わないか?」

 幻想郷を跨ぐように輪を描く、二つの虹。それを見上げて、僕はまた笑みを浮かべる。
 曇天の隙間から差し込む陽の光。その先に広がる青空。そして今僕らも目にしている、七色に輝く二頭の龍……雨上がりという奴は、何時でも人の心を弾ませてくれるものだ。僕の隣に立ち、窓から空を見上げていた天子も、そのまま視線を動かさずに一つ、頷く。

「そうね……今までずっと空から地上を見下ろしてばかりだったけど……こうして、空を見上げるのを悪くないわね」

 もうすっかり勢いも衰え、しかし未だぽつぽつと降り注ぐ雨の雫は、陽光に照らされてさながら宝石のように輝いて見えた。それを僕らは、暫しの間言葉を交わす事もなく……ただただ眺めていた。


 ――そして、雨は上がる。









2010/6/29:執筆
2010/7/3:掲載






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