ZOIDS ORIGINAL BATTLE STORY
【竜帝騎兵隊】 第二章 〜 激突 〜 ――ZAC2107年7月 ――暗黒大陸ニクス 左手に水平線を望むエントランス湾を、四機のゾイドが駆ける。彼等の視線の先には黒い煙――戦闘の証が立ち上がっていた。 『お兄ちゃん、エントランス基地西十五キロにて戦闘確認。規模は小規模で、多分威力偵察だと思うよ』 『了解。エントランス基地の戦力なら問題は無いだろうが、一応加勢に向かうぞ。ルナとケインは俺に付いて来い!』 『『了解!』』 レクスの指示の下、四機のゾイドの内ジェノザウラー、パイルバンカーを背負った赤いコマンドウルフ、グレートセイバーの三機が先行する。 『リアは情報収集及び基地司令官との連絡を。キースはグスタフの護衛を頼む』 『うん!』 『任しときな!』 キース、と呼ばれた男の威勢の良い返事と共に、黒いグスタフ――グスタフスカウターカスタムの後部カーゴトレーラーのハッチが開く。そしてそこから、一機のダークホーンが飛び出した。 『よし! 竜帝騎兵隊――喰らい尽くせ!』 レクスの号令と共に、先行する三機が戦場に飛び込んだ―― * * * 一年前。 チェピンを脱出したレクス・クライン少尉、リア・ハート准尉、レナ・アーメント少尉の三名は、一路エントランス基地を目指した。 ――エントランス基地は元々は大した基地ではなかった。 しかし、第二次大陸間戦争時に魔の海域『トライアングルダラス』内の航路を発見されている。そして西方大陸が戦場となったのは、この魔の海域の存在により暗黒大陸と中央大陸が直接行き来できなかった、と言うのが理由の一つだ。 航路の発見は即ち、両大陸間の直接の侵攻を可能としたのだ。 それを警戒する為にも、エントランス基地は戦後即座に拡張され、今では暗黒大陸でも有数の軍事要塞に成長を遂げたのだ。 流石に、ネオゼネバス軍もエントランス基地までは追って来ないだろう。事実上、現在のガイロス帝国最大の軍事基地だ。それに加えて、チェピン要塞を捨ててまで温存した戦力を加えたのだから、戦力も並ではない。そこまで辿り着けば安全だ。 レクス達はひたすら愛機を走らせ続け、エントランス基地に辿り着いたのはチェピン脱出から二日後だった。 「これでお別れだなんて、少し寂しいですね」 そう心の底から寂しげに微笑んだのは、海のように蒼い髪を腰まで伸ばした、一見少女とも見えるほど幼い顔立ちの女性。しかし彼女こそ、チェピン脱出の際にレクス達を助けたブレードライガー乗りのレナ・アーメント少尉だった。女性、と言うだけでも驚いていたレクスは、予想以上に(外見が)幼い事に更に驚いていたものだ。 「ですね……。これが今生の別れにならない事を祈ってますよ」 「もう、お兄ちゃん縁起悪いよ!」 「くす……。そうですね、わたしもお二人の無事を祈ってますよ」 エントランス基地に着いてから一週間、チェピン陥落やそれに伴う主力部隊の合流等でゴタゴタしていた基地も、ようやく落ち着きを見せてきた。その中で、レクス達の今後も決定していた。 レナはチェピン脱出の際に逸れた独立第32高速戦闘小隊と無事合流し、この後北にあるウルド基地に配属されるのだとか。 一方のレクスとリアは、帝都ヴァルハラのガイロス帝国軍総司令部――即ち、ガイロス帝国の軍事最高機関――に招集を掛けられていた。何故一介の兵士に過ぎない自分達が、とは二人とも思わない。心当たりは充分にあった。銀のジェノザウラー然り、二人の育ての親然り。 暫く話し込んでいたレクス達だったが、レナがふと気付いたように呟く。 「……もうそろそろホエールキングが出るんじゃないですか?」 「やべっ、ほんとだ。リア!」 「あ、うん!」 レナの言葉にレクスは慌てて時間を確認する。帝都行きのホエールキングが出るまで、あと十分ほどしかなかった。長居しすぎたか――小さく呟いて、レクスはリアの腕を取って立ち上がる。 「それじゃあ、レナさんまたいずれ」 「絶対、また、会いましょうね!」 「えぇ、お二人もお元気で」 控えめに手を振るレナに見送られ、レクスとリアは駆け出した―― * * * 「以上で報告は終了です」 「うむ、了解した。先の戦闘での助力感謝する」 「いえ、あれは私達が手を貸すほどのものではありませんでしたよ。現に、私達が着いた時には勝敗は決してましたし」 「謙遜しなくても構わんよ。貴君等が来なければ、敵はもっと粘って被害も大きくなっていたかもしれないしな」 「はい、ありがとうございます。……それともう一つ――」 「あぁ、言わんでも既に陛下から聞いているよ。我々は貴君等竜帝騎兵隊を歓迎しよう――ようこそ、エントランス基地へ」 「はふぅ……緊張した〜」 「はは、ご苦労さん」 エントランス基地の廊下を軍服の男女――レクスとリアが歩く。 一年前よりも若干(本当に僅かに)大人っぽくなったリアは、明らかに『疲れてます』と言う表情で肩を落としている。先程まで、この基地の司令官であるダグマル・エルマン准将に先の戦闘の報告と基地駐留の許可を申請していたのだ。 そんな彼女を、黒のシャツとズボンの上に青いラインが縁に入った白の袖無しコートを羽織ったレクスは労うように頭をポンポンと叩いてやる。 現在レクスとリアは『竜帝騎兵隊』と言う部隊に所属している。一年前ヴァルハラの総司令部に呼ばれた際に、配属を告げられた――皇帝直々に、しかもレクスが隊長で。曰く、レクスが《Project Generation》――ZAC2105年に提唱された軍備再編計画――の要である実験用ジェノザウラーを乗りこなしていたから、らしい。流石に驚いたレクスだが、幾ら友人とは言え皇帝の命に逆らえる筈もなく、現在に至っている。 因みに、本来竜帝騎兵隊は皇帝直属である為、作戦行動に関係する事ならば一々許可を求める必要はない。にも拘らずちゃんと許可を求める辺り、隊長(レクスの事だが)も人が良いのだろう。ついでに言えば、彼の着ている白コートも隊長の証として皇帝から与えられた物だ。 「とりあえず食堂に行こうぜ。皆もそっちに向かったらしいし」 「あ、うん。そう言えばもうお昼だね。お兄ちゃんはなに食べるの?」 「う〜ん、実際にメニュー見ない事には……とりあえず、白米食いたいかな」 「また? お兄ちゃんってほんと和食好きだよね」 和食は惑星Ziにおいては主に東方大陸で中心の食事だ。これは東方大陸の住人の多くが、地球のアジア圏――更に細かく言えば日本――の人間である、或いはその血を引いている事に由来する。ガイロス帝国、ヘリック共和国共に東方大陸から援助を受けるようになった近年入ってきたもので、両国ではまだ一般的ではないがレクスはそれがお気に入りなのだ。 「『また』って言うなよ。和食は身体に良いんだぞ」 「はいはい」 何度も聞き慣れた説明を軽く受け流し、リアは一足先に食堂に入る。適当にあしらわれた所為か少ししょんぼりした顔で、レクスもその後に続いた。 * * * 「――ご苦労、下がって良いぞ」 「はっ」 返事と共に、若いネオゼネバス兵は退室する。 飾り気のない質実剛健を体現したような部屋――これが今のチェピン要塞の主、グラン・バルツァー少将の私室だ。 革張りの椅子に腰掛けたバルツァー少将は、二メートルを超える身長に筋骨隆々とした肉体を持つ巨漢の人物で、とても百近い年齢とは思えない。年齢の事を差し引いても、これほど逞しい人間はそうそういないだろう。 それもその筈、彼は旧ゼネバス帝国時代から戦い続ける歴戦の戦士であり、更にはかの惑星Zi大異変やヴァルハラ消滅の際にも生き残るほどの幸運の持ち主なのだ。 バルツァー少将は視線を部屋の隅にあるソファへと向ける。 「君は今の報告に関してどう思う?」 そこに居たのは若い男だった。黒衣に身を包み、明かりを受けて輝く銀の髪は前髪の部分が片目を隠すように伸びている。まるで、鋭い刃物のような雰囲気を持つ青年だった。 彼はバルツァー少将から報告書を受け取る。そこに書かれていたのは、現在の戦況だ。送付された地図は北はムスペル山脈、東はビフロスト平原まで赤く塗られている。これが現在のネオゼネバスの勢力エリアだ。実際のところ、ネオゼネバス軍の快進撃は一年前のチェピン制圧を最後に止まっている。と言うのも、本格的に迎撃体勢を整えたガイロス・ヘリック連合によって戦況が膠着状態に入ったからである。 「正直不味いかもね。エントランス基地の戦力は此方の予想以上だ。正面からぶつかったら相当きついよ」 しかしその言葉とは裏腹に、口調は至って普通だ。むしろ、どこか楽しそうですらあった。 青年の言葉に、バルツァー少将は同意する。 「確かに、単純な数の上では我等の方が勝っているが、実質的な戦力は五分……いや、向こうの方が上だろうな」 ネオゼネバス帝国の主戦力はキメラブロックスだ。桁外れの生産力を持ち、無人機である事からネオゼネバス軍の戦力の大部分を占めている。だが、一機辺りの戦闘力は低く、通常ゾイドとの戦力差は五分の一から十分の一と言われている。 「子供が大人に喧嘩を売るようなもんだね。数を揃えてようやく対抗できる」 「とは言え、正面からぶつかりたくないのは向こうも同様だろうな。被害は少なくするに越した事はない」 「特に現皇帝ルドルフは命を重んじる人格者で知られてるからね――ヴォルフ陛下と同様に」 「ルドルフ、か……。前ガイロス皇帝もあのような人間であったなら、我等の扱いも変わっていただろうか……否、歴史に『もしも』はないな」 「僕から振っておいてなんだが、話が逸れてるよ」 一人納得したように首を振るバルツァー少将。そんな彼を、青年は苦笑いを浮かべて窘める。 「そうだったな。……全面会戦はできるだけ避けたい。が、何時までも小競り合いをしているつもりもない。一気に潰させてもらおう」 「おや、さっき戦力は向こうに分があるって言ってなかったかい?」 「それはまともにぶつかれば、だ。そうならない為の策と言うものだろう?」 「要するに小細工ね……。で、それは誰が?」 既に答えが解っているのだろう。青年は薄く笑って訊ねた。 「頼むぞ――《狂風》」 「Yes'sar」 * * * 「ずず……はふぅ、生き返るな」 「じじくせぇな、俺よりも若いくせに」 そう苦笑いを浮かべるのは、腰まであるボサボサの茶髪を首の辺りで縛った巨漢の男だ。彼はキース・ダールマン准尉、竜帝騎兵隊の一員で戦場では突撃隊長的な役割を持つ。 「仕方ないだろう? 緑茶は貴重だから行軍中にそうそう飲めないし」 そんな彼に、レクスもまた苦笑いで返す。緑茶はレクスの好物で、これまた東方大陸から入ってきた物だ。 「レクスの言う事も尤もだね。こうしてビールを口に出来るのも何週間ぶりか……くはぁ!」 「お前は自重しとけ」 真昼間から食堂のど真ん中でビールを飲む女性――ルナ・シャイン少尉をレクスは呆れ顔で窘める。勿論食堂のメニューにビールは無い、大方何処かで購入してきたのだろう。 ルナの余りにも堂々とした飲みっぷりに、キースや周りの兵士が羨ましそうな視線を向ける。恐らくは彼女の容姿も眼を惹く要因だろう。軍服の上からでもはっきりと解るほどスタイルが良く、背中の中ほどまである金髪はまるで蜂蜜のようだ。何より印象的なのはその瞳、鋭く力強いそれはまるで豹を連想させる。 姐御――そんな言葉が似合う女性だった。 「シャイン少尉、我々はあくまで任務で此処に来ているんですよ? 飲むな、とは言いませんが時と場所は弁えて下さい」 「わかってるわよぉ。んもぅ、ケインはあいっ変わらずお堅いんだから」 「はぁ……」 ケインと呼ばれたオールバックの緑髪の青年が溜息を吐く。良くも悪くも真面目な彼は、気苦労も多いのだ。 「あはは……。でも、こんな昼間からお酒飲んでたら他の人達に悪いよ。せめて、夜にしたら?」 「うーん、リアに言われると弱いんだよぁ」 同姓であるのに加え、ルナの面倒見の良い性格もあってこの二人は非常に仲が良い。レクス以外でリアが尤も一緒にいる時間が長いのは、間違いなくルナだろう。 「まぁ、兎に角、暫くはこの基地に滞在するんだ。あんま面倒は掛けるなよ?」 主に俺が怒られるんだから――その言葉は胸に留め、レクスは残っていたお茶を飲み干す。 「とりあえず、何かあるまで待機だ。……ただし、機体の整備だけは怠るなよ」 「「「了解」」」 * * * 『此方ウルド基地。現在当基地はネオゼネバスの攻撃を受けており援軍を求む。繰り返す。此方ウルド基地――』 「クソッ……」 司令室に響くその通信に、エルマン准将は顔を顰める。別にそれは部隊を派遣するのを渋っているとか、そういった理由からではない。 「バルツァー少将め……こっちの戦力を分散させる気か」 此処最近になりネオゼネバスの攻撃は活発化し、エントランス基地周辺の多くの小、中規模基地が攻撃を受けていた。しかしそれは敵御得意の圧倒的戦力差によるものではない。その基地では対処できないギリギリの量で仕掛け、エントランス基地から援軍を送らせる。それを繰り返す事で、エントランス基地の戦力を少しずつ削ぎ落として行っているのだ。もし援軍が来なければ、それはそれで基地を攻め落とすだけだ。 エルマン准将はそんな敵の戦略を理解し、しかしそれに乗らなければならない自分の不甲斐無さに怒りを感じていた。 (此方から打って出るか……? いや、正面からの会戦では物量に勝る向こうが有利だ。対策を整える為にも、まずは情報か) * * * 「く、あぁ……。暇だな……」 「お兄ちゃん、ちゃんと見てやんないと、いざと言う時に大変な事になるよ?」 「……解ってるよ」 欠伸の際に浮かんだ涙を拭い、レクスは横に置いた工具を手に取る。 ――竜帝騎兵隊がエントランス基地に来てから約一ヶ月。その間、ネオゼネバス帝国は沈黙を守っていた。以前なら散発的に行われていた小規模な戦闘も、現在は全く行われていない。その事が、言い様のない不気味さを醸し出していた。 「よし、終わりっと」 最後のボルトを締め上げ、レクスは愛機の整備を終える。 普通の部隊であればちゃんとした整備士がいるが、竜帝騎兵隊は部隊の性質上そういったものを持たない。機体が隊員に合わせてチェーンナップされている為、普通の整備士では手が出せず、自分達で整備をしなければならないのだ。 「お、そっちも終わったか。じゃあ、飯食いに行こうぜ!」 レクスと同様整備を終えたのだろう、キース達が向かってくる。時間は丁度正午を回ったところで、確かにキースの言うとおり食事時だ。だが―― 「その前にシャワーを浴びようぜ? 汚れまくってるからな……特にキース」 先程まで機体の整備をしていたのだから、当然と言えば当然だろう。皆例外無く煤や油で汚れていた。 「あん? 俺は別にそんなん気にしねーぞ?」 「周りが気にするんですよ。食堂で真っ黒かつ油塗れな物体なんて洒落になりませんからね」 「んだと!? オレは害虫か!?」 途端口喧嘩を始めるキースとケイン。 「…………行くか」 「そーね」 しかしレクス等はそれを止めたりはしない。何故なら、あの二人にとって喧嘩は日常茶飯事、正に『喧嘩するほど仲が良い』だ。一々相手していては疲れるだけである。 とりあえず二人に行き先を告げ(恐らく聞いてないだろうが)、レクス、リア、ルナの三人は格納庫を後にした。 ――その後姿を一人の整備兵が眺めていた。 * * * 「首尾はどうなっている?」 『特に問題は無いわね。今の所は順調よ』 「結構」 『それにしても、何時までこんな事させるのよ? 結構面倒なのよ、これ』 「そうカリカリするな。もうすぐ全ての準備が整う」 『ふ〜ん……で、本当に大丈夫なの? あいつの報告によれば、向こうはとんでもない切り札を隠し持ってるって話じゃない』 「らしいな。《狂風》ですら正体を探れないのだから、余程のモノなのだろう」 『らしいな、って……随分と余裕じゃないの。何か秘策でもあるの?』 「ふん、どれ程強力な切り札だろうが、使わせなければいいのだ。幸い、それはまだ完成していないとの事だからな」 『……なるほどね』 「第二段階への移行は追って連絡する。それまではくれぐれも現状維持で頼むぞ」 『はいはい、解ってるわよ。……それじゃあ、切るわね』 ブツ、と通信が遮断される。唯一の光源を失い薄闇に包まれる部屋の中で、バルツァー少将は口元に小さく笑みを浮かべていた。 * * * 「ふぅ……」 シャワーを浴び終えたレクスは、近くのレストルームに来ていた。どうやら、リアとルナはまだ入っているようで、辺りに二人の姿は見えない。 「まぁ、女の風呂は長いしな」 そう結論付けてレクスは部屋に置かれたソファに身を沈める。安物のソファではあるが、ずっと同じ姿勢で整備をしていた所為で凝り固まった身体には心地良かった。 二人が来るまで此処でのんびりするか――そうぼんやりと考えたレクスは、しかし人の気配に顔を上げた。 「隣良いですか?」 「ん? あぁ、構わないぜ」 そう言って隣のソファに腰掛けたのは、レクスと同じくらいの歳と思われる銀髪の青年だった。ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて彼は、どうやら服装を見る限り整備兵のようだ。 「格納庫の銀のジェノザウラー……あれ、貴方の機体ですよね?」 「そうだけど……あんたは?」 「僕はライナー・エーデン曹長と言います。珍しい機体だったので、是非お話を聞きたくて」 「ライナー、ね。俺はレクス・クラスト中尉だ」 にこやかに笑い掛けるライナーに、レクスも思わず釣られて笑みを浮かべた。 * * * 「ぬぅ……」 エントランス基地の自室にて、一人報告書を眺めていたエルマン准将は眉を顰めた。 (まさか、《狂風》まで使うとはな……。バルツァー少将も本気と言う事か) 報告書に書かれていたのは、内密に調べさせた基地の内情についてだ。そこには、ネオゼネバスの人間が数人潜入している事が記されていた。それ自体は充分予想の範囲内だったが、問題はそこに記された名である。敵の工作員の中に、一人とんでもない怪物が居る。それこそが、『黒の竜騎兵団』のジーニアス・デルダロスと並びネオゼネバス最強と称されるゾイド乗り、《狂風》だ。 (ゾイド戦のみならず特殊工作にも長けると聞いていたが……どうやら本当のようだな。) 報告書に書かれていた他の名には赤く線が引いてあったが、《狂風》のところにだけはそれが無い。即ち、彼だけが未だに身柄を確保されていない証なのだ。 (……まぁ、良い。アレ≠ェ睨んでいる以上奴も自由には動けん。それよりも考えるべきは――) ペラリ、と報告書を捲る。次のページに書かれていたのは、捕縛した工作員に吐かせた情報だ。それによるとどうやら、近いうちにチェピンのネオゼネバス軍が大攻勢を掛けるつもりらしい。チェピンに送り込んだ密偵からも、同様の報告があったのでまず間違いないだろう。 (恐らくは、主力部隊による攻撃と呼応して内部から破壊工作を行うつもりだろう……だが、本当にそれだけか?) ネオゼネバス帝国屈指の名将、バルツァー少将が《狂風》まで使って行う策がその程度とは、エルマン准将にはどうしても思えなかったのだ。しかし、推理をするには余りにも情報が足りない。 (せめて、《狂風》を捕縛できれば良いのだが……兎に角、まずは部隊を整えるのが先か。奥の手も用意しておいた方が良いな) そう思考を切り替え、エルマン准将は部下に指示を飛ばしす。 「好きにはさせんぞ、ネオゼネバス――」 * * * 「おっと、そろそろ時間ですね」 暫しレクスとの談笑を楽しんでいたライナーだったが、そう言ってソファから立ち上がる。 「何だ、もうなのか?」 丁度話も盛り上がっていたところなので、レクスは隠す事無く残念そうな表情を見せる。その少年のような反応に、ライナーも苦笑気味だ。 「まぁ、これも仕事ですからね。僕ももっと貴方と話したかったんですが、こればっかりは仕方ありません」 「だな。……また暇な時にでも話そうぜ。そうだな、今度は酒でも飲みながらさ」 「はは、そうですね」 話をしている中で気づいた事だが、ライナーはかなりのゾイド好きらしい。軍に入った理由も『より多くのゾイドと触れ合いたいから』と言うのだから折り紙付きだ。レクスも余り表には出していない(と本人は思っている)が、かなりのゾイド好きなので彼とはすぐに馬が合ったのだ。 「それじゃあ、これで」 「あぁ、またな」 「…………えぇ」 小さく手を振り、ライナーはレストルームを後にした。と、丁度その時リアとルナ、ついでにキースとケインも入れ替わりで入ってきた。 「お、随分ゆっくりだったなお前等」 「お兄ちゃんが早すぎるんだよ」 ぶー、と口を尖らせるリア。いやそれを含めてもお前等がのんびり過ぎるんだよ――そうツッコミを入れようとしたレクスだったが、ルナの方が先に口を開いた。 「リア」 「なに? ルナさん」 「台詞がエロイぞ♪」 「ぶほぉ!!?」 「え? ……………………はぅあ!?」 ニヤニヤ笑いで繰り出されるルナのとんでも発言に、一瞬意味が解らなず首を傾げたリアだったが、直後それを理解し林檎の如く顔を真っ赤に染め上げた。因みにレクスは先程買った飲み物を噴出している。 「げほ、げほ……。お前、何言ってんだよ……」 「あっはっは! 良い反応だよ二人とも!」 「あうっ!?」 満面の笑みでレクスとリアの背中をバシバシ叩くルナに、レクスは内心『こいつ酔ってんじゃないだろうな?』とか思ったが、普段のルナは元々こんなんだったりする。要するに、気にするだけ無駄だ。 「ほれほれ、何時までも漫才してないでさっさと食堂行こうぜ。オレの腹ももう限界だからな」 「……解ってるよ」 まさかのボケ担当キースにツッコミを入れられ、レクスはようやく昼食を取ってない事を思い出した。それは他の面子も同様らしく、全員食堂に向かい始める。 その時だった、轟音が響いたのは―― * * * 「准将! ビフロスト平原にネオゼネバス軍が展開! 総数、およそ七十個師団!」 「遂に来たか……各員迎撃準備! 出せる所から順次出撃させろ!」 エントランス基地の司令室に、エルマン准将の怒号が響く。懸念していたネオゼネバスの大侵攻が遂に始まったのだ。 「他の基地はどうなっている!?」 「攻撃を受けています。援軍は期待できないかと」 「チッ」 予想通りの敵の戦略。しかし、エルマン准将も唯手を拱いていた訳ではない。それ相応の対策は用意していた。 「《G》の調子はどうなっている?」 「覚醒率八七パーセント、完全起動まで後二十分です!」 「よし、なるべく急がせろ! それまで前線部隊は敵の侵攻を抑える事を優先、覚醒と同時に攻勢を掛け――ぬお!?」 部下へ指示を飛ばそうとするエルマン准将だが、突如響いた振動がそれを妨げた。何事かと問う准将は、部下の報告に言葉を失う。 「なん、だと……第一八ブロックで爆発だと!? クソッ! 《狂風》めやってくれる! よりによってそこを狙うとは!」 エントランス基地第一八ブロックには、基地内に幾つか存在する発電機の一つがある。通常であればそれ一つを破壊された程度で基地全体の電力を遮断する事は出来ないが、此処に関しては特別だ。何しろ、《G》の為のエネルギーの殆どは此処に依存しているのである。 「更に第三四ブロックでも同様の爆発! 《G》へのエネルギー供給が完全に遮断されました!」 「残りの発電機で補え! 爆発が起きた箇所には救護班と整備班を向かわせ、負傷者の救助と発電機の復旧を急がせろ! 他の場所にも爆弾が仕掛けられている可能性があるのを忘れるな!」 「《G》へのエネルギー供給再開。しかし基地防衛の為の電力を優先する必要から、完全起動までは後二時間掛かります」 それは絶望を覚えさせるのには充分な時間だった。しかし、諦めるにはエントランス基地の兵達が背負っているものは大きすぎる。この基地の陥落は即ちガイロス帝国の滅亡に等しいのだ。唯一の救いは《狂風》以外の特殊工作兵を捕獲していた為、他の場所に仕掛けられていた爆弾の殆どを撤去できていた事くらいだろう。それでも幾つかの格納庫で爆発の報告が届いている。 「重砲隊と戦略爆撃隊で敵の進撃を鈍らせる。弾幕を抜けてきた敵は強襲戦闘隊で抑えろ!」 「准将! レクス・クラスト中尉より通信です」 「繋げ」 エルマン准将の短い返事と共に、モニターの一つにレクスの顔が映る。既にゾイドに乗っているのか、着ているのがパイロットスーツになっている。 『忙しいから要件だけ伝える。竜帝騎兵隊、これより出撃する』 「了解した。現在敵部隊に砲撃を加えている。味方に吹き飛ばされないよう気をつけろ」 こんな状況にも拘らず、冗談交じりの忠告をするエルマン准将にレクスも小さく噴出す。が、すぐに表情を引き締め出撃していった。それを見送り、エルマン准将は改めて部下達に指示を飛ばす。 「砲撃終了後、突撃隊を敵正面に、高速戦闘隊を右翼に突撃させる。押し出されたところを強襲戦闘隊と重砲隊で集中砲火!」 その指示をオペレーター達が各所に伝える。戦いは、まだ始まったばかりだった。 * * * 「ふふ、これでお仕事は完了だね」 手に持った起爆スイッチを放り投げ、《狂風》はほくそえむ。彼は紅いライガーゼロ――ガイロス帝国仕様の機体だ――の前に立っていた。任務完了後の脱出の為、確保しておいたのがこの機体である。 「やれやれ……他の子に乗るとテュランが怒るんだけど……。流石にあいつを此処に連れてくるのは無理だからね」 どこか愉しげに笑いながら、彼はライガーゼロのコックピットに向かう。しかしその時―― 「おっと、そこまでだ《狂風》」 「ッ!」 男の声と共に、《狂風》の後頭部に冷たく硬い感触が押し付けられる。確認するまでも無くそれが拳銃である事は解った。しかしそれを理解して尚、《狂風》の笑みは崩れない。 「君が噂に名高い天狐≠ゥい?」 「答える必要はない。……此処でさよならだ――ッ!?」 男が銃のトリガーを引く直前、先程床に捨てられた起爆スイッチが音を立てて爆発する。爆発自体は大したものではなかったが、男の注意を引くには充分だった。その隙に《狂風》は男の銃を弾き飛ばし、ライガーゼロのコックピットに乗り込む。 「クッ、証拠隠滅用の爆薬か!」 「その通り。……それじゃあね」 悔しげに唸る男を尻目に、《狂風》はライガーゼロを起動させる。その瞳に光を宿らせたライガーゼロは腹部のショックカノンで正面の壁に穴を開け、力強く吼えると同時にその穴に向かって駆け出した。 暫くその穴を睨みつけていた男だったが、やがて携帯端末を手に取り操作する。 「……こちら《カラス》。すまない、目標に逃げられた」 * * * 『竜帝騎兵隊出陣るぞ! 奴等を喰らい尽せ!』 『『『了解!』』』 雨の如くネオゼネバス軍に降注がれた弾幕が止んだ瞬間、レクスの号令の下四機のゾイドが駆け出す。連合軍の苛烈な砲撃により出鼻を挫かれた形になるネオゼネバスは、あっさりと懐に入られ更なる攻撃を加えられる。 『皆! 敵が落ち着きを取り戻してる! これ以上は危険だよ』 『おう!』 しかし幾ら精鋭中の精鋭である彼等でも、たった四機で数万の部隊を相手に出来る訳が無い。そこは的確な状況判断と、後方で情報の収集と分析を行うリアからの指示が頼りだ。 レクス機が目の前に群がるキメラブロックスを蹴り飛ばし、その場で先回、ブースターを吹かせて一気にその場を離脱する。見れば、他の三人も同様に離脱しているようだ。 『リア、状況はどうなってる?』 『今のところはエルマン准将の作戦通り、けど流石に向こうも立て直しが早いよ!』 『……だろうな』 この一戦に掛けているのは何もガイロス・ヘリック連合だけではない。東方大陸の共和国軍本隊の動きが活発になっている事を受け、ネオゼネバス軍もこれ以上のんびりしている訳には行かないのだ。故に、如何に砲弾の嵐を降注がれようと彼等の戦意は簡単には挫けなかった。 (さて、これからどうするか……?) 尚も追ってくる敵を迎撃しながら、レクスは頭をフル稼働させる。此処からは敵の反撃もより組織立ってくるだろう、安易に突っ込んでも数に押し潰されるだけだ。 (キースとケインに敵陣に穴を開け、そこを俺とルナが一撃離脱――結局、何時も通りか) 組み上がった作戦に思わず苦笑を浮かべる。利用できる地形があるなら兎も角、今戦場となっているビフロスト平原東部は文字通りの平野だった。それを仲間達に伝えようとした時、逆にリアから通信が届いた。 『お兄ちゃん、エルマン准将から通信だよ――“敵の特殊工作兵がライガーゼロを奪って逃走中。速やかにこれを撃破してくれ”だって』 『了解した、と伝えてくれ。それと、そのライガーゼロの居場所解るか?』 『待って……うん、捕捉完了。方位七十、距離三十キロって所だよ!』 『よし! 全員聞いたな、俺達は今からそのライガーゼロの下に向かうぞ』 『『『了解』』』 |