ZOIDS ORIGINAL BATTLE STORY

【竜帝騎兵隊】

外伝 〜 蒼姫 〜















――ZAC2107年8月
――暗黒大陸ニクス




「――はぁッ!」

 ネオゼネバス帝国の総攻撃によって、激しい戦闘が繰り広げられるニクス各地の連合軍拠点。それは比較的辺境に位置するウルド基地も例外ではなく、むしろ小規模な基地であるが故に苦戦を強いられていた。
 しかしそんな中にあって、獅子奮迅の活躍を見せる部隊があった。

「シアは右、フェルトン軍曹は左から回り込んで下さい。敵を固めたところで一気に殲滅します!」

『『了解』』

 その部隊の名は、共和国軍独立第32高速戦闘小隊。
 レオマスターにも匹敵する実力を持つと言われる、レナ・アーメント率いる部隊だ。圧倒的物量で押し寄せるネオゼネバス軍を、しかし自慢の機動性を活かして攪乱、そして一瞬の隙を突いて次々と撃破していく。
 無論、活躍しているのは第32小隊だけではない。ウルド基地に駐留していた各部隊が続々と戦線に投入され、敵の侵攻を許すまいと奮闘している。
 その甲斐もあってか、戦況は膠着状態となっていた。

(まずい、ですね……)

 部下達に指示を飛ばしつつ、同時に自らも愛機であるブレードライガーを駆っていたレナが、コックピットの中で一人唇を噛む。戦いにおいて最も被害が少なくて済むのは、勝ちにしろ負けにしろとにかく早く決着がついた場合だ。しかし現状のような膠着状態に陥ると、どんどん被害は大きくなっていく。そんな長時間に渡る消耗戦では物量に勝る側――即ち、ネオゼネバス軍が圧倒的に優位だった。

(しかも敵の主力は、無人機故に消耗を怖れる必要がないキメラブロックス……!)

 唯一の救いと言えば単機辺りの戦闘力は低い事だが、それが何の慰めにもならない事をレナは理解していた。水の一粒一粒は例え当たっても痛くないが、それが幾千、幾万と集まって大きな波となった時、その力は頑強な建築物ですら押し流してしまう。
 圧倒的な数とは即ち、圧倒的な暴力に他ならないのだ。

(ネオゼネバス相手に長期戦は愚の骨頂)

 ならば短期決戦で……とは至極当然の考えではあるが、しかしそれはネオゼネバスも理解していない筈がなかった。的確に攻めと引きを交え、決して戦線が大きく動かないように調節してくる。指揮官の腕が良い証拠だ。

「……それにしても、あれ≠ェいるという事は……私達は彼女のさもしい一人芝居に付き合わされている、という事なんでしょう、かッ!」

 迫ってきたキメラブロックスにカウンターを決めたレナの視界の先には、いつか見た派手なカラーリングの改造ロードゲイル――リトルレギオン=B
 ネオゼネバス軍独立強襲戦闘兵――通称《七色の人形遣い》が、悠然とウルド湖の畔に佇んでいた。




* * *





『《上海》目標ニ到達。損耗率六パーセント、作戦遂行ニ支障ナシ』

『《蓬莱》敵右翼ト交戦中。損耗率十二パーセント、戦闘ヲ継続スル』

 まるで洪水のように押し寄せる、無機質な機械音声。頭部に装着した特殊なヘッドギアを介して脳に直接響くそれに、彼女――アリスは静かに、けれど矢継ぎ早に指示を返していく。
 改造によって通常機の数倍の数の無人キメラを一度に制御出来るリトルレギオンではあるが、しかしそれはあくまで機体のカタログスペックでしかない。リトルレギオンにしろ無人キメラにしろ、最終的にそれを操作するのはパイロット――人間だ。送られてくる情報を受け止め、分析把握し、そして次の指示を出す……そこには当然大きなタイムラグが存在する。
 あくまで簡易的な指示しか出さず、また制御数も少ない通常の無人キメラ指揮機なら、それでも充分だろう。しかしアリスの戦い方においては、それでは全く足りない。脳の情報処理能力が、通常の人間の比ではない彼女だからこそ、リトルレギオンの性能を完全に発揮出来るのだ。
 そしてそれを更に補強するのが、彼女の被っているヘッドギア。精神的にゾイドと繋がる事はゾイド乗りであれば然程珍しくはないが、アリスはこのヘッドギアを要いる事で、機体と物理的に神経接続する事が出来るのだ。これによって、機体から送られてくる情報を直接脳へ送られ、また無人キメラへの指示を限りなくタイムラグを抑えた状態で発信する事が出来る。
 機体は勿論、その装備そのものも彼女専用にこしらえてあるのだ。

「それはありがたいけど、不便な点もあるのよね……」

 ゾイドと物理的に神経接続しているという事は、機体が受けたダメージがそのままフィードバックされる事も示している。彼女が決して直接戦闘を行わないのは、無人キメラの制御に集中しているからに加えて、そういった事情もあった。

『敵一個小隊ノ特攻確認。《倫敦》ガ迎撃ニ向カウモ抑エキレズ突破サレマシタ。《倫敦》ノ損耗率八十三パーセント、戦闘続行困難』

「……ッ! 七番、八番カーゴ開放! 同時に《コードD》を起動ッ!」

 それまで作戦が順調である事を告げていた機械音声が、突如としてアラームを上げる。それを受けたアリスは即座にレーダーへと視線を移し、自慢のキメラ部隊の一つを潰した敵の把握に掛かる。
 数は報告通り一個小隊。編成はブレードライガーを先頭に、残りはコマンドウルフAC。共和国軍自慢の、高速部隊だった。彼等は立ち塞がるキメラ達を薙ぎ払いながら、一直線にリトルレギオンへと迫ってくる。

「狙いは私、か……。まぁ、当然の判断ね。予定よりちょっと早いけど……貴方達も出陣てもらえるかしら?」

 ニヤリ、とその麗しい顔に似合わない獰猛な笑みを浮かべるアリスの背後で、輸送部隊のカーゴが展開、中から無数のブロックが青白い閃光を放ちながら飛び上がる。それは瞬く間に幾つもの塊へと結合し、光が収まった後には十数機のキメラドラゴンが翼を広げていた。
「さぁ……行きなさいッ!」

 ――ゴガァァァァァァァァァァァアッ!

 アリスの叫びに呼応するかのように、キメラドラゴン達もまた咆哮を上げ、戦場の空に舞う。
 その光景を満足げに眺めながら、アリスは通信回線を開く。そして響くのは、少々甲高い少女の声。

『なんだ、もうなのか? 私はもうちょっと寝ていたいんだぜ』

「戦場でよく暢気に昼寝出来るわね。毎度の事ながら、あんたの神経の太さには感心するわ」

『よせよ、照れるぜ』

『……皮肉、って知ってるかい? ……まぁ良い。それよりもアリス』

 まるで悪びれる様子もない少女へと呆れ気味にツッコミを入れたのは、男性であった。男性らしい、低く響く声。しかしその中に、何処か少年のような若々しさも混ざっている。

『彼女の言う通り、予定には少し早いんじゃないかな?』

「あら、戦いってのは生物みたいなものよ。常に流動しているのだから、臨機応変に行かないと。……貴方なら、それくらい心得てると思ってたけど?」

『勿論解っているさ。あくまで確認だよ』

 アリスの何処か小馬鹿にしたような音色で発せられる言葉に、しかし男は気にした様子もなく自然体で答える。アリス自身も、そんな彼の反応は解っていたのだろう。クスリと小さく笑みを浮かべた。

『……それで、もう出ても良いのかしら? さっさとやる事やってお茶飲みたいんだけど』

 そんな、一瞬ほのぼのとしかけた空気を破ったのは、先のとはまた別の少女の声。言葉は元より声からも滲み出る面倒臭そうな響きが、彼女もまた戦場には不釣り合いな呑気さを持っている事を窺わせる。

「えぇ、事前に言った通り、貴方達には敵の目をこちらに引きつけてもらう事よ」

『キメラや僕達みたいな傭兵……捨て駒が囮になって、その間に本命が敵基地を攻略、だったか?』

「あら、不満でも?」

『いや? 依頼主の意向には従うさ。……君達も構わないのだろう?』

『勿論だぜ! ……ふぁ〜』

『最前線に送られるのなんて、今更珍しい事じゃないしね』

 あくまで呑気な少女二人に、アリスと男は思わず同時に苦笑を洩らす。が、巫山戯ているのもそれまでだった。即座に表情を真剣なものへと戻したアリスは、短くも確かな、激励の言葉を掛ける。

「それじゃあ、しっかりね。……貴方達に死なれると、寝覚めが悪いから」

『……あぁ、精々死なないよう頑張るさ』

 その言葉を相図に、リトルレギオンの後方から、ネオゼネバス、ガイロス、ヘリック……そしてブロックスも入り混じった様々なゾイドの群れ――数にしておよそ一個中隊だろうか――が、しかしその混沌とした構成とは異なり、見事に統制の取れた鮮やかな動きで、一斉に前進を始めたのだった。

「……さぁ、貴方達も行きなさい」

 そしてそれを見送りながら、アリスは再び不敵な笑みを浮かべていた。









『隊長、零時の方向より此方に向かってくる一団あり。およそ一個中隊です』

「なに……?」

 大口開けて迫ってきたキメラドラゴンを、一刀両断すると同時に届いた部下からの報告。見れば言葉通り、レナ達に向かってくる一団が見えた。恐らくは傭兵部隊なのだろう。その編成にはまるで統一性がなく、あらゆる国のゾイドが無数に入り交じっている。
 さながら、ゾイドの万国博覧会のようだ。

「……あれは相当手強いです。皆、油断しないように」

『『『了解ッ!』』』

 しかしながら、その動きは単なる傭兵とは思えないほどの洗練さを見せている。レナには詳しい事は解らなかったが、その道では有名な一団なのかもしれない。
 このまま突撃するのは少し無謀か、と判断したレナは操縦桿のトリガーを数回、引く。するとブレードが前方へと向けられ、そこに装備されたパルスレーザーガンが勢い良く火を吹いた。
 格闘戦のイメージが強いブレードライガーではあるが、しかし決して射撃兵装も弱くはない。敵一団の主戦力として見える、小、中型ゾイド程度であれば、直撃すれば充分に戦闘不能に持ち込めるだろう。
 隊長の攻撃を合図として、32小隊の隊員達も次々と攻撃を開始する。
 部隊の主戦力はコマンドウルフAC。今では些か旧式感が拭えない機体ではあるが、しかしそれ故に確かな性能と実績を証明している。その扱い易さと相まって、共和国軍でも人気の高いゾイドだ。
 その背部に装備された長距離砲が、無秩序な色合いの敵傭兵部隊へと次々に打ち込まれる。
 無論、敵もただ殺られるだけではない。32小隊にワンテンポ遅れたものの、苛烈な砲撃を開始した。
 ビームやミサイルの応酬と共に、徐々に接近していた両部隊は――やがて直接ぶつかり合う。



 ――ッ!



 レナのブレードライガーと、敵先頭を走っていたシールドライガー。刃と爪による互いの一撃がぶつかり合い、音にならない音が衝撃波となって周囲に響く。
 互いに互いの攻撃の衝撃で弾かれ合い、睨み合う。
 しかしそれも一瞬で、まるで示し合わせたかの如く両者は同時に横へと跳んだ。直後、二機が立っていた場所に上がる爆炎。動くと同時に砲撃を放ったのだ。互いに牽制し合いながら、必殺の一撃を繰り出す隙を窺う二頭の獅子。両部隊の激突によって周囲に爆炎と轟音が響く中、そこだけは妙な静けさを醸し出していた。

(この動き……やはり並の連中ではないみたいですね……)

 疲労と、目の前の敵から感じる静かなプレッシャーに汗が零れるのを感じながら、レナは小さく舌を打つ。単純な機体性能では、ブレードライガーを駆る彼女の方が圧倒的に有利だ。にも拘らず、圧倒しきれない。周りから良く言われる『レオマスター級』は言い過ぎだとしても、しかし自分の力量に相応の自信を持っている彼女にとっては、それは少々ショックな事だった。

(もし、あれが同じブレードライガーだったなら……)

 恐らくは、既に自分の命はなかっただろう。明らかにパイロットの技量は向こうの方が上だ。だからこそ、互角の状況なのである。
 しかしそれは一方で、相手にとっても同様だ。技量で補ってはいるが、機体性能は圧倒的にブレードライガーの方が上なのだ。油断すれば、一瞬で斬り刻まれかねない。故に、慎重にならざるを得なかった。
 じりじりと、互いに間合いを狭めて行く、その最中、

 ――ゴゴゴゴッ!

「ッ!?」

 突如地面が激しく揺れ始めた。同時に、幾つもの盛り上がった地面が指向性を持って動いている。明らかに、自然現象に因るものではなかった。

「これは……地中に何かいる……ッ!? シアッ!」

『現在解析中です! ……ッ! 解りました、デススティンガーです! 数は三、一直線に基地に向かってますッ!』

「くッ、あれが敵の本隊ですか……! キャアッ!?」

 シンシアの報告に気を取られた、その瞬間。レナを激しい揺れが襲った。地震ではない。一瞬の隙を突いたシールドライガーの攻撃によって、吹き飛ばされてしまったのだ。衝撃で、片側のブレードが折れる。
 何とか起き上がろうと必死にブレードライガーはもがくが、横倒しの状態では力の入れようもない。それを嘲笑うかのように、シールドライガーが腹部の砲塔を傾ける。如何に生命力の強いOS搭載機とはいえ、こんな至近距離で攻撃を喰らったらタダでは済まないだろう。
 レナの命運は、正に風前の灯であった。

『隊長ッ! ……くッ!』

 レナの部下の一人、カルロス・フェルトン軍曹が助けに入ろうとするも、彼の前に黒と白のカラーリングを施された超小型の虐殺竜――ジェノザウラーブロックスが立ち塞がる。と同時、ジェノザウラーブロックスが脚部のアンカーを下ろし、尻尾から頭部までを一直線にした――荷電粒子砲だ。このゾイドは、ジェノザウラーの名を冠するだけあって荷電粒子砲を撃つ事も可能なのだ。
 流石に出力はオリジナルに遠く及ばないが、小型ゾイド程度ならば丸ごと消し飛ばし、中型ゾイドでも大破に追い込めるだろう。だが、間一髪のところで彼のコマンドウルフACは直撃を免れる事が出来た。戦士としての直感と、ほんの僅かな幸運に因る奇跡と言えるだろう。
 回避と同時に、カルロス機の長距離砲が火を吹いた。狙いは当然ジェノザウラーブロックス――ではなく、今正に隊長を仕留めようとしている、シールドライガーであった。が、シールドライガーはそれを見越していたかの如く、E-シールドを展開。砲撃を防いだ。
 が、そこまで彼は読んでいた。

『今っす隊長ッ!』

「ッ!」

 敵の意識が一瞬自分から逸れた、その瞬間レナはブースターをフルスロットルで吹かした。と同時に、無事な方のブレードを展開してシールドライガーの喉元に斬りかかるのも忘れない。

「……チッ」

 が、それは紙一重で致命傷にはならなかった。だがその代わり、シールドライガーの左前脚の切断に成功した。四足歩行ゾイドは、足を一本でも失うと途端に機動力が激減する。追撃する、絶好の好機であった。

「……ッ!」

 だが、敵も簡単に追撃を許しはしなかった。ブレードライガーの周囲に、無数のミサイルが降り注ぐ。見れば、そこには紅と白に塗装されたカノンダイバーが。32小隊のゾイド達が撃墜しようと砲撃を加えるが、しかし通常機を凌駕する飛行性能で軽やかに躱して見せる。その間に、シールドライガーは朧な足取りで後退してしまった。
 だが、レナの意識は既にカノンダイバーへと移っている。

『そんな……! カノンダイバーはつい最近、ロールアウトしたばかりなのに!?』

 レナの言葉を代弁するかのように、シンシアが驚愕の声を上げる。彼女の言葉通り、カノンダイバーは共和国軍でも最新鋭に位置するブロックスだ。それを、一傭兵部隊が有しているのは中々に不可解な事であった。

『くッ……驚いてる場合じゃないっすよ!』

 ジェノザウラーブロックスや他の敵の攻撃を捌きながら放たれたフェルトン軍曹の言葉に、レナが振り返ってみると、後方にそびえるウルド基地から火の手が上がっていた。考えるまでもない、先のデススティンガーの仕業だ。
 基地守備隊も必死に喰い止めようとしているだろうが、五機ものデススティンガーが相手では簡単には行かないだろう。何しろ、敵はデススティンガーだけにあらず。無数のキメラブロックスやネオゼネバスの部隊を相手にしなければならないのだ。対デススティンガーに割ける割合は、そう多くはない。
 その上で、レナの選択肢は二つ――攻めるべきか、引くべきか。
 他の部隊の支援もあって、ようやくネオゼネバス軍の前線部隊を突破したのだ。この機を逃さず、一気に敵本陣を抑えるのが得策か……。隊長格の撤退により、僅かな揺らぎを見せる今の敵傭兵部隊なら、突破も可能だろう。しかし、その先には《七色の人形遣い》を筆頭に、強固な防衛陣が引かれている。簡単には堕とせないだろうし、時間が掛かればその間にウルド基地の方が陥落しかねない。
 いや、恐らくはその方が早いだろう。決して基地守備隊が当てにならない、という訳ではないが、かつてたった十機のデススティンガーに、当時共和国の全戦力が集結していた基地が、陥落寸前に追い込まれた事があるのだ。
 ならば、取るべき選択肢はおのずと決まった。

「……全員、一時撤退。他の部隊と協力して、ウルド基地防衛に全力を注ぎます」

『でも隊長! この機を逃したら……ッ!』

「基地が落とされたらそれこそ意味はありません。行きますよ――ッ!?」

 レナの判断が正しい事は理解しているだろうが、しかし僅かな迷いを見せるシンシアに、レナははっきりと言い返す。そのやり取りが他の隊員達の決心にも繋がったのだろう。レナの怒号に、皆即座に後退を始めた。
 しかし、その時、

 ――ゴゴゴゴッ!

 再び激しく揺れる地面。それはまるで、レナ達の真下から直接揺さぶっているかと思うほどに、激しいものだ。そして同時に、何故かそれまで攻勢の手を緩めなかった傭兵部隊が、突然後退を始めた。何を、とレナ達が疑問を浮かべるよりも早く。

 ――キシィィァァア!

 甲高い金属音を伴って巨大な物体が地面を飛び出した。
 それは――

「デススティンガー!」

 先程基地に向かったのとは、また別の機体だろう。新たに現れた凶戦士が、まるで舌なめずりでもするかのように小さく、鳴いた。









「ふふ、デススティンガーが三機で打ち止めだなんて、誰が言ったかしら?」

 新たなデススティンガーの出現に、明らかに戸惑っている様子の32小隊をモニター越しに眺めながら、アリスは可笑しそうに笑みを零す。西方大陸戦争時に開発され、そして暴走した初号機には到底及ばないが、この量産型デススティンガーもデスザウラーと並んでネオゼネバス帝国が誇る、超強力ゾイドだ。その戦闘力は、単機で一個大隊とも渡り合えると言われている。

『やれやれ、助かったよ』

「別に、貴方達を助ける為にあれを投入した訳じゃないわ」

 何処か不機嫌そうに返すアリスに、男は可笑しそうに笑った。そんな彼の態度に彼女はますます頬を膨らませる。その様は、とてもネオゼネバスでも有数のゾイド乗りとは思えない、正に年頃の少女そのものの表情であった。……尤も、ヘッドギアの所為で顔の半分は外から見えないのだが。
 それはさておき、とアリスは表情を改め、

「作戦は無事、第二段階へと移行。……勝負は此処からよ」









 ――キシィィィィ!

 甲高い鳴き声と共に振り下ろされた、巨大な鋏を横に跳んで回避したブレードライガーは、更にその隙を狙って飛びかかってきたレブラプターを逆に口でキャッチ。一気に噛み砕いてから放り捨てた。そこへ、再びデススティンガーの鋏が迫る。

『させねぇっす!』

 しかしそれは、横から放たれたカルロス機の砲撃によって軌道を逸らされ、紙一重でブレードライガーへの直撃を避けた。そこへ続けざまに、他のコマンドウルフAC達による追撃が掛かる。乱射される長距離砲。幾重にも吹きあがった爆炎が、デススティンガーの巨体を丸ごと包みこんでいく。

『やった!?』

 疑問と歓喜の入り混じった、シンシアの叫び。しかし煙が晴れて見れば、そこにデススティンガーの姿はなく、代わりに大きな穴が地面に空いていた。地中に逃げたのだ。
 何処だ、と32小隊が探す余裕を与えず、傭兵部隊の追撃が掛かる。弾丸の雨を降らせ、それが止んだ所へと再びデススティンガーが地中から這い出て攻撃を仕掛ける。その巧みな連携攻撃に、32小隊は反撃にも撤退にも移れなかった。
『くぅ……これじゃあ、嬲り殺しですよぉ!』

「く、……ッ!」

 敵も流石というべきか、安易に荷電粒子砲で決着をつけようとはしてこなかった。単に嬲るのが趣味なだけかもしれないが、しかしこの混戦状況で安易に大火力兵器を使えば、味方も吹き飛ばしてしまいかねない。そして何より、最大の攻撃は得てして最大の隙にもなるのだ。
 レナは必死に敵の攻撃に耐えながら、何とか逆転のチャンスはないかと模索する。その時だ。

 ――ドゴォォンッ!

「ッ!?」

 遥か後方から、激しい爆音と地響きがが届いたのは。
 まさか、とレナが振り向いてみると、視線の先にそびえるウルド基地から濛々と黒煙が上がっていた。デススティンガーを抑えきれなかったのか――しかしその予想は、決して正しいものではなかった。何故なら、次々とウルド基地に数多のゾイドが展開していたのだ。ウルド基地の戦力にしてはやけに多い。それに、レナの見た事のない機体も無数混ざっていた。

『あれ、は……!?』

 思いもよらない光景に、シンシアが呆然とした声を零す。見れば、周りも同様であるかのように、一様に呆けている。さながら、一瞬時間が止まったかのようだ。

「……ッ! 今ッ!」

 それから逸早く脱したのは、レナであった。ウルド基地から現れた軍勢に気を取られたのは、デススティンガーや傭兵部隊も例外ではなく、それまで絶妙な連携で32小隊に反撃の隙を与えなかった彼等にも、一瞬の穴が開いたのだ。そしてそこを見逃すレナではない。

 ――グォォォッ!

 待ってました、と言わんばかりに高らかと咆哮を上げて、ブレードライガーが突進する。そこでようやくデススティンガーが自分に迫る獣王に反応したが、既に遅い。ブースター全開。最高時速三○五キロに達するブレードライガーの、必殺兵装であるレーザーブレードによる一閃が、デスザウラー級の超重装甲をものともせず、凶戦士の尾を一刀両断した。

 ――キシィィィィィイ!

 まるで苦痛にのたうつかの如く、甲高さを増した咆哮が響く。我武者羅に振られる巨大な鋏を軽やかに避けながら、レナは通信機越しに一喝する。

「基地の事は後です! 今は目の前の敵に集中しなさいッ!」

 その叫びに、ようやく我に返った32小隊の面々が動き出す。一方、敵も動き出しているものの、その動きは明らかに先程までと比べて精彩を欠いていた。攻勢の要、デススティンガーが不覚を取ったという事実が、衝撃となって彼等に襲いかかったのだ。
 しかしそれも、一瞬の事だろう。彼等ほどの手練れが、気を取り直すのに時間が掛からない訳がない。だから、この一瞬で一気に流れを変えるのだ。
 十数機のコマンドウルフACによる一斉攻撃が、凶戦士の巨体を揺らす。デススティンガーも自慢の超重装甲とE-シールドで何とか持ち堪えようとするが、そこへ再びブレードライガーが突撃する。ぶつかり合う、E-シールドとE-シールド。互いのそれが干渉し合い、激しく火花を散らした末にショートする。凶戦士の鉄壁が、今崩れた。
 させない、と言わんばかりに敵傭兵部隊が苛烈な砲撃を加え、デススティンガーも必死に爪を振るって抵抗する。それを、ブレードライガーは避け切る事が出来ず諸に喰らい、吹き飛ばされてしまった。

「ぐッ……!」

『隊長ッ!?』

「私は大丈夫です! それよりもこのチャンスを逃してはいけま……せんッ!」

 盛大に吹き飛ばされた上官を見て、思わず声を荒げるシンシアにレナはそれ以上の怒号で返す。と同時、好機とみて跳びかかってきたレオブレイズとウネンラギアを、パルスレーザーガンの的確な射撃で撃ち落とした。

 ――ギイィィィィィッ!

 ホッと息を吐く間もなく、今度はデススティンガーが迫ってくる。何とか32小隊の攻撃から逃れようと必死なのだろう。その声は、如何にも苦しげな響きを含んでいた。だが、こっちに逃げてきたのは間違いだ、とレナは思わずにはいられなかった。
 何故なら、邪魔だと言わんばかりに振り下ろされた巨大な鋏を、ブレードライガーは流れるような動きで立ち上がり、躱し、そしてレーザーブレードで根元から斬り裂いたのだ。そして、再び降り注ぐコマンドウルフAC達による一斉砲火。
 絶え間なく響く爆音の中で、やがて凶戦士は断末魔の咆哮を上げた――




* * *





『やれやれ、見事にしてやられたね』

「……五月蠅いわよ」

 敵の増援と思しき、謎のゾイド部隊が戦線に現れてから暫くして、ネオゼネバス軍は撤退へと移っていた。その最中、まるで他人事であるかのように呑気な男の声に、アリスは苛立ちを隠せない。本来ならば、例え結果が敗北であったとしても、寧ろ嫌味で返すくらいの事はするのだが……それだけ、今回のは許し難かったのだろう。
 なにしろ、それまで圧倒的……とまでは行かなくとも明らかにネオゼネバス軍が優勢だった。敵戦力を前線に引っ張り出させ、その隙にデススティンガーで一気に基地を堕とす、という作戦は確かに上手く行ってたのだ。しかしそれを、あれは一瞬で引っ繰り返してしまった。

『正にガイロス帝国の隠し玉、という奴か。各戦線に送り込めるほどの数を用意しておきながら、碌に情報をキャッチ出来なかった辺り、彼等も徹底しているな』

 何処か感心したような口調で語る男に、アリスはただ『えぇ』と小さく頷くのみであった。









「終わりました、か……」

『えぇ、ネオゼネバス軍は各地で撤退に移っています。どうやら、帝都ヴァルハラからの援軍によって流れが一気に傾いたみたいですね』

『その援軍、ってのがあれっすかね』

 そう言ってカルロス機が振り向いた先には、先程現れた謎のゾイド部隊が。その多くは漆黒の装甲に身を包み、関節部からは仄かに蛍光色の輝きが漏れ出しているのが見れる。
 まるで、今では記録の中にだけ存在する旧ガイロス軍――通称『暗黒軍』が現世に蘇ったかのようだ。

(そんな訳が……いや、でも……)

 そしてその可能性を、レナは決して否定出来ずにいた。ガイロス帝国は現在の惑星Ziにおいて最も高い技術力を持つ国と言われている。ネオゼネバス帝国の離反によって多くの技術や人材を奪われたとも言われているが、それでも尚その力は驚異的であった。そんな彼等であるから、現在では失われたゾイドや技術が突然蘇ったとしても、なんの不思議はないだろう。

 ――そして、事実その通りであった。

 同盟国ヘリック共和国にも極秘に進められていた、軍備再編計画《Project Generation》はこうして世に姿を現した。それは、敵であるネオゼネバス帝国は無論、今は*。方である筈のヘリック共和国にも、不安を与えるに足るものであった。



 何処からか、高く澄んだ、それでいて聴く者の恐怖を与える不吉な響きが、レナ達の元へと届いた――









2010/1/24






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