ZOIDS ORIGINAL BATTLE STORY

【竜帝騎兵隊】

第一章 〜 脱出 〜










 ――閃光が迸る。

 その次に轟音、そして前を走っていた名も知らぬ人達が吹き飛ばされた。元は人だったであろう、焼け焦げた肉塊が周囲に転がり、飛び散った血が辛うじて無事だった赤毛の少年と水色の髪の少女を汚す。
 しかし二人には全く動じた気配は無い。この二人にとって――否、今この地にいる人間にとって、銃声も爆発も――そして死体さえも見慣れたものだった。ある者は他者を犠牲にしてでも生き残ろうとし、またある者は自身を危険に晒して他者を救おうとする。どちらにも共通するのは、僅かにでも歩を緩めれば即座に物言わぬ死体に仲間入りする事だろう。
 少年と少女はひたすら走り続ける。この、死と炎と狂気が支配する地獄――戦場から生き延びる為に。しかし、二人の頭上で再び轟音が響く。はっ、と顔を挙げた二人が見たのは、自分達に向かって真っ直ぐ落ちてくる無数の瓦礫。
 逃げる間もなく、二人はそれに飲み込まれていった――




* * *





――ZAC2106年8月
――暗黒大陸二クス




「……ぐっ」

 ガイロス帝国最大の軍事拠点、チェピン要塞にある兵舎の一室に、小さな呻き声が響いていた。その呻き声が漏れている場所、倒れている箪笥や本棚といった家具がグラグラと揺れ、その下から赤毛の青年が這い出してきた。

「はっ……やっと、出れた……そうだ、リアは?」

 家具の山から抜け出した青年――レクス・クラストは自身の胸元に視線を向ける。そこには、水色の髪の少女――リア・ハートが抱きかかえられていた。

「ぱっと見、怪我はないみたいだし……気を失っているだけか」

 妹同然であるリアの無事を確認して、レクスはようやく安堵の息を吐く。

「おい、リア起きろ!」

「ううん……」

 レクスが軽く頬を叩いて呼びかけると、リアは小さく呻いてゆっくりと瞼を開き、ぼんやりとレクスの顔を眺める。寝ぼけているのか、この状況にも拘らずまるで緊張感のないリアの表情に、レクスも小さく笑みを零した。

「あれ……お兄ちゃん?」

「ようやく起きたか」

 状況が理解できていないのだろう、目をぱちくりさせるリアにレクスは優しく微笑む。しかし、ようやく意識がはっきりしてきたリアは驚きで顔を歪ませる。

「お、お兄ちゃん! 血が……!」

「ん? あぁ、これぐらい何でもないさ」

 レクスの額からツー、と零れる赤い液体。リアを家具から庇った時に切ったのだろう。額だけでなく身体中に痛みを感じていたが、目の前の少女に余計な心配はさせたくないと、レクスは決して表情には出さない。
 手の甲で額の血を拭って立ち上がる。

「それより、とっととここから脱出するぞ。立てるか?」

「うん……。そういえば、今ってどんな状況なの?」

 レクスが差し出した手を取ってリアも立ち上がると同時に、周囲に轟音と振動が走った。

「きゃあ!?」

 突然の事に驚いたリアは咄嗟にレクスに抱きつき、同時にレクスもリアを守るようにギュッ、と抱きしめた。暫くして辺りが落ち着いた頃、リアは顔を強張らせてレクスから離れた。

「これって……ネオゼネバス?」

 ようやく状況を理解したリアに、レクスは無言で頷く。

 ――現在のガイロス帝国は、ネオゼネバス帝国の侵攻を受けていた。
 EZ-069セイスモサウルスの投入により、中央大陸におけるネオゼネバス帝国の支配権はほぼ磐石なものになっていた。その次なる目標は、ネオゼネバス帝国が唯一『外敵』と称するガイロス帝国であった。
 ネオゼネバス帝国皇帝ヴォルフ・ムーロアは当初、交渉による平和的併合を行おうとしてた。しかしネオゼネバス帝国に大きな恨みを持つガイロス帝国は当然これを拒否。その態度からこれ以上の交渉は不可能と判断したネオゼネバス帝国が軍事的侵攻に乗り出したのである。
 ガイロス帝国もこれを迎え撃ったが、かつての戦争による被害から未だに抜け出せていないガイロス帝国と、今や惑星Zi最強の国家と言っても過言ではないネオゼネバス帝国。両国の戦力の差は圧倒的だった。
 かつての鉄竜騎兵団の拠点、ユミールに上陸したネオゼネバスは僅か一月でニクス大陸西部を制圧。
 その魔の手はチェピンにまで迫り、ガイロス帝国の命運は正に風前の灯であった――

「今はまだ決死隊が踏ん張ってる。でも、それも長くは持たない筈だ。さっさと逃げるぞ!」

「うん!」

 リアの手を引き、レクスは部屋を飛び出した。




* * *





「そんな……」

 レクスが悔しげに唸る。
 彼の目の前の通路は、壁が崩れて通れなくなっていたのだ。一瞬引き返す事も考えたが、そちらは既にネオゼネバス軍の勢力化だ。うかうか引き返せば、即刻蜂の巣にされるだろう。

「お兄ちゃんあっち!」

 どうするか悩んでいると、レクスの隣に立つリアが左手の壁を指差す。そこも壁が崩れていたが、こちらは大きな穴が開いており先に進めそうだった。

「よし、行ってみよう!」

 迷う暇は無い。レクスは躊躇う事無く穴を潜り、リアもそれに続く。

「ここって……格納庫、かな……」

「みたいだな……」

 穴を抜けた先、そこはゾイドの格納庫だった。だが、ネオゼネバスの襲撃の所為かゾイドの姿は殆ど無い。

「……ここなら脱出に使えるゾイドがあるかもしれないな」

 ゾイドでなくとも、車等の乗り物があるかもしれない。それに一縷の望みを託して、レクスとリアは格納庫の探索を始めた。

「くそっ、全然無いな……」

 しかし碌なものは無かった。
 格納庫にあったゾイドは、殆どが修理中だったり故障していたりで動かせるものでは無かった。無事なのも機動力が低く、逃げるどころか的にされそうである。

「早くしないと……」

 レクスの胸に焦りが生まれる。耳に届く戦闘の音は大分近くなっている。直に敵がここまで辿り着くだろう。もう時間は殆ど残されていなかった。

「お兄ちゃんあれ!」

 その時、リアが何かに気づきある一点を指差す。
 レクスが振り向くと、そこには何やらゾイドらしき影があった。急いでそこに駆け寄った二人が見たものは――


「ジェノザウラー……」


 影の正体、それはガイロス帝国主力ゾイドであるEZ-026ジェノザウラーだった。
 思いもよらない収穫に、レクスは一瞬喜びで胸が溢れた。だが、このジェノザウラーは明らかに動かせる状態でありながら、出撃するでも無く格納庫に残っている。しかも、そのカラーリングは通常と異なる銀――間違い無く特別仕様の機体だ。そんなものが無傷で残っているという状況に、レクスは不審なものを感じる。

「お兄ちゃん……?」

(――っ! 悩むのは後だKOOLになれレクス・クラスト! 今は生き残る事だけを考えろ!!)

 きゅっ、と軍服の袖を握ってくるリアの瞳は不安げに揺れている。それを見たレクスは、心の中で自分を奮い立たせて疑念を振り払うと、ジェノザウラーのハッチを開いてコックピットに乗り込んだ。

「ちょっと狭いけど我慢しろよ」

「う、うん……」

 ジェノザウラーのコックピットは複座式になっていない為、リアを抱き込むように座らせる形になる。抱き寄せられたリアの顔は真っ赤だったが、レクスはそれには全く気付く事も無く、ゆっくりとジェノザウラーを起動させる。

 ――ゴオォォォ……

 数秒の後、ジェノザウラーが低く唸り機体に力が宿る。次いで機体のシステムチェックを行うが、特に問題は見当たらない。

「よし! いける!」

 レクスの歓喜の声。それに答えるように、ジェノザウラーは力強く始動した。




* * *





『隊長、ご無事ですか!?』

『曹長か、私は無事だ。して、他の者は?』

『いえ、残念ながら私と一緒にいた者は皆殺られました……』

『……そうか』

 チェピンのとある場所にて、傷ついたライガーゼロとコマンドウルフが並んで走っていた。彼等はヘリック共和国のニクス駐留部隊だ。


 ――ネオゼネバス帝国に中央大陸から振るい落とされた共和国軍は、現在では惑星Ziの様々な場所に散っている。その殆どは東方大陸にいるが、中には彼等の様に同盟国であるガイロス帝国を頼ってニクスに渡った者達も多い。そして、ガイロス帝国もそれを受け入れ、ニクスで共和国の人間を見るのも珍しい事では無くなった。
 無論、唯で居座れる訳では無く、先の戦争による被害からの復興作業への協力、共和国側の技術の提供等様々な代価を払っている。だがそれを差し引いても、ガイロス帝国とヘリック共和国の文化交流が進んだ事は確かだ。
 皮肉な事にネオゼネバスの存在が、数年前までいがみ合っていた両国の仲を親密にしたのである。


『兎に角我々も脱出するぞ。主力部隊は既に撤退を終了した、此処に止まる理由は最早無い』

『はっ!』

 今回、ネオゼネバス軍がこうも容易くチェピンを制圧できたのには訳がある。それは、連合軍が最初から此処を捨てるつもりだったからだ。
 ネオゼネバス軍の拠点であるユミールはチェピンと非常に近い位置にある。故に反撃準備が整う前に、ネオゼネバス軍がこのニクス最大の軍事拠点に攻めて来るのは、連合軍上層部も直ぐに理解できた。そのまま戦えば態勢の整っていない連合軍の勝ち目は薄く、仮に勝てたとしても膨大な損害が出る事は想像に難しくない。その為、連合軍上層部は敢えてチェピンを捨てる事で主力部隊の消耗を抑え、エントランス基地を対ネオゼネバスの拠点とした。
 現在チェピンに残っている者の殆どは、主力部隊撤退の時間稼ぎをする為の――身も蓋も無い言い方をすれば捨石だった。

 ――余談だが、レクス・クラストがチェピンに残っていたのは上記の理由ではなく、単にリア・ハートの保護に手間取っていたからだったりする。

 閑話休題。




 チェピンの市街地を駆けるライガーゼロとコマンドウルフ。辺りには敵の気配も無く脱出は目前だった。しかし――

『なっ!? ぐあぁぁぁぁぁっ!!』

『曹長!? ぐがっ!?』

 突然コマンドウルフが爆発、炎上する。それを見て慌ててライガーゼロが動きを止めるが、そこに衝撃が襲い掛かった。流石にライガーゼロはコマンドウルフの様に一撃で殺られる事は無かったが、既に傷ついていたライガーゼロは衝撃に耐え切れず大きく吹き飛んだ。
 パイロットである部隊長が視線を動かすと、そこにはライガーゼロに喰らい付くデモンズヘッド。そして周囲には何時の間に集まったのか、無数のキメラがライガーゼロを取り囲んでいた。

「な、あ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そしてキメラ達が一斉にライガーゼロに襲い掛かった。




「つまらないわね……」

 ライガーゼロに喰らい付く無数のキメラブロックス。それを少し離れた場所で眺める改造ロードゲイルの中で、一人の少女が小さく呟く。
     リトルレギオン
「折角、新しい玩具の初陣なのにこれじゃ全然楽しめないじゃない!」

 口を尖らせて呟くその仕草は、年頃の少女そのものだ。彼女の名はアリス・マーガトロイド。数多のキメラを操り《七色の人形遣い》と称されるネオゼネバスのエースだった。

「さて、ここら辺も片付いたし、他の所にも行ってみようかな」

 丁度、配下のキメラ達がリトルレギオンの元に戻ってくる。それを確認し、アリスは新たな獲物を求めて愛機の操縦桿に力を込めた――




* * *





 前方から繰り出されるバスタークローを、ジェノザウラーは間一髪で躱す。

「あぶね……」

「右からも来るよ!」

「ちっ……」

 体勢を崩したバーサークフューラーに、レクスは頭部のレーザーガンを撃ち込みその頭を貫く。それと同時にジェノザウラーを回転させ、背後から飛び掛ってきたライガーゼロを尻尾で薙ぎ払った。

 ――格納庫から出た二人が見たのは、チェピンの市街地を埋め尽くす敵の姿だった。

 月の光と炎に照らされた足元には、破壊されたゾイドや息絶えた両軍の兵士が転がっている。そして、その比率は明らかにガイロス・ヘリック連合の方が多い。

「……っ!」

 初めての実戦故か、リアの身体は小刻みに震えていた。それを見たレクスは、リアの頭を優しく撫でる。

「大丈夫、大丈夫……。俺が必ず護るから」

「あ、う……」

 その思いが伝わったのか、リアの身体の震えが少しずつ収まっていく。

「落ち着いたか?」

「うん、大丈夫……」

 リアの声はまだ震えていたが、その言葉にレクスは大丈夫だと判断する。そして、改めて思考を脱出に向けたのだが――

「……お兄ちゃんは平気なの?」

「……っ!?」

 唐突に訊ねられたリアの言葉に、レクスは一瞬息を呑む。恐らく、リアにとっては何でも無い、本当に些細な疑問だったのだろう。だが、レクスにとっては些細な質問、と言う訳には行かなかった。

「…………あぁ」

 どう答えるか悩んだ挙句、レクスはただ小さく頷くだけにした。彼の脳裏にはかつての――実の兄妹の様にずっと一緒だったリアも知らないであろう――記憶が渦巻く。しかし、レクスは無理やりそれを振り払い、思考を目の前の事に集中させた。

「……とにかく、敵の包囲を突破するぞ。援護してくれ」

「あ、うん」

 そうは言うものの、ジェノザウラーは完全に包囲されている。それを抜けるなど、エース級でも難しいだろう。ましてや、レクスはこれが初めての実戦なのだ。助かる見込みは限りなく零に近い。だが、それでもレクスは諦めなかった。
 かつて誓った、自分自身への約束を護る為に――

「お兄ちゃん! 五時の方向、少し包囲が薄いよ!」

「よし!」

 レーダーを睨んでいたリアが、敵の包囲の穴を見つけ叫ぶ。
 それを聞いたレクスは、足元に群がっていたキメラブロックスを蹴り飛ばしてジェノザウラーを反転させた。リアの言葉通り、そちらは小型ゾイドが中心で包囲が薄い。

「しっかり掴まってろよ!」

 それだけ言うと、レクスはジェノザウラーを跳躍させた。ジェノザウラーは驚異的なジャンプ力で、敵軍を飛び越える。

「包囲は抜けた……後は逃げ切るだけだ!」

 着地と同時に、ブースターを全開にする。敵にはジェノザウラーよりも、機動力が高いゾイドが多い。だが、大異変後に首都をヴァルハラに移したとはいえ、今尚チェピンはガイロス帝国有数の大都市だ。さらに防衛上の理由もあり、非常に入り組んでいる。その為、敵は機動力を活かす事ができない。これが二人にとっての最大にして唯一の武器だった。

「邪魔だ!」

 目の前に現れたダークスパイナーとバーサークフューラーに、レクスはパルスレーザーライフルを撃つ。スパイナーが核を貫かれて崩れ、フューラーもバスタークローを片方吹き飛ばされて一瞬怯んだその隙に、ジェノザウラーは更にパルスレーザーを撃ち止めを刺す。

「これなら何とかなりそうだな……」

 思いの他上手く行っている事からか、レクスの中に若干の余裕が生まれる。しかし、それは一瞬で吹き飛ぶ事となった。

「後方より高エネルギー反応! これは……荷電粒子砲!」

「なにっ!?」

 リアの言葉を受け、レクスは咄嗟に機体を横にずらす。その瞬間、荷電粒子砲の閃光が迸った。

「ぐっ……」

「きゃぁぁぁ!」

 ジェノザウラーは、ギリギリでこれを躱すが衝撃で体勢を崩してしまった。その隙にバーサークフューラーが接近する。何時の間にか、新たなフューラーが接近していたのだ。
 フューラーはジェノザウラーに止めを刺すべく、バスタークローを振り上げる。

「くっ……」

 無駄だと解りつつも、レクスはリアを強く抱きしめ目をギュッと閉じた。


 ……


 …………


 ……………………


「……?」

 だが、何時まで経っても何の衝撃も来なかった。不審に思い、レクスはゆっくりと目を開く。するとそこには、まるでジェノザウラーを庇うかの様にバーサークフューラーと対峙する、一機のブレードライガーが居た。

 ――グウゥゥゥッ!

 ――ゴオォォォォッ!!

 ブレードライガーが威嚇の声を上げ、バーサークフューラーも負けじと吠える。良く見ると、バーサークフューラーのバスタークローが片方無くなっている。ブレードライガーのブレードによって切り取られたのだ。
 睨みあいを続けていた二機だが、先に動いたのはブレードライガーの方だった。展開したレーザーブレードを煌かせ、バーサークフューラーに向かって一直線に駆けだした。それを受け、バーサークフューラーも残ったバスタークローを振り上げる。そして二つの影が交差し――次の瞬間、バーサークフューラーが崩れ落ちた。バスタークローを紙一重で躱したブレードライガーが、バーサークフューラーの首を刈り取ったのだ。
 ブレードを収納したブレードライガーがジェノザウラーの方に振り向く。

『そこのジェノザウラー、大丈夫ですか?』

 そしてジェノザウラーに通信を掛けてきた。声を聞く限り、どうやら若い女性の様だ。先の戦いの様子から、経験豊富な熟練のゾイド乗りを想像していたレクスは、一瞬呆気に取られてしまう。

『あ、あぁ……』

『主力部隊は既に撤退を完了しています。わたし達も早く此処から脱出しましょう』

 それだけ言うと、ブレードライガーは走り出す。

「行っちゃったね……」

 リアがポツリと言う。

「そうだな……って、俺達も行くぞ!」

 一瞬呆気に取られたレクスだが、直ぐに我に返ってジェノザウラーのブースターを吹かし、ブレードライガーを追いかけ始めた。




* * *





『あ、ついて来ましたか』

 ジェノザウラーが追いつくと、ブレードライガーのパイロットが話しかけてくる。

『さっきはありがとうございます』

『えっと……女の子?』

 リアが助けてもらった礼を言うと、ブレードライガーのパイロットは驚いたような声を上げる。

『格納庫に碌なゾイドが無くてな。無理矢理二人乗りしてるんだ』

『なるほど……。そう言えば名前を言ってませんでしたね。わたしはヘリック共和国軍独立第32高速戦闘小隊所属のレナ・アーメント少尉です』

 相手の疑問を感じ取ったレクスがそう答えると、彼女は満足げに頷き、そして自分の名を名乗った。

『レクス・クラスト。ガイロス帝国陸軍少尉だ』

『リア・ハート准尉です』

 ブレードライガーのパイロット――レナに合わせて二人も名乗る。

『クラスト少尉にハート准尉ですね。よろしくお願いします』

『ふふ、こちらこそ』

 自己紹介を終えたレナとリアがクスクスと笑い出す。ここが戦場である事を一瞬忘れさせるような、微笑ましい光景にレクスも僅かではあるが頬を緩めていた。しかし、それも長くは続かない。

『……っ! 二時の方向より敵影二! 機種、ガンタイガー!』

「「!!」」

 リアの言葉に二人は気を引き締め直す。そして数秒後、リアの言葉通り二機のガンタイガーが見えた。敵も気付いているようで、ジェノザウラーとブレードライガーに向かって砲撃してくる。

『クラスト少尉、一撃で仕留めますよ!』

『あぁ!』

 ガンタイガーは機動力、運動性能共に高い。その上、装備しているスタティックマグナムの威力は、中型ゾイドの装甲すら貫通する程だ。捕捉されたら、逃げ切る事は難しいだろう。故にここで仕留めねばならない。

「おおぉぉぉぉぉ!!」

 レクスはジェノザウラーを跳躍させると、そのままハイパーストライククローを振り下ろす。勢いと重量を乗せた一撃に、ガンタイガーは呆気無く潰れた。

「はぁ!!」

 ブレードライガーは紙一重の動きで砲撃を躱して、お返しとばかりにレーザーブレードでガンタイガーを切り裂く。宣言通りガンタイガーを一撃で仕留めた二機は、スピードを緩める事無く先に進んで行った。




* * *





『気付いてますか?』

 チェピンを抜ける直前、唐突にレナがブレードライガーを止めレクスに訊ねる。

『……勿論』

 それに対しレクスもジェノザウラーを止め、真顔で小さく頷いた。

『気付かない筈が無いですよ。……こんな濃密な殺気に』

 その言葉が合図であったかの様に、ジェノザウラーとブレードライガーの周囲に無数の光が集まり始めた。その数は優に百を超えている。

『何時の間にこんなに……。駄目! 完全に囲まれてる!』

「ちっ、キメラブロックスか……」

 ――キメラブロックス。
 ネオゼネバス帝国主力量産機であり、一機辺りの戦闘力は低いものの、生産コストの低さと無人機であるが故に圧倒的物量を誇る。だが、その事を考慮してもこの数は異常だった。通常、キメラブロックスを運用するにはそれを制御する指揮ゾイドが必要となる。制御できるキメラブロックスの数は、指揮ゾイドにもよるが最大で三十機程とされている。これだけの数を操るには、最低でもダークスパイナー級のゾイドが三機は必要となる。
 だが、レクス達が補足した指揮ゾイドは僅か一機。ジェノザウラーとブレードライガーの正面に浮かぶ、改造ロードゲイル――リトルレギオンのみだった。

『あれは……まさか……』

 ロードゲイルを見詰めて、レナが呆然と呟く。その声には、僅かに絶望の色が除いていた。

『レナさん、知ってるんですか?』

 リアが訊ねるとレナは小さく頷き、そして静かに語り始めた。

『……あれは恐らく《七色の人形遣い》と呼ばれるネオゼネバスのエースです』

『《七色の人形遣い》?』

『えぇ、わたしも噂だけしか聞いた事無いんですけど……。何でも電子装備を強化されたロードゲイルで無数のキメラを操り、自分の手を汚す事なく戦うのを得意とするとの話です。また、派手な色を好むとも聞いてますけど……それは見れば解りますね』

『確かに……』

 二機の前に佇むリトルレギオンは兵器と言うよりはむしろ、パレード等の式典様の機体の様な――ようするに派手なカラーリングをしている。

『――まぁ、以上の理由から《七色の人形遣い》と呼ばれてるらしいんですけど』

『…………ちょっと彼方達』

 レナが説明を終えると同時に、それまで黙って様子を見ていた《七色の人形遣い》こと、アリス本人が口を開いた。気の所為か、その言葉には若干の怒りが込められている様に感じられる。

『黙って聞いていれば、随分と好き勝手言ってくれるじゃない! 誰が派手好きで性格悪くて人形しか友達居ないよ!?』

(最後のは言って無いんだが……)

 そう思わずツッコミを入れそうになったレクスだが、今はそんな状況ではないと即座に思い直し、慌てて口を噤む。――冗談とは思えない、少し泣きの入った声に軽く同情しながら。

『……兎に角! 此処の制圧があんまりにも簡単過ぎて退屈だったから、彼方達で遊んであげるわ!』

(あ、強引に話し戻した……じゃなくて!)

 リトルレギオンの瞳が怪しく輝くと同時に、それまでは微動だにしなかったキメラ達が動き出した。それに反応して、ジェノザウラーとブレードライガーが身構える。

『所詮銀と蒼は二色! その力は私の二割八分六厘にも満たない!』

 アリスの号令と共に、一斉にキメラブロックスが二機に襲い掛かってきた。

『くっ、数が多すぎる!』

『それに動きも普通のキメラと全然違います!』

 普通のキメラブロックスであれば、個々のキメラが考え無しに突っ込んでくる事が殆どで、そこに集団ならではの連携は無い。数が多い分、個々に細かい命令を来る事が出来ないのだ――逆もまた然り。だが、このキメラ達は我武者羅に突っ込んで来るのではなく、牽制と攻撃の連携が取れていた。
 『群』と『個』――その両方を同時に、そして完全に操っているのである。

「お兄ちゃん! 一時、三時、六時の方向から敵が! 数は二、一、四!!」

「ちぃっ!!」

 リアの言葉を聞いたレクスは、先ず頭部レーザーライフルで一時方向から来る二機を打ち落とす。そして、その場で機体を回転させ横のキメラを尾で弾き飛ばしつつ、パルスレーザーライフルで背後の敵を撃ち抜いた。

「……へぇ」

 ジェノザウラーの流れる様な動きに、アリスは小さく感嘆の息を吐く。
 一方、ブレードライガーは立ちはだかるキメラを切り裂き、躱して、リトルレギオンに向かって行く。その動きにキメラ達は翻弄され、あっという間にリトルレギオンの間近まで接近を許してしまった。そして、レナは雄叫びと共にブレードライガーを跳躍させる。

「いっけぇぇぇぇぇっ!」

「甘いわ、よっ!」

「きゃあっ!?」

 時速300キロ以上のスピードで迫るブレードライガー。だが、アリスは冷静にフライシザースを操り、ブレードライガーの横っ腹にぶつけた。

「レナさん! くっ!」

 ブレードライガーが吹き飛ばされたのを見て、今度はジェノザウラーがパルスレーザーライフルを放つ。それに対して、リトルレギオンは右腕を翳した。次の瞬間、右腕に装備された半円状の盾が輝き――何とパルスレーザーを飲み込んでしまったのだ。

「そんな!?」

「…………チッ」

 リアが驚愕の声を上げ、レクスは小さく舌打ちする。それが聞こえた訳ではない筈だが、アリスは愉しげに微笑んだ。

「技術部が五月蝿いから付けた『スフィアシールド』だけど、思った以上に使えるじゃない」

 スフィアシールド――ネオゼネバス帝国技術部が開発した、E-シールドの改良型だ。従来のE-シールドが敵の攻撃を『防ぐ』のに対して、此方は『吸収』して自身のエネルギーに変換する事が出来る。まだ試作段階の兵装であるが、他のゾイドの主砲級の威力を持つジェノザウラーのパルスレーザーを吸収できた事から、その性能は充分な物であると解るだろう。

『レナさん、今の見ましたか!』

『えぇ、恐らくはE-シールドでしょう』

『でも、普通のE-シールドとは違う気がする……レーザーが吸収されてたみたいだもん』

 レクス達も今の光景から幾らかの憶測は立てるが、流石に情報が少なすぎた。実際には彼らの考えが正しいのだが、それを確かめる術は無い。

『どちらにしろ、並の攻撃じゃダメージは与えられそうに無いな』

『接近戦で一気に仕留めるしかないですね』

『後は荷電粒子砲なら……でも、これだけ囲まれてたらとても撃つ暇なんて……』

『万事休す、だな……』

 周囲のキメラ達を警戒しつつ、リトルレギオンを睨みつけるジェノザウラーとブレードライガー。それをアリスは、どこか満足げな笑みで見つめていた。

「まだまだ抵抗する気満々みたいね……。まぁ、その方が楽しめるんだけど」

 その言葉と共に、リトルレギオンがまるでオーケストラの指揮者の如く、右腕のマグネイズスピアを掲げる。そしてキメラへの号令と共にそれを振り下ろそうとした瞬間――

『――アリス・マーガトロイド、作戦は完了した。至急帰還したまえ』

「はぁっ!?」

 アリスの元にネオゼネバス軍本隊から通信が入った。当然、彼女は良い所に水を注され形になり憤慨する。そもそもアリスは独立強襲兵――通常の指揮系統からは外れ、個人の判断で動ける立場にいる。即ち、この命令にも従う必要は無いのだ――本来は。

『繰り返す。アリス・マーガトロイド、至急帰還したまえ。これはグラン・バルツァー大佐の命令である』

『――っ! ……解ったわよ。アリス・マーガトロイド、これより帰還します』

 だがグラン・バルツァーの名が出た瞬間、アリスは渋々ながらも命令に従う。彼はこのチェピン侵攻作戦の指揮官であり、また今回限りではあるがアリスの上官という立場にある。普段こそ自由に行動できる独立強襲兵であるが、時折今回のように正規部隊から作戦への参加を依頼される事がある。その際は、作戦指揮官が一時的な上官となるのだ――尤も、独立強襲兵はその性質上、能力以上に我が強い者も多いが。
 本隊との通信を終えたアリスは、今度はジェノザウラーとブレードライガーに向けてチャンネルを開く。

『残念だけど、今回はこれで勘弁してあげるわ。それじゃあね』

「……は?」

 それだけ言って、リトルレギオンは配下のキメラを連れ飛び去っていった。当然、事情の解らないレクス達は呆気に取られて呆然とする。

「……って、お兄ちゃん! こんなとこでぼうっとしてる暇無いよ!」

『あぁ、そうだな。どういう訳かは知らないが、折角向こうから引いてくれたんだ。さっさと脱出しようレナさん!』

『え、えぇ、そうですね……』

 純粋に好機だと思っているレクスとリアと異なり、レナはこれが何かの罠では、と訝しんでいる。だが、このままここにいても益は無いと思考を切り替え、ブレードライガーを走らせた。
 その後、レクス達は敵に出会う事はなく、無事チェピンからの脱出に成功したのだった――




* * *





 完全にネオゼネバスの手に堕ちたチェピン要塞の上で、一機のシュトゥルムテュランがある一点を見つめていた。そのシュトルムテュランの左のアクティブシールドには、竜巻を象った紋章が刻まれている。

「あのジェノザウラーが気になるのかい?」

 コックピットの中で、銀髪の青年が小さく微笑む。彼の視線は愛機と同じく、今丁度街を抜けた銀のジェノザウラーを見つめていた。

 ――グォン!

 主の言葉に答える様に、シュトゥルムテュランが吠える。一言許可を出せば、シュトゥルムテュランは即座にあのジェノザウラーに飛んで行くだろう。だが、青年は涼しげに微笑んだままだ。

『ふふ、僕もだ。でも、まだ駄目だよ。……君もね、アリス』

『……解ってるわよ』

 何時の間にか、シュトゥルムテュランの背後にロードゲイルが現れていた。それは、先程までレクス等と戦っていた《七色の人形遣い》アリス・マーガトロイドのリトルレギオンだ。

『慌てなくても彼とはまた逢えるよ。……こういう時の僕の勘がよく当たるのは、君等もよく知ってるだろう?』

『……まぁね』

 ――グォォン!!

 アリスは渋々、シュトゥルムテュランは嬉しそうに青年の言葉に応える。それを満足げに聞きながら、青年は小さく呟いた。


「銀のジェノザウラー、か……。君は僕を楽しませてくれるのかな?」














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