【冷たいものの取り過ぎにご用心】










「あ゛づーい……」

「そりゃ夏だからな」

 夏である。夏なのである。大切な事なので二回言った訳だが、要するに暑いのである。

「それは解ってるけど……でも、今日は何時にも増して暑くない?」

 まるでそのまま溶けだしてしまうんじゃないか、と思うほどに勘定台にぐでーッと突っ伏す比那名居天子ほどではないが、僕もまた今日の暑さには大分滅入っていた。普段僕が良く着ている服は 、魔法的な処置によってある程度体温を一定に保つ効果があるが……今日くらい暑いと、普通に薄着をしていた方がマシな訳である。
 そんな訳で、今日の僕は薄手の甚平を着ていた。足元には水を溜めたバケツも完備である。

「う〜……なんか涼しくなれるものとかないかしら……?」

「それなら……あぁ、少し待っててくれ」

 そういえば、とあるものの存在を思い出して僕は席を立つ。そうして店の奥――台所へと向かった僕は、目的の品を取って戻って来た。それを、既に半ばまで溶けかけているような彼女に押し付 けるように手渡した。

「ほれ」

「これは……?」

「氷菓……アイスって奴だ。果汁を混ぜたかき氷を薄い膜で覆った品でね。まぁ食べてみると良い」

 薄く色のついたそれを、僕は彼女に見せるように一口齧る。見慣れないものである為か、一瞬躊躇いの表情を見せていた彼女だが、僕が食べるのを見てようやく舌を伸ばし始めた。チロチロと、 舌の先で擽るようにそれを味わう。

「ん…………わ、美味しい。それに冷たい……ッ」

 途端、目を輝かせて今度は齧りつき始めた。どうやらお気に召したようである。ガリガリと品がまるで感じられない様子で消費していってるが、まぁこの暑さでさっきみたいにチビチビ舐めてい たら、全部食べ終わる前に溶けきってしまっているだろうけど。

「ふむ、最近作ってみたばかりで、実際に食べるのは初めてだが……どうやら上手く行ったみたいだな」

「……何それ人を実験台みたいに。……まぁそれは良いけど、何でまたこんなものを?」

「ん? あぁ……あるものを使ってね」

 食べ終わって何とか生き返ったらしい天子が、興味深そうに僕が未だ齧っている方の氷菓を覗き込んでくる。……まだ食べ足りないのだろうか? 奪われないように警戒しながらも、僕は彼女を 台所へと案内する。
 それは、大の男くらいの大きさは優にある、巨大な白い箱型の物体であった。

「冷蔵庫≠ニいう外の世界の道具さ。用途は冷却保存≠セ」

 まぁ、厳密にいえば此処にあるのは外から流れてきたオリジナルの冷蔵庫ではなく、それを真似て作った(技術協力:にとり)マジックアイテムなのだが。

「へェ……外の世界には便利な道具もあるのねェ」

「あぁ、おかげで夏でも氷を作って保存する事が出来るしな」

 基本的に幻想郷において夏の氷は貴重だ。それがなくとも、気温と湿気の高い夏場は食料の保存に苦労する。この冷蔵庫があれば、そういった問題もあっという間に解消出来るのだ。尤も、現在 はこの冷蔵庫を一つ作るのにも結構馬鹿にならないコストが掛かってしまい、販売したとしても現状では採算などとても合わないのだが。

「ふぅん……って事は、今の所これを食べれるのは香霖堂だけ、って事?」

「あぁそうなるな……って、余り喰い過ぎるなよ?」

 僕の話を半分くらい聞き流しながら、彼女は冷蔵庫の中を漁って新たに氷菓を取り出し齧っていた。確かに、暑さから冷たいものがやたらと欲しくなるのは解るが……。

「別に良いじゃない。何なら、食べた分のお金払うわよ?」

 いや、僕が心配しているのは別にそんな事ではない。





 ――そして暫くの後。

「…………お腹痛い」

「言わんこっちゃない……はぁ」

 天子はものの見事に腹を壊したのであった。









2010/7/3






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