ZOIDS ORIGINAL BATTLE STORY

【竜帝騎兵隊】

第四章 〜 竜帝 〜










――ZAC2107年9月
――暗黒大陸ニクス




『――そっち行ったぞ!』

「任せろ!」

 キース機の攻撃から逃れたバーサークフューラーの前に、レクス・クラスト駆るジェノザウラーRSが躍り出る。 既に傷つき、必殺兵装たるバスタークローを失っていたバーサークフューラーは、それでも尚強靭な顎で噛み砕かんとジェノザウラーRSに飛び掛った。 しかし、そんな苦し紛れの攻撃が通るほどレクスは温いパイロットではない。 バーサークフューラーの攻撃を紙一重で回避すると、その勢いのまま脚部ブースターを吹かして旋回、鞭のようにしなる尻尾を打ち据えた。 その一撃を腹部にもろに喰らったバーサークフューラーは、まるで紙屑のように装甲をひしゃげ、数十メートル先に吹き飛んだ。
 最早ピクリとも動かないバーサークフューラーには目もくれず、レクスは次なる獲物を探し始める。 彼が今回の戦闘で撃破した敵機は、アイアンコング等の大型ゾイドも含めて既に二十を超えていた。 しかし、それでも尚戦闘は終息の気配を見せない――ネオゼネバス軍も必死なのだ。

「チッ……こんな所で愚図愚図してる訳にはいかねぇんだよ!」

 自らを鼓舞するように叫ぶレクス。 それに彼の愛機もまた応え、更に敵陣深く――ユミール基地へと突撃していった。




* * *





 ――ZAC2107年8月に行われたビフロスト会戦。 それに敗れたネオゼネバス軍は現在、ガイロス・ヘリック連合軍の執拗な攻撃に晒されていた。 かつてはニクス大陸の三割近くをその勢力化に置いていたものの、今ではニクス方面軍の本拠地であるユミール基地及び、その周辺を維持するのにやっとの状態である。 唯でさえ新型機の投入によって勢いを増している連合軍が、この期を逃す筈が無かった。

「ニクス大陸からの撤退……しかあるまいな」

 ユミール基地の司令室でその苦渋の決断を口にしたのは、ネオゼネバス帝国ニクス方面軍総司令官のグラン・バルツァー少将だ。 東方大陸のヘリック共和国軍本隊が活発化しつつある今、悠長に構えている暇は無い――そう意気込み、望んだ総力戦。 しかし蓋を開けてみれば、結果は惨敗であった。 そしてそこには、ガイロス帝国の底知れぬ力が大いに見え隠れしている。

「まさか、あのギルベイダーまでも復活させるとは……」

 バルツァー少将は――旧ゼネバス生まれの人間の大半は、かつて主を奪い矜持を踏み躙ったガイロス帝国を今でも憎んでいる。 しかしそれでも尚ギルベイダーの存在は雄々しく、魅了すらされるほどであった。 だがそれは、ギルベイダーが味方≠ナあった時の話だ。 一機で戦局を変えるほどの力を持った怪物が敵に回った時の絶望感は、それこそ計り知れない。 そしてそれに比例するかのように、連合軍の士気は凄まじいものとなっていた。

「……撤退は構わないけど、その為の時間はどう搾り出す気だい? 向こうはそうゆっくり待ってくれるとは思えないけどね」

 バルツァー少将にそう言葉を投げ掛けたのは、《狂風》の異名を持つルシア・エーベルトであった。 その言葉通り、連合軍は刻一刻とこのユミール基地に迫ってきている。 バルツァー少将も、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべつつも頷いた。

「解っている。誰かが捨石に成らねばならん事くらいな」

 バルツァー少将は優秀で、且つ公私をしっかりと分けられる人物であった。 生還の希望が無い決死隊を決めるのにも私情を挟む事は無い。 だが、心が痛まないかと言われればそれは違うだろう。 彼は優秀な指令官で、それと同時に同胞想いであった。

「――以上の部隊に出撃命令を。……あぁ、その前に彼等に酒を振舞ってやれ。とっておきのをな」

 机に備え付けられたマイクから部下に指示を出したバルツァー少将は、幾分か老けたようにルシアには見えた。 しかしそれは一瞬の事で、すぐに普段通りの雰囲気に戻った歴戦の老指令官は、ルシアを促し部屋を後にする。



 ――ユミール基地攻防戦が始まったのは、それから二日後の事であった。




* * *





『お兄ちゃん、予定より五分遅れてる。このペースだと間に合うかどうかギリギリだよ』

「解ってる。それだけ敵さんも必死って事だ」

 戦場のど真ん中とは思えない気楽な声で返すと同時、レクスは愛機を反転させ、その勢いで尻尾を振るって飛び掛ってきた数機のキメラブロックスを吹き飛ばした。 吹き飛ばされたキメラブロックスは周囲の機体も巻き込んで倒れていき、ネオゼネバス軍の包囲網に僅かな穴が生じる。 それを見逃すレクスでは無く、一気にブースターを吹かし突破。 と同時にキース機、ケイン機と続けて包囲を抜けてレクス機を追いかける。 最後に抜けたのはルナのコマンドウルフだ。 しかしその背後にあるのは今までのパイルバンカーユニットでは無く、エクスブレイカーを主とした新装備だった。 それを装備し新たなる姿を得たルナの愛機――シザーウルフ≠ェ、エクスブレイカーを展開し群がる敵機を根こそぎ刈り取っていく。 刺突しか出来なかったパイルバンカーユニットと異なり、新たに装備された通称シザーユニット≠ヘ更に斬る、鋏むも可能とした近接格闘特化型装備だ。 更にユニットの基部である核ブロックスによる出力向上と、それを最大限に生かすブースターの追加で機動力も増している。 これ等によって近接格闘戦では無類の強さを発揮するルナの力が、より引き出される事となったのだ。

「絶好調みたいだな」

『あぁ、あたしもこの子も新しい玩具が貰えてご機嫌だからね。今日は思いっきり飛ばすわよ!』

「頼もしいお言葉だ」

 互いに小さく笑いあい、再び正面を見据える。 そこにはいよいよ間近に迫ってきた彼等の目的地――ユミール基地内のドラグーンネスト専用ドッグ。 あれに突入し、主力部隊を乗せニクス大陸から脱出しようとしているネオゼネバス軍の艦隊を破壊するのが、今回の竜帝騎兵隊の役目だ。 その為にまずシュバルツ大佐率いる連合軍主力部隊が基地を攻撃、ネオゼネバス軍決死隊の目を引き付ける。 そしてその隙に乗じて、竜帝騎兵隊を初めとした特務部隊が突入する手筈になっている……のだが、口で言うほど易しくは無かった。 その理由が、決死隊と言うには余りにも多いその戦力――実に約三十個師団が投入されている事である。 ネオゼネバス帝国がかねてより主力として運用しているキメラブロックスは安価で大量生産が効く為、現地生産される事も非常に多い。 ニクス侵攻軍もその例に違わず、占領した基地等でキメラブロックスを生産し運用していた。 そういった事情からキメラブロックスは態々温存する必要が無く、こうしてニクス大陸で生産されたほぼ全ての機体がこの戦いに投入されているのである。

「とは言え、所詮はキメラブロックス。俺達の敵じゃない」

 その言葉通り、レクス駆るジェノザウラーRSは圧倒的な数のキメラブロックス相手を前にしても、怯むどころかむしろ圧倒してすらいる。 ルナ達にしても、一見各機が個人プレーをしているようで、その実互いが互いをフォローし合える間合いを保っていた。

『しかし、幾らなんでも少々数が多すぎますね。このままではネオゼネバス本隊をみすみす逃しかねません』

 それが向こうの狙いだとは解っていても、突破出来ないのでは意味が無い。 刻一刻と迫るタイムリミットを前に、レクスは苦渋の決断を下す。

「チッ、仕方ない。……荷電粒子砲を使う。フォロー頼むぞ!」

 本来、荷電粒子砲はこのような混戦状態で使う兵器では無い。 使用前後の隙や威力が大き過ぎて、自身はおろか味方にも大きな危険が及ぶからだ。 しかし今はそんな事に構う余裕は無かった。 幸い、周囲に居る味方はルナ機とケイン機とキース機の三機のみ。 敵もその殆どが遠隔操作された無人キメラだ。 荷電粒子のチャージが完了するまでの数秒間なら、十分に稼げるとレクスは踏んだのである。 しかし――



「――ッ!?」



 突如レクス達の背筋に走る、強烈な悪寒。 それに先に反応したのは、果たして愛機だったろうか、それともパイロットの方だっただろうか? 次の瞬間、彼等を呑み込まんと圧倒的な光の奔流が戦場のど真ん中を貫いた。 荷電粒子砲だ。 しかしジェノザウラーRSによるものでは無い。 出力がジェノザウラー等中型ゾイドのレベルでは無い上、それは明らかに進行方向から放たれたものだった。

「あ、ぶねぇ……! 皆大丈夫か!?」

『ぐ、すまねぇ……やられちまった』

 奇跡的なまでの超反応で荷電粒子砲を回避したレクスが、安堵と緊張が綯い交ぜになった息を吐く。 周囲に居た仲間達も回避行動に成功していたようだが、どうやらキースだけは無傷とは行かなかったようである。 見ればダークホーンの右半身が半ば溶けかけ、弱々しく光を放つゾイド核が剥き出しになっていた。 四肢が無事なので辛うじて歩行くらいは可能そうだが、これ以上の戦闘続行が不可能なのは明らかである。 とは言え、お世辞にも機動性が高いとは言えないダークホーンで荷電粒子砲の直撃を避けられたのだから、十分に奇跡の範疇ではあるのだが。

「生きてるんなら文句はねーよ。さっさと離脱しろ。……丁度、あいつが周りを掃除してくれたんだからな」

 半ば冗談を言うような口調で、しかし瞳には鋭い輝きを宿してレクスはある一点を睨みつける。 彼の視線の先に在るのは、圧倒的な存在感を放つ漆黒の巨竜。 それは、対ゴジュラスギガ用としてネオゼネバス帝国が開発した近接格闘性能強化型デスザウラー――ネオザウラー=B 通常のデスザウラーよりも更に禍々しさを増した死竜が、妖しく瞳を輝かせていた。

『……不味いですね。この状況でデスザウラー系とは』

「あぁ、相手出来ない事は無いだろうが、それでも簡単に行くような相手じゃあ無い」

 迅速さが要求されるこの手の任務で、最も頭を悩ませるのはこう言った簡単には突破させてくれない相手が出て来た時だ。 数こそ一機と今まで相手にしていたキメラブロックスに大きく劣るが、その身から発せられる威圧感はかの機とパイロットが並では無い事を示している。 更に目的地へと通じる通路を占有するかのようにどっしりと構えられては、機動性に任せて強引に突破する事も出来そうには無かった。 だが、態々御丁寧に相手をしてやる余裕も時間も今のレクス達には無い。

「……波状攻撃で敵の隙を誘い、そこを一気に突破する。出来るな?」

『出来る出来ないは問題じゃないわよ。やるしかないでしょ!』

『その通りです。……行きます!』

 ケインとグレートセイバーの咆哮が重なる。 そしてそれを掻き消すような勢いと轟音を持って、グレートセイバーの背中から三発のミサイルが放たれた。 それらは余す事無くネオザウラーへと叩き込まれ、爆風が基地通路を埋め尽くす。 そこにジェノザウラーRSも、パルスレーザーライフルとレーザーガンを乱射して続いた。 残酷なまでの集中砲火、並のゾイドであればこれほどの攻撃の前には部隊ごと壊滅させられかねないだろう。 しかし――

『やった!?』

「いやまだだ!」

 ビーッ! とコックピット内の機器が甲高くアラームを鳴らす。 しかし、レクスの戦士としての直感はそれよりも早く悪寒を感じ取っていた。 彼の叫びに弾かれるようにシザーウルフとグレートセイバーが散会した直後、煙を貫き吹き飛ばして荷電粒子砲の第二射が放たれる。 その先に居るネオザウラーは、暴風雨の如き攻撃に揺らぐどころか僅かな傷さえも負ってはいなかった。

「チッ、流石は世に聞こえたデスザウラーだ。通常兵器じゃ碌にダメージを与える事も出来ないか」

『不味いね……唯でさえ予定が遅れてるってのに』

『計算だとドラグーンネストの出港まで後十分も掛からないよ。空軍や海軍も展開してるけど、一度動き出したら墜とすのは難しいと思う』

 ルナの言葉を補強するように告げられたリアの報告が、レクスの焦りを加速させる。 一刻も早く目の前のネオザウラーを突破しドラグーンネストを墜とさなければ、ニクス大陸のネオゼネバス軍主力部隊の大半が中央大陸へと戻ってしまう。 ガイロス帝国としてはニクスからネオゼネバス帝国を追い出せるだけでも十分なのだが、同盟国であるヘリック共和国はそうは行かないのだ。 故郷奪還を切に望む共和国軍にとって、これ以上の障害が増えるのは何としても防がねばならない。 故に、この作戦に望む共和国軍部隊の士気は極めて高かった――



『はぁぁぁぁぁぁッ!』



「なッ!?」

 八方塞のこの状況を打開したのは、文字通り壁を打ち抜いて現れた蒼き獅子、刃携えた獣王であった――









「ッ!? アァァァァッァァァァッ!」

 例えどんな攻撃であれネオザウラーの装甲で弾き返す、どんな作戦を立ててきた所で叩き潰してみせる――そう意気込んでいたリヴィス・フライヤーであったが、流石に横から壁を打ち抜くのは予想外だったようだ。 金色に輝くストライククローの一撃を、成す術も無く頭部に貰ってしまう。 並の人間であれば意識を失っても可笑しくないほどの衝撃が彼女の全身を揺さぶるが、それを気力でもって何とか耐え抜いた。 しかし今の攻撃で脳が揺さぶられ、感覚が可笑しくなっている。 これ幸いとネオザウラーを突破しようとする敵に向かって腕を振るうも、それらは尽く目標を外してしまった。 辛うじて食い止めたのは先程一撃くれたブレードライガーと、ジェノザウラーRSのみである。

「くッ……」

 ハンス・ドスタル中佐の仇を取る為、自ら決死隊に志願したと言うのにこの体たらく――自分の不甲斐無さに、リヴィスはギリッと唇を噛み締める。

「せめてあいつ等だけでも仕留めないと……!」

 自らを駆り立てるそれが復讐心である事は自覚していたが、それと同時に軍人として課せられた役目についても彼女は理解していた。 当然の事ではあるが、ドラグーンネストを守るのは彼女だけではない。 先に進んでしまった連中に関してはそっちに任せよう――そう思考を切り替え、リヴィスは眼前の二機を見据えた。


 片や刃携えた獣王ブレードライガー。

 片や白銀の虐殺竜ジェノザウラー。


 ジェノザウラーの方は彼女も友人から聞いて良く知る、ガイロス帝国のエース機だ。 一方のブレードライガーに関しては特別目立った特徴は無いものの、そのフォルムは通常機よりも何処と無く鋭さを増しているように見える。 恐らくは此方もエース仕様の機体で、細かい改造が施されているのだろう。 どちらにせよ、油断は出来ない相手である事は確かだ。 自然と、リヴィスの額に汗が浮かび始める。 今すぐにでも荷電粒子砲のトリガーを引きたい衝動を抑え、リヴィスはじっと好機を待った。 自分の役割が時間稼ぎである事は勿論、単純な攻めで勝てるような相手ではないと理解していたからである。

(それにしても……)

 復讐を目的としている割には随分と慎重なのだな、とリヴィスはこんな状況にも拘らず自嘲の笑みを浮かべていた。 漫画や小説に出てくる復讐者というのは、もっと我武者羅で、自らを省みるような連中ではなかった筈だと思う。 それだけ仇を取りたい者への想いが強いと言う事なのだろう。

「――なら、私は?」

 ドスタル中佐の事を、本当は大して思っていなかったからこんなに落ち着いているのだろうか? いや違う、と彼女は即座にそれを否定する。 今目の前にいるのは憎き連合軍ではあるものの、直接的にドスタル中佐を殺したのは別の奴だ。



 ――飛竜十字兵団=B



 自分と同様にゼネバスの血を持ちながらも、ガイロス帝国に絶対の忠誠を誓う裏切り者達。 彼奴等と再び相対するまで何としても生き延びてみせる――その思いこそが、彼女に今まで欠けていた慎重さを与えたのだ。
 ジェノザウラーRSの砲撃による援護を受けて、ブレードライガーがまっすぐ突っ込んでくる。 他のゾイドならば主砲級となるパルスレーザーライフル。 その砲撃をしかしネオザウラーの超重装甲はものともせず、更には最高速度三百キロを超えるブレードライガーの突撃も難なく押さえ込んだ。 だが次の瞬間、一瞬で間合いを詰めたジェノザウラーRSがネオザウラーの頭部に向かって巨大な脚を振るう。 直撃。 インパクトの瞬間吹かされたブースターによって更に威力を増した蹴りは、ジェノザウラーRSの三倍以上の重量を持つネオザウラーを大きく揺るがせた。 しかしジェノザウラーRSのターンはまだ終わらない。 勢いそのままに機体を回転させ、尾をまたしても頭部に叩きつけたのだ。 連続して喰らった強力な攻撃に、さしものネオザウラーも堪えきれずにその巨体を地面へと倒れこませた。

「きゃあぁッ!」

 絶え間なく身体を揺さぶられ、強烈な衝撃と嘔吐感がリヴィスを襲い、今度こそ彼女の意識が飛ぶ。 リヴィスが最後に見たのは、止めを刺さんと煌く爪を振り上げるブレードライガーの姿だった。




* * *





「――その通路を五百メートル先に行った所で左に、その後すぐの分かれ道を右に曲がって下さい」

 ユミール基地から少し離れた森の中、光学迷彩を展開し姿を隠したグスタフSCの中で、リア・ハートは身に付けたインカムのマイクに向かって矢継ぎ早に指示を出していた。 一方で彼女の指は残像を生むほどの速度でパネルに叩きつけられている。 その上のモニターに映るのは、今正に激戦が繰り広げられているユミール基地の内面図だ。 そしてそこに表示される無数の点の内、赤く表示された三つのそれは竜帝騎兵隊のものである。 一つは隊長のレクス駆るジェノザウラーRS。 同様にドラグーンネスト専用ドッグを目指していたと思われる友軍のブレードライガーと共に、現在デスザウラータイプの敵と交戦中だ。 油断はならない相手ではあるが、レクスなら大丈夫だろうとリアは先を進むルナとケインに指示を集中させていた。
 しかしそこに――

「……ッ!? UNKNOWNが一機高速接近中! 接触まで後二十秒!」

 なんて速度、とリアは我が目を疑った。 件のUNKNOWN機はつい直前にドラグーンネスト専用ドッグから出現したかと思えば、もう既にルナ機とケイン機の目前まで接近している。 その速度は二百や三百どころではない。 少なく見積もっても時速四百キロ以上は出ていた。 それだけの速度を叩き出せるネオゼネバスのゾイド――シュトゥルム装備のバーサークフューラーか、とリアは判断し二人に告げようとしたのだが。

『ぐあぁぁぁぁぁッ!』

『か、はッ!?』

 それよりも一瞬早く、ルナ機とケイン機の反応が途絶える。 見れば敵機は既に二機がいた場所を通り過ぎ、レクス等が戦っている方向へと尚も爆進していた。

(まさか、交差した一瞬でルナさんとケインさんを!? ……いや、それよりも――)

 もし本当にそうだとすれば何と言う早業、恐るべき戦闘力だろう。 しかし今はそれを考えるよりも、仲間達の安否の確認の方が先であった。 モニターの反応が消えている以上、それを確かめる方法は唯一つ――只管に呼び掛け続ける事だけだ。 それを始めて早数分。 喉も最早枯れ始め、そして彼女の脳裏に絶望の二文字が浮かんだ頃――

『う、く……』

『そん、なに……騒がな、くても、聴こえてるよ……』

 小さく、だがしっかりと二人の声が通信機越しにリアの耳に届いた。 安堵の余り、思わず涙が浮かびそうになる。 だがまだ安心するには早かった。 何しろ二人がいるのは戦場のど真ん中なのだ。 さっきの奴は二人が初撃で死んだと思ったのか、そもそも気にしていないのかさっさと先に進んでしまったが、他のネオゼネバス兵が現れないとも限らない。 早急にその場から離脱させる必要があった。

「ルナさん、ケインさん、自力での離脱は可能そうですか?」

『く、私の方は無理です。グレートセイバーが完全にやられている』

『ならケインもこっちに乗りな。幸いこの子は致命傷は免れてる』

 どうやらシザーウルフの方は移動に差し支えない程度に無事であったようだ。 出力向上の為に搭載された、コアブロックスの恩恵であろうか――そんな事を考える余裕がリアに出来たのも、二人が無事だったからこそだろう。 しかし、それに意識を奪われていたリアはある重大な見落としをしてしまった。 先のネオゼネバス機が、今正にレクス達の元に辿り着こうとしていた事に――




* * *





 これで終わりか――傍らのブレードライガーが爪を振り上げるのを、レクスは冷めた思考で眺めていた。 敵パイロットがどんな人物なのか――若者か、年寄りか、男か、女か等々の一切に彼は興味を抱いてなどいないし、また死に逝く彼の者への感慨も無い。 戦場においてそれが如何に無意味なものかを理解しているからだ。 むしろ、今目の前で潰されようとしているパイロットは幸せな方だろう、とさえ考える。 なまじ命を取り留めてしまったが故に捕虜と成り、非人道的な拷問を受けている兵士は決して少なくなど無いのが実情だ。 表向きは世界規模で拷問は禁止されているものの、戦争と言う非日常においてそれが如何ほどの意味を持とうか。 少しでも手柄を欲する者、己が欲を満たしたい外道にとって捕虜とは、その格好の標的でしかないのである。 故に、レクスの意識は既にネオザウラーの方へは向いてはいなかった。



 ――故に、亡び纏うその風に、彼は逸早く気付く事ができた。



「ッ! 伏せろッ!」

 言うが早いや、ジェノザウラーRSはその腕をブレードライガーに向かって振り下ろす。 当然、思わぬ方向から攻撃を受けたブレードライガーはそれに反応する事が出来ず、諸にその手刀を喰らって真下に倒れ伏した。 何をする、と言わんばかりに振り向かれたブレードライガーはしかし、見たのは今正に何者かによってジェノザウラーRSが吹き飛ばされる姿であった。

『――クラスト中尉ッ!?』

 思いも寄らぬ光景に、ブレードライガーのパイロットが叫ぶ。 何処かで聴いたような声だな――まるで他人事のようにそれを感じながら、しかしレクスの視線は突然現れた襲撃者へと注がれていた。 紅く、鋭い、凶暴性を全面に押し出したような竜――シュトゥルムテュランが、ネオザウラーを庇うようにしてそこに立っている。 その左側のアクティブシールドには、竜巻をイメージした紋章。 それが示すのは――



「《狂風》……ルシア・エーベルト……!」



 一ヶ月前のビフロスト会戦において、彼一人にも拘らず竜帝騎兵隊を翻弄したネオゼネバスのエース。 それが突然として現れた。 その様は正に風の如し、である。 愛機を起き上がらせながら、レクスは小さく舌を打つ。 相手の目的が何なのかは解らないが、最早一刻の猶予も無いこの状況で出会うのは、最悪としか言いようが無かったのだ。

「だから……通してもらうぞ! 《狂風》ッ!」

 今の自分が敵う相手ではない――それを理解して尚、レクスは吼えた。 結局の所、彼が取った作戦は先程ネオザウラーを相手にした時とまったく変わっていない。 しかしそれこそが、この状況で唯一先に進む方法であると彼は考えたのだ。


『…………ふ』


 そしてそれは、決して間違ってなどいなかった――相手がこれ以上無いほど最悪だった事を除けば。


「が、は……ッ!」


 次の瞬間、レクスの全身を激しい衝撃が襲った。 飛び掛けた意識を何とか繋ぎ止め、視線を上げれば自らを見下ろすシュトゥルムテュランの姿。 また吹き飛ばされたのか――そこでようやくレクスは、自分が何をされたかに思い至った。 しかし、とレクスは思う。

(何て速さだ……まったく攻撃が見えなかった……! それに反応速度も半端じゃない!)

 ジェノザウラーのスペック上の最高速度は時速二六〇キロ。 三百キロ以上の速度を出すゾイドも珍しくない現在においては、特別速いと言えるほどではないものの十分に高速ゾイドの部類に入る。 敵との距離の関係上、最高速度まで加速していた訳ではないものの、そのジェノザウラーがフルスロットルで突っ込んでくれば到達まで数秒と掛からないだろう。 それこそ一瞬だ。 しかしその一瞬よりも尚速い刹那、ルシアは反応し更には反撃までしてのけた。

(これが……《狂風》の実力……ッ!)

 舐めていたつもりは決してなかった。 唯、測り損ねただけだ――彼の者の、真の力と言う奴を。

『悪いね、今日は君の相手をしている暇は無いんだ。此処へは友達を迎えに来ただけだからね』

「な、なにを……」

 友達を迎えに来た――戦場には不釣合いなその言い分に、レクスは疑問の声を上げる。 だが、ルシアはそれに気付いていないのかそれとも気にしていないのか、最早彼には目もくれず自らの背後に倒れるネオザウラーへと視線を向けた。 何か話をしているのか、暫しの間があった後ネオザウラーが立ち上がり、若干の警戒を配らせながらも背後へと振り向いて去っていく。 そしてルシアのシュトュルムテュランもまた、その場を去ろうと方向転換を始めた。

「ま、まて……ッ!」

 勿論、それを黙って眺めているレクス達ではない。 彼等を追おうとして――しかし、それは叶わなかった。 ルシア機の背中からまったく隙を感じられなかったのもそうだが、それ以上に自分の機体が動かせる状態ではなかったのだ。 ジェノザウラーRSは先の一撃を喰らった時にやられたのか、綺麗なまでに四肢を刈り取られている。 ブレードライガーの方は……ジェノザウラーRSが強く殴りすぎたらしく、コンバットシステムがフリーズしたらしい(とレクスは後に聞いた)。 兎に角、二人は去り行く敵達を黙って見守るしかなかったのである。



「…………クソッ!」



 その最中、拳を伴って搾り出されたレクスの憤りの叫びは、果たして自分達を舐めきっている敵に対してのものか……それとも、舐められる程度の力しかない自分へ向けられたものだったのだろうか――




* * *





「――それで、結局貴様は友軍が救出に来るまでそこで踏ん反り返っていた、と?」

「相棒捨てて一人だけ逃げるなんてできねぇからな。……なんだよ、悪いかよ?」

「あぁ、軍人としては失格だな。 もう殆ど戦闘が終結していたからこそ良かったものの、戦えない者が戦場に留まる等愚かしいにも程がある。 …………だが、気持ちは解らんでもないがな」

 レクスの隣を歩く、白衣の若い男性がふっと笑みを零す。 彼の同意を得られたのが嬉しいのか、レクスの先程まで浮かべていた不機嫌そうな表情も、今ではすっかり楽しげな物へと変わっていた。 その事が不服なのか或いは照れているのだろうか、白衣の男性――トーマ・リヒャルト・シュバルツはフンと鼻を一つ鳴らす。 それを見てまたレクスは一つ笑い、そしてその表情を真剣な物へと切り替える。

「……で、例の物は出来てるのか?」

「出来てなかったらこうして貴様を此処へは呼ばん。貴様はゾイド乗りのくせして、何故か機械音痴だからな。無闇に来られたら何を壊されるか解らん」

「はっはっは!」

 悪びれた様子も無く馬鹿笑いをしだすレクスの姿に、周囲にいた人々が何事かと目を丸くした。 彼等の大半はレクス達よりも幾分か若く見え、事実彼等は学生であった。 ヴァシコード・アカデミー=\―ガイロス帝国の民であれば知らぬ者はいないほどの超名門校であり、ガイロス帝国の最新技術の実に七割は此処で生み出されていると言われている。 まさしく、ガイロス帝国の頭脳と呼ぶに相応しい場所だろう。 此処の卒業生であり、また若くしてガイロス軍武器開発局の上級研究員であるトーマは此処に専用研究室を設けていた。 そしてそれと同時に、彼は竜帝騎兵隊の専任科学者でもある。

「勿論、貴様のだけでなく他の連中のも万全に仕上げてあるぞ」

「……そうか。すまないな、結構無理したんじゃないか?」

「ふん、この程度無茶の内に入らん」

 強がって見せるトーマではあったが、その目には遠目にもはっきりと解るほど濃い隈が浮かんでいた。 ニクスにおけるネオゼネバス軍最後の拠点、ユミール基地を堕としてからおよそ半月……その間、彼は寝る間も惜しんで開発に励んでいたのだろう。 レクスには妙な対抗心を見せるトーマであったが、自分のやるべき事には決して手を抜かない実直な男なのだ。

「……さて、此処だ」

 二人が進んでいた廊下の一番奥、トーマの研究室の更に奥に備え付けられた地下格納庫へのエレベーター。 この学園の研究者達の中でも、極一握りにしか与えられていない専用の地下スペースを眺める形でエレベーターは降下して行く。 そこからは陰になっていて若干見えにくいものの、レクスの目にも確かに三機のゾイドが見て取れた。 やがて、エレベーターは緩やかに降下を止めその扉が開かれる。

「こいつが……」

「そうだ、あれがお前の新たな力――ジェノカイザー≠セ」

「ジェノ、カイザー……!」



 名を呼ばれた事に呼応したのであろう。 白銀の魔竜は、その瞳を焔のように激しく、そして血よりも紅く輝かせた――









2009/5/31






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