ZOIDS ORIGINAL BATTLE STORY

【竜帝騎兵隊】

第三章 〜 宿敵 〜










――ZAC2107年8月
――暗黒大陸ニクス




 エントランス湾の北西に位置する、ニクス三大湖の一つウルド湖。その畔に聳え立つ基地はエントランス基地同様、ガイロス帝国とネオゼネバス帝国の戦いの最前線に存在するものの、周囲を山と湖に囲まれており比較的平和な場所であった(あくまで他の最前線の基地に比べて、ではあるが)
 そんな自然の要塞に、レナ・アーメント大尉率いるヘリック共和国軍独立第32高速戦闘小隊は居た。一年前は同部隊の一隊員に過ぎなかった彼女だが、その類稀なゾイド乗りとしての実力で今や隊長にまで昇格している。

「隊長、此処に居たんですか」

 基地の外壁に備え付けられた見張り台、そこで空を眺めていたレナの背中に声が掛けられる。その声に振り向いた彼女は、自分を呼んだ人物の姿を見て小さく微笑んだ。

「シア……どうしたの?」

「どうしたの、じゃありませんよ。今の状況が解らない隊長ではないでしょう?」

 シア、と呼ばれた赤毛の女性が呆れたように肩を竦める。彼女はシンシア・エルレイ。半年ほど前に第32小隊に配属されたばかりの新人だ。 それ故にまだまだ経験の足らない所はあるものの、真面目で勤勉家な彼女にはレナも目を掛けている。

「ネオゼネバスの動向の事でしょう? ちゃんと解ってますよ」

「それなら良いんですけど……」

 シンシアのまるで秘書のような物言いに、レナは思わず微笑を溢す。彼女は真面目な分、融通が利かない所が少しあるのだ。

「それよりも、シアも非番なら一緒に外眺めない?」

「外、ですか?」

「えぇ」

 レナが先程まで眺めていたもの、それは基地から一望できるウルド湖とムスペル山脈の山々だ。その荘厳な眺めに、シンシアも思わず感嘆の息を吐く。

「どう? 素晴しい眺めでしょう?」

「えぇ、本当に……」

 極北の大地であるニクスは夏でも他の大陸に比べ気温が低い。それ故に一年中雪化粧に覆われた山も多く、二人の視線の先も同様だった。

「綺麗な景色は人の心を癒してくれる。戦いに明け暮れるわたし達軍人にとっては、心のケアはある意味で身体を休めるより重要な事なのよ」

 戦場において人が受けるストレスは普段の比ではない。死への恐怖、目の前で仲間達が吹き飛んでいく光景、そういったものに絶え間なく晒された結果、重度の精神障害を起こす者も少なくないのだ。そしてそれらは肉体にも影響を与える。

「だからわたしはね、暇があればこうして景色を眺めてるの。そうすれば、眠る時嫌な夢を見る事もなくなるしね」

「隊長……」

 そう微笑むレナの横顔はどこか寂しげだ。何か言わなければ、シンシアはそう思うも上手く言葉が出てこない。それでも口を開こうとしたその瞬間、異変は起こった。

「ッ!? あれは……!」

 突如表情を硬くするレナ。その視線の先――山の更なる向こうに、無数の黒い影が浮かんでいた。まだ距離が遠すぎて、影の正体までは解らない、しかし、それが意味する事をレナ達は即座に察知した。

「――敵襲!?」




* * *





「見つけた……あのゼロだ!」

 エルマン准将の指示で敵工作員を追っていた竜帝騎兵隊は主戦場から少し離れた、ビフロスト平原とニフル湿原の境目である山脈の麓でようやく件のライガーゼロを補足していた。後方に居るリアからの情報とも照合して、それが《狂風》の駆るライガーゼロである事はまず間違い無かった。

「各機散開! 包囲して集中攻撃を掛けるぞ!」

『『『了解』』』

 レクス達はエルマン准将から既に、相手が《狂風》と呼ばれるネオゼネバスのエースだと聞いている。故に数の利を活かした戦法を取る事にしたのだ。

「こう言うのは俺達の流儀じゃないんだが……《狂風》相手にそんな事を言ってる余裕はないからな」

 設立されて一年足らずとは言え、皇帝直属である竜帝騎兵隊は一般部隊よりも正確な情報を素早く得る事が出来る。そんな彼等は《狂風》の事も当然耳に入れていた。


 ――曰く、それは荒れ狂う嵐の如し。

 ――誰よりも激しく、優雅に戦場を舞いあらゆる敵を斬り刻む。

 ――その圧倒的な速さは、何者の目にも留まる事がない。


「故に付けられた異名が《狂風》、か……」

 射程範囲まで目前に迫ったライガーゼロを見詰めながら、レクスはポツリと呟く。一年前に《七色の人形遣い》と戦い、異名持ちの強さは充分に理解していた。あれから大分強くなったと自負してはいるが、それでも正面から戦って勝てるとは思えない。経験を積んだからこそ解る本能。それほど異名持ちと呼ばれる連中は別次元の存在なのだ。

「けど……俺は一人じゃない」

 一年前はリアと、そしてレナがいた。二人がいなければ、例え逃げに徹したとしても、あっと言う間に喰い尽くされていただろう。今は竜帝騎兵隊と言う新たな仲間がいる。互角以上に戦える筈だ――レクスはそう自分を鼓舞し、胸の内にある恐怖や不安を押さえ込んだ。

『隊長、射程圏内に入りました』

「…………良し、敵を……《狂風》を喰らい尽くすぞ」

 重く、静かに告げられた攻撃開始の合図。それと共に、火器を持たないコマンドウルフLSを除く、竜帝騎兵隊の全機体が砲撃を開始した――




* * *





「マーガトロイド隊、シュペール隊、クレンペラー隊、ルンマー隊、それぞれ指定の基地に攻撃を開始」

「前線部隊、敵の集中砲火により損耗率三十パーセントを突破」

「無人キメラ隊が敵第一防衛線を突破! 敵陣形に穴が開きました」

 ビフロスト平原を中心に起こった、ネオゼネバス帝国とガイロス・ヘリック連合の全面会戦。その戦況を伝えるオペレーター達の言葉が、ひっきりなしにバルツァー少将の元へと届けられる。現在の戦況は五分五分――想像以上の敵の火力に此方の損害は増す一方だが、敵も破壊工作と奇襲により指揮系統が混乱している。

「しかしそれも長くは持つまい」

 クッ、とバルツァー少将は小さく口の端を吊り上げる。
 時間が立てば経つほど、敵は落ち着きを取り戻しより組織だった反撃を行ってくるだろう。数で勝っているとは言え、実際の戦力差はほぼ互角。悠長に戦闘を長引かせれば、それだけ味方の被害も大きくなる。勝負を掛けるとするなら今がチャンスだった。

「D-特務大隊に通達! 無人キメラ隊の開けた穴を抉じ開け、敵を蹂躙せよ!」

 それはデスザウラーのみで構成された、バルツァー少将とっておきの部隊だ。最強の称号を失って等しいとは言え、デスザウラーは未だに強力な機体である。それが五十機もの数で一斉に迫られたら、その火力、そして敵が受ける恐怖は計り知れない。
 更にバルツァー少将はそこにもう一つ手を打つ為、傍らに居た副官を呼び寄せた。

「俺も出陣る。此処はお前に任せるぞ」

「はっ」

 総司令官自らの出撃。普通であればありえないその言葉に、しかし副官は異を唱えたりはしない。歴戦の勇者である彼が本来は前線で指揮を執り、そして自ら戦う事の方を得意としていると知っているからだ。

「少将、お気をつけて」

「ふん、誰に言ってやがる」

 副官の言葉に鼻で笑いながら、バルツァー少将は司令室を後にした。




* * *





 ライガーゼロを踏み潰そうと、ジェノザウラーRSの巨体が風を切るようにして飛び掛った。それをライガーゼロはバックステップで躱し、追撃のパルスレーザーもブースターを付加して回避する。

「チッ……ケイン! キース!」

『解っています!』

『応!』

 ライガーゼロの進路を予測して、グレートセイバーがミサイルを放った。そして更にダークホーンが弾幕を張って逃げ場を塞ぐ。普通であればまず回避は出来ないだろう、絶妙な連携攻撃。しかしそれすらも《狂風》は躱してみせる。

『クソッ! 速すぎるっつーの! バケモンかよあいつは!?』

 舌打ちしつつも、グレートセイバーとダークホーンの弾幕の間を縫ってルナのコマンドウルフLSが攻撃を仕掛ける。それにより辛うじてライガーゼロの動きこそ牽制しているが、《狂風》がその気になればすぐにでもこの包囲を突破できるだろう。

(だが……何故、すぐにそれはしない……?)

 それがレクスには気掛かりだった。そもそも、《狂風》は戦闘に突入してから殆ど攻撃を仕掛けてきていない。只管回避行動を取るばかりだ。それも、躱すのに手一杯、と言う様子ではなくむしろ余裕綽々に見える。

(何を考えてるかは知らんが……俺達は奴を倒す、それだけだ)

 グレートセイバーの援護を受けたダークホーンとコマンドウルフLSが、左右から挟み込むようにしてライガーゼロに攻撃を掛ける。咆哮と共に角を振り上げるダークホーン。大振りなその一撃は難なく躱されてしまうが、そこへワンテンポ遅れてコマンドウルフLSが喰らい付く……が、それも外れる。しかし、彼等の本命は次の一撃にこそあった。二機の攻撃を避ける為大きく後ろに跳んだライガーゼロのその背後に、ジェノザウラーRSが回り込んでいたのだ。

「今度こそ……喰らえッ!」

 大きく開かれるジェノザウラーRSの顎。ブースターを吹かせてそれを躱そうとするライガーゼロだが、グレートセイバーから放たれたミサイルがそれを妨害する。そして、遂にジェノザウラーRSの牙がライガーゼロの首を捉えた。その勢いのまま地面に叩きつけ、今度は巨大な脚で踏みつけその動きを抑える。

「これで……もう逃がさねぇぜ」

 散々苦渋を飲ませられた相手。今此処で止めを刺さなければ、もう二度とそのチャンスは訪れないかもしれない。それを理解しているレクスは決していたぶろうなどとはせず、一撃で勝負を付けるつもりだった。
 ジェノザウラーRSの口腔に荷電粒子の輝きが集まりだす。

「全力でぶっ放す事は出来ないが……この距離なら貴様を殺るには充分だ!」

 チャージはものの一秒ほどで完了した。普段であれば短すぎて威力が弱まってしまうが、片足でライガーゼロを踏みつけたこの体勢と距離では、威力を強めるとレクス機にも被害が及びかねない。また、一秒でも速くこいつを倒せ、と彼の本能が叫んでいるのもあった。
 照準を合わせ、トリガーを引こうとした――その瞬間。

『レクス! 横だ!』

「ッ!?」

 ルナの叫びが聞こえると同時に、レクスを衝撃が襲った。何が――視線を巡らした先にあったのは、銃口から煙を吹く一丁のビームガン。それは真下にいるライガーゼロから伸びた、尾の先に付いていた。

(AZ108mmハイデンシティビームガン!? やられた!)

 それは何の変哲も無い、ライガーゼロの基本装備の一つだ。だが、背後への警戒用であるこの手の装備は、実戦における使用率が極端に低い。パイロットによってはその存在すら忘れているほどだ。レクスも失念していた訳ではないが、他に比べて警戒が甘かったのは確かであった。
 しかし、その事を悔やむ余裕は今は無い。

「くッ! 奴は!?」

『上だ!』

 キースの言葉の直後、巨大な物体――ライガーゼロが爪を振り下ろしながら落ちてきた。それを紙一重の差で躱したジェノザウラーRSは、更にブースターを吹かし尻尾を振るう。遠心力によって勢いを増した尻尾は、攻撃直後で僅かに隙が生まれていたライガーゼロの横っ腹を、容赦なく打ち据えた。その衝撃で大きく吹き飛ばされたライガーゼロは、しかし即座に体勢を立て直しAZ208mm二連装ショックカノンで追撃を掛けようとしていた竜帝騎兵隊を牽制する。

「ちっ……」

 攻勢を掛ける絶好の機会を逃し、レクスは小さく舌打ちする。しかし、決して《狂風》が捉えられない相手ではない事もまた確認できた。要は戦い方だ。幸い、敵はまだ様子見を続けるつもりのようである。

「舐められてるのは癪だが……今の内に終わらせるに越した事は無い」

 そう結論付け、レクスは矢継ぎ早に指示を飛ばす。それを受けた三人がライガーゼロを包囲、波状攻撃を開始した。しかし、それは決して当てる目的のものではない。ライガーゼロの動きを牽制し、決定的な一撃を喰らわせる隙を作る為だ。
 しかし《狂風》もそれを理解しているのだろう。突如方向を転換、コマンドウルフLSに猛突進を掛けた。

『ガッ!』

 八五トンもの質量による一撃をもろに喰らい、コマンドウルフLSは吹き飛ばされてしまう。すぐに体勢を立て直した所を見る限りルナに問題は無さそうだが、その隙にライガーゼロは包囲の穴を抜け振り返る。レクスの気の所為か、ライガーゼロ――《狂風》が、遊びは終わりだ、と言っているように感じられた。

「ちっ、奴の雰囲気が変わった。……正直、ちょっとやばいかもな」

『うん、それに敵の増援が此方に向かってきてる。規模は一個小隊。捌けない数じゃないけど、合流されたらかなり危ないよ』

 リアがレクスの言葉に同意を示し、そして状況がどんどん悪くなりつつある事を告げる。《狂風》一人にこれだけてこずっているのだ。此処で更に敵が増えたら、竜帝騎兵隊の命運は風前の灯と言っても過言ではないだろう。どうするべきかとレクスの中に幾つかの選択肢が浮かぶ。

(一、即座に《狂風》を撃破し、敵増援に備える。二、二手に分かれて別々に相手する。三、とっとと離脱する……)

 三つ浮かんだ案のうち、レクスは一つ目を即座に却下する。それが出来るのであれば、とっくにしているというものだ。三つ目の撤退が一番無難な案ではあった。《狂風》が黙って見逃してくれるとは限らないが、それでも相手が一機である以上成功率は高い筈である。しかし何より、この強敵との戦いを彼自身が望んでいた。

(なら……)

 増援と《狂風》の両方を同時に相手するのを除けば、恐らく一番難易度は高い。しかし、敢えてそれを選ぶ辺り自分は指揮官に向いてないな――そうレクスは自嘲の笑みを浮かべ、指示を飛ばす。

「全員、敵増援を叩きに行け。《狂風》は俺が殺る」

『……お兄ちゃん……』

 返ってきたのは、リアの迷うような声。レクスの指示に従うかどうか判断しかねているのだろう。当然だ。出来る指揮官ほど無謀な戦いはせず、引き際を弁えている。そして、彼等にとって今こそが撤退する最後のタイミングとなるだろう。
 それを理解していながら、しかしレクスはこの選択肢を選んだ。そこにあるのは過信でも諦めでもなく、強者との闘いに滾る一人のゾイド乗りの姿であった。

「俺なら大丈夫だ。……まぁ、心配してくれるんだったら。しっかりと敵増援を抑えつけてくれ」

『へ、言うじゃない。なら、あたしらも気張らないとね!』

 それを仲間達も理解しているのだろう。レクスのからかうような言葉に笑って返し、ルナ達の機体は勢い良く駆け出した。レクスは、そして何故か《狂風》もそれを静かに見送っていた。

『……ようやく、邪魔な連中が居なくなったね』

「……ッ!?」

 そして三機が見えなくなった頃、ジェノザウラーRSに向き直ったライガーゼロから、突然通信が飛ばされてきた。普通、戦場において敵にわざわざ通信を掛ける者はいない。敵は殺す、なんと言おうともそれが戦場の掟だからだ。しかしレクスは、その事よりも聞こえて来た声に愕然とした。

(なっ……! 今の声は……確かッ!?)

『僕はずっと君を視ていたんだ。こうして、一対一で闘いたくてね』

(間違い無い……この声……)

 先程までの様子からはまるで想像出来ない、気障ったらしいまでに饒舌な彼の言葉は、レクスの疑念を確信へと導いていく。


「お前は……まさか――」




* * *





「――敵デスザウラー部隊、第二防衛線を突破! 勢いが止まりません! 防衛線の各種トラップも荷電粒子砲で薙ぎ払われています!」

「エレファンダーを敵前面に展開、荷電粒子砲をE-シールドで防いでいる間に重砲隊と爆撃隊でこれを撃破せよ!」

 戦闘が佳境に入り、エントランス基地司令室に響き渡る怒号もますます高まっている。さながら、此処もまた一つの戦場であるかのようだった。
 その混沌とした場においてしかし、エルマン准将はそれを上回る怒号を持って部下達に指示を飛ばす。戦闘開始から凡そ一時間半。彼が切り札とする《G》の起動まで、残り僅かな所まできていた。
 しかし、このままデスザウラー部隊の侵攻を許せば《G》を起動させる間もなく基地を堕とされかねない。

(ちっ、流石は世に聞こえたバルツァー少将のとっておきだ。機体だけじゃなくパイロットまで精鋭揃いとは!)

 敵が荷電粒子砲に頼り切った強引な進撃をしてくれた方が逆に楽だった。如何にデスザウラーの荷電粒子砲と言えど、エレファンダーのE-シールドである程度耐えられる。撃っている間はデスザウラーも無防備になるのだから、その隙に後方の部隊が攻撃して撃破できた。だが敵は、此方の動きからその目論見を即座に論破し、格闘戦での各個撃破に切り替えたのだ。それでもエレファンダーなら暫くは耐えられるだろうが、この作戦で大事なのは耐える事では無く仲間が攻撃する隙を作る事だ。しかし、格闘戦に持ち込まれては荷電粒子砲照射時ほどの隙は期待できない。

(くそ、どうする……?)

 強靭な精神力で表情に出すのこそ抑えたものの、内心では焦りと苛立ちが募る。圧倒的な暴力の前では、小細工など無いに等しいのだ。そして、彼が考えるべき事は他にも山ほどある。
                                                 エンゲージ
「ビフロスト平原南北の二方より敵増援! 内、北方面の一部部隊と竜帝騎兵隊が交戦しました!」

 それは希望を断ち切るかのような……いや、事実断ち切る連絡だった。しかし、幸運な事に希望はすぐ繋がる。

「此方に向かっていた援軍の先発隊が到着、緊急通信で『デスザウラーの相手は俺達に任せろ』

と言っていますが?」

「先発隊の部隊名は!?」
  クロスワイバーン
「《飛竜十字兵団》です」

「…………そうか! 良し、頼むと伝えろ!」

「了解」

 オペレーターが告げた名に一瞬驚きの表情を浮かべたエルマン准将だったが、すぐにそれを笑みへと切り替える。飛竜十字兵団とは、竜帝騎兵隊とはまた違った意味で特別な部隊だ。しかし、今はそれを気にしている余裕は無い。使える物は全て使い、打てる策は全て打つ。そうする事でこのガイロス帝国を、そしてそこで暮らす民達を守るのが自分の役目だ――エルマン准将はそう改めて自分に言い聞かせた。
 ようやく普段の落ち着きを取り戻した彼は、再び指示を飛ばし始める。《G》起動まで後十五分。まだ、戦いは終わりの様相を見せる様子はない――




* * *





「うー、全然歯応えないなぁ」

 戦場に居るとは思えない、そんな暢気な言葉を呟いたのは、ネオゼネバス帝国D-特務大隊に所属し強化型デスザウラー《ネオザウラー》を駆るリヴィス・フライアー准尉だった。彼女は士官学校を卒業して間もない、若干十七歳と言う少女ながら、その類稀なゾイドの操縦技術とデスザウラー系との相性の良さからD-特務大隊にスカウトされた人物だ。尤も、その若さ故実戦経験も人生経験も不足しており、戦闘も遊びのように捉えている節があるのだが……。

『我等の目的は敵を圧倒し、蹂躙し、撃滅する事だ。一々丁寧に相手してやる必要は無い』

「それは解ってるんだけど……」

 そんな彼女に釘を刺すのは、このD-特務大隊の隊長であるハンス・ドスタル中佐だ。リヴィスとは親と子ほど歳が離れている彼は、しかし愛機たるデスザウラーMkUを駆り誰よりも激しい攻撃を仕掛けている。そんな上官を見てリヴィスも負けてられない、と気持ちを引き締める。彼の事をリヴィスは、表立って口に出さないものの内心ではとても慕っていた。
 士官学校時代の彼女は事ある毎に問題を起こすトラブルメーカーで、ゾイドも碌に操れない――というのも相性がデスザウラー系に突出してたからだが――落ちこぼれでもあった。そんな彼女の才を見抜き、D-特務大隊に引き抜いてくれたのがドスタル中佐である。それまで友人が殆どおらず、どころか嘲笑の的ですらあった彼女にとって、ドスタル中佐は自分を認めてくれる数少ない人物であったのだ。

(受けた恩にはちゃんと応えないとね!)

 よし、と気合を入れなおし、リヴィスは操縦桿を握る手に力を込めていった。


 ……


 …………


 ……………………


『む……?』

「?」

 それは、もう何体目になるか解らない敵機をその豪腕で握り潰した時の事。ドスタル機が空を睨みつけていた。それに釣られてリヴィスも視線を向けると、敵味方問わず無数の飛行ゾイドが舞うその中に、まっすぐD-特務大隊に向かってくる漆黒の集団があった。その集団はガイロス帝国の旧国章に似た部隊章を機体に刻んでおり、数はおよそ一個大隊。構成は殆どがブラックレドラーだが、先頭を進む機体はリヴィスが見た事がないものである。

『あの部隊章……ちっ、噂に聞いた裏切り者共か。しかし……ガンギャラド、だと? 何故あの機体が……?』

「ガンギャラド? それがあいつの名前なの?」

 どうやらドスタル中佐は敵がどんな連中なのか知っているらしい。しかし、それよりも『ガンギャラド』と言う名にリヴィスは興味を抱いた。

『……当時は私も幼少だった故、詳しくは知らんのだが、あれは旧大戦末期にガイロス帝国が開発した空陸両用ゾイドだ。現行機にも劣らない高い戦闘力を持っていたそうだが、他の大型ゾイド同様大異変で絶滅した筈』

 それが何故――そう続けようとして、しかしドスタル中佐は口を噤んだ。良く考えてみれば、今自分達が乗っているデスザウラーも大異変により絶滅し、後にガイロス帝国が復活させたゾイドだ。ネオゼネバスの離反と共にその技術の多くを奪ったとは言え、それに関する技術が残っていても不思議ではない。

『全員、油断するな。あれは手強いぞ』

『『『了解』』』

 上官の言葉に短く返すと同時、デスザウラー達は標的を漆黒の集団――飛竜十字兵団へと変更する。一方の相手も、三機から五機ほどの編隊に分かれてデスザウラーに攻撃を仕掛け始めた。飛行ゾイド故の立体的な動き、そして数の利を生かした波状攻撃でデスザウラーに攻撃の隙を与えまいとする。しかしデスザウラーはブラックレドラーを遥かに超える性能を持つゾイド。そしてパイロットも精鋭揃いだ。敵もそれを理解しているようで、的確なタイミングでガンギャラドの攻撃で止めを刺してくる。無論、ブラックレドラーも次々に墜とされるが、それ以上にデスザウラーが墜ちるという事実は連合軍を勢いづかせ、ネオゼネバスは逆に士気が低下してしまう。それらの事情も相まって、D-特務大隊が劣勢であった。

「くっ、何とかあのガンギャラドとか言うのを潰さないと……!」

 飛竜十字兵団の攻撃の要はガンギャラドで、ブラックレドラーはあくまでデスザウラーの隙を作る為だけに動いている。それは逆に言えば、ガンギャラドが墜ちれば敵部隊全体が瓦解する、と言う事だ。

「……と言う訳で、あんたには墜ちてもらうんだから!」

 ネオザウラーが従来の直立姿勢から前傾姿勢となり、隊長機だろう先頭のガンギャラドに狙いを定め走り出す。ネオザウラーは元々はセイスモサウルスと同様、『対ゴジュラスギガ用ゾイド』として開発された機体だ。ゴジュラスギガ同様追撃モードとなる事で機動力を向上させ、その格闘能力を遺憾なく発揮できるようになったこの機体は、目論見通りゴジュラスギガにも劣らない戦闘力を発揮した。しかし、それは優れたパイロットがいての事であり、より確実にゴジュラスギガに対抗できるセイスモサウルスが選ばれた為、存在するのは一機のみという幻の機体なのだ。リヴィスがふざけ半分で乗らなければ、こうして戦場に出る事はなかっただろう。
 ネオザウラーへと数機のブラックレドラーが攻撃を仕掛けるが、リヴィスはそれを尽く躱し自らはガンギャラドへと攻撃を仕掛ける。ガンギャラドに向け、頭部のAEZ20mmビームガンが火を噴く。直撃……が、あろう事かビームは弾かれてしまった。その思いもよらぬ光景に、リヴィスは一瞬動きが止まってしまった。そして、その一瞬を逃すほど敵は甘くはない。

「しまっ……!」

 ガンギャラドの背部に搭載された巨大砲塔――ハイパー荷電粒子砲に光が集まり、次の瞬間ネオザウラーに向かって発射される。

(避けられない……!)

 デスザウラーは極めて強固な装甲を持つ。だが、それでも荷電粒子砲相手に無傷で済む筈はない。リヴィスは死を覚悟した。しかし――

『くっ……無事かフライアー准尉!?』

「中、佐……」

 気付けば、ドスタル機がネオザウラーの前に立っていた。その右腕は溶けるように消滅しており、ガンギャラドの攻撃からリヴィスを庇った事が見て取れる。

『油断するな、と言った筈だ。奴はアイスメタル装甲を装備している。並の光学兵器は通用せん。……だが、敵の要に狙いを絞ったのは良い判断だ。丁度奴は私達の相手をしてくれる気満々みたいだし、このまま墜とすぞ』

 リヴィスを叱責するドスタル中佐。しかしその声には、まるで娘を心配する父親のような響きが混じっていた事に、リヴィスは小さく笑みを浮かべる。

『私が囮となって奴の注意を引き付ける。お前は隙を見て奴に一撃加えてやれ』

「はい!」

 話が終わると同時、リヴィス機とドスタル機は二方に分かれた。ドスタル機は真正面からガンギャラドに向かい、リヴィス機は横から回り込む為大きく円を描く。それに対してガンギャラドは、迷う事なくドスタル機に向かって直進する。その躊躇いのなさに、ガンギャラドのパイロットは此方の考えを読んで……しかし敢えてそれを受けたのだろう、とドスタル中佐は判断する。面白い――そう何処か愉しげに小さく呟き、デスザウラーMKUの残った左腕を振り下ろす。それをガンギャラドは機体を九十度傾ける事で躱した。それと同時に、ガンギャラドの上半身が持ち上がっていく――戦闘体形に変形したのだ。
 変形完了と同時にガンギャラドはその大きな足でドスタル機の胸元に蹴りを打ち込む。変形の際に機体を急停止させた為、勢いが削がれてダメージは殆ど与えられなかったが、それでもドスタル機の体勢を崩すには十分な威力だった。

『ぐぅ……!』

「中佐! ……きゃん!?」

 しかしガンギャラドの攻撃はまだ終わらない。蹴りを放った後機体をその場で急速回転させ、背後から迫っていたリヴィス機の頭部に、鞭のようにしなる尾を叩きつけたのだ。更に追撃として、口から猛烈な火炎を吐きリヴィス機に浴びせ掛ける。

「ぐ、うぅぅぅ……!」

 灼熱の火炎に嬲られ、リヴィスは思わず悲鳴を上げそうになる。しかし歯を食い縛る事でそれを堪え、ネオザウラーをガンギャラドに突撃させた。間合いに入ると同時に振るわれるハイパーキラークローを、ガンギャラドは後ろに下がる事で躱す。しかし、そこにはドスタル機が待ち構えていた。

『この距離で……しかも荷電粒子砲なら、如何にアイスメタル装甲と言えど耐えられまい! 同じ血を分けながらゼネバスに仇名す裏切り者共……覚悟!』

 背部の荷電粒子吸入ファンが猛烈な勢いで回転を始めた。それは大気中の静電気を取り込みエネルギーに変換、増幅し粒子ビームとして放射し、その威力は対象を原始レベルにまで分解してしまう。かつてのデスザウラー最強伝説の最大の要因となった超兵器だ。それが限りなく零に近い距離から放たれようとしていた。しかし――




 ――キュオォォォォオン……。




 荷電粒子砲が放たれようとした、正にその刹那。遠く、何処かから甲高い鳴き声が響いた。透き通るように響き渡るそれは、しかし聴く者全てに不安と恐怖を与えるような響きを持っていた。
 そして、それは人間だけでなくゾイドも同様だった。敵味方問わず、殆どのゾイドが怯えるように一瞬動きを止めてしまったのだ。

「えッ!? ネオザウラー!?」

 無論、D-特務大隊のデスザウラー達も例外ではない。

『くッ……! あれの主は最強≠フ体現者たるデスザウラーすら怯えさせる存在だと言うのか!?』

 共和国におけるゴジュラスと同様、デスザウラーを特別視するネオゼネバス兵は多い。ドスタル中佐もそれに違わず、デスザウラーこそが最高のゾイドであると信じていた。旧大戦で、ゼネバス帝国がガイロス帝国に吸収された後も様々な形で戦い続けたと言う事実も、皮肉な事にそれを証明していた。
 そんな崇拝にも似た誇りが僅かに揺らぐ。しかし、その僅かな隙が決定的な差となってしまった。

「――ッ! 中佐!」

 それ≠ノ気付いたリヴィスが悲鳴にも似た叫び。しかし、彼女もまたドスタル中佐と同様、愛機に気を取られていた彼女もまた気付くのが遅れてしまった。視線を上げたドスタル中佐が見たのは、今正にハイパー荷電粒子砲を発射しようとするガンギャラドの姿。一瞬、まるで本当の娘のように想っていた部下の顔が彼の脳裏に浮かび……そして眩い光の波に飲まれて、消えた――




* * *





「――まさか、ライナー……なのか?」

『大・正・解。……と言いたい所だけど、少し訂正があるね。ライナー・エーデンというのは仮の姿で、本当はルシア・エーベルトって言うんだ。よろしくね』

 戦闘中とは思えない、まるでその辺の道端であった時のような軽い挨拶。しかし、それと同時に繰り出されたストライクレーザークローの黄金の軌跡が、此処が戦場である事をレクスに再認識させた。

「ちっ、まさかお前が《狂風》だったとはな……。って事は、基地で俺に近づいたのも下心ありありだったって訳か」

『そうだね、君からは美味しそうな匂いがしてたものだから』

「気持ち悪い奴だな……殆どストーカーじゃねぇか!」

『……う〜ん、ストーカー呼ばわりされるのは嫌だけど、我ながら否定する要素がないね』

 巫山戯ているとしか思えないルシアの言葉。しかし、一方でその動きは苛烈の一言に尽きたものだった。

「ぐあッ!」

 再び振るわれたストライクレーザークローが、ジェノザウラーRSの右腕を根元から粉砕する。その衝撃が、まるで自分の腕をもがれたかのような激痛となってレクスの右腕に走る。が、それで終わるレクスではない。攻撃した勢いのまま距離を取ろうとするライガーゼロの尻尾を、ジェノザウラーRSが残った左腕を伸ばして掴み取った。

「おぉぉ!」

 腹の底から搾り出したかのような主の叫びに、ジェノザウラーRSも応える。尾を掴んだ左腕を横薙ぎに振るい、ライガーゼロを地面に叩き付けた。そして逃げる隙を与えず、その巨大な足で踏み締め押さえつける。ライガーゼロはジタバタともがくものの、横転した状態では力が込められずジェノザウラーの巨体はびくともしない。尻尾も今だ掴まれたままである為、先程のような尻尾先のビームガンによる反撃も出来なかった。
 ジェノザウラーRSが後一撃加えれば終わる――そんな圧倒的に不利な状況でも、しかしルシアの顔から笑みは消えてはいなかった。

『くくっ……! どうやら僕の眼に狂いはなかったみたいだね。想像以上の成長だ! 一年前とは比べ物にならない!』

「なに……? 一体それはどういう――ぐぅ!?」

 しかしレクスの言葉は最後まで続かなかった。突然ジェノザウラーRSを強い衝撃が襲ったのだ。それに怯んだ隙を突き、ライガーゼロが拘束から逃れ距離を取る。見れば、その機体にはそれまであった紅い装甲がなくなっていた。
          パージ
「ちっ、装甲を強制排除してそれを俺に飛ばしたって訳か」

『その通りだよ。……ふふ、久しぶりだね。これほどまでに攻撃を喰らったのは』

 実に楽しそうに笑みを浮かべるルシア。その笑みは愉悦に染まり、瞳からは狂気の光が爛々と輝いていた。

『さぁ! もっと僕を愉しませてくれ!』

 ルシアの狂気に当てられたのだろうか? ライガーゼロもまたその瞳を強く輝かせ、大地を蹴った。爆発的な加速力で一気に間合いを詰めたライガーゼロは僅かな動作で爪を振り上げ、下ろす。それは躱す暇を与えず、ジェノザウラーRSの頭部を打ち据えた。威力よりも速度を重視した一撃だった為、ジェノザウラーRSは倒れる事こそ避けたが姿勢を大きく崩す。その隙を逃すルシアではなく、よろめいて下がった頭部に向けて頭突きを放った。

「ぐぅ……ッ!」

 一瞬の間に上下に揺さぶられ小さく呻くレクス。なんとか反撃を掛けようとするものの、次の瞬間にはライガーゼロは再び距離を取っていた。

(ちっ、今の動き……さっきまでとは全然違う……だがッ!)

 ルシアと己との間にある絶対的な力の差。それを理解しつつも、レクスはトリガーを引いた。パルスレーザーライフルとレーザーガンから光弾が次々と放たれ、それは直撃こそしないものの、ライガーゼロの周囲に弾幕を張りその視界を奪う。

『目暗まし、か……。けどそんなもの!』

 バッ、とライガーゼロが頭上に顔を向ける。そこには、輝く太陽を背に今正にライガーゼロを踏み潰さんとするジェノザウラーの姿。それは既に間近に迫っており、普通であればまず反応は不可能であろう。しかし、ルシアはそれに反応して見せた。人間離れした反応速度だ。だが、それが逆に仇となった。

『――ぐあッ!?』

 避けた――そう思われた直後、ライガーゼロが勢い良く地面を転がる。見れば、その左前脚は無残にも半ばから引きちぎれていた。ルシアの反応速度が機体のそれを大きく越えていたが故に、一瞬のラグが生まれたのだ。そして、その隙が決定的な一撃を与えた。百トンを超える巨体に重力がプラスされ、ライガーゼロの脚を一撃の下に砕いたのである。

「はぁ、はぁ……そうなっちまったら碌に動く事も出来ないだろう」

 ホバー移動を主とするT-REX型と異なり、獣型は四速歩行。脚を一本でも失えば、その巨体を支えるのが極端に困難となるのだ。それは戦場においては致命傷と言っても良い。
 しかし――

「ちっ、まだ起き上がるってのか……!」

 本来、立ち上がる事すら困難となるこの状況で、しかしルシア駆るライガーゼロは立って見せた。その事が、《狂風》と呼ばれる男の凄まじさをレクスに植え付ける。

『ふふ、やはり君は素晴らしいね……。愉しい、実に愉しいよ!』

 グッ、と三本の脚に力を込めるライガーゼロ。次で決める気だ。それを受ける為、ジェノザウラーRSも同様に身構えた。
 両者は互いに必殺の一撃を与えるタイミングを探り、睨み合う。数秒、或いは数分だろうか? 大気すら震えるような緊迫感の中、何処からか爆発音が響く。
 刹那――




 ――紅い閃光が空に迸った。




「「!?」」

 続いて巻き起こる、空を埋め尽くす爆炎。閃光の射線上にいた空戦ゾイドが爆発したのだ。その直前、閃光を喰らったゾイド達が真っ二つに分かれたようにも見えた。
 思いもよらぬ光景に、仕掛けようとした両者の動きが再び止まる。それから先に立ち直ったのはルシアの方だ。

『……良い所で水を差されてしまったね。この勝負は預けておくよ』

「……は?」

 それだけ言うと、ルシアはライガーゼロを反転させ走り去ってしまった。突然の出来事と余りにもあっさりした幕切れに、レクスは思わずライガーゼロを追う事を失念してしまう。
 彼が我に帰ったのは数秒後。しかし、その時には既にライガーゼロの姿は影も形もなくなっていた――




* * *





 ――ブモオォォオ!

 重く、地を揺らすように響くような唸り声を上げ、アイアンコングPKが鋼の拳を振り下ろす。それは空を切るが、叩きつけられた地面が罅割れ砕け散った。それによって浮き上がった瓦礫を吹き飛ばすように、無数のビームが嵐の如く放たれる。が、アイアンコングPKは横に大きく動く事で回避した。マニューバスラスターユニットによって機動力が強化されているのもあるが、パイロットの腕も高くなければこう上手く避けられはしないだろう。

「ふむ、狙いが粗いな。格下相手なら兎も角、俺には当てられんよ」

 自慢するでもなく、厳然たる事実としてバルツァー少将はそう呟く。彼の視線の先に居るのは、先程の砲撃を行ってきたダークホーン等銀竜のマークが刻まれた三機のガイロスゾイド――竜帝騎兵隊だ。ダークホーン以外の二機も彼の部下達と戦闘を繰り広げている。
 ダークホーンのビームガトリングを回避した後もアイアンコングPKは動きを止めず、横に滑るようにしながら肩のビームランチャーを二発発射する。それをダークホーンはジグザグに進む事で躱し、間合いに入ると同時クラッシャーホーンを振り上げた。だが、その一撃をアイアンコングPKは角を掴む事で防ぐ。そのまま押し倒そうとして、しかしダークホーンは僅かに身動ぎするだけでビクともしない。

「ほぅ……? 頑張るな、だが――ッ!?」

 更に力を込めようとしたアイアンコングPKだが、何かに気付きバッと跳び下がる。直後、ダークホーンとアイアンコングPKの間に爆発が起こった。グレートセイバーのミサイルによる攻撃だ。アイアンコングMkU量産型がその隙を突き拳を振り下ろそうとするが、そこへコマンドウルフLSが横から接近、背部のパイルバンカーを打ち込んだ。爆発的な加速力で打ち出された槍は、僅かな抵抗すら許さずにアイアンコングMkUのゾイド核を貫通する。
 当初、バルツァー隊は十機のアイアンコングMkUとバルツァー少将のアイアンコングPKで編成されていた。だが、竜帝騎兵隊との戦いで既にその内の三機が潰されている。対して相手側は未だ三機とも健在である。

「ちっ、流石は竜帝騎兵隊だ。何処までも我等の邪魔をしてくれる!」

 この一年間、彼ら竜帝騎兵隊はニクスの各地で戦い、そして数多の勝利をガイロス・へリック連合に与えてきた。ネオゼネバス帝国ニクス方面軍の総司令であり、同時に一人のゾイド乗りでもあるバルツァー少将にとって竜帝騎兵隊は憎くて愛しい敵なのだ。

「本来ならもう少し楽しみたい所だが……そうも行かんのでな! そろそろ終わらせてもらう!」

 叫ぶと同時、バルツァー少将はトリガーを引く。腕の二連装パルスレーザーガンからレーザーが連射され、ダークホーンの動きを止めた。その隙にマニューバスラスターを全開、一気に間合いを詰めると両手を握り合わせ、振り下ろす。それは狙い違わずダークホーンの頭部に叩きつけられ、ダークホーンは地面に突っ込むようにして倒れ伏した。

「まずは一人……次ッ!」

 装甲の厚さ故ダークホーンの頭部は辛うじて原形を留めているが、機体はピクリとも動かない。パイロットが気絶したか、或いは死んだか……。しかしバルツァー少将はそれ以上ダークホーンには目をくれず、新たな獲物へと視線を向ける。それは、今正に自分に向かってくるコマンドウルフLSであった。

「ふん、狛犬風情が!」

 勢い良く拳を振り抜くアイアンコングPK。それと同時に、コマンドウルフLSもパイルバンカーを射出した。アイアンコングPKの腕に深々と突き刺さる槍。コマンドウルフLSはそれを抜き、次の行動に移ろうとしたが――

「逃がさんッ!」

 ガシリ、とアイアンコングPKは槍を掴み取り、コマンドウルフLSを逃がさない。コマンドウルフLSも必死に身を捩って槍を抜き取ろうとするが、大型機と中型機ではそもそものパワーが違う。その抵抗も徒労に終わり、アイアンコングPKが突き刺さった槍ごと腕を振り上げ、コマンドウルフLSも軽々と浮かび上がった。

「これでお仕舞いだ――ぬぅ!?」

 そしてハンマーを振るうかの如く、コマンドウルフLSを地面に叩きつけようとしたが、その瞬間機体がガクンと揺れる。見れば腕の先にコマンドウルフLSの姿がない。しかしパイルバンカーは刺さったまま――パイルバンカーユニットを強制排除して拘束から逃れたのだ。それにバルツァー少将が気付いた直後、機体に衝撃が走る。グレートセイバーがアイアンコングMkU達の相手をしながらも、僅かな隙を拭って攻撃してきたのだ。

「ぐっ、小賢しい真似を! ……ぬ?」

 次の標的を定めたと同時、バルツァー少将の元に基地に残した副官から連絡が届く。それを聞いた瞬間、彼の表情が固まった。そして数秒の後――


「くっ、まさか連中の隠し玉があれ≠ニはな……しかも、敵増援もか。……全軍、これより撤退を開始する! 間違ってもあれ≠ニ戦おうなどと思うなよ! ……死ぬぞ」




* * *





『ビームスマッシャー正常稼動。出力にまだ若干の不安はありますが、運用に問題はありません』

「成果のほどと友軍への被害は?」

『射線上にいた敵の八割が大破。残りが中破、小破でいずれにせよ動ける機体はおりません。味方は事前に退避させましたのでほぼ皆無です』

「十分だ」

 部下からの報告に、エルマン准将は満足げに鼻を鳴らす。しかし、彼が今いるのは司令室ではない。周りを様々な機器に囲まれた狭い空間――ゾイドのコックピットだ。

『流石は世に聞こえたグラン・バルツァー少将ですね。引き際を心得ている』

 そんな感嘆の言葉を吐いたのは先程の部下とは異なる、若い男性であった。

「あぁ、ですがそのおかげで貴公らの見せ場を全て貰ってしまった」

 チラリ、とエルマン准将がモニターの一つに視線を向ける。そこには撤退を開始したネオゼネバス軍の姿が映っていた。

『ふ、戦いが早く終わったのだから何も問題はないよ』

「そう言ってくれると助かるよ。……シュバルツ大佐」

 ――カール・リヒテン・シュバルツ大佐。
 ガイロス帝国の名門シュバルツ家の当主にして、ガイロス帝国国防軍の至宝とさえ呼ばれるほどの若き名将。整った顔立ちと軍人的、人間的に優れた人柄。かのプロイツェンの反乱の際に、重傷を負っていながらも身体を張って皇帝ルドルフの命を救った勇猛さから、軍人市民問わず絶大な人気を誇る人物だ。
 今までは帝都ヴァルハラ防衛の任に就いていた、シュバルツ大佐率いる第一装甲師団。ガイロス帝国国防軍最強との呼び声も高いこの部隊が遂に動いたのだ――それも、沢山の御土産を引き連れて。
 先行していた飛竜十字兵団のガンギャラドを始め、高性能中型ゾイド『ジークドーベル』、レッドホーンの強化改良型『クリムゾンホーン』――旧大戦末期に開発され、現行機にも劣らぬ性能を持ちながら歴史の中に埋もれていったゾイド達。これこそがエルマン准将がネオゼネバスへの対策として打った二つの手の一つでもあった。
 そして、もう一つの秘策こそが――

『それにしても一撃で敵戦力の大半を壊滅とは……。これほどのゾイドをかつて生み出し、そして復活させたガイロス帝国の力には薄ら寒いものを感じてしまうな』

「あぁ、これでまだ不完全だというのだから、正に悪魔としか言いようがないな。この《G》――いや、ギルベイダーは」

 かつて《超空の悪魔》と呼ばれ恐怖の象徴だった最強の空戦ゾイド。数多のゾイドと同様、大異変の際に絶滅した筈のこのゾイドは、今こうして現代に蘇った。




 ――キュオォォォォォォォォン……。




 高く、遠く、ニクス中に響けとばかりに漆黒の竜は鳴く。その声は、長き眠りより目覚め、再び空を舞える事への歓喜に溢れているようだった――














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