【Tea Time】










「――お今日は、霖之助さん」

 カランカラン、とカウベルの音に顔を上げてみれば、しかし入口には誰もおらず、そしてその直後に僕の背後から耳元へと息を吹きかけるようにそんな挨拶が届いた。少女独特の甘ったるい声音。しかし何処か不快感を感じさせるそれは、振り向かずとも誰なのか判断させるのに充分であった。

「……君か、紫。いい加減、ちゃんと入口から入ってきてほしいものだね」

「あら、ちゃんと入口から来ましたわよ?」

 振り返ってみれば予想通りの妖怪少女が、ぽっかりと開いた空間の亀裂から上半身を出して笑っていた。相変わらずの何を考えているのか良く解らない……胡散臭い笑みである。

「はぁ……で? 今日は一体どんな御用で?」

「ふふ、大した用は御座いませんわ。ただ、貴方とお茶でもしたいと思いまして」

「…………」

 予想通り、というべきだろうか? 特に大した用事はなかったらしい。冷やかしなら帰ってほしい所だが……彼女もこの香霖堂という店にとっては、それなりの上客である。それに店の性質上、実質的な幻想郷の管理者である彼女の機嫌を損ねるのも悪いし――まぁ、この程度で機嫌を悪くするほど彼女も狭量ではないだろうが――此処は大人しく彼女に付き合ってやる事にしよう。

「あらあら安心してくださいな。霊夢と違って、ちゃんとお茶は此方で用意してきましたわ」

 僕の沈黙をどのように受け取ったのか、彼女はクスクスと笑いながら隙間から出てくる。その手には既に湯気の立つ湯呑を二つ乗せた盆が。別に何か入っている訳でもないだろうが、彼女に対する苦手意識からか、恐る恐るそれに口を付けた。

「む……美味い……!」

 しかし、その警戒心も一口飲めばすぐに解けてしまった。それほどまでにこのお茶は格別であった。普段僕が口にしているような安物とは全く違う、非常に良い茶葉を使っているのだろう。淹れ方も上手い。僕ですらこうなのだ。もし霊夢がこれを口にしたら、文字通り止まらなくなってしまうのではないだろうか?

「うふふ、そんなに褒めて頂ければ、頑張って淹れた甲斐がありましたわ。所で、お茶請けにお煎餅も如何?」

「あぁ……」

 嬉しそうに笑みを零しながら、彼女は再び隙間を開いてそこから煎餅を取り出してきた。それに僕は手を伸ばす。それから暫くの間、僕らの間に言葉はなく、ただただ煎餅を齧る音と茶を啜る音のみが店の中に響いていた。あの八雲紫が隣にいるにもかかわらず、今僕の心はこの上なく落ち着いていて、とても心地が良い。

「ふふ……偶にはこうしてのんびりするのも良いものですわね」

「…………」

 どの程度時間が経った頃であろうか。ポツリと、彼女はそんな言葉を零す。それに僕は、確かにと頷く。考えてみれば、彼女は妖怪の賢者として色々と奔走しているらしいのだ。胡散臭いけど。特に最近はこの幻想郷にも色々と新顔が増えていると聞く。表に出す事はなくとも、彼女の苦労はかなりのものなのだろう。そんな彼女に、僕を含めた幻想郷の住人はもう少し感謝するべきなのかもしれないな。胡散臭いけど。

「ご馳走様ですわ。……さて、今日はもう帰りましょうかね」

 やがて、この静かな茶会も終わりを告げる。湯呑や盆を隙間へと仕舞い、そして自身もそこへ入って行こうとする彼女へ、僕はこう言った。

「……次は、何か買って行ってくれよ?」

「えぇ、良いものがありましたらね」

 その僕の言葉に、彼女は普段の胡散臭い笑みとはまるで違う……正に童女の如くあどけない、嬉しそうな笑みを浮かべるのであった――









2010/7/7:執筆
2010/7/9:掲載






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