【腕求めて三千里】
「――御免下さい」 カランカラン、とカウベルの音と共に少し控えめな、しかしはっきりと僕の元まで届く凛とした声が店に響く。読んでいた本から顔を上げてみれば、そこには見慣れぬ少女の姿が。胸元に牡丹の花をあしらった導師服と、頭の両側で結って団子状にしてある髪が特徴的な少女だ。怪我でもしているのか、右腕全体に包帯が巻かれている。僕のその視線に気づいたのか、彼女は右腕を隠すように背後に回し、僕をじろりと睨みつけてきた。 「初対面の女性をそうじろじろと見ては失礼だと思いますよ?」 「む……あぁ、すまない。見慣れぬ顔だったものでね」 「……ま、良いでしょう。私は茨華仙と申します。香霖堂とは此処でよろしくて?」 「あぁ、僕は店主の森近霖之助だ。今日は如何なご用で?」 その丁寧な物腰と此処の事を解っての来訪に、僕は彼女を客だと判断する。そう露骨なまでに変えた訳ではないが、しかし僕の対応の変化に気付いたのだろう。華仙と名乗った少女は可笑しそうにクスクスと笑みを零した。「ふふ……面白い方ですね。まぁそれはさておき、此処に沢山の右腕≠ェあると聞いて私は来ました」 「右腕?」 そういえば割と前の秋に、無縁塚で大量の右腕を拾った事が確かにあったな。しかし、それをどうするというのだろうか? そういえばさっきちらりと見た彼女の右腕には包帯が巻かれていたが、それと関係があるのだろうか?「確かに君の言う通り此処には沢山の右腕があったね」 「あった……過去形、という事は今はないという事ですか?」 「あぁ、色々と不可思議な所はあったが、あれも一応は人間の腕だからね。そのままにしておく訳にはいかないだろう? 拾った数日後には全て埋葬してしまったよ」 「そうですか……そうですよね」 彼女は解りやすいくらいに肩を落として見せた。よっぽど欲しかったのだろうか? ……尤も、仮に今この場にあの腕があったとしても彼女には――いや、誰であろうと売ろうとは思ないだろう。生き物の身体は道具じゃないからな。「お望みに応えられなくて申し訳ないね」 「いえ……正直、私もそう簡単に目的を果たせるとは思っていませんでしたから」 そう笑う彼女だったが、そこには微かに失望の色が見え隠れしていた。少なからず期待はしていたのだろう。そこにどんな理由があるかは解らないが、余程のものらしい。……ふむ。「そうだね……君の望みには叶わないかもしれないが」 「……?」 小首を傾げる彼女を横目に、僕は近くの商品棚をがさごそと漁る。確かこの辺りにあった筈だが……。「あぁ、あった。腕と言えばこんなものがあるのも思い出したんだよ。名称はウルトラハンド=B用途は遠くのものを掴む≠セ。如何かな?」 「…………ぷ、ふふッあはははッ!」 試しに僕がそれを使ってみる。と同時に彼女は突然腹を抱えて笑い始めた。半ば冗談で出した品だが、余程受けたのだろうか? 正直此処まで激しい反応は予想していなかったので、僕の方が呆気に取られてしまった。「……あぁ、御免なさい。まさか貴方までそれを出すとは思わなかったから……」 「僕まで=c…?」 思いっきり笑ったが故に眦に溜まった涙を拭いながら、彼女は説明する。曰く、博麗神社に河童の腕があると聞いて行ってみたら、実はそれが僕の持ってきたものと同じようなものであった、という事だ。「恐らくあっちは妖精か何かの悪戯でしょうけどね……まさか、こっちでもそれを見るとは思わなくて」 「なるほど、酷い偶然だ」 未だクスクスと小さく笑っている彼女に、僕も思わず釣られて苦笑を浮かべる。「ふふ、霊夢や魔理沙に聞いていたよりも面白い方なのですね、貴方は。折角ですから一つ頂きましょうか」 「あいつらがなんて言っていたかは気になるが……まぁ、気にしない事にしよう。毎度あり」 彼女からしっかりと(此処重要)代金を貰い、ウルトラハンドを渡す。それをしっかりと胸に抱いて彼女は、今日はもう帰る、との事で出口へと向かって行った。しかし、扉を開ける直前に彼女は振り向きなおし、「……また、此方に来ても良いかしら? 私の探し物はないようだけど、他にも色々と面白いものがあるみたいだし」 店の中をぐるりと見渡し……最後に僕へと視線を向けて、彼女は小さく笑みを浮かべた。それに僕はやれやれと肩を竦めつつも、彼女と同じように笑みで返す。「……あぁ、君みたいなちゃんとしたお客様なら、僕は何時だって歓迎するよ」 「ふふ、それじゃあまた……ごきげんよう、店主さん」 最後にもう一度楽しげな笑みを浮かべて、彼女は扉を開いた。カランカラン、とカウベルの音が響き、外から流れ込んだ風が仄かに心地よい。新しいお客も出来たし、あぁ今日は良い日であった――2010/7/24 |